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登用編
第十六話 昇進とご褒美
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「クレメンティーネ・フォン・エーベルス。汝を叛乱討伐の功により帝国軍中将に任ず」
「はっ」
ティーネが玉座の前で片膝を突きながら答えた。その恭しいはずの動作は、しかし何故か玉座にいる皇帝よりもずっと威厳に満ち溢れて見える。
何故小柄で華奢で、一見すれば儚げにすら見える少女が、これほどに活力に溢れて見えるのだろうか。
周囲に居並ぶ軍の重鎮や大貴族達からは一斉に非友好的なまなざしが向けられたが、ティーネがそれを意に介す様子は全く無かった。
「クレメンティーネ、今回の戦でも抜群の戦功を立てたと聞く。何か他に褒美として望む物はあるか」
皇帝が静かな声で訊ねた。
「それでは恐れながら」
ティーネが顔を上げる。
「此度の叛乱、許されざる事ではありますが、すでに叛乱の首謀者は死に、それに与した者も多くは死ぬか、獄中にあります。何卒、戦渦に巻き込まれた惑星ハーゲンベックの住人や、此度の戦いで死んだ反乱軍兵士の遺族には、特別のご寛恕とご配慮を」
「ふむ」
皇帝が鷹揚に頷いた。
「若いに見合わず、クレメンティーネは無欲で他者を慈しむに大であるな。よかろう、ハーゲンベックには至急代官を送り、復興作業にあたらせるとしよう。また叛乱に加わった兵士達の遺族には見舞い金や遺族年金を出す訳には行かぬが……軍務卿、良いように」
皇帝がホリガー元帥を見る。
「は。であれば没収するハーゲンベック家の私財の一部を遺族救済に充ててはいかがかと。それであれば道理も通りますし、皇帝陛下のご寛恕のほど、叛徒達の遺族にも染み渡りましょう」
ホリガー元帥が若干たじろぎながら答えた。
「うむ、よきにはからえ」
皇帝が鷹揚な口調で答える。
意外と名君かもしれない。
「ありがとうございます」
ティーネが深々と頭を過ぎる。
「良い良い。この先も余の気が回らぬ事があれば何なりと申すが良い。この宮廷に閉じこもってばかりいると気付かぬ事が多いでな」
皇帝の穏やかな言葉とは裏腹に、その場には若干、気圧されるような空気が流れた。
ティーネの露骨な人気取り、とも取れるがそれが皇帝陛下の意にも叶うとなると、批判する訳にも行かない、と言う微妙な歯がゆさをティーネを嫌う人間達は感じているようだ。
ティーネが下がり、次は私……ヒルトの名が呼ばれた。
「ヒルトラウト・マールバッハ。汝を叛乱討伐の功により帝国軍少将に任ず」
先程のティーネへの辞令を、名前と後は中将の所を少将に置き換えただけのような、無個性な響きで皇帝は私に告げた。
「はっ」
私も先程のティーネをコピーするように答える。
「そなたも初の提督としての実戦ながら中々の働きをしたと聞く。何か褒美として望む物はあるか?」
「それでは」
もしそう尋ねられたら答えよう、と思っていた事を思い返しながら私は顔を上げ口を開いた。
「今回の叛乱に与した将兵の内、もし再び陛下に忠誠を誓うと言う者がいれば、どうかその者達の帰順をお許したく頂きます」
「ほう」
今度は皇帝は鷹揚には頷かず、少し首を傾げた。場にわずかなざわめきが起こる。
ハンスパパは焦ったように声を上げ掛け、ティーネとカシーク少将とラウダ―少将は面白そうな声を上げた。
「叛乱に与した者は本来重く罰せられるが……何故そのように申すのか、ヒルト」
本音を言えばクライスト少将が惜しい!と言うだけに尽きるのだけど。
「はい。今帝国は連盟と言う大敵と長い戦の最中にあります。その情勢の中であれだけの数の将兵をさらに失うのは痛手かと思います。また私が見た所、叛乱軍の将の中にはかなり優れた者もおりました。彼らは陛下に叛意は無く、ただ愚かな主君を守ろうと忠誠を尽くしただけです。どうかご寛恕を」
「ふむ。確かに余も出来る限り厳罰は避けたいと言うのが心情ではあるが、事が事ゆえにな。三長官よ、ヒルトラウトはこのように申しておるが、どう思うか」
皇帝が三長官の方を見た。
「恐れながら、家族はまだしも、叛乱に実際に与した者達にまでそこまでの温情を掛けては、軍の規律が保てぬかと愚考します」
フロイント元帥が真っ先に答えた。三長官の中では一番歳が若く、恰幅も良い。
そして三人の中では、一番野心的で危険な人物でもある。
「軍務省としては、確かに今回の戦いで失った兵達の補充がそこから少しでも出来るのであるなら望ましい事ではあります。少ないとはいえ、損害もゼロではありませんでしたので。しかしフロイント元帥が言われる通り規律の問題は無視出来ぬかと」
ホリガー元帥はどっちつかずと言う感じの意見だった。フロイント元帥とは対照的に痩せこけた老人で、眼光だけが鋭い。
「ザウアー元帥はどう思うか」
沈黙していたザウアー元帥に皇帝が水を向けた。
「規律を考えればただ無罪放免と言う訳には行きますまい」
ザウアー元帥が重々しく口を開く。
「叛乱に加担した者には階級に応じて降格などの処分を。その上で一定期間、監視の元での勤務を命じ、そこで再び不穏な動きや不満を見せれば直ちに銃殺刑の執行を。もしその者達が軍務を通じて陛下への再びの忠誠を証明するようであれば、その時は赦免と言う事にすれば軍規は保てるかと。無論、あくまで元の主君に忠誠を尽くしたいと言う者には死を賜られれば良いでしょう」
言葉は厳しいがこれでも叛乱に対する処遇としてはかなり寛大な内容なように思えた。
「ふむ。余は良い考えと思うが他の二人はどうか」
ホリガー元帥はすぐに賛意を示し、フロイント元帥も少しだけ不満そうな様子を見せたが、やはり賛意を見せた。
「ありがとうございます、陛下」
私は皇帝に深く頭を下げ、それから三長官達にも頭を下げる。
ザウアー元帥と目が合った。やはり強面の顔で睨まれる。うう、怖い。
皇帝陛下に慮っただけで貴様のために提案してやったのでないからな!勘違いするでないぞ、小娘!と言う心の声が聞こえた気がした……うん?
「クレメンティーネに続き、ヒルトラウトも我が帝国の臣民を慈しむ心を持っているようで実に喜ばしい限りである。二人だけなく他の提督達にもいっそうの活躍を期待するぞ」
それで皇帝との謁見は終わった。
謁見の間を出ると、ハンスパパは私の昇進を自分の事のように喜んでくれた後、宮廷の文官や武官達に挨拶に行ってくる、と宮廷の奥に行ってしまった。
「はっ」
ティーネが玉座の前で片膝を突きながら答えた。その恭しいはずの動作は、しかし何故か玉座にいる皇帝よりもずっと威厳に満ち溢れて見える。
何故小柄で華奢で、一見すれば儚げにすら見える少女が、これほどに活力に溢れて見えるのだろうか。
周囲に居並ぶ軍の重鎮や大貴族達からは一斉に非友好的なまなざしが向けられたが、ティーネがそれを意に介す様子は全く無かった。
「クレメンティーネ、今回の戦でも抜群の戦功を立てたと聞く。何か他に褒美として望む物はあるか」
皇帝が静かな声で訊ねた。
「それでは恐れながら」
ティーネが顔を上げる。
「此度の叛乱、許されざる事ではありますが、すでに叛乱の首謀者は死に、それに与した者も多くは死ぬか、獄中にあります。何卒、戦渦に巻き込まれた惑星ハーゲンベックの住人や、此度の戦いで死んだ反乱軍兵士の遺族には、特別のご寛恕とご配慮を」
「ふむ」
皇帝が鷹揚に頷いた。
「若いに見合わず、クレメンティーネは無欲で他者を慈しむに大であるな。よかろう、ハーゲンベックには至急代官を送り、復興作業にあたらせるとしよう。また叛乱に加わった兵士達の遺族には見舞い金や遺族年金を出す訳には行かぬが……軍務卿、良いように」
皇帝がホリガー元帥を見る。
「は。であれば没収するハーゲンベック家の私財の一部を遺族救済に充ててはいかがかと。それであれば道理も通りますし、皇帝陛下のご寛恕のほど、叛徒達の遺族にも染み渡りましょう」
ホリガー元帥が若干たじろぎながら答えた。
「うむ、よきにはからえ」
皇帝が鷹揚な口調で答える。
意外と名君かもしれない。
「ありがとうございます」
ティーネが深々と頭を過ぎる。
「良い良い。この先も余の気が回らぬ事があれば何なりと申すが良い。この宮廷に閉じこもってばかりいると気付かぬ事が多いでな」
皇帝の穏やかな言葉とは裏腹に、その場には若干、気圧されるような空気が流れた。
ティーネの露骨な人気取り、とも取れるがそれが皇帝陛下の意にも叶うとなると、批判する訳にも行かない、と言う微妙な歯がゆさをティーネを嫌う人間達は感じているようだ。
ティーネが下がり、次は私……ヒルトの名が呼ばれた。
「ヒルトラウト・マールバッハ。汝を叛乱討伐の功により帝国軍少将に任ず」
先程のティーネへの辞令を、名前と後は中将の所を少将に置き換えただけのような、無個性な響きで皇帝は私に告げた。
「はっ」
私も先程のティーネをコピーするように答える。
「そなたも初の提督としての実戦ながら中々の働きをしたと聞く。何か褒美として望む物はあるか?」
「それでは」
もしそう尋ねられたら答えよう、と思っていた事を思い返しながら私は顔を上げ口を開いた。
「今回の叛乱に与した将兵の内、もし再び陛下に忠誠を誓うと言う者がいれば、どうかその者達の帰順をお許したく頂きます」
「ほう」
今度は皇帝は鷹揚には頷かず、少し首を傾げた。場にわずかなざわめきが起こる。
ハンスパパは焦ったように声を上げ掛け、ティーネとカシーク少将とラウダ―少将は面白そうな声を上げた。
「叛乱に与した者は本来重く罰せられるが……何故そのように申すのか、ヒルト」
本音を言えばクライスト少将が惜しい!と言うだけに尽きるのだけど。
「はい。今帝国は連盟と言う大敵と長い戦の最中にあります。その情勢の中であれだけの数の将兵をさらに失うのは痛手かと思います。また私が見た所、叛乱軍の将の中にはかなり優れた者もおりました。彼らは陛下に叛意は無く、ただ愚かな主君を守ろうと忠誠を尽くしただけです。どうかご寛恕を」
「ふむ。確かに余も出来る限り厳罰は避けたいと言うのが心情ではあるが、事が事ゆえにな。三長官よ、ヒルトラウトはこのように申しておるが、どう思うか」
皇帝が三長官の方を見た。
「恐れながら、家族はまだしも、叛乱に実際に与した者達にまでそこまでの温情を掛けては、軍の規律が保てぬかと愚考します」
フロイント元帥が真っ先に答えた。三長官の中では一番歳が若く、恰幅も良い。
そして三人の中では、一番野心的で危険な人物でもある。
「軍務省としては、確かに今回の戦いで失った兵達の補充がそこから少しでも出来るのであるなら望ましい事ではあります。少ないとはいえ、損害もゼロではありませんでしたので。しかしフロイント元帥が言われる通り規律の問題は無視出来ぬかと」
ホリガー元帥はどっちつかずと言う感じの意見だった。フロイント元帥とは対照的に痩せこけた老人で、眼光だけが鋭い。
「ザウアー元帥はどう思うか」
沈黙していたザウアー元帥に皇帝が水を向けた。
「規律を考えればただ無罪放免と言う訳には行きますまい」
ザウアー元帥が重々しく口を開く。
「叛乱に加担した者には階級に応じて降格などの処分を。その上で一定期間、監視の元での勤務を命じ、そこで再び不穏な動きや不満を見せれば直ちに銃殺刑の執行を。もしその者達が軍務を通じて陛下への再びの忠誠を証明するようであれば、その時は赦免と言う事にすれば軍規は保てるかと。無論、あくまで元の主君に忠誠を尽くしたいと言う者には死を賜られれば良いでしょう」
言葉は厳しいがこれでも叛乱に対する処遇としてはかなり寛大な内容なように思えた。
「ふむ。余は良い考えと思うが他の二人はどうか」
ホリガー元帥はすぐに賛意を示し、フロイント元帥も少しだけ不満そうな様子を見せたが、やはり賛意を見せた。
「ありがとうございます、陛下」
私は皇帝に深く頭を下げ、それから三長官達にも頭を下げる。
ザウアー元帥と目が合った。やはり強面の顔で睨まれる。うう、怖い。
皇帝陛下に慮っただけで貴様のために提案してやったのでないからな!勘違いするでないぞ、小娘!と言う心の声が聞こえた気がした……うん?
「クレメンティーネに続き、ヒルトラウトも我が帝国の臣民を慈しむ心を持っているようで実に喜ばしい限りである。二人だけなく他の提督達にもいっそうの活躍を期待するぞ」
それで皇帝との謁見は終わった。
謁見の間を出ると、ハンスパパは私の昇進を自分の事のように喜んでくれた後、宮廷の文官や武官達に挨拶に行ってくる、と宮廷の奥に行ってしまった。
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