銀杖のティスタ

マー

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68 同じ空の下で

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 それから更に2ヵ月。

 世界へ向けて出発をする当日。梅雨明けの青空、旅立つには最高の天候。空港のロビーには、これから飛行機に乗って海外へと旅立つ僕を見送るために様々な人々が来てくれていた。

 お世話になった便利屋の面々、自分を育ててくれた祖母、魔術学院の数少ない生き残りの生徒。僕の旅の無事を色々な人が祈ってくれている。

「何かあったらすぐに駆け付けるから遠慮なく連絡しなさい」

「トーヤさん、くれぐれもお気をつけて!」

 千歳さんと兄弟子と固く握手を交わした後、育ての親である祖母と魔術学院の5人の生徒達とも言葉を交わして挨拶を済ませる。みんな、僕の旅立ちを心から応援してくれている。

「……じゃあ、あとはふたりでゆっくりと話をしなよ」

 ティスタ先生だけを残して、他の面々はこの場から離れていった。僕達に気を使ってくれたらしい。

 先生と向かい合って、笑顔で一言。

「いってきます」

「はい、いってらっしゃい」

 これ以上の言葉はいらない。僕達は、強い絆で結ばれて――

「………………ごめ゛ん゛やっぱり゛寂しい゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛~~~……行かないでぇ゛ぇ゛ぇ゛~~~……」

 思った以上に別れが惜しいらしい。今までこんな様子を一切見せなかった先生も流石に限界が来てしまったということだろうか。

「えええっ!? そんな出発直前に言われても!」

「だってトーヤ君、優しいから……私がこんなことを言ったら本当にこの国に残りそうだったし……キミの自由を奪いたくないし……」

 自分よりも他人を優先してしまうところは、出会った時から変わらない彼女の素敵な一面。そんな彼女が、僕は誰よりも愛おしい。

「……ティセ、こっちに」

 知る者がほとんどいない愛称で彼女を呼びながら、そっと抱き締める。ここが空港のロビーであることも忘れて、ティセの頭を撫でながら囁く。

「あなたに相応しい男になって、必ずあなたの元に戻ります。どうか待っていてくれますか?」

「……うん」

 そっと触れるだけのキスをすると、彼女は顔を真っ赤にしながら笑顔を浮かべてくれた。僕を笑顔で送り出すと決めてくれた彼女に感謝しながら、涙で濡れた顔をハンカチで優しく拭いてあげた。

「では、改めて。いってきます、ティセ」

「はい。いってらっしゃい。どうか気を付けて」

 僕には、やるべきことはいくつかある。世界を見て回って魔族と人間の融和の道を探るだけではなく、海外でガーユスが拠点としていた場所の調査、ガーユスが収集していたらしい危険な魔道具や違法な魔導書などの管理封印である。

 この手でガーユスを封じ、彼と同じく半魔族という身の上だった僕に担当させてほしいという提案を他の魔術師達は受け入れてくれた。

 それが魔術犯罪の抑止に繋がり、魔族や半魔族の偏見を減らせるのなら、後の時代を生きていく同胞のためにもなる。

 そして何よりも、誰よりも、ティスタ先生がこの先も生きていく世界のために――。



 ……………



 それから約半年。

 僕は世界各国を回りながら、魔術師として仕事をいくつもこなしていった。

 治癒の魔術を活かした医療ボランティア、ガーユスが各地に隠していた危険な魔道具や魔導書の管理封印、時には手荒な仕事もすることもあった。正直、平穏とは程遠い生活が続いている。

「……はい、終わりました。痛みはありますか?」

 現在は中東の紛争が続く地域を中心に魔術師として活動中。怪我をした子供や老人、金銭的な事情で医療を受けられない者を魔術で治して回っていた。こんな生活がここ1ヵ月ほど続いている。

 ティスタ先生の気持ちも、世界をこの目で見てきた今なら理解できる。世界中を旅して回って、人間の負の側面を嫌というほど思い知ることになった。

 ひとりの魔術師が世界を変えるなんてことは出来ない。優れた魔術を使えても、魔術で土地を自然豊かにしても、どんな傷も癒せる力を持っていても、人間は争いを止めることはできない。

 闘争こそが人のさが。正直、ティスタ先生やガーユスが人間に対して絶望を抱いたのも理解できる。人間は「壊す」という行為に関して、生物的に最も優れているから。

 だからこそ、こんなクソみたいな世界で真っ当に生きている者は輝いて見える。

「……あの、これ……」

 僕が傷を治した小さな女の子が、僕に一輪の花をプレゼントしてくれた。それを受け取って、僕は笑顔でお礼を返した。

「どうもありがとう」

 異国の少女は、笑顔で頷いた後に手を振りながら僕の元から去っていった。明日をも知れぬ身でありながら、感謝の心を持つことが出来る高潔な心の持ち主。人間全てを救えないなら、あんな優しい人々だけを助けられればいい。

 現実を知ったからこそ、取捨選択をしなくてはいけない。全てを救えるわけではないから。僕は世界を救う勇者でもなければ、全ての人々の希望である英雄でもない。

 魔術に限らず、どんな異能を持っていようと世界に生きる命のひとつでしかないのだから。

 もしティスタ先生に出会えていなかったら、この世界を回る過程で僕もガーユスのように「自分が良くないと思ったものは徹底的に排除する」という思考になっていたかもしれない。

(先生、元気かな……またお酒を飲み過ぎていなければいいけれど。食事もコンビニ弁当ばかりだったしなぁ……)

 ふとした瞬間に思い浮かぶ最愛の女性の姿。彼女の存在がある限り、きっと僕はガーユスのようにはならない。あの男と僕の決定的な違いは、心の支えとなる者の存在だったのだと思う。

(会いたいな、ティセ……)

 今の大きな仕事が一段落したら、日本に戻るのもいいかもしれない。

 愛しい女性ひとの顔を思い浮かべながら空を仰ぐ。遠くにいても、きっと同じ空を見ていると思いたい。
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