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二人で望んだ夜明け
しおりを挟む「兄ちゃん……好き」
「うん。……俺も」
兄ちゃんは、俺と視線を合わせた後はにかんだ表情でなにかを言いたそうにした。ぱち、と目が合う。
「俺も、好きだよ」
「……へへっ。嬉しい」
ああ、兄ちゃんにこの言葉を言われるのってこんなに胸が温かくなるんだ。今まで知らなかったな。
俺は、目頭がジン、と熱くなるのを感じた。ふと、いつも不安で幼かったあの頃の俺を抱きしめたい気持ちになった。
「……んっ」
ちゅく。と二人の唇が合わさる。かぱ。と口を開けて舌を絡める。ちゅくちゅくとか、ちゅぶちゅぶとか、そういう耳から入ってくる音がゾワゾワと俺に鳥肌を立たせた。
「ん……兄ちゃん……口、切ってる」
鉄の味がする。
「ん。ああ……さっき殴られたから。結構ザックリいってるかも」
兄ちゃんはそう言って、左頬の内側を舌で確かめるようにコロコロと舐めた。
「……痛い?」
「ん……まぁ、少し。すぐ治るよ」
「……」
「それより、お前の方が」
「いっ……」
兄ちゃんが俺の首の傷に指先で触れた。
「……ごめん。怖かっただろう」
「うん……。でも、兄ちゃんが茜の首を絞めるの見た時そんな考えどっかいっちゃった。びっくりして、俺」
「……そっか」
その手がするりと俺の後ろ髪を掬った。吐息を感じられる距離まで兄ちゃんの顔が近付く。
「ねえ兄ちゃん……茜には、もう会えないのかな」
「わからない……けど、また会えるさ」
「ふふ。わかんないけどまた会えるの?」
「うん。そんな気がする」
「……うん」
あんな奴を茜が好きでいたとは俺には理解しがたいけど、今やっと会えたと感慨深く思っているのだろうか。今の、俺のように。
「二人はこのままで大丈夫なの」
「どうだろ……。俺が二人を逃したのぐらい、ボスにはすぐバレると思う。でも新ならうまくやれるさ。惚れた子のためなら」
「そうなんだ……俺、茜が心配」
「俺も心配だけどね。茜もちょっとやそっとじゃへこたれない奴だから。大丈夫だと思う」
「うん……」
兄ちゃんを見てたら、そう思いたいんだな、と察した。
「ん……うっ」
「……痛い?」
ぺろ、と首の傷口を舐め、上目遣いでちらりと俺を見る。痛くはないけど、引っ掻いた後のような、ジン、とする感覚だ。
「ちょっと、滲みる」
「……そっか」
「……っ、……」
執拗にそこをぺろぺろと兄ちゃんが舐めた。優しく舌で触れられていたのが、次第に傷口を抉るように、広げるように動かされ乾いていた傷がふやかされる。与えられる痛みに、俺はなぜか性的な興奮を覚えた。唇がフルフルと震えて、目をぎゅっと閉じる。
「俺、変かも」
「……えっ?」
やっと舐めるのをやめて、そこでちゅっと音を鳴らして兄ちゃんが言った。
「お前が傷付けられたことにすら嫉妬してる」
その黒い瞳。キツいピンクの部屋から切り取られたような兄ちゃんの目が、俺をじっと見つめた。
「兄ちゃん……」
ああ、この人に、また溺れたい。
自覚してしまえば体は正直だ。兄ちゃんへの好意が素直に体に現れる。いつもは温かい兄ちゃんの手が今日はひんやりとしていて、それが俺の上半身をくまなく弄った。
「あっ、に、兄ちゃん」
「……」
「あうっ」
どす、とベッドに押し倒される。柔軟剤の効いていない、事務的な洗剤のにおい。
「まっ、待って。シャワー、浴びようよ」
「……」
あんな所にいた俺達は随分と埃っぽい。ザッとでいいから洗い流したかった。でも兄ちゃんは、俺の上に跨ったまま何も言わずに服を脱いでいった。俺は一枚、また一枚、と裸体に近付く兄ちゃんを呼吸を荒くしながら見つめる。俺に返事をせず、またあの蔑むような瞳で見られる。俺はごくりと喉仏を上下させ、兄ちゃんから目を逸らせずにいた。
「このまま……しよう」
「う……っ」
いつもは俺が誘っていたのに。兄ちゃんにそれを言われたら断ることなんてできやしない。兄ちゃんが俺の頭を優しく撫で、額に唇を触れさせた。
「んっ」
求められる心地良さを、俺は知っている。兄ちゃんに抱かれる快感を、俺は知っている。
「あっ……。じ、自分で脱ぐっ」
「……だめ」
「……っ」
兄ちゃんに必要とされる自惚れ。兄ちゃんを好きだと思う心。いろんな兄ちゃんへの想いが、渦巻いては目の前の現実と一緒になってパッと散っていった。
「あう……も、それ、やだ……っ!」
「……」
四つん這いにされ、俺は早くからその羞恥に耐えられなくて上半身を突っ伏していた。恐らく顔も、耳までも真っ赤だろう。
「ううっ……」
ぺと、ぺちょ……と兄ちゃんの舌が窄まった中心から皺をひとつひとつなぞるように小さく動いた。兄ちゃんが呼吸するたび熱い吐息がそこにふうふうとあたって、つい身を捩りたくなる。でも俺の双丘は兄ちゃんの手によって強く掴まれて、身動きを取ることは許されなかった。
「あっ、あっ……」
くち、くちゅ。
「んう」
恥ずかしい。こんな体勢で、舐められるなんて。
「はぁ、はぁ……も、もういいよ、兄ちゃん」
「……」
ぎゅっとシーツを握る。内股が軽く震えて、早くこの行為から解放されたかった。
「ンンッ!」
つぷ。と舌が潜り込んできた。思わず目を見開く。ぐにぐにと舌先が浅いとこを蹂躙する。兄ちゃんの右手が俺の半勃ちのものを握って、ぬくぬくと扱いた。
「あっ、ああっ」
気持ちいい。恥ずかしい。もっと、強く握ってほしい……。
「やっ。ああ……っ」
この俺の声を聞いて、誰が止めてほしいと思うのだろうか。それほどに甘ったるい声が吐き出される。俺のこの痴態を愉しんでいるのか、兄ちゃんはなかなかやめてくれなかった。ぐすぐすと俺が泣き出してしまうまで。
「……奏」
ムクリと兄ちゃんが起き上がって、いい? と俺に聞いた。俺はべしょべしょになりながらシーツに顔をうずめてこくこくと頷く。ずる……と足を下ろしてうつ伏せの体勢のまま、兄ちゃんがスキンをつけるのを待った。
「あうっ」
休息も束の間、兄ちゃんの張り詰めたものが俺に入ってきた。左足を持ち上げられ、その圧迫感に体が強張る。自分のとシーツが擦れて気持ちいい。ピトッと互いが重なって、またくらくらと目眩がした。
「奏……キス、していい?」
「あ……っ、うん。ん……っ」
横を向いて息を逃す俺に、兄ちゃんが口付けた。こんなとこは律儀に聞いてくるんだから、兄ちゃんはやっぱり変わってる。無理矢理の体勢のそれに口元からちゅぶっと音がした後、兄ちゃんが俺の脇腹の隣に手を付いて腰を振った。
「あっ! ああ……っ! ううぅ……」
後ろから挿れられると深くまできて苦しい。シーツを掴む手が汗ばむ。ぱちゅ、ぱちゅ、と淫らな水温が部屋に響く。ぐうっと入るとこまで腰を振られて、詰まった息を逃しながら兄ちゃんがスキンの中で果てた。
「はっ、はっ、はあっ……」
兄ちゃんが俺に覆い被さり、じっとりと濡れた体が触れ合った。兄ちゃんに体重をかけられると重くて、息がしにくい。でもなにも言う気にはなれなかった。
「ごめ……抜くよ」
「んっ」
ずるりと俺からそれが抜かれた。兄ちゃんが俺の体を気遣ってくれるけど、もう何回もした時のように体が怠い。このまま眠ってしまいたいぐらいだ。
「奏……まだ、できる?」
「うん……できる」
兄ちゃんに、こんなに求められたことって今まであったっけ。しばらく過去を遡って思い出さないとわからないほどその記憶がなかった。
「上になれる?」
「ん……」
兄ちゃんが壁側に背をつける。兄ちゃんの上に跨り、そっと添えた手を頼りに自重で挿入していった。くぷくぷと小気味いい音が繋がった所から漏れる。ゾクゾクが頭まで抜けていって、俺は力無く兄ちゃんに抱きついた。
「奏……気持ちいい?」
「うん。すごく……」
「よかった」
「……っ」
優しく兄ちゃんが微笑む。このまま、溶けそう。奥の歯が触れ合うようにカチカチと鳴る。なにこれ。なんか、いつもと違う。ゆっくりと解されながら絡み合うようなセックスに、俺は戸惑いを隠せなかった。
「ああっ……それ、だめ。出る……っ」
俺のものを兄ちゃんが握る。ちゅこちゅこと扱かれると体が丸まって震えた。
「見せて」
「はあっ、はあっ……あ、ああっ」
少しも我慢できず、ぴゅく。と兄ちゃんの胸に吐精してしまった。とろんとなる俺の目を兄ちゃんが覗き込む。俺の唇を舐めて、かわいい。と言った。
「か、かわいくない……」
「ふふ。俺にとってはかわいいんだよ」
「んう……っ」
「奏……」
ぐじゅ。と下から突き上げられる。兄ちゃんの引き締まった裸体から俺のがだらりと垂れたのが見えた。
「奏……奏」
「んっ、ンッ……」
抱きしめられて、名前を呼ばれる。そのあまりの心地良さに意識がふわりと舞いそうだ。
「にいちゃっ……」
「奏……好きだよ」
「……んぅ……っ」
また傷口に口付けられる。
「愛してる……奏」
兄ちゃんは、好きだよ、と、愛してるよ、を俺にたくさん聞かせてくれた。きっと今までの罪滅ぼしのつもりだ。どんな言葉で、どんな仕草で兄ちゃんに扱われたら俺が喜ぶのか兄ちゃんは知っている。なんて浅はかな、単純な人間なんだろう、俺は。でも、それを素直に受け止めたい。
「兄ちゃん……」
ああ、あと少し、あと少しだけ、今日が続いてくれたらなぁ……。
あんなに言わずに頑なだった兄ちゃんが俺にその言葉を降らせるだけで、俺は兄ちゃんに対するわだかまりを無くせる気がした。むしろ、もっと兄ちゃんの存在が俺の中で大きなものになるのを感じた。ずっと前から俺を守ってくれていた兄ちゃんを、もっともっと好きになるのに、理由なんていらなかった。
兄ちゃんの家。少し、緊張する……。
「奏! ……おかえり」
「ただいま……」
あの後、俺はやっぱりボスに会いたくて、一度帰った。兄ちゃんはずっとそれには反対していた。俺の身を案じて。でも俺は、ボスは俺達に危害を加えるようなことはないと根拠のない自信があった。心配する兄ちゃんを宥めて、すぐにまたここに来ると約束して俺はボスと会ってきた。
「ごめんね。心配かけて……」
「ほんとだよ」
「……」
ぎゅ、と力強く抱きしめられる。良かった。と俺に言って、また俺を小さくした。
「兄ちゃん……苦しいよ」
「あっ、ごめん」
ぱっと体が離れる。不安そうな顔をする兄ちゃんに、俺は精一杯笑ってみせた。うまく笑えているだろうか。
「……」
沈黙が流れる。兄ちゃんに、何を言おう。全て本当のことを言った方がいいだろうか……。
「奏……。俺、いろいろ……聞きたいけど……お前が言いたくないなら、言わなくていいから」
「……」
俺の気持ちを察したのか、兄ちゃんがそう言った。
「兄ちゃん……」
いや、やっぱり言おう。兄ちゃんだって、ずっと俺を守ってくれてたじゃないか。
「あのね……ボスと話してきたことなんだけど」
「……うん」
「兄ちゃんを、自由にしてあげてって言ったんだ……俺」
「えっ……」
「でも、それは無理だって。ボスは、俺に手をかけたくないって……」
「そっか。仕方ないよ。それは……」
「それでね。ボスに……ボスに、兄ちゃんと一緒にいたいって言ったんだ、俺」
「……奏」
「俺が日本に来るのに、最初ボスは条件をつけてた」
「……条件?」
それは、俺の用事が済んだら必ずボスの元に帰ってくることだった。俺はその時過保護なボスだと信じて疑わなかったけど、俺の役目を知った今ならどうしてなのか理解できている。子どもの替えを側に置いておきたいのだ。もしもの時のために。
「ここにいて大丈夫なのか」
「反抗期。遅めの」
「……奏」
「兄ちゃんが守ってくれるんでしょ」
「……」
兄ちゃんの顔を見ていたら、ぽろ、となぜか泣いてしまった。これでは、兄ちゃんにまた罪を重ねろと言っているようなものだ。残酷なのは俺の方だったのかとため息が漏れた。そんな俺を、兄ちゃんが眉を寄せ口を噤んでまた抱きしめた。
「に、兄ちゃん。俺、ここにいてもいい? ここにいたい。兄ちゃん……」
まだ兄ちゃんが向こうにいた時、ずっと一緒にいような、と言ってくれたのを思い出した。一度は約束を破った兄ちゃんだけど、今度ぐらい俺のわがままをきいて欲しい。
「うん……もちろん」
「へへっ……大好き、兄ちゃん」
離れていた時はわからなかった、兄ちゃんの気持ち。あんなに俺を一人にしたことを憎んでいたのに、今はもうその思いはない。兄ちゃんの腕の中で、胸の中で、大事にされてるこの瞬間を、俺は大切に心の中にしまった。
「愛してる……奏」
「……なんか、照れるね。それ言われると」
「……うん」
兄ちゃん。俺って、愛してるって言ったことないね。兄ちゃんに好きって言った方がしっくりくる。まだ、子どもなのかな。
「……んっ」
このまま、兄ちゃんの優しさに浸かっていたい。あの頃の俺達の、続きがしたい。もう離れ離れにならなくていいように、まじないをかけるように俺達は唇を重ね合い、照れ合って、その温もりを分け合った。
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