銀杖のティスタ

マー

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22 忌み地での修練②

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 それから1時間、千歳さんと会話をしながら荒れた道を歩き続けた。

 ヒビの入ったアスファルトの道、雑草の伸びきった獣道、更に廃村を越えた先にあった山道を登って辿り着いたのは――

「ここが目的地だよ」

 千歳さんはその場に立ち止まって、前方を指差した。

「はぁ、はぁっ……な、なんですか、これ……」

 息を切らしながら、目の前の光景を見て呆然とする。千歳さんが僕に見せたかった景色は、美しくも恐ろしいものだった。

 巨大なクレーター……まるで何か強力な爆弾でも炸裂したのではないかというほどの規模。直径2kmの大穴がぽっかりと空いている。

 クレーターの表面にはいくつもの氷柱が伸びていて、クレーターの中は針山地獄の様相を呈していた。

「前に私とティスタが三日三晩の殺し合いをしたって話をしたのを覚えているかい? ここがその場所なんだ」

 千歳さんは背負っていた登山用のリュックを降ろすと、中からレジャーシートを取り出して地面に引いて、淡々とお弁当箱と水筒を取り出して、昼食の準備を始めた。

「昔話に花を咲かせるのなら、場所も大切かなって思ってさ」



 ……………



 目の前の非現実的な光景を眺めながら、千歳さんが作ってくれたお弁当を食べる。その間、千歳さんはかつての魔術師と呪術師の争いの歴史を教えてくれた。

「難しい話ではないんだ。魔術師は革新派、呪術師は保守派って感じでね」

 人間と魔族の共存を願う魔術師、人間を守るために魔族の排除を目的としていた呪術師。真っ向から対立した双方が出した解決方法というのが、なんともわかりやすく時代遅れな「決闘」という手段だったという。

「呪術師の総本山から私に向けて「魔術師を皆殺しにしろ」と言われた時は、大層呆れたもんだよ。結局、強引な手段しか取れないんだってね。だからといって、私も具体的な案があったわけじゃなかったからさ。もう殺し合うしかなかったわけ」

 日本に在住する魔族の扱いに関して、最初は魔術師と呪術師の全面戦争で結論を決めてしまおうとしたらしい。そんなバカなことをするくらいならと、魔術師側は1対1の決闘を申し入れてきたのだとか。

 決闘なんて時代錯誤もいいところの手段を提案したのは、魔術師側もこの国に生きる魔族や半魔族のために最大限出来ることをしようとしてくれた結果らしい。

 全ての魔族と半魔族を守るために戦った魔術師。
 人間のテリトリーを守るために戦った呪術師。

 双方の中で最も大きな力を持った者同士の決戦の場――僕の眼前に広がる巨大なクレーターがその跡地なのだ。  

「……で、その決闘で初めてティスタと会ったんだ。あの子、その時はまだ10代だった。いやぁ、あの時は我を忘れて戦うのを楽しんだものだよ」

「は、はは……」

 恐ろしいことを笑顔で言う千歳さんを見て、僕は苦笑いしかできない。

 結局、三日三晩も地獄のような戦いを続けたティスタ先生と千歳さんは、互いの実力が拮抗して決着がいつまで経ってもつかないと判断。

「お互いに「こりゃあ殺すのは無理だな」ってわかって、最後は同意の上で引き分け。そこで私とティスタは折衷案を考えたんだ」

 人間に対して影響を与えないほどの力の小さな魔族は、引き続き日本での滞在を許す。ただし、それ以外の強大な力を持った魔族は国外退去。

 この国が魔族に対して出来る最大限の譲歩だった。

「……正直、上手くいくとは思っていなかった。同じ人間の移民ですらまともに受け入れられていないのに、魔族が馴染めるわけがないってね。でも、予想に反して魔族はこの国に馴染んでいった。どうしてだと思う?」

「うーん……この国が魔族にとって居心地が良かったから、とかでしょうか」

「それもあるね。青森の霊山を中心に日本には特殊な場所が多いから。でも、理由はもっと単純だったんだ。魔族が優しくて良いやつが多かったのさ」

 魔族には大らかな心を持つ者が多く、よほどの理由が無ければ魔族が人間に手を出す事は無かったらしい。実際、魔術を利用した犯罪は多くても、その9割超が人間の手によるものなんだとか。

「でも、魔族から伝わった魔術を悪用する人間が現れはじめると、当然魔族への風当たりも強くなった。それが今の状況。事前に魔術犯罪を止めようにも、警察は基本的に後手に回る事が多い。連中は「何か起きてから」が行動開始だからね」

 自由に動くことが出来て、魔術を使った犯罪を抑制することができれば――

「もしかして、千歳さんやティスタ先生が便利屋を始めたのは、誰よりも早く魔術を利用した犯罪を抑制するため……?」

「あぁ。それも目的のひとつだよ。基本的には街の便利屋さんってスタンスは崩さないけれど、有事の際にフットワークが軽いのはメリットだからね」

 ティスタ先生のような優秀な魔術師が素早く行動できる環境として用意したのが街の便利屋だったということらしい。先生や千歳さんのような人達が存在しているだけで、魔術犯罪への抑止にもなる。

「私が出張が多いのは、各地で同じような目的を持った仲間を集めているんだ。さすがに私とティスタだけでは手が回らないことも多いから」

「なるほど」

 僕の考えている以上に、千歳さんと先生は先のことを考えて行動をしていたらしい。でも、良いことばかりではなかったようだ。

「ティスタも便利屋を始めた当初は張り切っていたんだけれど、大人になって人間の汚い部分を見ていくうちにやさぐれちゃってさ。トーヤ君が来るまでは引きこもって酒を飲んでるか、街をふらついてはパチンコ屋でサボったりって感じで」

 それでも先生は、魔術に対してだけ真剣な姿勢を崩すことはなかった。どんなに辛いことがあっても、どれほど裏切られようとも、人生を捧げてきた魔術だけは捨てることが出来なかった。

「あの子は若い頃から真面目過ぎたし、感受性も強かった。しかも、今まで出会ってきた魔術師の中でも一番と言っていいほど優秀だった」

 優秀だからこそ、誰よりも早く理解できてしまった。人間と魔族の融和も、人間の魔術に対する理解を求めるのも、優秀な魔術師を育てることも、今の人間の世界では不可能であるということを。

「――で、そんなクソみたいな現実に打ちのめされている時にトーヤ君のような将来有望な弟子が来てくれたわけさ。ティスタも嬉しかっただろうし、熱心にもなるよね」

 ティスタ先生にとって僕が弟子入りしたことが転機になったというなら、弟子としてこれほど嬉しいことは他に無い。

「僕にとっても先生との時間は特別なので、そう思って頂けていたらとても嬉しいです。先生が僕を守ってくれたように、僕も先生を守れるような魔術師になれるように頑張ります」

「……なんだか聞いているこっちが恥ずかしくなるなぁ」

「えっ!?」

 千歳さんはニヤニヤとしながら水筒を取り出して、ホットコーヒーをコップに注いで僕に渡してくれた。

「それじゃあキミも強くならないとね。コーヒーを飲んで落ち着いたら、実戦訓練だ!」

「……実戦?」

「私と楽しいプロレスごっこしようぜ!」

 まるで「鬼ごっこしよう」といったノリでプロレスという単語を出されて、僕はコーヒーの入ったコップを持ったまま固まる。どうやら、千歳さんの本来の目的はハイキングなどではなかったらしい。
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