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第10話:機嫌がいい私

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 私は鼻歌を歌いながら、お城の中庭を取り囲むように設置してある花壇のお花に水をやっている。
 この中庭は広々としていて、中央には大きい長方形のテーブルが置いてある。

 ここでお客様を招いて懇親会などをしたりすることもあるみたい。
 そして、私は、今、すごく機嫌がいい。

 この城に来て以来、こんなに楽しい気分になったのは初めてだ。
 昨夜のアラン様の言葉を思い出す。

『僕としては君のことは可愛いとは思っているんだけどね』

 何度思い出しても、顔が赤くなり、胸がドキドキしてしまう。

 少なくともアラン様は私の事を嫌ってはいない。
 それだけは確かなんだわ。

 すっかり有頂天になっている私に誰かが近づいて来た。
 アラン様の弟、ポール様だ。
 今日も普段通りの村人みたいな格好をしてヘラヘラしている。

「どうしたんだよ、フランソワーズ。やけに機嫌が良さそうだなあ、昨夜もたっぷり兄貴に可愛がってもらったのかい」
「はい、たくさん愛してもらいましたー! 午前六時までですね。もう、気持ち良くてずっと大声を出してしまい、ポール様の眠りを妨げて大変申し訳ありませんでした!」

 私の発言を聞いて、呆れるポール様。

「おいおい、本当に午前六時までやってたの。七時間くらいか。フランソワーズ、身体の方、大丈夫かよ」
「嘘でーす、けど、アラン様からはたっぷりと愛していただきましたので、今日の私は嬉しいんです、機嫌がいいんです」
「なんか、こんな明るいフランソワーズを見るのは初めてだなあ」

 苦笑いするポール様。
 ちょっと浮かれすぎちゃったかな。

 反省しないと。
 けど、ポール様なら大丈夫かな。

 そんな風にポール様と話していると、執事のブレソール様がやって来た。
 そして、その背後には大柄の吸血鬼、国王警備隊長のマクシミリアン様がいた。
 黒い警備隊の制服を着ていて、胸がすごく分厚くて、いかにも警備隊の隊長って感じで迫力のある方だ。

 私は先程までの浮かれ気分が吹っ飛んでしまった。
 身体が震えてくる。

 この方は、アラン様暗殺未遂事件の時、私を捕まえた人だ。
 正直言って、怖い。

 その時の恐怖が思い出されてくる。
 おまけに、失禁した情けない思い出も。

 ブレソール様がポール様に声をかけた。

「ポール様、例の人間の王国、ウロホリー王国との友好条約の交渉で向こうから使節が来るので、その警護体制についてご相談したいのですが」
「そんなの兄貴にまかせりゃいいんじゃないの」

 ふざけた感じで、ヘラヘラしているポール様。

 ちなみに、人間が治めるウロホリー王国とはアラン様暗殺未遂事件をきっかけに戦争になった。しかし、小競り合いで終了し、今は休戦状態だ。

 そんな、ポール様に対して、少し咳ばらいをするブレソール様。

「ポール様はこの吸血鬼城の防衛担当でもあるのですが」
「そう言えば、そうだったな。すっかり忘れてたよ」

 依然としてヘラヘラしているポール様。

「一緒に国王陛下の執務室へ来ていただけますか。そこで会議を行いますので」
「わかったよ。けど、どうせ兄貴が全部仕切ってしまうんだろ。俺は座ってるだけ、眠っちゃうかもしれないな」

 ちょっとため息をつくブレソール様。

「失礼ながら、ポール様、もう少し真面目にお仕事をしたほうが良いと思われますが」
「冗談だよ、冗談。やれやれ。また、兄貴の長々とした演説を聞かなきゃならないのか。じゃあね、フランソワーズ」

 ポール様はブレソール様と一緒に城の中へ入っていく。
 後ろからついていく警備隊長のマクシミリアン様。
 私は恐怖をこらえて、挨拶した。

「こ、こんにちは……」

 すると、マクシミリアン様は、一応、黙礼してくれたのだが、その後にいる部下の何人かの吸血鬼は、一切、私の挨拶を無視。中には憎しみの視線を向ける吸血鬼もいる。まあ、仕方がないだろう。私の仲間の暗殺部隊は何人もの警備隊の吸血鬼を殺害したんだから。私を殺したいと思っている吸血鬼もいるだろう。

 私はさっきまでの幸せな気分がすっかり消えてしまい、憂鬱な顔に戻ってしまった。
 ぼんやりとした顔で花壇に水をやる。

 そして、また思い出してしまった。
 幼馴染で暗殺部隊の仲間でもあったクロード。
 私が見捨てて逃げて、吊り橋から墜落して死んだクロード。

 彼から、赤い薔薇をもらったことがあるなあ。
 別にクロードから告白されたことはないけど。

 ヴァネッサ様の言葉を思い出す。
 赤い薔薇の花言葉。

『あなたを愛しています』

 クロードは私のことが好きだったのかなあ。
 幼馴染で仲良しでお互い憎からず思っていたのは確かだったけど。
 兄妹みたいな間柄だったなあ。

 私は剣士の家系に生まれた。しかし、私は剣士になるのはあまり気が進まなかった。気が弱いところがあるのは自覚していた。それを励ましてくれたのが幼馴染のクロードだった。一緒に剣技の訓練もしたし、私がくじけそうになるとよく励ましてくれたっけ。

 クロードは私にとって、とても大切な人だった。
 そんなクロードを私は見捨てた。

 私は王国騎士団のエリート部隊に所属するまでになった。剣士としての才能はあったのだろう。しかし、それは模擬訓練の時だけだったのはアラン様の暗殺未遂事件の時にはっきりした。

 怖くなって、一番最初に逃げ出して、幼馴染のクロードを見捨てた女。
 卑怯者。
 ゴミのような女。

 私がぼんやりとしていると、いつの間にか、メイド長のカミーユ様がいた。

「フランソワーズ、何、ぼんやりとしてるの」
「す、すみません」

 カミーユ様がいつものように、私を汚らしい物のように見る。

「夜にどんな技術を使ってご主人様を喜ばせているか知らないけど、あなたはメイドなんだからね」
「はい、すみません……」

 そして、カミーユ様が城の中に入っていく。その後に続いていく吸血鬼の召使やメイドたち。全員に挨拶するがやはり無視される。みな、私を軽蔑の視線で見る。薄汚れた娼婦を見るように。

 アラン様に可愛いと言われて、ほんのさっきまで浮かれてお花に水をやっていた私。

 私にはもう浮かれたりする資格なんてないんだと思った。
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