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第六章

懐妊

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 翌日、執務室のルキウスを訪ねてきたのは、昨日オクタヴィアを診た医師だった。
 悪い予感が、背骨を駆け下りる。やはり彼女の病気が、重篤なものだったのではないかと、心臓が悲鳴を上げた。

 だが、それも一瞬だった。医師の顔が晴れやかなのを見れば、とても悪い知らせとは思えない。
 腕に抱えられた花束を見て、ああ、とルキウスも笑顔になる。見舞いのために、来てくれたのだろう。
 幼い頃からオクタヴィアの主治医であるから、皇帝への追従ではなく、本当に彼女を心配してくれているだろうことを思えば嬉しくなる。

「わざわざすまない。妻も喜ぶだろう」

 花束を受け取るルキウスに、医師の顔に刻まれる笑みが深くなる。

「他の贈り物は今、用意しておりますが……取り急ぎ、お祝いを申し上げたくて」

 祝い、と言ったか。
 ふと、ルキウスは眉を顰める。
 オクタヴィアの体調が崩れたことを喜ぶはずもなく、まして祝いの品まで用意するなどどう考えてもおかしな話だ。
 怪訝な表情に気付かないのか、医師は笑顔のままに続ける。

「この度は皇后様のご懐妊、おめでとうございます」

 時が、止まった。

 風景から、色彩が消え失せる。
 目を大きく見開いたまま、自分の耳を疑った。

 オクタヴィアが、妊娠した。

 ありえない。自分は一度も、彼女を抱いたことなどなかった。
 否、仮に二人の間に性的な交わりがあったとしても、女同士で子が宿ることはない。
 だとしたら、可能性は一つだけだった。

 ――オクタヴィアの、裏切り。

 鈍器で殴られたような衝撃だった。頭の芯がズキリと痛み、眩暈がする。

「――ありがとう。私も、とても喜んでいる」

 目の前が真っ白に染まり、遠のきそうになる意識の中、辛うじて微笑みを刻むことができたのは、我ながら大した自制心だったと思う。

「だがなぜ、すぐに報告をくれなかった?」

 診察は昨日だった。今日、二度目の診断をして確定したわけでもないだろう。
 だとすれば、即座に報告して然るべき内容だった。

 医師は、少し困ったような笑みになる。

「オクタヴィア様が、皇帝にはご自分からお伝えしたい、とおっしゃっておられたので……初子の妊娠ですから、お気持ちもわかりますので」

 なるほど、そう言われれば医師としては待つのは当然だった。だから伝わったであろう翌日に、こうして祝いに来たのだ。

「――そうか、気遣い感謝する」
「妊婦というのは、何かにつけて心細く感じるものです。できれば早くお戻りになって、お傍についていて下さると、オクタヴィア様もお心強いかと」
「もちろんだ。仕事が終わり次第、すぐに帰るつもりでいる。妻と――腹の子どもの元へ」

 自分では笑顔で言ったつもりだが、うまく表情を作ることができていただろうか。
 礼を残して立ち去る後ろ姿を見送るルキウスの、心臓はまるで、打ち鳴らす早鐘のようだった。
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