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最終章 セイギの在り方

第292話 オニキスの覚悟

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 フォーデンに戻ってきたオニキスは、街の一角、寂れた場所に建つ花屋跡に訪れていた。

 かつて、両親と二人で暮らしていた、思い出の残る家。しかし同時に、無惨にも殺された両親の死体と出会ってしまった、最悪な場所。

「……俺にはもう、戻る家も場所もねえと思ってたのに」

 そう呟きながら、オニキスはあの日、親友から受け取った家の鍵に視線を落とす。

 花の形をした、家の鍵。オニキスの親友、ワトソンが、いつかオニキスが帰ってくると信じ残してくれた家の鍵。

 意を決して、オニキスはその鍵を、廃墟同然の家の扉に差し込んだ。

「ただいま……。なんて――」

 誰も居ないのに、馬鹿馬鹿しい。オニキスは続けながら、店の跡地に足を踏み入れる。

 その中は、思ったよりも綺麗だった。

 店主でもあった両親が死んだために、そこに花はないが、かつてそこに沢山の花が並べられた棚や、両親が笑顔で立っていたカウンターは、今もその姿を残している。

 ホコリやカビはなく、今も住もうと思えば普通に住むことができるような、そんな綺麗な姿を残していた。

 それも、全てはオニキスのことを信じ続けていた親友のお陰。

 またあの日のような優しい人間には、二度と戻れない。しかし、オニキスは心の中で、かつてワトソンと共に過ごした青い春のような日々を懐かしんでいた。

「…………」

 特に言うこともない。オニキスはかつて店内だった部屋を見渡すと、カウンターを越え、その奥にあった階段を上った。

 二階、当時オニキスの部屋と、両親の寝室があった場所。

 二階へ上がったオニキスは、二年ぶりの自室の扉を開く。そして、目を丸くした。

「おっと……」

「テメェ……何してんだ? ワト」

 オニキスの視線の先、その先にあったベッドの上で、ワトソンは本を読んでいた。

 まるで最初から、そこが彼の家だったかのように。まるで最初から、そこにオニキスが来ると知っていたかのように。

 ワトソンはそこにいた。

「オニキス、どうして……? 帰ってきたんなら、言ってくれれば……」

「バカ言うな。オレだって、もう二度と、こんな腐った国には帰りくなかったさ」

「……そうだったね。オニ、やっぱり――」

「ただ、最後くらい、オレの生まれ育った場所を見納めしとこうと思ってな。あのお人好しのバカ、そうでもしねえとうるせえからさ」

 悪ぶった態度を見せながら、オニキスは言う。

 その態度に、ワトソンは何かを言うわけでもなく、静かに笑った。

「バカって、タクマ君のことかい? オニ、彼のこと結構気に入ってるんじゃあないのかい?」

「別に。むしろイライラする――」

「『昔のオレに似てるから』だろ?」

「なっ、オレの台詞をっ!?」

「オニは分かりやすいんだよ、昔からね。本当は、今も優しい好青年なくせに、悪ぶっちゃって」

「気持ち悪いこと言うな。ったく、だから帰りたくなかったんだ」

 苛立ちを覚えたオニキスは、背を向けて部屋から出て行こうとする。

 しかし、

「待った」

 その時、ワトソンが声を上げた。それにオニキスは、部屋を出て行こうと進めた歩みを止めた。

「……何だよ」

「二度と帰って来ないかどうか、それは君の勝手だ。そして、今からボクが言うことは、ボクの我が儘だ。けど、これは一生のお願いでもある――親友からの、一生のお願いだ」

 その言葉に、オニキスは鼻で笑った。

「だったら勝手にしろ。簡潔に、20文字以内で纏めやがれ」

「生きて帰ってこい。死んだら一生恨むからな」

『。』を含め、20文字丁度。それが、ワトソンの一生のお願いだった。

 続けて、ワトソンは言う。

「最後だなんて、そんなことは言わないで。また、ボクの前に現れてくれよ」

 その言葉に、オニキスはニヤリと笑った。

「馬鹿馬鹿しい、一生のお願いがそれかよ。オレが21で死ぬかもしれねえってのにか?」

「でも――」

「100%とは保証できねぇが、それでもお前はこの『最強狩りの死神』に賭けるか?」

「――ああ。何なら、ボクも君に命を賭けたっていい」

「心底気持ちの悪い奴だ。調子が狂う――だが、それがいい」

 そう言うと、オニキスは腹の底から笑った。

 今までにないくらいに、楽しそうに。かつて失った、かつて自らの手で殺した“優男”の感情が復活したように、優しい笑顔で。

「……っと、そうだ。あのバカから伝言預かってんだった」

「え? タクマ君から?」

「お前、確か今も情報部だったよな。匿名で、超重要な情報を持ってきた。耳かっぽじってよく聞きやがれ」

 そう言うと、オニキスはタクマから受け取った伝言を伝えた。

 それを聞いたワトソンの表情は、一瞬戦慄が走ったような、緊迫としたものに変わった。

 しかし、すぐにワトソンは笑顔になり、ゆっくりと肯いた。

「分かった。それじゃあオニ、健闘を祈るよ」

「ああ。そうだなぁ、オレに会いたきゃ、アルゴーにでも来たらいいさ。オレは、これっきりここには戻らねえからな」

 そう言って、オニキスは背中を向けながら、手を振った。

 かつての親友との約束を胸に、幾年ぶりの笑顔を浮かべながら。
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