銀杖のティスタ

マー

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53 次への備え

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 半日に及ぶ治癒魔術の甲斐があって、5人の生存者は命の危機を脱することができた。これほど長時間の魔術行使は初めての経験だったこともあって、頭がクラクラとする。

 しかし、まだやることが残っている。休んでいる暇は無い。

「先生、次は亡くなった生徒達のところへ連れて行ってください」

「……無理をしないで、少し休んでからにしましょう」

「いいえ、少しでも早い方がいいので……」

 亡くなった生徒達の肉体の損傷を治す作業は、命を失ってから一分一秒でも早い方がいい。せめて、彼等の家族が最後のお別れをちゃんと出来るようにしてあげたい。

 いわゆるエンバーミングというもので、ご遺体の衛生保全と損傷した肉体の修復。治癒魔術の応用をすれば可能なことだ。

「今はもう、これくらいしか出来ることがないから」

 少しでも身体を動かして、自分の心が悲しみに暮れる暇も与えたくない。そんな一心で、今できることに全力で取り掛かる。

 そんな僕の様子を、ティスタ先生はずっと心配そうにして見ている。心情を察してくれているようで、ほとんど何も言わず僕と一緒に行動をしてくれた。



 ……………



 今やれることを全てを終えて、僕とティスタ先生は事務所へと戻った。

「おかえり、トーヤ君」

 疲れ切った表情で帰ってきた僕を出迎えてくれたのは、所長の千歳さん。僕達の様子を見て、何も言わずにコーヒーを淹れて出してくれた。

「すみません、ありがとうございます……」

「あぁ、今日はゆっくり休んでくれ。本当に疲れただろう」

 千歳さんは僕の心情を察して、先日のガーユスとの戦った時のことを聞き出そうとはしてこない。

「……お気遣いありがとうございます。でも、皆さんと共有しておきたいことがあるので、今のうちに話させてください」

 あの日、リリさんと共にガーユスを撃退したこと、ガーユスが半魔族であること、目的が僕であったこと、赤魔氏族せきましぞくはガーユス本人が滅ぼしたということ――あの日に知った全てを話すと、ティスタ先生は僕を労るように背中を優しく撫でてくれた。

「……なるほど。ガーユスが強大な魔力を持っている理由は、半魔族だからだったのですね。人間を毛嫌いするのも納得です。赤魔氏族の滅亡の理由も、今になってわかるなんて……」

「魔術師や魔族のみの世界を作りたいとも言っていました。人間を根絶やしにする気なんでしょうか」

 あの男の狂気があれば、本当に人間を絶滅させてしまうのではないか。そう思わせるような強さと行動力がガーユスにはある。

「僕からひとつ、提案があります」

 ガーユスを野放しにしておくわけにはいかない。しかし、ひとりで勝てるはずもない。あらゆる手段を、あらゆる人脈を使ってでも、彼を止めなくてはいけない。同じ半魔族として、これ以上の凶行を許すわけにはいかない。

 ティスタ先生達に向けて、ガーユスと戦った経験がある僕の提案を聞いてもらうことにした。

「古代のエルフの遺した魔導書にあった封印魔術を使います。彼を生きたまま、その身だけを封じます」

 ガーユスは自分の死をトリガーに起爆する爆弾を街中に仕掛けるといった姑息な手を使っていた。追い詰められた彼が自殺も出来ないように、生きたままその身を封印するという手段が最も安全だ。

 僕の提案を聞いたティスタ先生と千歳さんは、目を丸くしながら驚いている。

「え、あの、あんまり良い手ではありませんか? それなら、却下でも――」

 不安になった僕が苦笑いをしながらそう言うと、ティスタ先生は今日初めて笑顔を見せてくれた。

「いいえ、違うんです。私達がどうやってガーユスと戦おうかと考えている時に、キミは勝つことを前提に話を進めてくれたので……」

 相手は歴戦の魔術師であり、魔術師殺し。それを実際に相手にした後に「勝算がある」と言っている僕を見て、希望が湧いてきたとのこと。

「キミの師としてではなく、ひとりの魔術師として可能な限りのお手伝いをします。何か出来ることがあるなら、私に言ってください」

 ティスタ先生は僕の手を握りながら頷く。千歳さんも同様に頷いて、パンと手を叩いて立ち上がった。

「ウチの事務所の大切な所員を病院送りにされたんだ。こっちも借りを返さないとな」

 じっとしている暇は無い。次のガーユスの襲撃に備えて可能な限りの準備をしておかなくてはいけない。



 ……………



 ティスタ先生と千歳さんは警察や魔術師に協力を仰いで、街に監視の目を増やして厳戒態勢を敷くとのこと。

 その間、僕は自分の足で情報を集めることにした。赤魔氏族の扱う熱と炎の魔術は、赤魔氏族そのものが滅んでしまっているので情報がとても少ない。

 ガーユスは一族を皆殺しにしたと言っていたけれど、遠縁でも同じ魔術を扱う者がひとりでも生き残っていれば何か特徴や弱点を聞き出すことができるのではないか。

(とはいえ、どうしたものか……)

 魔族や魔術師が多く住む日本でも、いるかもわからない赤魔氏族の生き残りを探すのは効率が悪い。

 熱と炎の魔術は、その破壊力と危険性の高さから文献がほとんど残っていないとティスタ先生が言っていた。唯一現存していた熱と炎の魔術の扱いが記された魔導書も、先日の魔術学院の襲撃時に灰になってしまったらしい。

 相伝の魔術故に、その魔導書の内容は殆ど解読できていなかったらしいけれど――

(逆に考えるなら、そうまでする理由があるということだ)

 僕が思っている以上に、ガーユスは自分の弱点を隠したいと思っているのかもしれない。魔術師として最高峰の実力を持ちながら、用心深さも人一倍。話に聞いていた通りだ。

 これからどうしようかと考えていると、スマートフォンに連絡が来た。入院中の兄弟子からだ。

「もしもし、兄弟子。お身体はもう大丈夫ですか」

『ありがとう。もう大丈夫だよ。トーヤさんが傷を上手く塞いでくれたおかげで輸血をするだけで済んだんだ』

 ガーユスに深々と腹を刺された兄弟子だったけれど、検査と短い入院で済んだとのこと。既に退院の手続きも終わらせたらしい。不幸中の幸いだ。

『それと、トーヤさんが治してあげた魔術学院の子、ひとり目を覚ましたらしいですよ。なんかトーヤさんに会いたいって、ずっと看護師に言っているらしくて』

「わかりました。病院へ向かいます」

 5人のうち、4人は未だに意識を取り戻していない。目を覚ましたのは、おそらく一番症状が軽かった女生徒だろう。

 兄弟子が車を回してくれるとのことで、情報集めの効率と行動範囲が広がる。一刻も早く堅実な対策を立てるためにも、急がなくてはいけない。
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