上 下
17 / 30
登用編

第十六話 昇進とご褒美

しおりを挟む
「クレメンティーネ・フォン・エーベルス。汝を叛乱討伐の功により帝国軍中将に任ず」

「はっ」

 ティーネが玉座の前で片膝を突きながら答えた。その恭しいはずの動作は、しかし何故か玉座にいる皇帝よりもずっと威厳に満ち溢れて見える。

 何故小柄で華奢で、一見すれば儚げにすら見える少女が、これほどに活力に溢れて見えるのだろうか。

 周囲に居並ぶ軍の重鎮や大貴族達からは一斉に非友好的なまなざしが向けられたが、ティーネがそれを意に介す様子は全く無かった。

「クレメンティーネ、今回の戦でも抜群の戦功を立てたと聞く。何か他に褒美として望む物はあるか」

 皇帝が静かな声で訊ねた。

「それでは恐れながら」

 ティーネが顔を上げる。

「此度の叛乱、許されざる事ではありますが、すでに叛乱の首謀者は死に、それに与した者も多くは死ぬか、獄中にあります。何卒、戦渦に巻き込まれた惑星ハーゲンベックの住人や、此度の戦いで死んだ反乱軍兵士の遺族には、特別のご寛恕とご配慮を」

「ふむ」

 皇帝が鷹揚に頷いた。

「若いに見合わず、クレメンティーネは無欲で他者を慈しむに大であるな。よかろう、ハーゲンベックには至急代官を送り、復興作業にあたらせるとしよう。また叛乱に加わった兵士達の遺族には見舞い金や遺族年金を出す訳には行かぬが……軍務卿、良いように」

 皇帝がホリガー元帥を見る。

「は。であれば没収するハーゲンベック家の私財の一部を遺族救済に充ててはいかがかと。それであれば道理も通りますし、皇帝陛下のご寛恕のほど、叛徒達の遺族にも染み渡りましょう」

 ホリガー元帥が若干たじろぎながら答えた。

「うむ、よきにはからえ」

 皇帝が鷹揚な口調で答える。
 意外と名君かもしれない。

「ありがとうございます」

 ティーネが深々と頭を過ぎる。

「良い良い。この先も余の気が回らぬ事があれば何なりと申すが良い。この宮廷に閉じこもってばかりいると気付かぬ事が多いでな」

 皇帝の穏やかな言葉とは裏腹に、その場には若干、気圧されるような空気が流れた。

 ティーネの露骨な人気取り、とも取れるがそれが皇帝陛下の意にも叶うとなると、批判する訳にも行かない、と言う微妙な歯がゆさをティーネを嫌う人間達は感じているようだ。

 ティーネが下がり、次は私……ヒルトの名が呼ばれた。

「ヒルトラウト・マールバッハ。汝を叛乱討伐の功により帝国軍少将に任ず」

 先程のティーネへの辞令を、名前と後は中将の所を少将に置き換えただけのような、無個性な響きで皇帝は私に告げた。

「はっ」

 私も先程のティーネをコピーするように答える。

「そなたも初の提督としての実戦ながら中々の働きをしたと聞く。何か褒美として望む物はあるか?」

「それでは」

 もしそう尋ねられたら答えよう、と思っていた事を思い返しながら私は顔を上げ口を開いた。

「今回の叛乱に与した将兵の内、もし再び陛下に忠誠を誓うと言う者がいれば、どうかその者達の帰順をお許したく頂きます」

「ほう」

 今度は皇帝は鷹揚には頷かず、少し首を傾げた。場にわずかなざわめきが起こる。

 ハンスパパは焦ったように声を上げ掛け、ティーネとカシーク少将とラウダ―少将は面白そうな声を上げた。

「叛乱に与した者は本来重く罰せられるが……何故そのように申すのか、ヒルト」

 本音を言えばクライスト少将が惜しい!と言うだけに尽きるのだけど。

「はい。今帝国は連盟と言う大敵と長い戦の最中にあります。その情勢の中であれだけの数の将兵をさらに失うのは痛手かと思います。また私が見た所、叛乱軍の将の中にはかなり優れた者もおりました。彼らは陛下に叛意は無く、ただ愚かな主君を守ろうと忠誠を尽くしただけです。どうかご寛恕を」

「ふむ。確かに余も出来る限り厳罰は避けたいと言うのが心情ではあるが、事が事ゆえにな。三長官よ、ヒルトラウトはこのように申しておるが、どう思うか」

 皇帝が三長官の方を見た。

「恐れながら、家族はまだしも、叛乱に実際に与した者達にまでそこまでの温情を掛けては、軍の規律が保てぬかと愚考します」

 フロイント元帥が真っ先に答えた。三長官の中では一番歳が若く、恰幅も良い。
 そして三人の中では、一番野心的で危険な人物でもある。

「軍務省としては、確かに今回の戦いで失った兵達の補充がそこから少しでも出来るのであるなら望ましい事ではあります。少ないとはいえ、損害もゼロではありませんでしたので。しかしフロイント元帥が言われる通り規律の問題は無視出来ぬかと」

 ホリガー元帥はどっちつかずと言う感じの意見だった。フロイント元帥とは対照的に痩せこけた老人で、眼光だけが鋭い。

「ザウアー元帥はどう思うか」

 沈黙していたザウアー元帥に皇帝が水を向けた。

「規律を考えればただ無罪放免と言う訳には行きますまい」

 ザウアー元帥が重々しく口を開く。

「叛乱に加担した者には階級に応じて降格などの処分を。その上で一定期間、監視の元での勤務を命じ、そこで再び不穏な動きや不満を見せれば直ちに銃殺刑の執行を。もしその者達が軍務を通じて陛下への再びの忠誠を証明するようであれば、その時は赦免と言う事にすれば軍規は保てるかと。無論、あくまで元の主君に忠誠を尽くしたいと言う者には死を賜られれば良いでしょう」

 言葉は厳しいがこれでも叛乱に対する処遇としてはかなり寛大な内容なように思えた。

「ふむ。余は良い考えと思うが他の二人はどうか」

 ホリガー元帥はすぐに賛意を示し、フロイント元帥も少しだけ不満そうな様子を見せたが、やはり賛意を見せた。

「ありがとうございます、陛下」

 私は皇帝に深く頭を下げ、それから三長官達にも頭を下げる。
 ザウアー元帥と目が合った。やはり強面の顔で睨まれる。うう、怖い。

 皇帝陛下に慮っただけで貴様のために提案してやったのでないからな!勘違いするでないぞ、小娘!と言う心の声が聞こえた気がした……うん?

「クレメンティーネに続き、ヒルトラウトも我が帝国の臣民を慈しむ心を持っているようで実に喜ばしい限りである。二人だけなく他の提督達にもいっそうの活躍を期待するぞ」

 それで皇帝との謁見は終わった。
 謁見の間を出ると、ハンスパパは私の昇進を自分の事のように喜んでくれた後、宮廷の文官や武官達に挨拶に行ってくる、と宮廷の奥に行ってしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)

夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。 ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。  って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!  せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。  新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。  なんだかお兄様の様子がおかしい……? ※小説になろうさまでも掲載しています ※以前連載していたやつの長編版です

元カレの今カノは聖女様

abang
恋愛
「イブリア……私と別れて欲しい」 公爵令嬢 イブリア・バロウズは聖女と王太子の愛を妨げる悪女で社交界の嫌われ者。 婚約者である王太子 ルシアン・ランベールの関心は、品行方正、心優しく美人で慈悲深い聖女、セリエ・ジェスランに奪われ王太子ルシアンはついにイブリアに別れを切り出す。 極め付けには、王妃から嫉妬に狂うただの公爵令嬢よりも、聖女が婚約者に適任だと「ルシアンと別れて頂戴」と多額の手切れ金。 社交会では嫉妬に狂った憐れな令嬢に"仕立てあげられ"周りの人間はどんどんと距離を取っていくばかり。 けれども当の本人は… 「悲しいけれど、過ぎればもう過去のことよ」 と、噂とは違いあっさりとした様子のイブリア。 それどころか自由を謳歌する彼女はとても楽しげな様子。 そんなイブリアの態度がルシアンは何故か気に入らない様子で… 更には婚約破棄されたイブリアの婚約者の座を狙う王太子の側近達。 「私をあんなにも嫌っていた、聖女様の取り巻き達が一体私に何の用事があって絡むの!?嫌がらせかしら……!」

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!

蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」 「「……は?」」 どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。 しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。 前世での最期の記憶から、男性が苦手。 初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。 リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。 当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。 おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……? 攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。 ファンタジー要素も多めです。 ※なろう様にも掲載中 ※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。

処理中です...