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13 師匠のお見舞い
しおりを挟む僕が入院してから1週間。
あの後、僕を襲撃した不良達はすぐに逮捕されたらしい。新聞やニュースによると、下半身を氷漬けにされた状態で見つかったのだとか。
他にも逮捕者が出たらしくて、いわゆる半グレと呼ばれる集団が纏めて検挙されたという報道が何日も続いた。
「……これってやっぱり、ティスタ先生が?」
「さて、何の事やら~」
仕事終わりに頻繁にお見舞いに来てくれるティスタ先生は、知らぬ存ぜぬの一点張り。
地元警察も手を焼いていたという半グレ集団は、とある魔術師の介入によって壊滅――その後、全員が逮捕されるというニュースは世間をしばらく騒がせる事になった。
「それよりもトーヤ君。今日も座学の時間ですよ」
「はい、よろしくお願いします」
先生は、お見舞いに来てくれる度に魔術に関する面白い話を色々と聞かせてくれた。魔族の歴史や近代魔術の進歩について、時にはちょっとした面白エピソードを教えてくれたりもする。
怪我がある程度治るまでは魔術を使う事を控えようとの事で、今は魔術に関する知識を学ばせてもらっている。ティスタ先生は僕が退屈しないようにスケッチブックにイラストを描いて用意してくれる徹底ぶりだ。
今日もカラフルなマジックで描かれたスケッチブックを広げながら、ティスタ先生の座学が始まった。
「さて、魔術といえばコレでしょう。御存知ですか?」
スケッチブックには「地・水・火・風」と書かれている。いわゆる「四大元素」と呼ばれる世界を形作るもの。この中に「空」も混ざって「五大元素」なんて呼ばれる事もある。
僕は「知っています」と言うと、ティスタ先生は笑顔で頷いた。
「魔術においてこれらは……マジでクソくらえでーす!!!!」
「えええーーーっ!?」
先生が床に向けてスケッチブックを乱暴にぶん投げた。意味がわからずに困惑している僕に向けて、先生は説明を続ける。
「そもそも魔族が最初に使用し始めた魔術を人間の基準に当てはめる事自体がおかしいのです。常識に囚われず、イメージを拡張するのが大切!」
「なるほど……」
「よくファンタジーなどの魔法や魔術の設定で出てくる事ですが、四大元素や五大元素、ぶっちゃけ全然関係無いです。魔力によって精製されるものは、あくまでも再現。本物の火や水ではありません」
「でも、ティスタ先生は僕に最初に魔術を教えてくれた時に水を使って――」
「あのコップに入った水は、ただの水道水です。それに魔力を注ぎ込んだだけですよ」
別に特別な水でなくても、魔力で操る事は可能だという事。そう考えると、魔術師というのは周囲にたくさんの武器があると考えられる。
「難しく考える事はありません。よくあるファンタジー作品のように魔力の属性とか、それによって生じる相性などは無いと考えればいいだけです。魔術師同士で魔術を競い合った場合、単純に魔力の量と出力で勝敗が決まります」
火の魔術を水の魔術で消す事も出来れば、逆に水の魔術を火の魔術で蒸発させる事だって出来る。全て魔力の量と出力次第なのだという。
「そういった理由で、基本的に魔術師同士で魔術を使用した争いになる事は少ないです。魔力の量は魔術師同士なら自然と察する事が出来るので、最初から勝負が見えているわけですから」
「なるほど」
「やむを得ない事情で魔術師同士が戦う時、大抵の場合は魔力で肉体を強化して殴り合いや斬り合い、時には拳銃などの近代兵器を使用する事もあります。キミが思っている以上に、魔術師は身体を鍛えたり、武器を所持していたり、何かしら格闘技などのスキルを身に着けている者が多い業種なのですよ」
「僕も護身術くらい身に着けておいた方がいいでしょうか……」
「えぇ、そうですね。今回のように襲われてしまった時の為にも必要かもしれません。今のこの国は、魔族に対する風当たりがまだまだ強いのが現実ですから」
ティスタ先生は大きく溜息を吐きながら、床に放り投げたスケッチブックを拾い上げた。
「実際、魔術師や魔族が襲われるような事件が全国で多発しています」
「はい、僕も昔にニュースで見た事があります。魔族の子供を保護している施設を襲撃するような事もありましたよね」
「……そうですね、あれは凄惨でした」
魔族や半魔族の死者が出た事件もこれまでにいくつかある。人間の中には、自分達に魔族の血が混ざる事を嫌悪して「民族浄化」なんて免罪符で命を奪う事もあった。
今でこそ魔族への強い風当たりは落ち着きつつあるけれど、魔族の血が流れる僕にとっては忘れ難い事件だ。
「すみません、あまり楽しくない話題でしたね。他の事を話しましょう。それでは、次に――」
ティスタ先生が手に持っていたスケッチブックを捲ろうとしたところで、病室のドアがノックされた。
入ってきたのは、スーツに身を包んだ白髪頭の男性と若い男性。2人はおもむろに胸ポケットに手を入れると、僕達に警察手帳を見せてくる。
「魔術師のティスタさん。先日、この街のビルで起きた事件についてお聞きしたい事があるんですが、ちょっといいですかね?」
飄々とした白髪頭の警官の顔を見て、ティスタ先生は笑顔を見せる。
「随分と遅かったですね。それでは、行きましょうか」
「え、あの……ティスタ先生、どちらへ?」
「警察署で取り調べを受けてきます。先日の件ですよね、警部補殿?」
白髪頭の警官は、ティスタ先生と顔見知りらしい。気まずそうに笑いながら頷いた。
「すみません、トーヤ君。座学の続きはまた今度という事で」
「大丈夫ですか? 警察って……」
ティスタ先生が犯罪をするとは思えない。半グレ集団が壊滅したという事件の聴取をされるのかもしれない。やっぱり、あれはティスタ先生がやったのだ。
「平気ですよ。取り調べも形式的なものになりますから。ね、警部補殿~?」
「いやぁ、勘弁してくださいよティスタさん……」
白髪頭の警官は大きな溜息を吐きながら俯く。その後ろにいる若い警官の表情は引き攣っている。ティスタ先生の事を怖がっているようにも見えた。
……………
「先生、大丈夫かな……」
病室で窓の外の景色を眺めながら独りで呟く。
警官は「この街のビルで起きた事件」と言っていた。最近ニュースで取り上げられ続けている半グレ集団の壊滅との関連があるようにしか思えない。
やっぱり、あの件にはティスタ先生が絡んでいたに違いない。もしかして、僕が大怪我を負わされたのが理由だろうか。そう考えると、原因は僕にある。
でも、今の僕に出来る事なんて無い。ベッドに寝転がりながら悶々としていると、病室のドアをノックする音が聞こえてくる。
「やぁ、調子はどうだい。これ、よかったら」
病室に入ってきたのは千歳さんだった。お見舞いの品として持って来てくれたコンビニの袋には、何冊かの雑誌やマンガ。退屈な入院生活、少しでも気を紛らわせればと買ってきてくれたらしい。
「わざわざありがとうございます」
「お気になさらず。従業員のメンタルケアも所長の仕事だからね」
千歳さんはベッド脇に椅子を持って来て座ると、僕の怪我の様子を見て心配そうに見つめてくる。
「魔族や半魔族は傷の再生が速いとは聞いていたけれど、本当だね。不幸中の幸いだよ」
「はい、先生の話では来週中には退院する事が出来そうです。ご心配をお掛けして申し訳ありません」
「いや、謝るのはこちらの方さ。未成年のキミを暗くなってから歩いて帰らせてしまったからね。状況が落ち着くまでは、私かティスタが車でキミを送り届けるから」
「……すみません、御言葉に甘えさせて頂きます」
「あぁ、それでいい。面倒な事や大変な事は、全て大人に押し付けなさい。キミはまだまだ子供なんだから」
千歳さんはそう言って、僕の頭を撫でてくれた。いつだったか、今は亡き母に同じように頭を撫でてもらった記憶がフラッシュバックして、少しだけ目頭が熱くなる。
千歳さんにも、ティスタ先生にも、僕は助けてもらいっぱなしだ。
「そういえば、ティスタ先生が警察に連れていかれてしまったんです。千歳さんは何か聞いていますか?」
「あぁ、知っているよ。その件についても話そうと思ってた。ついでに、ティスタのヤツから色々と教えるように頼まれているから」
「教える、というのは?」
「正しい認識。魔族の血が流れるキミには、それを知る資格がある。ティスタのように話すのは上手くは無いが、私も所長としてちゃんと教えておこうと思って」
千歳さんの口から語られたのは、この数日で何が起きたか、ティスタ先生が何をしたかについてだった。
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