銀杖のティスタ

マー

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41 試験の合否

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 レポートの内容についての話を終えた後、僕は解読し終わった魔導書をリリさんに返そうとすると、彼女は「それはキミに任せる」と言ってくれた。

「私では読み解けなかった魔導書だから、もうキミの物にしてくれていいわ。特定の血筋の者にしか読み解けないということは、それは「一族相伝の魔術」だからね」

「相伝の魔術というと、ティスタ先生の「銀の魔術」のようなものですか」

「えぇ、あれは銀魔氏族の作り出したひとつの到達点。対象を傷付けず、痛みだけを与える封じの魔術。キミの読み解いた魔導書にあった封印魔術と同じ類よ。今はもう、ティスタしか使える魔術師は存在しないけれど」

「…………」

 銀魔氏族は、魔術を恐れた人間によって滅ぼされてしまった歴史がある。ティスタ先生は、そんな悲劇に見舞われた魔術師一族の末裔。

 一族の大半が人間に殺されて、当時生き残ったのはティスタ先生を含めた数人の子供だけだったという。その中でも魔術師を続けたのはティスタ先生のみ。先生は正真正銘の「一族最後の魔術師」なのである。

 リリさんは、年々減り続けている魔術師の現状を鑑みて、銀魔氏族の数少ない生き残りである幼いティスタ先生を弟子として引き取って一流の魔術師として育て上げた。

「世間から数を減らし続けている魔術師にとって、今回の魔導書解読はとても大きな意味を持つでしょう。キミのおかげで、この先ずっと日の目を見ることのなかったかもしれない魔術が再び表に出ることになった。本当に感謝しているわ」

「いいえ、お礼を言わなくてはいけないのは僕の方です。ティスタ先生や色んな方々が魔術師としての文化を守ってくれたから、僕も見習い魔術師になれたので」

「そう言ってくれると嬉しい。……しかし、あのティスタにこんな謙虚で可愛い弟子ができるなんてね。今では想像できないけれど、若い頃のあの子はまるで「抜き身のナイフ」みたいな性格だったんだから」

「今の先生からは想像もできませんね……」

「正式な魔術師として認められて仕事をしていれば、いつかティスタの若い頃の逸話を聞けるかもね」

 リリさんはクスクスと笑いながらそう言った後、おもむろに立ち上がって喫茶店の端っこの壁へと視線を向けた。

 何をしようとしているのか理解できずに黙って見ていると、リリさんは壁に向けて手を伸ばしている。

「それとも、自分で話してみる?」

 リリさんは、まるで透明なカーテンを開けるようにゆっくりと腕を振った。同時に空間に隙間が出来て、そこから現れたのは――

「……やっぱりわかっちゃいますよねぇ」

 白い外套のフードを深く被ったティスタ先生が切り開かれた空間から姿を現した。今まで姿を隠して僕とリリさんの話を聞いていたらしい。

「私が教えた魔術なんだから、わからないはずがないでしょう。まったく、弟子が心配なら堂々と同伴してくればいいじゃない」

 ティスタ先生は、僕が見習い魔術師から正式な魔術師に昇格することが出来るかどうか、同じ場所で合否を確かめたかったらしい。

 隠れていた先生に呆れつつも、嬉しそうに笑うリリさん。せっかくだからと、ティスタ先生も一緒にお茶をしながら試験の合否について話すことになった。



 ……………

 

「……さて、トーヤさん。キミの師匠も心配しているようだし、魔術師への昇格についての話をしましょうか」

 テーブルを挟んで向かいに座るリリさんは、一転して真剣な表情に変わる。

 見た目こそ幼く見えるけれど、リリさんもティスタ先生と同じく国が認めた一流の魔術師。落ち着いた佇まいは先生にそっくりだ。さすがは師匠の師匠。

「トーヤさんは間違いなく正式な魔術師として認められるだけの実力がある。合否を伝える前に、キミが本当に魔術師として相応しい精神を持っているのかどうかを試させてもらいたい」

 リリさんはそう言って、指をパチンと鳴らした。

 ポンッという可愛らしい音と共に、テーブルの上に大きなロウソクと金色のロウソク立てが現れた。

 火のついていなかったロウソクは、瞬きをしている間にいつの間に火が灯っていた。揺らめく炎は輝く金色で、まるで黄金のような輝きを放っている。

「トーヤさんが魔術師になりたい理由を改めて聞かせてほしい。キミはなぜ魔術師になるのか、魔術師になって何をしたいのか。このロウソクの炎を見つめながら、本心を聞かせてちょうだい」

「……はい」

 僕の目標は決まっている。

 魔術師として人々や魔族を助けること、魔術師として人間と魔族の融和を目指すこと、自分と同じ半魔族という境遇の者が生きやすい世の中を作る――それらしい理由はたくさん思い浮かぶけれど、そんな一丁前な理由よりも、もっと大切な想いがある。

「僕を救ってくれたティスタ先生への恩返しためです。それ以外の理由はありません」

 差別の対象である半魔族として、幼い頃から辛い日々を送っていた僕のことを救ってくれたのはティスタ先生だ。この人との出会いが、僕を変えてくれた。

 魔術師になって、彼女に恩返しをすることが一番の理由。

 目の前で黄金に輝くロウソクの炎はさっきまで揺れていたけれど、僕の意思表明をした途端に時間が止まったかのように動きをピタリと止める。

 しばしの沈黙の後、リリさんは目の前のロウソクに息を吹きかけて炎を消した。

 そして――

「……このロウソクの炎の揺れは、キミの心の揺れを現していた。それが一切無かった。キミの確固たる意志を確認できたわ。文句無しの合格。柊 冬也、あなたは今日から魔術師を名乗ることを許可します」

 リリさんの言葉を聞いて、僕は歓喜で震える。

「ありがとうございま――」

 リリさんへ向けてお礼を言おうとした途端、隣に座っていたティスタ先生が僕に抱き着いてきた。

「やった、やった! おめでとうございます! あああぁぁぁ~~~っ!!」 

「せ、先生……落ち着いて……!」

 僕に抱き着いたまま、喜びを露わにしながら泣き始めてしまった。魔術師に昇格した僕自身よりも大喜びしている様子を見て、思わず貰い泣きしてしまった。

「……ありがとうございます、先生のおかげです」

 人目も憚らずに泣いてしまった先生の背中を撫でてあげながら抱擁を続ける。僕達の様子を見ているリリさんはちょっと呆れた様子だったけれど、その視線はとても優しかった。

「さて、トーヤさん。正式に魔術師になったからには必要なものがある。魔術師の象徴ともいえる「外套」よ」

 国定魔術師の白い外套とは違って、通常の魔術師の外套はグレー。そのどれもが職人による手作りで、特別な製法で作成された代物らしい。

「魔術師の特殊な外套を作成できるのは、特別な技術と資格を持った者だけ。しかも、この国にはひとりしか存在していないわ」

 貴重な「魔力繊維」という特殊な素材を使って、魔術師の外套を作り出せる職人がいるらしい。魔力繊維の縫合は繊細な作業を要求されるそうで、世界的にも魔術師の外套を作る職人の数は少なく、どの国でも人間国宝レベルの扱いをされているのだとか。

「今週中にはキミのために作られた外套が届くはずよ。ティスタから受け取ってちょうだい」

「はい、ありがとうございます」

「改めて、合格おめでとう。その若さで魔術師昇格はティスタ以来の偉業よ。私達もうかうかしてられないわね、ティスタ」

「うぁぁぁうぅぅ~~~……よがっだぁ~~~……」

「……いつまで泣いているのよ、まったくもう」

 ティスタ先生の様子を見て、呆れつつも笑顔を見せるリリさん。

 無事に魔術師としてのステップアップを果たしたけれど、これで終わりではない。むしろ大切なのはここから。ティスタ先生のお役に立てる魔術師になるまで、まだまだ道のりは遠い。今日はその第一歩なのだから。
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