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第8話:大家が訪ねてくる
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リリアンが水をやっているゼラニウムはいろんな色がある。ミルドレッドは花には詳しくないが、きれいなので興味深く見ていると、リリアンに質問された。
「ミルドレッドはどの色のゼラニウムがお気に入りかしら」
「……そうですね。この白い花が素敵ですね」
リリアンがくすりと笑う。
「え、なにかおかしいですか」
「いえ、花言葉を思い出してね。ゼラニウムの白い花はあまりよくない花言葉なのよ」
「どういう花言葉なんですか」
「『私はあなたの愛を信じない』よ。あまりよくない花言葉ね」
ミルドレッドは花言葉なんて、全く知らないので、思わず他のゼラニウムの花についてもリリアンに聞いた。
「そうなんですか。他の色はどうなんですか」
「この赤いゼラニウムの花言葉は『君ありて幸福』。ピンク色は『決心』。黄色は『予期せぬ出会い』。緋色は『憂鬱』ね」
「リリアンさん、詳しいんですね」
「うん、小さい頃は両親と一緒に田舎の農村に住んでいたから、けっこう詳しくなったの。いろんな花が咲いていたわ。小作農だったから、機械化が始まって、農場での仕事を失ってしまったのよ。それで都市へ移ってきたんだけど、それからは父も母も相次いで亡くなって、今はこんな狭い部屋で暮らすしかなくなったの。それで農村に住んでいたころが懐かしくてね。年中、いろんな花が咲いていたのをよく思い出すの。田舎育ちだから、やっぱり身近に植物を置きたいのよね」
そして、リリアンはなんとなく、自分に言い聞かせるような感じで呟くように言った。
「こうしたお花を育てているとね、私は思うの。つらくて苦しいことがあっても、植物はこの汚れた薄暗い部屋でも、その隅っこで黙って成長して、新しい葉を大きくして、きれいな花を咲かしてくれるの。そして、それを自らの手でこの部屋に作り出しているのは自分なんだってこと。このお花があるおかげで私にとっても慰めになっているし、多少は元気も出るのよ」
貧しくても、お花を育てるだけで少しは心が豊かになれるのかなあとリリアンの話を聞いてミルドレッドは思った。しかし、元気が出ると言っているが、リリアンは、やはりあまり調子が良くなさそうだ。お花に水をかけるじょうろを持つ手が少し震えているし、ちょっと軽く咳もしている。大丈夫かなあとミルドレッドはリリアンに申し出た。
「あの、リリアンさん、あたしが代わりにお花にお水をあげましょうか。リリアンさんはベッドで寝ていた方が……」
「……いえ、大丈夫です。自分で育てたんで最後まで責任をとりたいんです……」
美人だが、なんとなく儚げな印象を受ける人だなあとリリアンの顔を見ながらミルドレッドは思った。この人は何才なんだろう。
「失礼ですが、リリアンさんは何才なんですか」
「私は十八才よ」
「ポーラは何才ですか」
「ポーラは八才。ミルドレッドは何才なの」
「あたしは十五才です」
「あら、アレックスと一緒ね。そういうことね」
なにがそういうことなのかとミルドレッドがリリアンに聞こうしたら、突然、部屋の扉がドンドンと叩かれた。リリアンが少し焦った顔をする。小声でミルドレッドを促した。
「ミルドレッド、すぐに上の部屋に隠れて」
「はい、わかりました」
ミルドレッドが急いで縄梯子を登って時計塔の部屋に入り蓋を閉める。それを見計らって、リリアンが扉を開けた。ミルドレッドが蓋の隙間から下の部屋を伺うと、リリアンと中年らしき男性が話しているのが見えた。
「今月の家賃ならもうお支払済みですけど」
「家賃の話じゃないよ。顔に大きいアザがある女を見かけなかったか」
「さあ、知りませんけど」
「なんだか、警察がやって来てさ。殺人事件の容疑者だって言うんだ。この辺りで見かけたって目撃情報があるみたいだな。もし、見つけたら知らせてくれないか」
「わかりました。何かありましたら、すぐにお知らせします」
扉が閉まる音がして、しばらく様子を見た後、リリアンがミルドレッドに呼びかけた。
「ミルドレッド、もう降りてきて大丈夫よ」
ミルドレッドが、天井の蓋を開けて、再び部屋に降りてリリアンに聞いた。
「今の男性はどなたですか」
「大家のエルガーさんよ。この棟の一階に住んでるわ」
「あの、もしあたしが見つかったらリリアンさんたちにご迷惑をかけることになるかもしれませんけど……よろしいんでしょうか……」
心配そうなミルドレッドに対し、リリアンはまた微笑んで言った。
「大丈夫でしょう、ここにいても。警察も全部の部屋を見回ることはないと思うわ」
しかし、このまま居続けるとアレックス一家になにか迷惑がかからないかミルドレッドは不安になった。と言って、どこか他に隠れる場所もないし、匿ってくれるような友人も他にいない。田舎に逃げようにも途中で捕まるかもしれない。
ミルドレッドとしては、当分、このアレックスの家に厄介になるしかないかと思った。しかし、このままだと働くこともできない。多分、警察は指名手配にするだろう。せめて、この家の中でポーラがおこなっているドライフラワー作りでも手伝うしかないかと思ったが、たいしてアレックス一家の家計の助けにはならないだろう。
掃除も終わり、リリアンと簡単な昼食を取った後、ミルドレッドが椅子に座ったまま悩んでいると、夕方に、アレックスが息を切らして、部屋に飛び込んできた。リリアンが心配そうな顔をした。
「どうしたの、アレックス」
すると、アレックスの手には新聞が握られている。
「例の犯人が捕まったんだよ!」
「ミルドレッドはどの色のゼラニウムがお気に入りかしら」
「……そうですね。この白い花が素敵ですね」
リリアンがくすりと笑う。
「え、なにかおかしいですか」
「いえ、花言葉を思い出してね。ゼラニウムの白い花はあまりよくない花言葉なのよ」
「どういう花言葉なんですか」
「『私はあなたの愛を信じない』よ。あまりよくない花言葉ね」
ミルドレッドは花言葉なんて、全く知らないので、思わず他のゼラニウムの花についてもリリアンに聞いた。
「そうなんですか。他の色はどうなんですか」
「この赤いゼラニウムの花言葉は『君ありて幸福』。ピンク色は『決心』。黄色は『予期せぬ出会い』。緋色は『憂鬱』ね」
「リリアンさん、詳しいんですね」
「うん、小さい頃は両親と一緒に田舎の農村に住んでいたから、けっこう詳しくなったの。いろんな花が咲いていたわ。小作農だったから、機械化が始まって、農場での仕事を失ってしまったのよ。それで都市へ移ってきたんだけど、それからは父も母も相次いで亡くなって、今はこんな狭い部屋で暮らすしかなくなったの。それで農村に住んでいたころが懐かしくてね。年中、いろんな花が咲いていたのをよく思い出すの。田舎育ちだから、やっぱり身近に植物を置きたいのよね」
そして、リリアンはなんとなく、自分に言い聞かせるような感じで呟くように言った。
「こうしたお花を育てているとね、私は思うの。つらくて苦しいことがあっても、植物はこの汚れた薄暗い部屋でも、その隅っこで黙って成長して、新しい葉を大きくして、きれいな花を咲かしてくれるの。そして、それを自らの手でこの部屋に作り出しているのは自分なんだってこと。このお花があるおかげで私にとっても慰めになっているし、多少は元気も出るのよ」
貧しくても、お花を育てるだけで少しは心が豊かになれるのかなあとリリアンの話を聞いてミルドレッドは思った。しかし、元気が出ると言っているが、リリアンは、やはりあまり調子が良くなさそうだ。お花に水をかけるじょうろを持つ手が少し震えているし、ちょっと軽く咳もしている。大丈夫かなあとミルドレッドはリリアンに申し出た。
「あの、リリアンさん、あたしが代わりにお花にお水をあげましょうか。リリアンさんはベッドで寝ていた方が……」
「……いえ、大丈夫です。自分で育てたんで最後まで責任をとりたいんです……」
美人だが、なんとなく儚げな印象を受ける人だなあとリリアンの顔を見ながらミルドレッドは思った。この人は何才なんだろう。
「失礼ですが、リリアンさんは何才なんですか」
「私は十八才よ」
「ポーラは何才ですか」
「ポーラは八才。ミルドレッドは何才なの」
「あたしは十五才です」
「あら、アレックスと一緒ね。そういうことね」
なにがそういうことなのかとミルドレッドがリリアンに聞こうしたら、突然、部屋の扉がドンドンと叩かれた。リリアンが少し焦った顔をする。小声でミルドレッドを促した。
「ミルドレッド、すぐに上の部屋に隠れて」
「はい、わかりました」
ミルドレッドが急いで縄梯子を登って時計塔の部屋に入り蓋を閉める。それを見計らって、リリアンが扉を開けた。ミルドレッドが蓋の隙間から下の部屋を伺うと、リリアンと中年らしき男性が話しているのが見えた。
「今月の家賃ならもうお支払済みですけど」
「家賃の話じゃないよ。顔に大きいアザがある女を見かけなかったか」
「さあ、知りませんけど」
「なんだか、警察がやって来てさ。殺人事件の容疑者だって言うんだ。この辺りで見かけたって目撃情報があるみたいだな。もし、見つけたら知らせてくれないか」
「わかりました。何かありましたら、すぐにお知らせします」
扉が閉まる音がして、しばらく様子を見た後、リリアンがミルドレッドに呼びかけた。
「ミルドレッド、もう降りてきて大丈夫よ」
ミルドレッドが、天井の蓋を開けて、再び部屋に降りてリリアンに聞いた。
「今の男性はどなたですか」
「大家のエルガーさんよ。この棟の一階に住んでるわ」
「あの、もしあたしが見つかったらリリアンさんたちにご迷惑をかけることになるかもしれませんけど……よろしいんでしょうか……」
心配そうなミルドレッドに対し、リリアンはまた微笑んで言った。
「大丈夫でしょう、ここにいても。警察も全部の部屋を見回ることはないと思うわ」
しかし、このまま居続けるとアレックス一家になにか迷惑がかからないかミルドレッドは不安になった。と言って、どこか他に隠れる場所もないし、匿ってくれるような友人も他にいない。田舎に逃げようにも途中で捕まるかもしれない。
ミルドレッドとしては、当分、このアレックスの家に厄介になるしかないかと思った。しかし、このままだと働くこともできない。多分、警察は指名手配にするだろう。せめて、この家の中でポーラがおこなっているドライフラワー作りでも手伝うしかないかと思ったが、たいしてアレックス一家の家計の助けにはならないだろう。
掃除も終わり、リリアンと簡単な昼食を取った後、ミルドレッドが椅子に座ったまま悩んでいると、夕方に、アレックスが息を切らして、部屋に飛び込んできた。リリアンが心配そうな顔をした。
「どうしたの、アレックス」
すると、アレックスの手には新聞が握られている。
「例の犯人が捕まったんだよ!」
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