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第1章 ネコと出会いと夢見る魔法使い
第3話 夢見る魔法使い
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そんなこんなで、弟子にしてくださいと懇願されて3時間ほど。
俺はリーベに連れられて、街にやって来た。
高い壁に囲まれたこの街は『王都エルメス』と言うらしい。
「う、うおおおお!」
橋を渡って、大きな門を潜った先に広がるのは、まさに幻想的な世界だった。
石畳の敷かれた道、レンガ造りの民家。街を行き交う子供達は麻製の服を纏い、元気いっぱいに駆け回っている。
そして、微かに鼻を擽《くすぐ》る、焼きたてパンの香ばしい匂い……
「夢か、これ……いや、現実、だよな?」
未だに実感が沸かない。しかし、この五感で余すことなく感じるものが、現実であると教えてくれる。
何より、一番の驚きは、街の人達が〈スマホを持っていない〉ことだ。
異世界だから、スマホなんていう不思議な板を持っている人間が、この世界にいなくて当たり前なのだが。俺のいた世界では、何処を見てもみんなスマホを片手に歩いているのが普通だった。
勿論、歩きスマホは危険だからやめるべきだ。しかし20年ほど前は板とにらめっこをしていない、この世界のような景色が普通だったのに。
常識の変化というのは、実に流れの早いものだ。
閑話休題。
「珍しいの?」
「ああ! こんなすげぇの、映画のセットでしか……。ああいや、俺、野良でも街生まれじゃあねえからさ」
「そっか。でもそれじゃあ、生まれてからずっと大変だったでしょ」
「えっ?」
「平原で生まれたネコちゃんって、ほとんどが魔物のごはんになっちゃうって聞いたことあるから」
マジかよ、やっぱりあそこ魔物いたのかよ! しかも弱肉強食の世界⁉
転生して最初に出会ったのがリーベでよかった。これがよく分からない魔物なら、今頃魔法を使う暇もなく、三時のおやつにされていただろう。
しかし、これから彼女についていったとして。恐らく両親に飼っていいかどうか訊くのだろう。
さっき聞いたとおり、壁の外は危険だ。もし「元いた場所に返してきなさい」などと言われたら最期、それこそ本当に〈三時のおやつ〉になってしまう。
「なあリーベ、本当に大丈夫なのか? ご両親、ネコを触ったらくしゃみとかしないか?」
どんな理由があろうと、ペットを飼うのはそう簡単なことじゃあない。
彼女の両親がどんな人間か、ネコアレルギーがあるかどうか、そんなことは知らないが、彼女の両親が「ダメ」と言えば、それで話は終わってしまう。
それを懸念して俺は訊いた。するとリーベは、
「……」
「リー、ベ?」
「ああ、ごめんごめん。なんでもない、なんでも……」
なんでもないものか。リーベは俯き、悲しい表情をしていた。
どうやら地雷だったらしい。それも、両親に関することは、他人が干渉してはいけない領域の一つに数えられる。それほど危険な話題だ。
しかし、リーベは自分を落ち着かせるように大きく息を吸い込むと、周囲を確認し、路地裏へと入っていった。
路地裏は、意外とさっぱりとしていて、綺麗な場所だった。
石畳はそのままに、西から差し込む日光のお陰か、そこまで暗くはない。だが周りは居酒屋と思しき施設で囲まれており、入ってきた路地からは、俺達の姿は完全に隠れてしまう。
秘密の話をするには、うってつけの場所だ。そこでリーベは、俺を膝に置いて話し始めた。
「実は私ね、記憶喪失なんだ」
「……へ?」
「お父さんやお母さんのことも、私がどうしてここにいるのかも。ここに来る前のこと、全部思い出せないの」
「ま、待て待て。じゃあつまり君は……」
「うん。覚えてるのは、私の名前だけ」
そういえば、リーベは名乗ったとき「リーベ」としか言っていなかった。
それに、両親のことを覚えていないとなると、彼女は一体どこに住んでいると言うのだろうか。
もし一人暮らしなのだとしても、下宿先がペット不可でもない限り、飼おうがどうしようが、それはリーベの勝手だ。
「あ、でも家はちゃんとあるわよ? マスターに拾われて、それからずっとそこで暮らしてるの」
「マスター? すごい名前の人が出て来たな」
「マスターって、カフェのマスターね?」
そっちの方か。てっきり、賢者とか仙人のような〈マスター〉かと思ってしまった。いや、だとしたら俺はいらないじゃあないか。
つまり、リーベは今カフェに住んでいる、というわけか。
それはそれで、ネコアレルギーの客を考慮して、ネコを置いてはダメなのでは?
「リーベ、カフェならそれこそ、ペットはダメじゃあないか?」
「だからお願いするの。まあ、もし無理だとしても、ネコさんには庭で過ごしてもらうけど」
「庭?」
「ええ。お店の外に、ちょっとした畑があるの。そこで暮らせば、安全でしょ?」
確かに安全っちゃあ安全だけど。そこまでして彼女の家に居座るのは、罪悪感を覚える。
俺がどうしても飼って欲しいとしつこく言っているのなら、それは恥知らずもいいところだ。いやしかし、どうしても飼いたいとは言っていない。
つまりこれは、彼女が俺を飼うために出した条件みたいなものか。
それに、外の方が魔法の練習もできるし……ん? 魔法?
「リーベ、何で俺なんだ?」
「なんで?」
「なんで、どこの猫の骨とも知らない俺に弟子入りしたいんだ? ちょっとした個人的な好奇心なんだが。もしかしたら、俺が嘘をついてる、度し難い大ホラ吹き野郎かもしれないだろ?」
「えっ、ネコさん嘘ついたの?」
リーベは言って、口に手を当てた。よほど俺のことを信じていたのだろう。
しかし、すぐに微笑んで、
「なーんて。ネコさんが嘘を吐く理由なんてないじゃない」
と優しい表情を向けて笑った。
確かに、彼女に嘘を吐いてなにか得をすることはないし、理由もない。
リーベは既に、俺が大魔道士であることを信じていたのだ。
「それに、なんとなく分かるの。ネコさんには、普通のネコちゃんにはないオーラ? がある」
「オーラ? 一体君は――」
そこまで言って、口を噤む。その答えを、俺は既に知っていたから。
リーベは記憶喪失なのだ。とどのつまり、先の問いの答えはただ一つ――〈分からない〉だ。
「けどね。多分、これのお陰なのかも」
「これ? これって……?」
「今見せるね。これ、人前であまり見せるなって言われてるから、いつも隠してるんだけど――」
リーベはそう言って、服の下からペンダントを取り出した。
少しメッキの剥げた金の縁――ベゼルと言うらしい――に、赤い宝石が埋め込まれている。その宝石はこの、仄暗い路地裏にも拘わらず、まるで太陽の光を吸収したように光っていた。
その光にはなにかパワーがあるような気がして、つい心が引き込まれてしまいそうになる。
「じゃじゃーん! どう、キレイ?」
「ああ……ソイツは……?」
「なんだろう、私もよくは分からないわ」
俺は思わずずっこけた。大事なものっぽいのに、本人に分からないなんてことがあるか。
リーベはペンダントを手のひらに載せると、もの懐かしそうにそれを見つめて言った。
「でもね、これを持っていると、お父さんとお母さんが近くにいてくれているような気がするの」
「それじゃあそのペンダントは、ご両親の?」
「多分……。これを手がかりに、いつか会いたいなぁ……」
そうか。そういうことか。
リーベのご両親のことは、当然分からないし、俺のような野良猫が干渉していい話じゃあない。しかし、この不思議なペンダントは、リーベの正体を突き止めるための手がかりだ。
そして、そのペンダントには、魔法が関係している。きっとリーベが魔法を覚えることで、その謎が解けるのかもしれない。
「リーベ、君はそのために魔法を?」
「それもあるけど、余所者の私を受け入れてくれた街の人達の役に立ちたいの。勿論、大魔道士として、歴史に名前を残すわよ?」
次々と夢、目標が出てくる出てくる。
自分の生まれを突き止めるだけでなく、街の人の役に立ちたい。そして、歴史に名を残す。ハッキリ言ってしまえば、欲張りだ。
あの麦わら帽子の海賊でも、ここまで壮大に、あれもこれもと夢を叶えようとはしない。
しかし、それがいい。彼女は夢のために一生懸命だからいいのだ。
対して俺は、これといった夢もなければ、これからどうしようか、そんな目標もない。
「馬鹿馬鹿しい」
と、その時だった。リーベのものでも、俺のものでもない声が、リーベの夢を嗤った。
声の主を振り返ると、そこには青髪の少女が立っていた。
「あなた、ネムッ⁉」
「鈍くさい気配を感じて来てみれば、やっぱりあなたね。リーベ」
少女、もといネムは嫌みったらしく言う。
リーベとは知り合いのようだが、その態度は随分とあからさまだった。
「そのネコはお友達? 埃まみれで、お似合いじゃない」
「そうかなぁ……」
「チッ。皮肉を真に受けて、腹立つ……」
ネムは忌々しそうに舌打ちをした。
リーベはと言えば、彼女の皮肉に気付いていないようで、ただ困った顔をしている。
皮肉など、真に受ければただ傷ついてムカつくだけだから、彼女の対応が模範解答なんだろうけど。
ネムはサイドテールに結った髪をいじり、露骨に嫌な表情をしている。
と、リーベの胸元に気付き、
「あら、それは何かしら? よーく見せてちょうだい」
杖で魔法を発動し、リーベのペンダントを奪った。その動きは無駄がなく、俺が気付いた頃には、既にペンダントはネムの手に渡っていた。
「うわっ、メッキ剥がれてるじゃない。でもこの宝石、あなたには勿体ないくらい綺麗ね」
「か、返してっ! それは私の――」
「気安く触らないで、汚らわしいっ!」
「きゃっ!」
「そんなに取り返したければ、魔法で取り返しなさい。まあ――」
「落ちこぼれのあなたには無理でしょうけど」
リーベの全てを否定するように、ネムは強調して言った。
その瞬間、俺の中で何かがキレた。
「ミニャアア!」
俺は爪を展開し、ネムの手に目がけて飛びかかっていた。
この時はまだ、なぜ彼女に飛びかかったのか分からなかった。気が付けば、身体が勝手に動いていた。
「な、なによ汚らわしいッ!」
「にゃあっ!」
俺の攻撃も虚しく、ネムに跳ね飛ばされてしまう。
しかし、俺の奇襲に驚いたネムは、リーベのペンダントから手を離した。
「ネコさん、大丈夫?」
「あ、ああ。何とか――」
後は取り返せばいい。そう思っていたが、空高く飛んでいったペンダントは、
――ガァァァァ!
偶然か狙っていたのか、通りかかったカラスに奪われてしまった。
「あ、ああ……」
「フン。私は知らないから! 恨むならそのネコを恨むことね!」
捨て台詞を吐き捨てて、ネムはその場を後にする。
リーベは、ペンダントがカラスに奪われたことにショックを受けていた。膝から崩れ落ちて、ペンダントの飛んでいった方を見つめている。
彼女は魔法がからっきしと言っていたが、優しい彼女のことだ。カラスを魔法でどうこうすることはできない。たとえ、魔法を自在に操れていたとしても、同じだろう。
「リーベ、アイツは大事なものって言ってたよな」
「えっ?」
「必ず取り返す」
俺はそう言って、路地裏の窓枠を経由して民家の屋根まで登る。
「ネコさん、待って!」
「大丈夫だ、絶対に戻ってくる!」
元はといえば、俺がカッとなってネムという少女を襲ったことが原因だ。
ネコだろうが人間だろうが、やらかしたことには、しっかりとケジメを付けなければならない。
俺はペンダントを取り返すため、ただそれだけのために、屋根から屋根を伝って、カラスを追った。
(くそっ! 一丁前に空なんて飛びやがって……)
鳥なのだから、飛んでいて当たり前だが。文字通り〈天と地の差〉がある俺とカラスを前に、距離は段々と開いていく。
屋根を登って距離を詰めても、カラスは更に上空へと高度を上げる。
――グアアアア! グアアアア!
そして、煽るようにしゃがれた声で鳴き声を上げる。
やがてカラスは壁を飛び越え、その奥に姿を消す。
仕方なく屋根から地上に降り立って見えたのは、街の西門だった。その奥には、夜の帳を思わせるほどに鬱蒼と茂った森が広がっていた。
なぜか持っていた探知スキルで見ても、森の奥には何十もの小動物の生体反応がある。そして一つ、森の中を突き抜ける影が見え、スキル外を通って消えた。
(あの先が……奴の住処か……)
怖くないと言えば、それは嘘だ。今は夕方、そろそろ夜になる。
とどのつまり、凶暴な夜型の魔物が活動し始めてもおかしくない時間。
しかも、どこまで広がっているかも分からない森の中から、一匹のカラスを探すのは、アメリカの広大な麦畑に投げた1本の縫い針を探すように、困難だ。
いやしかし、ペンダントを取り返すと約束したのだ。
(ここでビビってリーベを悲しませるのと比べれば――)
覚悟を決め、俺は西門を突っ切った。
――黒猫が西門を突っ切った頃。後から追いかけてきたリーベは、西門の前で膝に手を付き、大きく深呼吸をする。
しかし、光輝――ネコは既に、森の奥へ消えた後だった。
「ネコさん、どこに行っちゃったの……?」
辺りを見渡すが、黒猫の姿はどこにもない。
心配するリーベ。彼女の耳に、西門の門番の会話が聞こえてきた。
「あのネコ、追わなくていいのか?」
「諦めろ。俺達が追っても死ぬだけだ」
「死ぬだけ? まさか……」
「ああ。そのまさか。あの森、例年よりも早く――」
「ガルーダが、冬眠から目覚めちまったからな」
俺はリーベに連れられて、街にやって来た。
高い壁に囲まれたこの街は『王都エルメス』と言うらしい。
「う、うおおおお!」
橋を渡って、大きな門を潜った先に広がるのは、まさに幻想的な世界だった。
石畳の敷かれた道、レンガ造りの民家。街を行き交う子供達は麻製の服を纏い、元気いっぱいに駆け回っている。
そして、微かに鼻を擽《くすぐ》る、焼きたてパンの香ばしい匂い……
「夢か、これ……いや、現実、だよな?」
未だに実感が沸かない。しかし、この五感で余すことなく感じるものが、現実であると教えてくれる。
何より、一番の驚きは、街の人達が〈スマホを持っていない〉ことだ。
異世界だから、スマホなんていう不思議な板を持っている人間が、この世界にいなくて当たり前なのだが。俺のいた世界では、何処を見てもみんなスマホを片手に歩いているのが普通だった。
勿論、歩きスマホは危険だからやめるべきだ。しかし20年ほど前は板とにらめっこをしていない、この世界のような景色が普通だったのに。
常識の変化というのは、実に流れの早いものだ。
閑話休題。
「珍しいの?」
「ああ! こんなすげぇの、映画のセットでしか……。ああいや、俺、野良でも街生まれじゃあねえからさ」
「そっか。でもそれじゃあ、生まれてからずっと大変だったでしょ」
「えっ?」
「平原で生まれたネコちゃんって、ほとんどが魔物のごはんになっちゃうって聞いたことあるから」
マジかよ、やっぱりあそこ魔物いたのかよ! しかも弱肉強食の世界⁉
転生して最初に出会ったのがリーベでよかった。これがよく分からない魔物なら、今頃魔法を使う暇もなく、三時のおやつにされていただろう。
しかし、これから彼女についていったとして。恐らく両親に飼っていいかどうか訊くのだろう。
さっき聞いたとおり、壁の外は危険だ。もし「元いた場所に返してきなさい」などと言われたら最期、それこそ本当に〈三時のおやつ〉になってしまう。
「なあリーベ、本当に大丈夫なのか? ご両親、ネコを触ったらくしゃみとかしないか?」
どんな理由があろうと、ペットを飼うのはそう簡単なことじゃあない。
彼女の両親がどんな人間か、ネコアレルギーがあるかどうか、そんなことは知らないが、彼女の両親が「ダメ」と言えば、それで話は終わってしまう。
それを懸念して俺は訊いた。するとリーベは、
「……」
「リー、ベ?」
「ああ、ごめんごめん。なんでもない、なんでも……」
なんでもないものか。リーベは俯き、悲しい表情をしていた。
どうやら地雷だったらしい。それも、両親に関することは、他人が干渉してはいけない領域の一つに数えられる。それほど危険な話題だ。
しかし、リーベは自分を落ち着かせるように大きく息を吸い込むと、周囲を確認し、路地裏へと入っていった。
路地裏は、意外とさっぱりとしていて、綺麗な場所だった。
石畳はそのままに、西から差し込む日光のお陰か、そこまで暗くはない。だが周りは居酒屋と思しき施設で囲まれており、入ってきた路地からは、俺達の姿は完全に隠れてしまう。
秘密の話をするには、うってつけの場所だ。そこでリーベは、俺を膝に置いて話し始めた。
「実は私ね、記憶喪失なんだ」
「……へ?」
「お父さんやお母さんのことも、私がどうしてここにいるのかも。ここに来る前のこと、全部思い出せないの」
「ま、待て待て。じゃあつまり君は……」
「うん。覚えてるのは、私の名前だけ」
そういえば、リーベは名乗ったとき「リーベ」としか言っていなかった。
それに、両親のことを覚えていないとなると、彼女は一体どこに住んでいると言うのだろうか。
もし一人暮らしなのだとしても、下宿先がペット不可でもない限り、飼おうがどうしようが、それはリーベの勝手だ。
「あ、でも家はちゃんとあるわよ? マスターに拾われて、それからずっとそこで暮らしてるの」
「マスター? すごい名前の人が出て来たな」
「マスターって、カフェのマスターね?」
そっちの方か。てっきり、賢者とか仙人のような〈マスター〉かと思ってしまった。いや、だとしたら俺はいらないじゃあないか。
つまり、リーベは今カフェに住んでいる、というわけか。
それはそれで、ネコアレルギーの客を考慮して、ネコを置いてはダメなのでは?
「リーベ、カフェならそれこそ、ペットはダメじゃあないか?」
「だからお願いするの。まあ、もし無理だとしても、ネコさんには庭で過ごしてもらうけど」
「庭?」
「ええ。お店の外に、ちょっとした畑があるの。そこで暮らせば、安全でしょ?」
確かに安全っちゃあ安全だけど。そこまでして彼女の家に居座るのは、罪悪感を覚える。
俺がどうしても飼って欲しいとしつこく言っているのなら、それは恥知らずもいいところだ。いやしかし、どうしても飼いたいとは言っていない。
つまりこれは、彼女が俺を飼うために出した条件みたいなものか。
それに、外の方が魔法の練習もできるし……ん? 魔法?
「リーベ、何で俺なんだ?」
「なんで?」
「なんで、どこの猫の骨とも知らない俺に弟子入りしたいんだ? ちょっとした個人的な好奇心なんだが。もしかしたら、俺が嘘をついてる、度し難い大ホラ吹き野郎かもしれないだろ?」
「えっ、ネコさん嘘ついたの?」
リーベは言って、口に手を当てた。よほど俺のことを信じていたのだろう。
しかし、すぐに微笑んで、
「なーんて。ネコさんが嘘を吐く理由なんてないじゃない」
と優しい表情を向けて笑った。
確かに、彼女に嘘を吐いてなにか得をすることはないし、理由もない。
リーベは既に、俺が大魔道士であることを信じていたのだ。
「それに、なんとなく分かるの。ネコさんには、普通のネコちゃんにはないオーラ? がある」
「オーラ? 一体君は――」
そこまで言って、口を噤む。その答えを、俺は既に知っていたから。
リーベは記憶喪失なのだ。とどのつまり、先の問いの答えはただ一つ――〈分からない〉だ。
「けどね。多分、これのお陰なのかも」
「これ? これって……?」
「今見せるね。これ、人前であまり見せるなって言われてるから、いつも隠してるんだけど――」
リーベはそう言って、服の下からペンダントを取り出した。
少しメッキの剥げた金の縁――ベゼルと言うらしい――に、赤い宝石が埋め込まれている。その宝石はこの、仄暗い路地裏にも拘わらず、まるで太陽の光を吸収したように光っていた。
その光にはなにかパワーがあるような気がして、つい心が引き込まれてしまいそうになる。
「じゃじゃーん! どう、キレイ?」
「ああ……ソイツは……?」
「なんだろう、私もよくは分からないわ」
俺は思わずずっこけた。大事なものっぽいのに、本人に分からないなんてことがあるか。
リーベはペンダントを手のひらに載せると、もの懐かしそうにそれを見つめて言った。
「でもね、これを持っていると、お父さんとお母さんが近くにいてくれているような気がするの」
「それじゃあそのペンダントは、ご両親の?」
「多分……。これを手がかりに、いつか会いたいなぁ……」
そうか。そういうことか。
リーベのご両親のことは、当然分からないし、俺のような野良猫が干渉していい話じゃあない。しかし、この不思議なペンダントは、リーベの正体を突き止めるための手がかりだ。
そして、そのペンダントには、魔法が関係している。きっとリーベが魔法を覚えることで、その謎が解けるのかもしれない。
「リーベ、君はそのために魔法を?」
「それもあるけど、余所者の私を受け入れてくれた街の人達の役に立ちたいの。勿論、大魔道士として、歴史に名前を残すわよ?」
次々と夢、目標が出てくる出てくる。
自分の生まれを突き止めるだけでなく、街の人の役に立ちたい。そして、歴史に名を残す。ハッキリ言ってしまえば、欲張りだ。
あの麦わら帽子の海賊でも、ここまで壮大に、あれもこれもと夢を叶えようとはしない。
しかし、それがいい。彼女は夢のために一生懸命だからいいのだ。
対して俺は、これといった夢もなければ、これからどうしようか、そんな目標もない。
「馬鹿馬鹿しい」
と、その時だった。リーベのものでも、俺のものでもない声が、リーベの夢を嗤った。
声の主を振り返ると、そこには青髪の少女が立っていた。
「あなた、ネムッ⁉」
「鈍くさい気配を感じて来てみれば、やっぱりあなたね。リーベ」
少女、もといネムは嫌みったらしく言う。
リーベとは知り合いのようだが、その態度は随分とあからさまだった。
「そのネコはお友達? 埃まみれで、お似合いじゃない」
「そうかなぁ……」
「チッ。皮肉を真に受けて、腹立つ……」
ネムは忌々しそうに舌打ちをした。
リーベはと言えば、彼女の皮肉に気付いていないようで、ただ困った顔をしている。
皮肉など、真に受ければただ傷ついてムカつくだけだから、彼女の対応が模範解答なんだろうけど。
ネムはサイドテールに結った髪をいじり、露骨に嫌な表情をしている。
と、リーベの胸元に気付き、
「あら、それは何かしら? よーく見せてちょうだい」
杖で魔法を発動し、リーベのペンダントを奪った。その動きは無駄がなく、俺が気付いた頃には、既にペンダントはネムの手に渡っていた。
「うわっ、メッキ剥がれてるじゃない。でもこの宝石、あなたには勿体ないくらい綺麗ね」
「か、返してっ! それは私の――」
「気安く触らないで、汚らわしいっ!」
「きゃっ!」
「そんなに取り返したければ、魔法で取り返しなさい。まあ――」
「落ちこぼれのあなたには無理でしょうけど」
リーベの全てを否定するように、ネムは強調して言った。
その瞬間、俺の中で何かがキレた。
「ミニャアア!」
俺は爪を展開し、ネムの手に目がけて飛びかかっていた。
この時はまだ、なぜ彼女に飛びかかったのか分からなかった。気が付けば、身体が勝手に動いていた。
「な、なによ汚らわしいッ!」
「にゃあっ!」
俺の攻撃も虚しく、ネムに跳ね飛ばされてしまう。
しかし、俺の奇襲に驚いたネムは、リーベのペンダントから手を離した。
「ネコさん、大丈夫?」
「あ、ああ。何とか――」
後は取り返せばいい。そう思っていたが、空高く飛んでいったペンダントは、
――ガァァァァ!
偶然か狙っていたのか、通りかかったカラスに奪われてしまった。
「あ、ああ……」
「フン。私は知らないから! 恨むならそのネコを恨むことね!」
捨て台詞を吐き捨てて、ネムはその場を後にする。
リーベは、ペンダントがカラスに奪われたことにショックを受けていた。膝から崩れ落ちて、ペンダントの飛んでいった方を見つめている。
彼女は魔法がからっきしと言っていたが、優しい彼女のことだ。カラスを魔法でどうこうすることはできない。たとえ、魔法を自在に操れていたとしても、同じだろう。
「リーベ、アイツは大事なものって言ってたよな」
「えっ?」
「必ず取り返す」
俺はそう言って、路地裏の窓枠を経由して民家の屋根まで登る。
「ネコさん、待って!」
「大丈夫だ、絶対に戻ってくる!」
元はといえば、俺がカッとなってネムという少女を襲ったことが原因だ。
ネコだろうが人間だろうが、やらかしたことには、しっかりとケジメを付けなければならない。
俺はペンダントを取り返すため、ただそれだけのために、屋根から屋根を伝って、カラスを追った。
(くそっ! 一丁前に空なんて飛びやがって……)
鳥なのだから、飛んでいて当たり前だが。文字通り〈天と地の差〉がある俺とカラスを前に、距離は段々と開いていく。
屋根を登って距離を詰めても、カラスは更に上空へと高度を上げる。
――グアアアア! グアアアア!
そして、煽るようにしゃがれた声で鳴き声を上げる。
やがてカラスは壁を飛び越え、その奥に姿を消す。
仕方なく屋根から地上に降り立って見えたのは、街の西門だった。その奥には、夜の帳を思わせるほどに鬱蒼と茂った森が広がっていた。
なぜか持っていた探知スキルで見ても、森の奥には何十もの小動物の生体反応がある。そして一つ、森の中を突き抜ける影が見え、スキル外を通って消えた。
(あの先が……奴の住処か……)
怖くないと言えば、それは嘘だ。今は夕方、そろそろ夜になる。
とどのつまり、凶暴な夜型の魔物が活動し始めてもおかしくない時間。
しかも、どこまで広がっているかも分からない森の中から、一匹のカラスを探すのは、アメリカの広大な麦畑に投げた1本の縫い針を探すように、困難だ。
いやしかし、ペンダントを取り返すと約束したのだ。
(ここでビビってリーベを悲しませるのと比べれば――)
覚悟を決め、俺は西門を突っ切った。
――黒猫が西門を突っ切った頃。後から追いかけてきたリーベは、西門の前で膝に手を付き、大きく深呼吸をする。
しかし、光輝――ネコは既に、森の奥へ消えた後だった。
「ネコさん、どこに行っちゃったの……?」
辺りを見渡すが、黒猫の姿はどこにもない。
心配するリーベ。彼女の耳に、西門の門番の会話が聞こえてきた。
「あのネコ、追わなくていいのか?」
「諦めろ。俺達が追っても死ぬだけだ」
「死ぬだけ? まさか……」
「ああ。そのまさか。あの森、例年よりも早く――」
「ガルーダが、冬眠から目覚めちまったからな」
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海(カイ)
ファンタジー
グラン国内、唯一にして最高峰の魔法学校。『ジャン・クリフトフ魔法学園』のアッパークラスに在籍しているエイデン・デュ・シメオンはクラスメイトのソフィアに恋心を抱いていた。
しかし、素直になれないエイデンはソフィアにちょっかいをかけたりと幼稚な行動ばかり…。そんなエイデンの前に突如未来の子どもだというパトリックが現れる。母親はまさかの片思いの相手、ソフィアだ。
「…マジで言ってる?」
「そうだよ。ソフィア・デュ・シメオンがぼくのママ。」
「……マジ大事にする。何か欲しいものは?お腹すいてない?」
「態度の変え方エグ。ウケる。」
パトリックの出現にソフィアとエイデンの関係は少しずつ変わるが――?
「え…、未来で俺ら幸じゃねぇの…?」
果たしてエイデンとソフィア、そしてパトリックの未来は…!?
「ねぇ、パパ。…ママのことスキ?」
「っ!?」
「ママの事、スキ?」
「………す………………」
やっぱ言えねぇっ!!
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