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【Ⅰ 《神眼の創造主と改変の破壊者》】 [紅き:前編 第一部 第一章 前日談]
5話B「歴戦の英雄」
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歓楽街ガロン西部――第二冒険者組合クレムの中央窓口。
三件の依頼を達成したモルタ達は報酬を手に入れ、金髪ロングヘアの受付嬢――レーネルに長財布の依頼主に関する情報を聞き出していた。
すると長財布の依頼主――Cランク冒険者のクリスが突然この場へ訪問し、テクトは彼女の質問攻めに遭遇した。
「貴方。ランクは?」
「Fランクだ。今日冒険者になったばかりで、この街に疎くてな。この辺で格安の宿屋を知らないか?」
「貴方――ネットで調べれば良いじゃない? 携帯は持ってないの?」
「ないな……」
「はあ!? じゃあ出身地は??」
「聖魔都ヴァルディム」
「成る程ね……。何も聞かなかった事にするわ……」
クリスはモルタ達の出身地が『聖魔都ヴァルディム』だと理解すると、呆れた表情を浮かべながらも納得する。
クリスが呆れるのも無理はない。聖魔都ヴァルディムは極端に人間の数が少ない為、外部の者にとっては知識の差や生活習慣によって田舎者だと感じる部分が多いからだ。
――だが実際は、現地の住民達による口裏合わせで全てが成立していた。
それは【紅き】の設定上において、聖魔都ヴァルディムに人間は誰一人として存在していないからである。
それを唯一証言する事が出来る人物は、クラン〈ロストガーデン〉の英雄こと〈審判科〉の創立者――雨霧礼二のみであり、彼は冒険者組合をギルドとして立ち上げた人物でもある。
そして現在。彼は王都フェルガントの魔法学院に勤務しており、冒険者組合と関わる機会は時代が進むに連れて徐々に薄れていった。
その事情を知るモルタは異世界転移を実行した際、単純な偽装が許されないこの世界で聖魔都ヴァルディム以外の出身地を選択する事が出来なかった。
「……ん。クリスこそ出身地はどこ?」
「私は秘密よ!!」
モルタ達は神眼を使用した。
〝《【現在1】〈クリス〉性別:女性 出身地:不明 第二冒険者組合クレムを拠点に活動するCランク冒険者》〟
(……)
神眼は、魔法や能力によって無効化する事は出来ない。
但し唯一神眼でも、特定出来ない場合がある。
――それは〝ゼクシード〟。
【紅き】の主人公――九重明人や〈ロストガーデン〉の英雄――椎名白愛達が持つ特殊能力である。
そのゼクシードを生み出した張本人は、他でもない〝緑の神〟本人だ。
全ての生物に対して公平性を保つ為に、〝緑の神〟は特定の弱者に向けて特殊能力――ゼクシードを与えたとされている。
――だがモルタはクリスに対して、深く詮索はしなかった。
それはクリスが、【紅き瞳のイミ】の登場人物ではないという可能性も充分に考えられるからだ。
するとモルタの神眼が自動的に発動する。
それはクリスの情報とは全く関連性のない三つの未来であった。
一つ目は、クリスの武力行使のお陰でテクトの依頼が達成すること。
二つ目は、テクトがクラン〈ブレイドコレクター〉所属の姫路刹那に偶然出会うというものだ。
この二つの未来はテクトにとって重要な世界線であり、紅色の本レガリアに姫路刹那の能力が付与される特典付き。
実際にリグ公園で出会ったあの男性の性格は狡賢く、心優しいテクトにとって極めて不利だとモルタ自身も感じていた。
――だがその問題を解消する人物が、まさか何処の馬の骨なのかも分からないクリスだったとは……、神眼越しのモルタでさえも逆に驚かされた。
(クリス……。貴方は一体何者なの……??)
そして残る最後の三つ目は……。
〝《【未来3】〈モルタ〉は第二冒険者組合クレムで、過去の大戦の話を聞く》〟
言わずもがな。
過去の大戦とは〝大規模戦線アルティナ〟ではなく、〝終焉戦争ラグナロク〟の話だろう。
真相については〈ロストガーデン〉の英雄達に直接聞いた方が最も早い――だが現時点のモルタ達の立場では不可能に近い。
だからこそモルタは少しでも終焉戦争ラグナロクの手掛かりを掴む為に、第二冒険者組合クレムに残ることを決意した。
「じゃあテクト。どうせまだ暇なんでしょ? 財布の場所を教えて貰えるかしら?」
「分かったよ……。モルタはどうする?」
「……ん。私はここで待ってる」
「――分かった」
モルタはリグ公園へ向かうテクト達の後ろ姿を静かに眺めていた。
するとレーネルは、一人孤立してしまったモルタにそっと話し掛けた。
「行っちゃったわね。二人共……」
「……ん。あの子と一緒なら、テクトは大丈夫」
「ふーん? モルタちゃんって、もう初対面のクリスさんを、そんなに信用してるなんてね。私だったら……もう少しくらいは様子見するかな?」
「貴方はいつもそう。私にその考えは必要ない」
モルタの意味深な言葉に、レーネルは思わず首を傾げた。
普段のモルタならばテクト以外の人物に対して冷たい態度で接する筈だが、何故かモルタはレーネルを異常に嫌っていた。
「? 何の話?」
「……ん。気にしないで。今は貴方と関わるつもりはないから」
レーネルにとってモルタは、今日初めて出会った少女で間違いない。
――だがそれでも異常に冷たいモルタの発言に、レーネルは溜め息を吐きながら本音を漏らした。
「テクト君がいないと、駄目そうね」
すると窓口の内側から、レーネルを呼び掛ける声が聞こえた。
「レーネル!! コケコケは見つかった?」
「まだみたい……」
困り果てた表情のレーネルを見たモルタは、不思議そうに首を傾げた。
「コケコケ??」
「テクト君が依頼した鶏の名前よ。実は半年前にギルドマスターが大事に育てていたコカトリスでね。歓楽街ガロンの冒険者や無限高校の生徒達に協力して貰ったんだけど、普通の鶏と大きさが変わらないから皆諦めてたの。もう半年も前の依頼だから、別に食用で食べられていてもおかしくない話なのにね」
「……ん? 成長しても大きくならないの?」
コカトリスとは、鶏に似た姿をしている鳥の魔物。
卵は鶏の卵と変わらないが、成長すれば全長二十メートルの高さとなる。
そして野生のコカトリスは人里を荒らす習性を持つので、冒険者組合では討伐対象になる可能性もある程だ。
「普通のコカトリスなら、最低でも全長十メートルは下らないわ。だけど……ギルドマスターのコカトリスは、別名『ユニーク・コカトリス』っていう変幻自在の特殊個体でね。主人があの赤い鶏冠の白い鶏を命令すれば、コカトリスはそれに変身するのよ。他人からすれば普通の白い鶏と変わらない訳だし、私達も食用の鶏だと思えば当然食べるでしょう?」
「……ん。納得」
テクトが善意で受注した依頼の鶏が、まさか半年も前から行方不明だったとは、モルタですら知る由がなかった。
それもその筈。神眼で明かされた過去は、一週間前にセントラル協会幹部のザックという人物が鶏を捕獲したという事であり、モルタも彼此一週間くらい前の出来事だろうと錯覚していたからだ。
「貴方が噂の冒険者さんね」
レーネルの隣から受付嬢の女性が現れ、モルタに話し掛けた。
女性は身長一五二センチの痩せ型で胸は小さく、髪は桃花色のボブに黄檗色の瞳をしており、容姿はレーネルと比べて少し大人びて見えた。
「私の名前はエメリー。ここの主任をやっています」
「……ん。私はモルタ。テクトには後で伝える」
「ふふ、それは助かります。主任は色々と忙しいですからね。レーネルと違って……」
「私だって忙しいわよ! エメリーさん。私――少し休憩に入るから!!」
「わかりました……。あまり長居しないで下さいね」
レーネルはエメリーに嫌気が差して、直ぐに休憩所へと退出した。
その姿を見たエメリーが申し訳ない表情を浮かべて、モルタに助言する。
「レーネルは少し疲れているみたいだから大丈夫ですよ。あれでも彼女は優秀ですから」
「知ってる。本当はただ一時的に、貴方の事が嫌いになっただけ」
モルタの的確な発言に、エメリーは一瞬言葉を失った。
エメリーは窓口から聞こえる二人の会話を盗み聞きしていた時から、レーネルと馬が合わないモルタに何故か少し違和感を感じていた。
嘘が多いと噂がある曰く付きの職業『予言者』のモルタを見つめながら、エメリーは生まれ持った直感でモルタの何かを悟る。
――まさか……、この子。本物の予知能力者なんじゃ……。
エメリーは思わず固唾を呑む――だがエメリーは断言する以外の解決策が見当たらなかった。
それは初対面のレーネルと馬が合わない疑問点に、不思議と接点が結び付いてしまうからだ。
予知能力者は、未来を視る事が出来る。
エメリーが唯一知っている歴史上最も古くから存在したとされる予知能力者は、首都リルラムの長――ホタル・リルラム。
最近の話題だと、首都リルラムの月詠高等学校に彼女の後継者がいるという情報もあるので、予知能力者の存在は油断出来ない。
――もしかしたらこの子は、レーネルの未来を知っているから嫌いなのかも知れない。子供は未来が変化し続けるというものを知らないから、この子も勘違いしているのかも……。
「……そう言う事だったんですね。モルタさんが何故レーネルに詳しいかは存じ上げませんが、レーネルと仲良くなりたいなら、今後は全て内緒にしておく方が気楽で良いですよ」
「……ん? 冒険者組合は、一個人の偽名も許してるの?」
モルタの問題発言に、エメリーはレーネルがこの場にいなくて、ほっと息を吐く。
実際の所。レーネルという名前は偽名である。
――だがその事実を知る関係者の中に、モルタが含まれていない事もまた事実だった。
モルタの場合。【紅き】の中で最も嫌悪していた登場人物がレーネルの特徴と一致した為、即座に【紅き】の登場人物だと判断する事が出来た――だが本来の初登場は紅き瞳のイミ第十章以降であり、冒険者組合に勤務していたという事実は初耳であった。
「それは違います。まずレーネルは幼少期からその……自身の本名を嫌っていまして、私もレーネルには頭が上がりませんでした」
モルタは神眼を使用した。
〝《【現在1】仲間想いの〈エメリー〉は〈モルタ〉に軽い噓を吐く。〈レーネル〉の本名は第二冒険者組合クレムの中で、〈エメリー〉以外誰も知らない》〟
〝《【過去1】〈レーネル〉は〈エメリー〉を含む全ての関係者に口封じをしている》〟
〝【警告】〝白の神〟には、この世界の権限はありません。神眼による住人の名称を書き換える場合は、予め【紅き】の創造主〈斎藤ユウタ〉自身が気付く必要があります。但し〈斎藤ユウタ〉は〝白の神〟が管理する『地球』で行方不明扱いとなっており、現在このシステムを利用する事は出来ません〟
「……ん。わかった。今後はレーネルの事、内緒にする」
「納得して何より……。テクト君にも、そう伝えて下さいね」
「……ん? テクトはまだ知らない」
「そうですか? それは安心しました……」
エメリーは心の底から安心する。
現在においてレーネルに関する有力な情報が流出した場合、第二冒険者組合クレムやギルドマスターにも甚大な悪影響を及ぼす可能性がある。
全く逆らう事が出来ないエメリーはレーネルとの不可侵条約によって、冒険者組合の勤務中でも幾度となく情報屋を根絶やしにして来た。
エメリーからすれば、モルタはただの命拾いだ。
――だがそれはモルタから見ても同じ光景だという事を、エメリー自身も忘れてはならなかった。
「……ん。でもそれだと、釣り合わない」
「では、交渉でしょうか? 一応提示しておきますが、私では冒険者ランクを上げる事は出来ませんよ?」
「……ん。過去の大戦について教えて欲しい」
「へ!? これは失礼しました。そう言えば、モルタさんは聖魔都ヴァルディム出身でしたね」
モルタの意外な回答にエメリーは驚く。
過去の大戦とは終焉戦争ラグナロクで間違いないだろう――だがそれはこの世界において誰もが知っている重大な歴史である。
エメリーはその歴史を知らない人物を、一度も見た事がなかった。
「ではモルタさんに、一つ簡単な質問を出題しても宜しいですか?」
「……ん。良いよ」
「この世界に存在したとされる神様を、フルネームで答えて下さい」
神は世界を管理する為に生まれ、全生物を守護する慈悲深き存在であり、悪を裁く為ならば地上に降り立つ事も厭わない。
地球の管理者が〝白の神〟モルタであると同様に、この世界にも神は存在する。
それが〝緑の神〟と呼ばれる少女だ。
――だがこの世界に彼女はいない。
管理を放置している訳ではなく、ある悲劇によって彼女は目覚める事が困難となった。
モルタはエメリーに〝緑の神〟の名を呟いた。
「〝緑の神〟ルシェ・デウス・エメラルダ」
「……半分、不正解ですね」
(……ッ!!)
「あまり難しい質問ではありませんでしたが、やはり仕方ありませんね」
モルタは目を見開いて、驚きを隠せなかった。
もしこの場にテクトが居れば、反論しただろう。
「正解は……?」
「ああ――ごめんなさい。正解は〝緑の神〟ゾディアック・デウス・エメラルダ。この世界の神様にしては、実は既に討伐された存在です」
「誰それ?」
見知らぬ神の名前を聞いたモルタは、大きく首を横に傾げた。
「その歳で本当にゾディアックも知らない人がいるなんて……、私も初耳です」
「……ん。そのゾディアックが終焉戦争ラグナロクと、どう関係があるの?」
「ふふ。そこまで興味がある様でしたら、後でレーネルに謝罪して下さいね?」
「……ん。分かった」
モルタが頷くと、エメリーは話を続けた。
「モルタさんはあまり歴史に詳しくありませんので、まずは現在も尚語り継がれている昔話――終焉戦争ラグナロクについて、一から説明しますね。証言者はこの首都オーディア――旧名オーディアを治めていた七代目国王ジャック・オーディア本人によるものですので、ご安心を」
そしてエメリーはお伽話の様にモルタに語った。
「今から約千年前の宝暦1040年。私達の祖先は魔物の脅威と国の繁栄の為、魔物を討伐して生計を立てていました。その頃はまだ私達みたいな冒険者でなくても、誰でも簡単に討伐する事が出来たので、それ程魔物の脅威はありませんでした」
終焉戦争ラグナロクが起こる以前の話は、モルタもテクトからいくつか聞かされた事があった。
それは一般的なファンタジー小説などにもある、人間と魔物の小規模な争い。
――だが【紅き】では、その後。十八体の魔王達が憎き人間に戦争を仕掛け、人間側は数多くの犠牲者で溢れ返る事となる。
「――ですが、それから二年が経過したある日。勇者の死亡が確認されました」
「……? 勇者?」
「はい。残念ながら名前までは記載されておりませんが、どうやら特別な才能を持った一流の冒険者だと記述されています」
「そう……」
(あとでユウタに聞こう……)
モルタは勇者の存在を知らなかった。
テクトに聞いてみる価値は充分に有りそうだが、テクトも細かい設定までは覚えていないかも知れない。
「勇者の死亡によって、この世界は混乱の渦に巻き込まれました。ですがある日――勇者の死亡原因を突き止める事に成功しました。それが〝原初の魔王〟と呼ばれる魔王が、オーディア王国帰還中の勇者一行を奇襲したというものでした。その情報の出所は勇者に仕えていた近衛兵からでしたが、彼の傷は深く、治療班からその近衛兵の死亡が確認されました」
原初の魔王。本来は魔物として生きていたが、人間の兵士に両親を殺されて人間に憎悪を抱く。
その後。努力の末――その一匹の魔物は魔法の才能に目覚めて特別変異を果たし、【紅き】最古の魔王『原初の魔王』として誕生する。
人間に憎悪を抱く原初の魔王は知略を巡らせ、世界中にいる同じく人間に憎悪を抱く魔物達を次々と魔王へと変貌させていった。
その数――原初の魔王を含む十八体の魔王。
彼らの最大の目標は人間を完全に根絶やしにして、この世界を彼らの支配下にすること。
そして彼らは、人間が移住する都市に戦争を仕掛ける計画の最中、魔王ゾーラが最初の火種を引き起こした。
「そして悲劇から一年後。宝暦1043年に原初の魔王が率いた十八体の魔王達によって全ての国が襲撃され、この世界は滅亡の危機にまで追いやられました。最高権力者達は、その厄災を〝終焉戦争ラグナロク〟と名付けました」
最高権力者とは、当時この世界に存在した――以下の五名のことを指す。
【最高権力者】
[首都オーディア――旧名オーディア]
六代目国王ネロ・オーディア
[王都フェルガント――旧名フェルガント]
アナスタシア・フェルガント
[帝都ギルアス――旧名ギルアス]
エイジ・ギルアス
[首都リルラム――旧名リルラム]
ホタル・リルラム
[楽園シャミオン――旧名シャミオン]
アビゲイル・シャミオン
「当時最も圧倒的な強さを誇っていたオーディアの六代目国王――ネロ・オーディア様は息子のジャック様に命令を下し、最強の兵士十二名を集結させた魔王討伐部隊を編成しました。それが現在では名の知れたクラン〈ロストガーデン〉です。クランマスターは現在も存命中の無限高校〈支援科〉の創立者――椎名白愛様です。彼女達は最高権力者達と共に、原初の魔王を含む十八体の魔王達に反撃を仕掛け、見事全ての魔王討伐において成功を収めました」
モルタは物語が改変されていない事に気付く。
エメリーが話した『終焉戦争ラグナロク』は斉藤ユウタが考案した『デモンズレイド』と大差はなく、むしろ名称は違えど物語の流れ自体には整合性があり、大きく変動する程の悪影響は及ぼされていなかった。
「――その時に見たそうです。白愛様が単独で〝緑の神〟ゾディアック・デウス・エメラルダと遭遇し、すぐに戦闘を仕掛けられたそうです。その戦場で運良くゾディアックの討伐に成功して生還したと、白愛様は仰っておりました」
「……。エメリー。ゾディアックは、どういう姿だったの?」
「白愛様曰く、ゾディアックは常に緑色の魔力を帯びた筋肉質な身体に、エメラルダ鉱石と同じ緑色の目を持つ、白髭のお爺さんだと仰っておりました」
「……」
エメラルダ鉱石とは、この【紅き】の世界で最も多く採取されるエメラルドに似た緑色の鉱石。
現在においてエメラルダ鉱石が持つ力は魔石以上の力を発揮すると判明しており、現在はハイブリッド型魔剣――ソードデバイスに多く使用されている。
そして元々エメラルダ鉱石は〝緑の神〟が持つ有り余る神力から生成したパワーストーンであり、その力が魔石以上だという事は明らかである。
――だが【紅き】の作中ではエメラルダ鉱石の謎は多く、それら全てを語る者は〝緑の神〟ルシェ・デウス・エメラルダ本人だ。
「その後。全ての魔王討伐の貢献者十七名――クラン〈ロストガーデン〉の十二名とこの世界を治めていた五名の最高権力者達に、〝ヴィオス〟と呼ばれる不死に近い存在となる権限が付与されました。オーディアは六代目国王のネロ様ではなく、息子のジャック様にヴィオスが付与されたそうです」
「……ん? 十七名?」
「はい。十七名ですが……??」
ヴィオスとは、致命傷でない限り不死に近い存在となる権限。
他者に贈与する事は出来ないが、自身が死にたければ自害を選択する事が出来る。
――だが【紅き】の作中において、ヴィオスは魔王と同じ数の十八名に付与される権限であり、モルタは不思議と首を傾げてしまった。
「そしてその内の五名の最高権力者達は自害を選択しました。やはり不死と呼ばれる物は孤独が付き纏うらしいですね。その後に残された人々によって暴動が発生し、世界の治安は徐々に悪化していきました。その時にクラン〈ロストガーデン〉は解散を表明し、英雄達は治安の抑制と次の魔王復活に備え、この世界にある六つの高等学校に特殊学科を創立させました」
この世界の特殊学科は、以下の通りである。
【創立者――クラン〈ロストガーデン〉の英雄】
[首都オーディア:無限高校]
椎名白愛の〈支援科〉 フレア・アイギスの〈技術科〉
レイラ・メイデンの〈回復科〉
[王都フェルガント:魔法学院]
クロエの〈精霊科〉 雨霧礼二の〈審判科〉
[帝都ギルアス:戦武高校]
五十嵐権三郎の〈武人科〉 結城莉緒の〈戦闘科〉
[首都リルラム:月詠高校]
東雲綴の〈巫女科〉
[聖魔都ヴァルディム:魔王高校]
セリア・ローレンスの〈天使科〉 ダミアン・バトラーの〈悪魔科〉
[楽園シャミオン:英雄高校]
レックス・ドラゴニアスの〈龍神科〉 オリヴァー・グレイの〈魔導科〉
「以上が終焉戦争ラグナロクの歴史と〝緑の神〟ゾディアック・デウス・エメラルダについてですね。最もゾディアックが何故白愛様との戦闘に至ったのか、現在も解明されておりません」
「……ん。エメリー、教えてくれてありがとう」
「どう致しまして」
モルタはエメリーに感謝の気持ちを伝えると、エメリーもモルタに対して会釈した。
休憩を終えたレーネルはモルタ達のいる窓口へ足を運ぶと、モルタ達の何気ない会話が聞こえてレーネルは少し驚いた。
自身の行いによってモルタ達に嫌な印象を与えてしまった事をレーネルは後悔しており、どうやってモルタ達に話を切り出そうか考えていた――だが現在の雰囲気は既に元通りとなっている。
その雰囲気を一変させた人物がエメリーだと気付くと、レーネルは溜め息を吐きつつも少し微笑んだ。
エメリーはレーネルと違って常に優しさを兼ね備えており、規律や善悪に対しても判断を怠らない。
その影響でエメリーはギルドマスターの目に留まり、現在受付嬢の主任として任されている。
そしてレーネルが冒険者組合に勤務出来ている唯一の理由は、紛れもないエメリーのお陰でもあった。
「エメリーさん。また昔話?」
「お帰り、レーネル。モルタさんに、私の現役時代の武勇伝を聞かせておりました」
「程々にね」
レーネルは苦笑交じりにそう呟くと、モルタが突然レーネルに謝罪した。
「レーネル。さっきはごめん」
「? 何の話? エメリーさん」
レーネルは隣にいたエメリーに振り向くと、その場にエメリーの姿はなく、当の本人は休憩所へと向かっていた。
レーネルは少し溜め息を吐くと、モルタに向けて話し掛けた。
「エメリーさんが何を話したかは知らないけど、私は別に気にしてないから大丈夫よ」
「……ん。安心」
レーネルの言葉を聞いて、モルタは少し微笑む。
すると第二冒険者組合クレムの入り口から、テクトとクリスの楽しそうな声が聞こえ始めた。
三件の依頼を達成したモルタ達は報酬を手に入れ、金髪ロングヘアの受付嬢――レーネルに長財布の依頼主に関する情報を聞き出していた。
すると長財布の依頼主――Cランク冒険者のクリスが突然この場へ訪問し、テクトは彼女の質問攻めに遭遇した。
「貴方。ランクは?」
「Fランクだ。今日冒険者になったばかりで、この街に疎くてな。この辺で格安の宿屋を知らないか?」
「貴方――ネットで調べれば良いじゃない? 携帯は持ってないの?」
「ないな……」
「はあ!? じゃあ出身地は??」
「聖魔都ヴァルディム」
「成る程ね……。何も聞かなかった事にするわ……」
クリスはモルタ達の出身地が『聖魔都ヴァルディム』だと理解すると、呆れた表情を浮かべながらも納得する。
クリスが呆れるのも無理はない。聖魔都ヴァルディムは極端に人間の数が少ない為、外部の者にとっては知識の差や生活習慣によって田舎者だと感じる部分が多いからだ。
――だが実際は、現地の住民達による口裏合わせで全てが成立していた。
それは【紅き】の設定上において、聖魔都ヴァルディムに人間は誰一人として存在していないからである。
それを唯一証言する事が出来る人物は、クラン〈ロストガーデン〉の英雄こと〈審判科〉の創立者――雨霧礼二のみであり、彼は冒険者組合をギルドとして立ち上げた人物でもある。
そして現在。彼は王都フェルガントの魔法学院に勤務しており、冒険者組合と関わる機会は時代が進むに連れて徐々に薄れていった。
その事情を知るモルタは異世界転移を実行した際、単純な偽装が許されないこの世界で聖魔都ヴァルディム以外の出身地を選択する事が出来なかった。
「……ん。クリスこそ出身地はどこ?」
「私は秘密よ!!」
モルタ達は神眼を使用した。
〝《【現在1】〈クリス〉性別:女性 出身地:不明 第二冒険者組合クレムを拠点に活動するCランク冒険者》〟
(……)
神眼は、魔法や能力によって無効化する事は出来ない。
但し唯一神眼でも、特定出来ない場合がある。
――それは〝ゼクシード〟。
【紅き】の主人公――九重明人や〈ロストガーデン〉の英雄――椎名白愛達が持つ特殊能力である。
そのゼクシードを生み出した張本人は、他でもない〝緑の神〟本人だ。
全ての生物に対して公平性を保つ為に、〝緑の神〟は特定の弱者に向けて特殊能力――ゼクシードを与えたとされている。
――だがモルタはクリスに対して、深く詮索はしなかった。
それはクリスが、【紅き瞳のイミ】の登場人物ではないという可能性も充分に考えられるからだ。
するとモルタの神眼が自動的に発動する。
それはクリスの情報とは全く関連性のない三つの未来であった。
一つ目は、クリスの武力行使のお陰でテクトの依頼が達成すること。
二つ目は、テクトがクラン〈ブレイドコレクター〉所属の姫路刹那に偶然出会うというものだ。
この二つの未来はテクトにとって重要な世界線であり、紅色の本レガリアに姫路刹那の能力が付与される特典付き。
実際にリグ公園で出会ったあの男性の性格は狡賢く、心優しいテクトにとって極めて不利だとモルタ自身も感じていた。
――だがその問題を解消する人物が、まさか何処の馬の骨なのかも分からないクリスだったとは……、神眼越しのモルタでさえも逆に驚かされた。
(クリス……。貴方は一体何者なの……??)
そして残る最後の三つ目は……。
〝《【未来3】〈モルタ〉は第二冒険者組合クレムで、過去の大戦の話を聞く》〟
言わずもがな。
過去の大戦とは〝大規模戦線アルティナ〟ではなく、〝終焉戦争ラグナロク〟の話だろう。
真相については〈ロストガーデン〉の英雄達に直接聞いた方が最も早い――だが現時点のモルタ達の立場では不可能に近い。
だからこそモルタは少しでも終焉戦争ラグナロクの手掛かりを掴む為に、第二冒険者組合クレムに残ることを決意した。
「じゃあテクト。どうせまだ暇なんでしょ? 財布の場所を教えて貰えるかしら?」
「分かったよ……。モルタはどうする?」
「……ん。私はここで待ってる」
「――分かった」
モルタはリグ公園へ向かうテクト達の後ろ姿を静かに眺めていた。
するとレーネルは、一人孤立してしまったモルタにそっと話し掛けた。
「行っちゃったわね。二人共……」
「……ん。あの子と一緒なら、テクトは大丈夫」
「ふーん? モルタちゃんって、もう初対面のクリスさんを、そんなに信用してるなんてね。私だったら……もう少しくらいは様子見するかな?」
「貴方はいつもそう。私にその考えは必要ない」
モルタの意味深な言葉に、レーネルは思わず首を傾げた。
普段のモルタならばテクト以外の人物に対して冷たい態度で接する筈だが、何故かモルタはレーネルを異常に嫌っていた。
「? 何の話?」
「……ん。気にしないで。今は貴方と関わるつもりはないから」
レーネルにとってモルタは、今日初めて出会った少女で間違いない。
――だがそれでも異常に冷たいモルタの発言に、レーネルは溜め息を吐きながら本音を漏らした。
「テクト君がいないと、駄目そうね」
すると窓口の内側から、レーネルを呼び掛ける声が聞こえた。
「レーネル!! コケコケは見つかった?」
「まだみたい……」
困り果てた表情のレーネルを見たモルタは、不思議そうに首を傾げた。
「コケコケ??」
「テクト君が依頼した鶏の名前よ。実は半年前にギルドマスターが大事に育てていたコカトリスでね。歓楽街ガロンの冒険者や無限高校の生徒達に協力して貰ったんだけど、普通の鶏と大きさが変わらないから皆諦めてたの。もう半年も前の依頼だから、別に食用で食べられていてもおかしくない話なのにね」
「……ん? 成長しても大きくならないの?」
コカトリスとは、鶏に似た姿をしている鳥の魔物。
卵は鶏の卵と変わらないが、成長すれば全長二十メートルの高さとなる。
そして野生のコカトリスは人里を荒らす習性を持つので、冒険者組合では討伐対象になる可能性もある程だ。
「普通のコカトリスなら、最低でも全長十メートルは下らないわ。だけど……ギルドマスターのコカトリスは、別名『ユニーク・コカトリス』っていう変幻自在の特殊個体でね。主人があの赤い鶏冠の白い鶏を命令すれば、コカトリスはそれに変身するのよ。他人からすれば普通の白い鶏と変わらない訳だし、私達も食用の鶏だと思えば当然食べるでしょう?」
「……ん。納得」
テクトが善意で受注した依頼の鶏が、まさか半年も前から行方不明だったとは、モルタですら知る由がなかった。
それもその筈。神眼で明かされた過去は、一週間前にセントラル協会幹部のザックという人物が鶏を捕獲したという事であり、モルタも彼此一週間くらい前の出来事だろうと錯覚していたからだ。
「貴方が噂の冒険者さんね」
レーネルの隣から受付嬢の女性が現れ、モルタに話し掛けた。
女性は身長一五二センチの痩せ型で胸は小さく、髪は桃花色のボブに黄檗色の瞳をしており、容姿はレーネルと比べて少し大人びて見えた。
「私の名前はエメリー。ここの主任をやっています」
「……ん。私はモルタ。テクトには後で伝える」
「ふふ、それは助かります。主任は色々と忙しいですからね。レーネルと違って……」
「私だって忙しいわよ! エメリーさん。私――少し休憩に入るから!!」
「わかりました……。あまり長居しないで下さいね」
レーネルはエメリーに嫌気が差して、直ぐに休憩所へと退出した。
その姿を見たエメリーが申し訳ない表情を浮かべて、モルタに助言する。
「レーネルは少し疲れているみたいだから大丈夫ですよ。あれでも彼女は優秀ですから」
「知ってる。本当はただ一時的に、貴方の事が嫌いになっただけ」
モルタの的確な発言に、エメリーは一瞬言葉を失った。
エメリーは窓口から聞こえる二人の会話を盗み聞きしていた時から、レーネルと馬が合わないモルタに何故か少し違和感を感じていた。
嘘が多いと噂がある曰く付きの職業『予言者』のモルタを見つめながら、エメリーは生まれ持った直感でモルタの何かを悟る。
――まさか……、この子。本物の予知能力者なんじゃ……。
エメリーは思わず固唾を呑む――だがエメリーは断言する以外の解決策が見当たらなかった。
それは初対面のレーネルと馬が合わない疑問点に、不思議と接点が結び付いてしまうからだ。
予知能力者は、未来を視る事が出来る。
エメリーが唯一知っている歴史上最も古くから存在したとされる予知能力者は、首都リルラムの長――ホタル・リルラム。
最近の話題だと、首都リルラムの月詠高等学校に彼女の後継者がいるという情報もあるので、予知能力者の存在は油断出来ない。
――もしかしたらこの子は、レーネルの未来を知っているから嫌いなのかも知れない。子供は未来が変化し続けるというものを知らないから、この子も勘違いしているのかも……。
「……そう言う事だったんですね。モルタさんが何故レーネルに詳しいかは存じ上げませんが、レーネルと仲良くなりたいなら、今後は全て内緒にしておく方が気楽で良いですよ」
「……ん? 冒険者組合は、一個人の偽名も許してるの?」
モルタの問題発言に、エメリーはレーネルがこの場にいなくて、ほっと息を吐く。
実際の所。レーネルという名前は偽名である。
――だがその事実を知る関係者の中に、モルタが含まれていない事もまた事実だった。
モルタの場合。【紅き】の中で最も嫌悪していた登場人物がレーネルの特徴と一致した為、即座に【紅き】の登場人物だと判断する事が出来た――だが本来の初登場は紅き瞳のイミ第十章以降であり、冒険者組合に勤務していたという事実は初耳であった。
「それは違います。まずレーネルは幼少期からその……自身の本名を嫌っていまして、私もレーネルには頭が上がりませんでした」
モルタは神眼を使用した。
〝《【現在1】仲間想いの〈エメリー〉は〈モルタ〉に軽い噓を吐く。〈レーネル〉の本名は第二冒険者組合クレムの中で、〈エメリー〉以外誰も知らない》〟
〝《【過去1】〈レーネル〉は〈エメリー〉を含む全ての関係者に口封じをしている》〟
〝【警告】〝白の神〟には、この世界の権限はありません。神眼による住人の名称を書き換える場合は、予め【紅き】の創造主〈斎藤ユウタ〉自身が気付く必要があります。但し〈斎藤ユウタ〉は〝白の神〟が管理する『地球』で行方不明扱いとなっており、現在このシステムを利用する事は出来ません〟
「……ん。わかった。今後はレーネルの事、内緒にする」
「納得して何より……。テクト君にも、そう伝えて下さいね」
「……ん? テクトはまだ知らない」
「そうですか? それは安心しました……」
エメリーは心の底から安心する。
現在においてレーネルに関する有力な情報が流出した場合、第二冒険者組合クレムやギルドマスターにも甚大な悪影響を及ぼす可能性がある。
全く逆らう事が出来ないエメリーはレーネルとの不可侵条約によって、冒険者組合の勤務中でも幾度となく情報屋を根絶やしにして来た。
エメリーからすれば、モルタはただの命拾いだ。
――だがそれはモルタから見ても同じ光景だという事を、エメリー自身も忘れてはならなかった。
「……ん。でもそれだと、釣り合わない」
「では、交渉でしょうか? 一応提示しておきますが、私では冒険者ランクを上げる事は出来ませんよ?」
「……ん。過去の大戦について教えて欲しい」
「へ!? これは失礼しました。そう言えば、モルタさんは聖魔都ヴァルディム出身でしたね」
モルタの意外な回答にエメリーは驚く。
過去の大戦とは終焉戦争ラグナロクで間違いないだろう――だがそれはこの世界において誰もが知っている重大な歴史である。
エメリーはその歴史を知らない人物を、一度も見た事がなかった。
「ではモルタさんに、一つ簡単な質問を出題しても宜しいですか?」
「……ん。良いよ」
「この世界に存在したとされる神様を、フルネームで答えて下さい」
神は世界を管理する為に生まれ、全生物を守護する慈悲深き存在であり、悪を裁く為ならば地上に降り立つ事も厭わない。
地球の管理者が〝白の神〟モルタであると同様に、この世界にも神は存在する。
それが〝緑の神〟と呼ばれる少女だ。
――だがこの世界に彼女はいない。
管理を放置している訳ではなく、ある悲劇によって彼女は目覚める事が困難となった。
モルタはエメリーに〝緑の神〟の名を呟いた。
「〝緑の神〟ルシェ・デウス・エメラルダ」
「……半分、不正解ですね」
(……ッ!!)
「あまり難しい質問ではありませんでしたが、やはり仕方ありませんね」
モルタは目を見開いて、驚きを隠せなかった。
もしこの場にテクトが居れば、反論しただろう。
「正解は……?」
「ああ――ごめんなさい。正解は〝緑の神〟ゾディアック・デウス・エメラルダ。この世界の神様にしては、実は既に討伐された存在です」
「誰それ?」
見知らぬ神の名前を聞いたモルタは、大きく首を横に傾げた。
「その歳で本当にゾディアックも知らない人がいるなんて……、私も初耳です」
「……ん。そのゾディアックが終焉戦争ラグナロクと、どう関係があるの?」
「ふふ。そこまで興味がある様でしたら、後でレーネルに謝罪して下さいね?」
「……ん。分かった」
モルタが頷くと、エメリーは話を続けた。
「モルタさんはあまり歴史に詳しくありませんので、まずは現在も尚語り継がれている昔話――終焉戦争ラグナロクについて、一から説明しますね。証言者はこの首都オーディア――旧名オーディアを治めていた七代目国王ジャック・オーディア本人によるものですので、ご安心を」
そしてエメリーはお伽話の様にモルタに語った。
「今から約千年前の宝暦1040年。私達の祖先は魔物の脅威と国の繁栄の為、魔物を討伐して生計を立てていました。その頃はまだ私達みたいな冒険者でなくても、誰でも簡単に討伐する事が出来たので、それ程魔物の脅威はありませんでした」
終焉戦争ラグナロクが起こる以前の話は、モルタもテクトからいくつか聞かされた事があった。
それは一般的なファンタジー小説などにもある、人間と魔物の小規模な争い。
――だが【紅き】では、その後。十八体の魔王達が憎き人間に戦争を仕掛け、人間側は数多くの犠牲者で溢れ返る事となる。
「――ですが、それから二年が経過したある日。勇者の死亡が確認されました」
「……? 勇者?」
「はい。残念ながら名前までは記載されておりませんが、どうやら特別な才能を持った一流の冒険者だと記述されています」
「そう……」
(あとでユウタに聞こう……)
モルタは勇者の存在を知らなかった。
テクトに聞いてみる価値は充分に有りそうだが、テクトも細かい設定までは覚えていないかも知れない。
「勇者の死亡によって、この世界は混乱の渦に巻き込まれました。ですがある日――勇者の死亡原因を突き止める事に成功しました。それが〝原初の魔王〟と呼ばれる魔王が、オーディア王国帰還中の勇者一行を奇襲したというものでした。その情報の出所は勇者に仕えていた近衛兵からでしたが、彼の傷は深く、治療班からその近衛兵の死亡が確認されました」
原初の魔王。本来は魔物として生きていたが、人間の兵士に両親を殺されて人間に憎悪を抱く。
その後。努力の末――その一匹の魔物は魔法の才能に目覚めて特別変異を果たし、【紅き】最古の魔王『原初の魔王』として誕生する。
人間に憎悪を抱く原初の魔王は知略を巡らせ、世界中にいる同じく人間に憎悪を抱く魔物達を次々と魔王へと変貌させていった。
その数――原初の魔王を含む十八体の魔王。
彼らの最大の目標は人間を完全に根絶やしにして、この世界を彼らの支配下にすること。
そして彼らは、人間が移住する都市に戦争を仕掛ける計画の最中、魔王ゾーラが最初の火種を引き起こした。
「そして悲劇から一年後。宝暦1043年に原初の魔王が率いた十八体の魔王達によって全ての国が襲撃され、この世界は滅亡の危機にまで追いやられました。最高権力者達は、その厄災を〝終焉戦争ラグナロク〟と名付けました」
最高権力者とは、当時この世界に存在した――以下の五名のことを指す。
【最高権力者】
[首都オーディア――旧名オーディア]
六代目国王ネロ・オーディア
[王都フェルガント――旧名フェルガント]
アナスタシア・フェルガント
[帝都ギルアス――旧名ギルアス]
エイジ・ギルアス
[首都リルラム――旧名リルラム]
ホタル・リルラム
[楽園シャミオン――旧名シャミオン]
アビゲイル・シャミオン
「当時最も圧倒的な強さを誇っていたオーディアの六代目国王――ネロ・オーディア様は息子のジャック様に命令を下し、最強の兵士十二名を集結させた魔王討伐部隊を編成しました。それが現在では名の知れたクラン〈ロストガーデン〉です。クランマスターは現在も存命中の無限高校〈支援科〉の創立者――椎名白愛様です。彼女達は最高権力者達と共に、原初の魔王を含む十八体の魔王達に反撃を仕掛け、見事全ての魔王討伐において成功を収めました」
モルタは物語が改変されていない事に気付く。
エメリーが話した『終焉戦争ラグナロク』は斉藤ユウタが考案した『デモンズレイド』と大差はなく、むしろ名称は違えど物語の流れ自体には整合性があり、大きく変動する程の悪影響は及ぼされていなかった。
「――その時に見たそうです。白愛様が単独で〝緑の神〟ゾディアック・デウス・エメラルダと遭遇し、すぐに戦闘を仕掛けられたそうです。その戦場で運良くゾディアックの討伐に成功して生還したと、白愛様は仰っておりました」
「……。エメリー。ゾディアックは、どういう姿だったの?」
「白愛様曰く、ゾディアックは常に緑色の魔力を帯びた筋肉質な身体に、エメラルダ鉱石と同じ緑色の目を持つ、白髭のお爺さんだと仰っておりました」
「……」
エメラルダ鉱石とは、この【紅き】の世界で最も多く採取されるエメラルドに似た緑色の鉱石。
現在においてエメラルダ鉱石が持つ力は魔石以上の力を発揮すると判明しており、現在はハイブリッド型魔剣――ソードデバイスに多く使用されている。
そして元々エメラルダ鉱石は〝緑の神〟が持つ有り余る神力から生成したパワーストーンであり、その力が魔石以上だという事は明らかである。
――だが【紅き】の作中ではエメラルダ鉱石の謎は多く、それら全てを語る者は〝緑の神〟ルシェ・デウス・エメラルダ本人だ。
「その後。全ての魔王討伐の貢献者十七名――クラン〈ロストガーデン〉の十二名とこの世界を治めていた五名の最高権力者達に、〝ヴィオス〟と呼ばれる不死に近い存在となる権限が付与されました。オーディアは六代目国王のネロ様ではなく、息子のジャック様にヴィオスが付与されたそうです」
「……ん? 十七名?」
「はい。十七名ですが……??」
ヴィオスとは、致命傷でない限り不死に近い存在となる権限。
他者に贈与する事は出来ないが、自身が死にたければ自害を選択する事が出来る。
――だが【紅き】の作中において、ヴィオスは魔王と同じ数の十八名に付与される権限であり、モルタは不思議と首を傾げてしまった。
「そしてその内の五名の最高権力者達は自害を選択しました。やはり不死と呼ばれる物は孤独が付き纏うらしいですね。その後に残された人々によって暴動が発生し、世界の治安は徐々に悪化していきました。その時にクラン〈ロストガーデン〉は解散を表明し、英雄達は治安の抑制と次の魔王復活に備え、この世界にある六つの高等学校に特殊学科を創立させました」
この世界の特殊学科は、以下の通りである。
【創立者――クラン〈ロストガーデン〉の英雄】
[首都オーディア:無限高校]
椎名白愛の〈支援科〉 フレア・アイギスの〈技術科〉
レイラ・メイデンの〈回復科〉
[王都フェルガント:魔法学院]
クロエの〈精霊科〉 雨霧礼二の〈審判科〉
[帝都ギルアス:戦武高校]
五十嵐権三郎の〈武人科〉 結城莉緒の〈戦闘科〉
[首都リルラム:月詠高校]
東雲綴の〈巫女科〉
[聖魔都ヴァルディム:魔王高校]
セリア・ローレンスの〈天使科〉 ダミアン・バトラーの〈悪魔科〉
[楽園シャミオン:英雄高校]
レックス・ドラゴニアスの〈龍神科〉 オリヴァー・グレイの〈魔導科〉
「以上が終焉戦争ラグナロクの歴史と〝緑の神〟ゾディアック・デウス・エメラルダについてですね。最もゾディアックが何故白愛様との戦闘に至ったのか、現在も解明されておりません」
「……ん。エメリー、教えてくれてありがとう」
「どう致しまして」
モルタはエメリーに感謝の気持ちを伝えると、エメリーもモルタに対して会釈した。
休憩を終えたレーネルはモルタ達のいる窓口へ足を運ぶと、モルタ達の何気ない会話が聞こえてレーネルは少し驚いた。
自身の行いによってモルタ達に嫌な印象を与えてしまった事をレーネルは後悔しており、どうやってモルタ達に話を切り出そうか考えていた――だが現在の雰囲気は既に元通りとなっている。
その雰囲気を一変させた人物がエメリーだと気付くと、レーネルは溜め息を吐きつつも少し微笑んだ。
エメリーはレーネルと違って常に優しさを兼ね備えており、規律や善悪に対しても判断を怠らない。
その影響でエメリーはギルドマスターの目に留まり、現在受付嬢の主任として任されている。
そしてレーネルが冒険者組合に勤務出来ている唯一の理由は、紛れもないエメリーのお陰でもあった。
「エメリーさん。また昔話?」
「お帰り、レーネル。モルタさんに、私の現役時代の武勇伝を聞かせておりました」
「程々にね」
レーネルは苦笑交じりにそう呟くと、モルタが突然レーネルに謝罪した。
「レーネル。さっきはごめん」
「? 何の話? エメリーさん」
レーネルは隣にいたエメリーに振り向くと、その場にエメリーの姿はなく、当の本人は休憩所へと向かっていた。
レーネルは少し溜め息を吐くと、モルタに向けて話し掛けた。
「エメリーさんが何を話したかは知らないけど、私は別に気にしてないから大丈夫よ」
「……ん。安心」
レーネルの言葉を聞いて、モルタは少し微笑む。
すると第二冒険者組合クレムの入り口から、テクトとクリスの楽しそうな声が聞こえ始めた。
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