フロイドの鍵

守 秀斗

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第7話:リリアンの話

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 翌朝、時計塔の部屋の床の蓋が開く。その音でミルドレッドは目が覚めた。縄梯子を登ってきたアレックスが顔をのぞかせた。

「おはよう、ミルドレッド。大丈夫か、寒くなかったか。風邪ひいてないか」
「アレックス、おはよう。うん、全然、大丈夫」
「そうか、それはよかった。朝食が出来たんで、一緒に食べようぜ」

 ミルドレッドが下の部屋に降りると、小さいテーブルに、じゃがいもに肉、ほうれん草にニンジンが入ったスープが入った皿が四つ置いてあった。リリアンやポーラはすでに椅子に座っていた。リリアンは昨夜とは違って、灰色のワンピースを着ている。リリアンたちにミルドレッドは挨拶した。

「おはようございます。リリアンさん、それにポーラ」
「おはよう、ミルドレッド」

 リリアンが少し微笑んで挨拶を返してきた。昨夜よりは顔色がいいなとミルドレッドは思った。そして、ちょこんと椅子に座っているポーラは元気よく挨拶してくる。

「おはようございます! ミルドレッドお姉さん!」

 ミルドレッドも座り、四人で朝食を食べる。アレックス家の朝食は、貧民休息所のスープより美味しいし、中身も多い。ポーラが少し自慢気にミルドレッドに言った。

「ミルドレッドお姉さん、これはあたしが作ったのよ。どうですか、お味の方は」
「とても美味しいわ。ポーラは料理が上手なのね」

 褒められてポーラは嬉しそうな顔をしている。ただ、ミルドレッドはアレックスの家はとても裕福とは言えないのに、このままやっかいになっていいのかと気になった。そこで、食事をあっという間に食べ終わったアレックスに聞いた。

「ねえ、アレックス。食費とかどうしよう。あの、あたし、後で払おうと思っているんだけど」
「困った時はお互い様さ。無料でいいよ」

 リリアンもニコニコしながらミルドレッドに言った。

「別に気にしなくていいわ。多少は貯えもあるし」

 そして、朝食が終わると、アレックスは仕事のため、そそくさと部屋を出て行く。扉を開けながらミルドレッドに声をかける。

「今日は煙突掃除なんだよ。遅刻すると親方にどやされるので、さっさと行かないと。じゃあ、ミルドレッドはこの部屋でゆっくりしていなよ」

 ポーラも籠になにかを詰めている。

「ポーラは何をしているの」

 ミルドレッドが聞くと、ポーラが籠から花束を見せる。

「路上で花売りをするの、ドライフラワーだけど。あたしの手作りよ」

 そして、ポーラも元気よく部屋を飛び出していった。リリアンはまたベッドに横になる。その様子を見て、ミルドレッドは少し気になった。

「あの、リリアンさんは調子が悪いんですか」
「うん、ちょっと肺をおかしくしてね。工場の排気のせいかしらね」

 リリアンは肺をやられたのかとミルドレッドは少し心配になった。ミルドレッドの両親はどちらも肺を病んで亡くなった。そのため、住んでいた借家の家賃を払えなくなり、追い出されてしまったので、リリアンの事も気が気でなくなった。

「失礼ですが、どれくらい悪いんですか」
「うーん、少し前までは働けたんだけど、最近、急に調子が悪くなったの。でも、休んでいればなんとか治るんじゃないかしら」
「あの、親御さんとかは何をされてるんですか」
「親はもう病気で亡くなったわ」
「そうですか……」
「ミルドレッドのご両親はどうされてるの」
「あたしの両親も、病気で亡くなりました」
「そうなの、じゃあ、一人で暮らしてきたの」
「そうですね」
「偉いわね。私はアレックスたちに面倒かけてるんで、早く治したいんだけどね……まあ、私たちはまだ生きてるわ、頑張って生きていきましょう」
「はい……」

 自分の両親が肺を病んで亡くなったことは、リリアンも同じように肺を病んでいそうなので言うのは控えようとミルドレッドは思った。後、休んでいるだけでは治らないように感じたミルドレッドだったが、それ以上のことは少し失礼かと思って言わなかった。その代わり、アレックス家に厄介になってるので、なにかしようと思った。

「あの、あたし、何かしましょうか。ただ、ここに居てもみなさんの迷惑になるだけだし」
「そんなに気にしなくていいのに。けど、ただここで椅子に座っていても退屈でしょうから、この部屋の整理でもしていただければ助かるわ。体調が良ければ私の仕事だったんだけどね」
「わかりました」

 ミルドレッドは床にごちゃごちゃ置いてある荷物の整理をした。雑然とカバンやら箱が置いてあるが、中身を見るといろんなものがごちゃ混ぜだ。衣服、日用品などをまとめていく。戸棚や洋服タンスにきれいに整理して入れてやることにした。

 その中に古い肩掛けカバンや水筒があるのを見つけた。自分のは警察に取り上げられたので、アレックスに言って、貸してもらおうと台所に置いた。その他、必要なさそうなものは部屋の隅っこにまとめておいた。またリリアンにことわって、部屋の掃除も行った。けっこう汚れていたので時間がかかってしまった。すると、寝ていたリリアンが起きて、窓際の花瓶の花に少し水をやっている。

「その花はなんという名前ですか」
「ゼラニウムよ」
「もう冬も近いのに咲くんですね」
「この花は丈夫なので真冬の二か月くらいを除けば、年中咲いているわ」

 お花に水をやりながら、リリアンは少し微笑んでいる。

「虫もいないのに受粉とかどうしてるんでしょう」
「まあ、虫はこの時期少ないけど、小鳥とかも手伝ってくれるみたいね。この花は今度の『お花品評会』に出品するつもりよ」
「その『お花品評会』って何ですか」
「ここのリトル・コラム・ストリートに住んでいるってことが条件で、部屋で育てたお花の出来栄えを競い合う催し物よ。今回はゼラニウムが審査対象なのよ。ゼラニウムは安い花だけど、きれいにお花を栽培して、優勝すれば賞金も出るのよ」
「あたし、そんな品評会があるなんて全く知りませんでした」
「まあ、このリトル・コラム・ストリートだけでの行事だからね。ある大学教授さんが考えたらしいの。このスラム街の荒んだ環境が少しでもよくならないかって考えて、お花を育てれば住民の考えも変わるんじゃないかって思ったらしいわ」

 そう言いながら、お花に水をあげているリリアンは少し機嫌がよさそうだなとミルドレッドは思った。
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