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ACT.3
2.異変
しおりを挟む振り上げられた右手を見て、思わず苦笑する。
まぁ、言う必要のないことまで言ったあたしも悪かった。気が済むなら、女の子の平手一発くらい受けてもいっかなぁ。
――そう思ったのは、一瞬だけだった。
感じたのは、不自然なまでの――殺気。
咄嗟に、左の内受けでガードする。
見ると、花森さんの右手はしっかりと、拳が握られていた。
えっ、女の子がいきなり、グーで殴りかかってくる!?
油断というか先入観というか……手刀一発で折れそうな細い子だから、平手だろうと思ったのに。
しかも攻撃は、最初の一発だけじゃなかった。なんとか受け、よけるあたしに、次々と拳が繰り出される。
「えっ、ちょっ、待っ……!」
制服の袖から見える手首は、やっぱり細い。とても腕力があるようには見えないけど、拳を受けると、手が痺れるくらいの強さがあった。
殺気と力強さと――気を抜くと、反射的に反撃してしまいそうになる。
けど、古武術経験者のあたしが、一般の人に――しかも女の子を殴るわけにはいかなかった。
「ユアちゃん、やりすぎだって……」
さすがにドン引きしたのか、笹川さんが制止の声を上げる。
でも迫力と勢いのすごい花森さんとの間に割って入る勇気はないようで、おずおずと小さく言うだけだった。
――っていうか、花森さんの様子、さすがにおかしくない……?
もう笹川さんの声なんて、全然耳に入ってない。しかも目もイッちゃってるっていうか、形相もすごいことになっていた。
怒りに我を忘れて、とか、そんな生易しいものじゃない。正気じゃないというか、別人というか、ケモノみたいというか――
有体に言えば、まるでなにかに取り憑かれたみたいだった。
まさかね。浮かんだ発想を、即座に否定する。
そもそも今は、バカなことを考えてる場合じゃない。
踊り場なんて広くない場所で暴れるのは、危なかった。うっかり階段から落ちたら――
ううん、落ちるのがあたしなら、受け身が取れる。でも花森さんが落ちちゃったら、大ケガをする可能性があった。
「――倉橋!」
さて、どうしよう。
堂々巡りの思考に陥りかけたとき、聞こえたのは葛城の声だった。
おぅふ、本人登場とかさすがに花森さん可哀想。こんなとこ、見られたいはずないし。
でも、「あ、ヤバイ」って我に返ってくれるかも。
同じことを考えたんだろう。町田さんと笹森さんも、少しホッとした顔だった。
――けど、花森さんの様子に、変化はなかった。
これで落ち着くだろう――思ったのが、油断に繋がったのかもしれない。
花森さんが振り上げた拳を、あたしの頭上めがけて振り下ろすのに、反応が一瞬遅れた。
あたしと彼女の身長差は、20cmくらい。これくらい差があれば、ものすごーく有効な攻撃だった。
咄嗟に揚げ受けで構えたけど、振り下ろす力は予想外に強い。受けきれなかったらさすがに――ヤバイ。
「――――!?」
受けきれなくても、勢いを殺すか威力を横に流せればいいけど。
衝撃を覚悟して、思わず目を閉じる。
けれど、なんにもなかった。
時間にして、たぶん数秒だとは思うけど――びっくりしながら、あたしは目を開ける。
すぐ目の前にあったのは、花森さんの苦しそうな顔。
見ると、振り上げた右手首を、葛城が掴んでいた。
正直、すごいと思った。
花森さんが打ち込んできたとき、ものすごい力だった。振り下ろす勢いは、それよりも強いはず。
それを片手1本で、手首を掴むだけで止めちゃうなんて。
花森さんは掴まれた手を振りほどこうとするんじゃなく、さらに攻撃に出た。
顔面を殴られれば、普通は怯む。単純に、技術もなく振りほどこうと暴れるよりは、よほど効率的だった。
でも、普通の女子がそんな発想するだろうか。
葛城は慌てることなく、花森さんの左手も易々と受け止める。
――ギリッと響いたのは、彼女の手首が上げた悲鳴か。
葛城の大きな手は、花森さんの手首を一周して、さらに余るくらいだった。
唖然と見上げる先で、掴まれた手首から上の部分が白くなっていく。強い力で掴み上げられているせいで、血が止まっていた。
すっと細められた葛城の目が、怖い。
「――失せろ。二度と近づくな」
元から高校生にしては低い葛城の声が、さらに低く、迫力を増す。
そしてなにやら、ぶつぶつと小さな呟きが響いた。
「いたぁーいっ……!」
なにを言ってるのか、まったく聞き取れなかったけど――葛城の呟きが終わるよりも先に、花森さんが悲鳴を上げた。
そりゃあ、あれだけ強く掴まれてたら痛いに決まってる。悲鳴も、泣き声も、当たり前だった。
なのに葛城は、チッ、と舌打ちを吐き捨てる。
――その態度で、ようやく我に返った。
「葛城、お前――!」
助けられたことも忘れ、とっさに非難が口をつく。
葛城はあたしに一瞥を向けると、花森さんを掴んでた手を離した。
反動で倒れ込む彼女を支えようと、咄嗟に腕を伸ばすけど、届かなかった。床にへたり込む手首に、くっきりついた葛城の手の痕が、痛々しい。
「大丈夫!?」
「いたいぃ……」
さすったって、痛みがなくなるわけじゃない。どころか、摩擦で増すかもしれない。
痛がって泣く彼女に、今、この場でしてあげられることはない。
それよりも、今は――もうこちらに興味をなくしたように、踵を返して去って行く葛城を追う方が先に思えた。
「まず冷やして! それからシップ。重い荷物も持たないで――あとはお願い! ごめん!」
町田さんと笹川さんに言い捨てて、あたしは急いで階段を駆け下りた。
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