15 / 30
第15話:リリアンの病状についてアレックスと相談する
しおりを挟む
ミルドレッドはしばらく時計の表示板を眺めた後、西棟の屋上から下りると、アレックスの家に向かう。ちょうど、アレックスが北棟の玄関に入るのが見えた。
「アレックス、全部配り終えたわよ」
「お疲れ様。俺も終わったよ」
「ところで例の『フロイドの鍵』はどうだったの」
「それがさあ、何部屋かの扉に鍵を合わせてみたんだけど、大きさが全然違うんだよな。少なくとも扉の鍵ではなさそうだね、やれやれ」
「やっぱり鍵じゃなくて、ただの髪留めじゃないの。北棟と西棟の建物の扉にも全然合わない感じだったわ」
「うーん、そうなのかなあ。まあ、これは返すよ」
アレックスから『フロイドの鍵』を返してもらったミルドレッドはそれを眺めてみる。やはり鍵の装飾がついた髪留めに過ぎないんだろうなあと思った。そもそも、怪盗フロイドとは何の関係もないただの髪飾りの可能性もあるじゃないかとミルドレッドは前髪にそれを付けた。
「じゃあ、部屋に戻ろうぜ、ポーラの食事も出来ているだろうから」
「うん、わかった」
アレックスと一緒に四階まで上がり、部屋に戻った。扉を開けるとポーラがニコニコしながら出迎えてくれる。
「おかえりなさい、お兄ちゃん、ミルドレッドお姉さん。もう夕食は出来てるよ」
小さい机にはお皿が四枚置いてある。リリアンはすでに椅子に座っていた。その時、ミルドレッドはふと後ろから人の気配を感じた。振り返ると、階段を下りていく男の背中が見えた。がっしりとした体格の男。ほんの一瞬、男が顔を動かした際、頬に傷があるように見えた。背格好から貧民休息所の窓から見た黒いコート姿の背の高い男を思い出してしまった。なんとなくぞっとしてすぐに扉を閉めたミルドレッドだったが、気にしすぎかなとも思った。黒いコートを着た男なんていくらでもいる。
四人で食事をとっていると、リリアンが軽く咳をした。ポーラが心配そうにリリアンを見て言った。
「リリアンお姉ちゃん、大丈夫」
「うん、大丈夫、ちょっとスープが喉に引っかかっただけよ」
ポーラを見て微笑むリリアンだったが、ミルドレッドから見るとやはり肺の調子が悪いのではと思った。こんな首都の汚い空気の中で暮らすよりは、田舎の病院かどこかで静養したほうがいいのではとも思った。しかし、そんなお金の余裕は全くないのだろう。このまま少しずつ悪くして、肺を病んで亡くなってしまった自分の両親のようになってしまうのではないかと心配になった。アレックスと相談したくなったが、リリアン本人に失礼かと思い、リリアンには聞こえないように時計塔の部屋にアレックスを誘うことにした。
食事を済ますとすぐにリリアンはベッドに横になった。ミルドレッドは時計塔の部屋へ縄梯子を上る。そして、アレックスに言った。
「ねえ、アレックス、ちょっと来てくれない。この部屋のことで」
「え、な、なんだい」
なんだか、ちょっと慌てた感じでアレックスも縄梯子を登って来る。ミルドレッドはランプを点けて、蓋を閉めると小声でアレックスに言った。
「リリアンさんのことなんだけど、体の調子はどうなの。お医者さんに診せた方がいいんじゃないのかしら」
すると、アレックスは困った顔で言った。
「実はそうしたいのはやまやまなんだけど、お金が無くてさあ。と言って空気のきれいな田舎に引っ越しても仕事も無いし、それこそ飢え死にだよ」
「一度でもいいからお医者さんに診てもらうことはできないのかしら」
「うーん、とにかくお金を貯めるしかないなあ」
「あたしも協力するわ。稼いだ分の一部を預けるから」
「いや、悪いからいいよ」
「いえ、この家に厄介になっているんで」
ミルドレッドは今日働いた分から一部をアレックスに渡した。
「ありがとう、大切に保管しておくよ」
「そう言えば、あの『オオバコ茶』ってリリアンさんのために作ったのかしら」
「うん、実はそうなんだよ。咳止めになるって話だからね。けど、肺の病にはあまり効果ないみたいだなあ。ただ、多少は元気になるみたいだけど」
「そうなの……」
自分の両親のこともあるし、リリアンの病状が気になったミルドレッドだったが、自分は医者ではないからどうにもならないと思った。早く、リリアンをちゃんとしたお医者さんに診せてあげたい。そこでさきほどの西棟の地下一階に住んでいるハーバート老人の頼み事について思い出した。
「ねえ、アレックス。西棟の地下一階に住んでいるハーバートって人、知ってるかしら」
「いや、西棟にどんな人が住んでるかなんて、ほとんど知らないなあ。この階の人たちくらいだね、顔と名前が一致するのは。そのハーバートさんがどうしたの」
「もうだいぶお年寄りの方なんだけど、今日、『灰ひろい』で一緒になったの。そこで、調子が悪くなったので『オオバコ茶』をあげたら、少し元気になってね。もっとほしいって言われたのよ。お金も払うって。余ってないかしら」
「そうなんだ。実は大量に作っちゃってさあ。なんせ無料だからね。ポーラが張り切り過ぎてさ。だいぶ余ってるから、腐らしてもしょうがないので分けてもいいよ。戸棚の下の段にいっぱい入ってるから持っていったら」
「じゃあ、明日、持って行くわ」
「それより部屋のことってなんのことだよ」
話したかったのはリリアンの健康状態のことで、この部屋のことは関係なかった。しかし、ミルドレッドはハーバート老人の話をしたことで、西棟の屋上から見た時計塔の表示板についてまた思い出した。そこで、アレックスに言ってみようと思った。
「ほら、初めてこの部屋に案内されて眠ろうとした時、ちょっと気になって、この時計塔の表示板がある方の扉を開けて、外を眺めたの。ついでに表示板を見たら、四時の辺りに何かいたずら書きみたいなのが書いてあったのよ。よく見えなかったけど。そして、今日、西棟の屋上へ上って、そこから見たの。遠くて見えなかったけど文字らしきものがやはり書いてあったの。書くというか、何かで刻んでいるような感じだったけど」
「うーん、けど、そのいたずら書きみたいなものがどうしたの」
ミルドレッドは『フロイドの鍵』を前髪から外してアレックスに見せた。
「前にも言ったこと覚えているかしら。この鍵だか髪留めかわからないけど、表面に小さく時計と羽ペンのようなマークが刻みこまれているじゃない。そして、この時計の印は午後四時を指しているのよ。おまけに羽ペンの印もある。つまり、この時計塔の表示板の午後四時の部分に、そのフロイドさんの宝物か何か知らないけど、それがどこにあるか書いてあるんじゃないかって思ったの」
「そんなみんなが見える時計塔の表示板に大切な宝の場所を書いたりするかなあ」
「誰もが見える場所に書くことでかえって注目されないと考えたかもしれないわ。または、この怪盗フロイドさんってあんまり深く考えない人みたいじゃない。おふざけも好きみたいだし。単純に物事を考える人ってことでもなかったかしら。もし自分が死んだ場合は恋人さんにわかるようにしたんじゃないの」
「まあ、確かにそんなに頭のいい人ではなかったようだけどなあ。でも、そうすると怪盗フロイドが、屋上からこの部屋を通って、時計の表示板まで行ったってことなのかあ。そう考えるとちょっと面白いかな」
「ここって、去年はどうゆう状況だったの」
「まあ、物置で使ってたんだけど、鍵なんてかけていなかったよ。だから、屋上からなら誰でも入ることは可能だなあ」
ミルドレッドはフロイドがこっそりとこの部屋に入って、時計の表示板側の扉を開けて、書き込みにいくのを想像してみる。ありえないことではないと思った。
「ちょっと、見てみるか」
そう言って、首を捻りながらも、時計塔の扉を開けるアレックス。
もう外は真っ暗だ。
携帯ランプで表示板の四時辺りを照らして見ている。
「うーん、確かに何か文字らしきものが見えるけど、この角度だと読めないね」
「どうにか読む方法ないかしら」
アレックスは下の方を照らす。出っ張りが見える。
「あの出っ張りを伝っていけば、文字らしき方へ行けそうだなあ。でも、俺、文字は読めないし」
「じゃあ、あたしが行ってみるわ」
「おいおい、今は外は真っ暗だぞ、危ないから明日にしようぜ。今日はもう一日仕事で疲れたことだし、明日の朝に見てみることにしないか」
確かにもう真っ暗で、この出っ張りに人が乗ることが出来るのかどうかもよくわからない。ミルドレッドはアレックスの言うことも、もっともだと思った。
「じゃあ、とりあえず明日の朝ってことで、俺は下の部屋に降りて、もう寝るよ。おやすみ、ミルドレッド」
「おやすみなさい、アレックス」
アレックスは縄梯子を下りる。そして、蓋を閉めた。ミルドレッドは部屋の扉の鍵を閉めようとして、もう一度、下の出っ張りを確かめてみた。ランプで照らしてみる。よく見ると少し崩れているような場所もあった。アレックスには自分が行くと言ってしまったが、大丈夫かと心配になってしまった。無理に見る必要はないし、やめようかと思った。ただ、やはりあの文字は気になる。
一度は確認してみたいと思いながら、ミルドレッドは扉を閉めようして、ふと中庭を見ると、ほとんど壊れたガス灯ばかりの中では数少ない、いまだに灯っている灯の光で人影が見えた。一瞬だけだったが歩き去っていく姿が、この部屋に戻ってきたときに見かけた黒いコート姿の背の高い男に似ているような気がした。ミルドレッドは怖くなって、すぐに扉を閉める。
もしかして、自分は見張られているのだろうか、それとも単なる気のせいだろうか、よくわからなかった。毛布にくるまりながら、ミルドレッドはもう一度よく考えてみる。何であのお婆さんは殺されたのか。何で自分のカバンだけ盗まれたのか。そして、どうも自分を見張っているかのようなあの黒いコート姿の男。前髪から『フロイドの鍵』を取り外してみる。時計と羽ペンの刻印。明日の朝、確認してみようと思いながら、ミルドレッドは眠りに落ちた。
「アレックス、全部配り終えたわよ」
「お疲れ様。俺も終わったよ」
「ところで例の『フロイドの鍵』はどうだったの」
「それがさあ、何部屋かの扉に鍵を合わせてみたんだけど、大きさが全然違うんだよな。少なくとも扉の鍵ではなさそうだね、やれやれ」
「やっぱり鍵じゃなくて、ただの髪留めじゃないの。北棟と西棟の建物の扉にも全然合わない感じだったわ」
「うーん、そうなのかなあ。まあ、これは返すよ」
アレックスから『フロイドの鍵』を返してもらったミルドレッドはそれを眺めてみる。やはり鍵の装飾がついた髪留めに過ぎないんだろうなあと思った。そもそも、怪盗フロイドとは何の関係もないただの髪飾りの可能性もあるじゃないかとミルドレッドは前髪にそれを付けた。
「じゃあ、部屋に戻ろうぜ、ポーラの食事も出来ているだろうから」
「うん、わかった」
アレックスと一緒に四階まで上がり、部屋に戻った。扉を開けるとポーラがニコニコしながら出迎えてくれる。
「おかえりなさい、お兄ちゃん、ミルドレッドお姉さん。もう夕食は出来てるよ」
小さい机にはお皿が四枚置いてある。リリアンはすでに椅子に座っていた。その時、ミルドレッドはふと後ろから人の気配を感じた。振り返ると、階段を下りていく男の背中が見えた。がっしりとした体格の男。ほんの一瞬、男が顔を動かした際、頬に傷があるように見えた。背格好から貧民休息所の窓から見た黒いコート姿の背の高い男を思い出してしまった。なんとなくぞっとしてすぐに扉を閉めたミルドレッドだったが、気にしすぎかなとも思った。黒いコートを着た男なんていくらでもいる。
四人で食事をとっていると、リリアンが軽く咳をした。ポーラが心配そうにリリアンを見て言った。
「リリアンお姉ちゃん、大丈夫」
「うん、大丈夫、ちょっとスープが喉に引っかかっただけよ」
ポーラを見て微笑むリリアンだったが、ミルドレッドから見るとやはり肺の調子が悪いのではと思った。こんな首都の汚い空気の中で暮らすよりは、田舎の病院かどこかで静養したほうがいいのではとも思った。しかし、そんなお金の余裕は全くないのだろう。このまま少しずつ悪くして、肺を病んで亡くなってしまった自分の両親のようになってしまうのではないかと心配になった。アレックスと相談したくなったが、リリアン本人に失礼かと思い、リリアンには聞こえないように時計塔の部屋にアレックスを誘うことにした。
食事を済ますとすぐにリリアンはベッドに横になった。ミルドレッドは時計塔の部屋へ縄梯子を上る。そして、アレックスに言った。
「ねえ、アレックス、ちょっと来てくれない。この部屋のことで」
「え、な、なんだい」
なんだか、ちょっと慌てた感じでアレックスも縄梯子を登って来る。ミルドレッドはランプを点けて、蓋を閉めると小声でアレックスに言った。
「リリアンさんのことなんだけど、体の調子はどうなの。お医者さんに診せた方がいいんじゃないのかしら」
すると、アレックスは困った顔で言った。
「実はそうしたいのはやまやまなんだけど、お金が無くてさあ。と言って空気のきれいな田舎に引っ越しても仕事も無いし、それこそ飢え死にだよ」
「一度でもいいからお医者さんに診てもらうことはできないのかしら」
「うーん、とにかくお金を貯めるしかないなあ」
「あたしも協力するわ。稼いだ分の一部を預けるから」
「いや、悪いからいいよ」
「いえ、この家に厄介になっているんで」
ミルドレッドは今日働いた分から一部をアレックスに渡した。
「ありがとう、大切に保管しておくよ」
「そう言えば、あの『オオバコ茶』ってリリアンさんのために作ったのかしら」
「うん、実はそうなんだよ。咳止めになるって話だからね。けど、肺の病にはあまり効果ないみたいだなあ。ただ、多少は元気になるみたいだけど」
「そうなの……」
自分の両親のこともあるし、リリアンの病状が気になったミルドレッドだったが、自分は医者ではないからどうにもならないと思った。早く、リリアンをちゃんとしたお医者さんに診せてあげたい。そこでさきほどの西棟の地下一階に住んでいるハーバート老人の頼み事について思い出した。
「ねえ、アレックス。西棟の地下一階に住んでいるハーバートって人、知ってるかしら」
「いや、西棟にどんな人が住んでるかなんて、ほとんど知らないなあ。この階の人たちくらいだね、顔と名前が一致するのは。そのハーバートさんがどうしたの」
「もうだいぶお年寄りの方なんだけど、今日、『灰ひろい』で一緒になったの。そこで、調子が悪くなったので『オオバコ茶』をあげたら、少し元気になってね。もっとほしいって言われたのよ。お金も払うって。余ってないかしら」
「そうなんだ。実は大量に作っちゃってさあ。なんせ無料だからね。ポーラが張り切り過ぎてさ。だいぶ余ってるから、腐らしてもしょうがないので分けてもいいよ。戸棚の下の段にいっぱい入ってるから持っていったら」
「じゃあ、明日、持って行くわ」
「それより部屋のことってなんのことだよ」
話したかったのはリリアンの健康状態のことで、この部屋のことは関係なかった。しかし、ミルドレッドはハーバート老人の話をしたことで、西棟の屋上から見た時計塔の表示板についてまた思い出した。そこで、アレックスに言ってみようと思った。
「ほら、初めてこの部屋に案内されて眠ろうとした時、ちょっと気になって、この時計塔の表示板がある方の扉を開けて、外を眺めたの。ついでに表示板を見たら、四時の辺りに何かいたずら書きみたいなのが書いてあったのよ。よく見えなかったけど。そして、今日、西棟の屋上へ上って、そこから見たの。遠くて見えなかったけど文字らしきものがやはり書いてあったの。書くというか、何かで刻んでいるような感じだったけど」
「うーん、けど、そのいたずら書きみたいなものがどうしたの」
ミルドレッドは『フロイドの鍵』を前髪から外してアレックスに見せた。
「前にも言ったこと覚えているかしら。この鍵だか髪留めかわからないけど、表面に小さく時計と羽ペンのようなマークが刻みこまれているじゃない。そして、この時計の印は午後四時を指しているのよ。おまけに羽ペンの印もある。つまり、この時計塔の表示板の午後四時の部分に、そのフロイドさんの宝物か何か知らないけど、それがどこにあるか書いてあるんじゃないかって思ったの」
「そんなみんなが見える時計塔の表示板に大切な宝の場所を書いたりするかなあ」
「誰もが見える場所に書くことでかえって注目されないと考えたかもしれないわ。または、この怪盗フロイドさんってあんまり深く考えない人みたいじゃない。おふざけも好きみたいだし。単純に物事を考える人ってことでもなかったかしら。もし自分が死んだ場合は恋人さんにわかるようにしたんじゃないの」
「まあ、確かにそんなに頭のいい人ではなかったようだけどなあ。でも、そうすると怪盗フロイドが、屋上からこの部屋を通って、時計の表示板まで行ったってことなのかあ。そう考えるとちょっと面白いかな」
「ここって、去年はどうゆう状況だったの」
「まあ、物置で使ってたんだけど、鍵なんてかけていなかったよ。だから、屋上からなら誰でも入ることは可能だなあ」
ミルドレッドはフロイドがこっそりとこの部屋に入って、時計の表示板側の扉を開けて、書き込みにいくのを想像してみる。ありえないことではないと思った。
「ちょっと、見てみるか」
そう言って、首を捻りながらも、時計塔の扉を開けるアレックス。
もう外は真っ暗だ。
携帯ランプで表示板の四時辺りを照らして見ている。
「うーん、確かに何か文字らしきものが見えるけど、この角度だと読めないね」
「どうにか読む方法ないかしら」
アレックスは下の方を照らす。出っ張りが見える。
「あの出っ張りを伝っていけば、文字らしき方へ行けそうだなあ。でも、俺、文字は読めないし」
「じゃあ、あたしが行ってみるわ」
「おいおい、今は外は真っ暗だぞ、危ないから明日にしようぜ。今日はもう一日仕事で疲れたことだし、明日の朝に見てみることにしないか」
確かにもう真っ暗で、この出っ張りに人が乗ることが出来るのかどうかもよくわからない。ミルドレッドはアレックスの言うことも、もっともだと思った。
「じゃあ、とりあえず明日の朝ってことで、俺は下の部屋に降りて、もう寝るよ。おやすみ、ミルドレッド」
「おやすみなさい、アレックス」
アレックスは縄梯子を下りる。そして、蓋を閉めた。ミルドレッドは部屋の扉の鍵を閉めようとして、もう一度、下の出っ張りを確かめてみた。ランプで照らしてみる。よく見ると少し崩れているような場所もあった。アレックスには自分が行くと言ってしまったが、大丈夫かと心配になってしまった。無理に見る必要はないし、やめようかと思った。ただ、やはりあの文字は気になる。
一度は確認してみたいと思いながら、ミルドレッドは扉を閉めようして、ふと中庭を見ると、ほとんど壊れたガス灯ばかりの中では数少ない、いまだに灯っている灯の光で人影が見えた。一瞬だけだったが歩き去っていく姿が、この部屋に戻ってきたときに見かけた黒いコート姿の背の高い男に似ているような気がした。ミルドレッドは怖くなって、すぐに扉を閉める。
もしかして、自分は見張られているのだろうか、それとも単なる気のせいだろうか、よくわからなかった。毛布にくるまりながら、ミルドレッドはもう一度よく考えてみる。何であのお婆さんは殺されたのか。何で自分のカバンだけ盗まれたのか。そして、どうも自分を見張っているかのようなあの黒いコート姿の男。前髪から『フロイドの鍵』を取り外してみる。時計と羽ペンの刻印。明日の朝、確認してみようと思いながら、ミルドレッドは眠りに落ちた。
1
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
お持ち帰り召喚士磯貝〜なんでも持ち運び出来る【転移】スキルで異世界つまみ食い生活〜
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ひょんなことから男子高校生、磯貝章(いそがいあきら)は授業中、クラス毎異世界クラセリアへと飛ばされた。
勇者としての役割、与えられた力。
クラスメイトに協力的なお姫様。
しかし能力を開示する魔道具が発動しなかったことを皮切りに、お姫様も想像だにしない出来事が起こった。
突如鳴り出すメール音。SNSのメロディ。
そして学校前を包囲する警察官からの呼びかけにクラスが騒然とする。
なんと、いつの間にか元の世界に帰ってきてしまっていたのだ!
──王城ごと。
王様達は警察官に武力行為を示すべく魔法の詠唱を行うが、それらが発動することはなく、現行犯逮捕された!
そのあとクラスメイトも事情聴取を受け、翌日から普通の学校生活が再開する。
何故元の世界に帰ってきてしまったのか?
そして何故か使えない魔法。
どうも日本では魔法そのものが扱えない様で、異世界の貴族達は魔法を取り上げられた平民として最低限の暮らしを強いられた。
それを他所に内心あわてている生徒が一人。
それこそが磯貝章だった。
「やっべー、もしかしてこれ、俺のせい?」
目の前に浮かび上がったステータスボードには異世界の場所と、再転移するまでのクールタイムが浮かび上がっていた。
幸い、章はクラスの中ではあまり目立たない男子生徒という立ち位置。
もしあのまま帰って来なかったらどうなっていただろうというクラスメイトの話題には参加させず、この能力をどうするべきか悩んでいた。
そして一部のクラスメイトの独断によって明かされたスキル達。
当然章の能力も開示され、家族ごとマスコミからバッシングを受けていた。
日々注目されることに辟易した章は、能力を使う内にこう思う様になった。
「もしかして、この能力を金に変えて食っていけるかも?」
──これは転移を手に入れてしまった少年と、それに巻き込まれる現地住民の異世界ドタバタコメディである。
序章まで一挙公開。
翌日から7:00、12:00、17:00、22:00更新。
序章 異世界転移【9/2〜】
一章 異世界クラセリア【9/3〜】
二章 ダンジョンアタック!【9/5〜】
三章 発足! 異世界旅行業【9/8〜】
四章 新生活は異世界で【9/10〜】
五章 巻き込まれて異世界【9/12〜】
六章 体験! エルフの暮らし【9/17〜】
七章 探索! 並行世界【9/19〜】
95部で第一部完とさせて貰ってます。
※9/24日まで毎日投稿されます。
※カクヨムさんでも改稿前の作品が読めます。
おおよそ、起こりうるであろう転移系の内容を網羅してます。
勇者召喚、ハーレム勇者、巻き込まれ召喚、俺TUEEEE等々。
ダンジョン活動、ダンジョンマスターまでなんでもあります。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜
墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。
主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。
異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……?
召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。
明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
母の日 母にカンシャを
れん
恋愛
母の日、普段は恥ずかしくて言えない、日ごろの感謝の気持ちを込めて花束を贈ったら……まさか、こうなるとは思わなかった。
※時事ネタ思いつき作品です。
ノクターンからの転載。全9話。
性描写、近親相姦描写(母×子)を含みます。
苦手な方はご注意ください。
表紙は画像生成AIで出力しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる