上 下
406 / 756
ミカヅキ

冷たいベッド①

しおりを挟む
 俺はノートを開いて、あのページを見ていた。

「今の状況でこの曲が書けるかな?」

膝にブランケットをかけて、真横ではストーブを焚いている。暑くないと言えば嘘になるが、どうせもうすぐ気温も落ちてくるはずだ。

 昼間に聴いたあの曲を思い出す。久しぶりに感じた、身体の奥底から音を求めたくなるようなメロディー。あの音を一発で出してくるなんて。

 でも、俺はこの感覚を知っている。桜の音は毎回そんな感じだった。これ以上ないメロディーを毎秒脳に響かせてくる。それが、知識とか狙いとか、そんなの関係なしに創られているからこそ、ストンと落ちてくるのだ。

 そんな音に応え続けるのは疲れた。だって、負けない歌詞を書かないといけないから。でも、身体は正直だからそんな音を欲しくて、書いてしまう。そして思うのだ。「やっぱ凄い」って。

 もう一度ノートを見る。俺たちはここから始まった。まだ未完成のこの曲から。だから俺にとって、この曲以上に大切な曲はない。できれば、この思い出が汚れないようにこのままにしておきたかった。けど、いずれは完成させないといけないから、今回のこの舞台なら、汚れないままで納得がいくって信じた。

 だから、書かないといけない。桜と俺が再び通じ合えるように。

 俺はペンを持つ。この曲を書く時に頭に流していたリズムは覚えている。どこにもメモってないけど、絶対に忘れないだろう。きっとこれからも。

 俺は想像する。いや、思い出すの間違いか。桜が近くにいるのが普通じゃなかった頃の感覚を。結局は見かねて下界に降りてきてくれていると考えていたあの頃の申し訳なさを。そんなことも知らずに入り込んでくる桜に対する緊張を。何も信じられなかった頃の自分を。

 結局は人は間違え続ける生き物で、その間違えた世界の延長に生き続けているのが俺たち。だからすれ違いもするし、モヤモヤする。そんな自分の間違いを許してしまったグループと、自分の間違いを許せなかったグループに次第に別れていって、格差社会が形成される。これがこの世界の普通だ。上の者は下の者を上手く使って壊れないように調整しているが、下の者はそれを吐き出せずに溜め込んで溢れてしまう。溢れて、壊れて、逃げる。

 そんな間違いばかりの世界に生きているからこそ、その音は美しく響く。

「出来上がった。」

そして現実に戻ってきて気がつくのだろう。俺はどんな間違いを積み重ねてきたのだろうと。そして目を背けるのだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

M性に目覚めた若かりしころの思い出

なかたにりえ
青春
わたし自身が生涯の性癖として持ち合わせるM性について、それをはじめて自覚した中学時代の体験になります。歳を重ねた者の、人生の回顧録のひとつとして、読んでいただけましたら幸いです。 一部、フィクションも交えながら、述べさせていただいてます。フィクション/ノンフィクションの境界は、読んでくださった方の想像におまかせいたします。

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

冴えない俺と美少女な彼女たちとの関係、複雑につき――― ~助けた小学生の姉たちはどうやらシスコンで、いつの間にかハーレム形成してました~

メディカルト
恋愛
「え……あの小学生のお姉さん……たち?」 俺、九十九恋は特筆して何か言えることもない普通の男子高校生だ。 学校からの帰り道、俺はスーパーの近くで泣く小学生の女の子を見つける。 その女の子は転んでしまったのか、怪我していた様子だったのですぐに応急処置を施したが、実は学校で有名な初風姉妹の末っ子とは知らずに―――。 少女への親切心がきっかけで始まる、コメディ系ハーレムストーリー。 ……どうやら彼は鈍感なようです。 ―――――――――――――――――――――――――――――― 【作者より】 九十九恋の『恋』が、恋愛の『恋』と間違える可能性があるので、彼のことを指すときは『レン』と表記しています。 また、R15は保険です。 毎朝20時投稿! 【3月14日 更新再開 詳細は近況ボードで】

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

処理中です...