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最終章 セイギの在り方
第285話 新しい日常
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【アルゴ城 宴会室】
ウィルス騒動から二ヶ月。
タクマ達はオーブの情報を探りながら、日々を過ごしていた。
しかし、これといって有力な情報が表れることはなく、そのまま年末を迎えようとしていた。
「よーしお前ら! ご唱和ください!」
「「「メリー、クリスマース!!」」」
今日は年末一週間前。テーブルの周りには、リュウヤお手製のシャケ料理が並んでいる。
サーモン寿司、焼き鮭、ちゃんこ焼き、全料理がシャケで埋め尽くされていた。
これには一同、大はしゃぎで乾杯はしたものの、我に返って困惑した。
「のぅリュウヤ、これは何なのじゃ?」
「アタシの聞く限り、チキン食うんじゃあねえのか?」
その中で、メアとアリーナは口を開いた。するとリュウヤは、アッハッハ! と高らかに笑った。
「クリスマスにはチキンとシャケ! サーモン食いながらもういくつ寝て、お正月を迎える! それが、ニッポンの文化だッ!」
「ニッポン? 聞いたことないですけど、タクマさん達の国ではこれが普通なんですね」
「白い目で見るのやめてノエル、あながち間違いじゃないけど、俺に効く」
「まあまあ、こうしてシャケを嗜むというのも良いではござらぬか。では拙者、早速ちゃんこ焼きから」
吾郎は皿に装ったちゃんこ焼きをつまみ、優しく噛み締めた。
その瞬間、程よい柔らかさのシャケと味噌の塩味が爆発した。しかしただ塩辛いわけではなく、白菜などの野菜が塩で焼けた舌を治癒していく。それだけではなく、味噌の塩味がクセになり、箸が進む。
「おお、美味い! 美味いでござる!」
「わあホンマやん! やっぱりリューくんは天才やで!」
「すげぇだろ。でもな、実は今日の料理は俺だけが作ったんじゃあねえんだ。だろ、タツ?」
リュウヤはゲラゲラと笑いながら、おタツの背中を叩いた。おタツは、恥ずかしそうに顔を赤くして照れている。
「もしかしておタツさんが、この料理作った?」
タクマは訊く。するとおタツは、ぎこちない笑みを浮かべ、ゆっくりと頷いた。
「お恥ずかしながら、ウチは料理苦手でありんして。今日はリュウヤさん監修でありんす」
「なんとまた、拙者はてっきりリュウヤ殿の味かと。判別できなかったこと、何と詫びれば良いか……」
「そう心配するでない、吾郎爺。判別できぬ、つまり夫の味を真似できると言う訳じゃ。相思相愛の仲でなければ、そう上手くは行かぬ」
メアが言うと、笑いが起きた。二人の関係がより良くなった、なんとも微笑ましい。
しかしそんな中、ナノは「あーあ」と呟いた。
「でもやっぱ、ウチはオニちゃんと一緒に食べたかったなぁ」
「そういえば。エンドポリスの一件以来、見なくなりましたね」
「いい奴だったのに、残念だな」
その瞬間、場に哀れみの空気が溢れた。するとその時、屋根の上から黒い影が落ちてきた。まるで、忍者のような登場だ。
よく見なくても、オニキスだった。
「黙って聞いてりゃ、イチャイチャして、その上、俺を殺しやがって。テメェらは俺を何だと思ってんだ」
「あ、出たストーカー」
「何って、妾達にとって迷惑な存在じゃろ?」
「その通りだタヌキ娘。俺はお前らにとって迷惑な存在、故にお前らのパーティーに乱入しに来た!」
「本当は一緒に楽しみたいけど、言い出しづらかったから乱入しました」
「そう、その通り……って、タクマお前、勝手に人の心を読むなッ!」
オニキスは近くにあったナイフを手に取り、それをタクマに投げた。しかしタクマは、蚊を叩き潰す勢いで白刃取りを決めて見せた。
「全く、人に向かってナイフ投げちゃダメでしょ!」
「ほっほ。さあさあオニキス殿、遠慮せずにワインでも一杯、いかがでござる?」
「……し、仕方ねえ。今回だけは、付き合ってやる」
オニキスは照れながらも、吾郎からワイングラスを受け取った。
そのタイミングで、リュウヤもグラスにジュースを注ぎ、立ち上がった。
「よーし! じゃあ全員揃ったところで、お前らもう一回ご唱和ください!」
「「メリー──」」
しかし突然、オニキスはワイングラスを落とした。ガラスの割れる音と共に、赤ワインの芳醇な香りが漂う。そして、後を追うようにオニキスも胸を押さえ込んだ。
会場は一瞬にしてパニックに陥る。
「お、オニキスさん! 大丈夫でありんすか?」
「やめろ! これは、俺の問題だ……ぐっ……」
「これは不味い……メア、すぐに救護班を呼びに行ってくれ!」
タクマが言うと、メアは急いで救護班を呼びに行った。その間、タクマはオニキスの頭を膝に乗せ、心臓の鼓動を感じた。
医者でもないため詳しいことは分からないが、脈の動きが異常であることは分かった。
「タクマ! 連れてきたぞ!」
「でかした! ノエル、回復魔法は使えるか?」
「は、はい!」
「よせ……」
連れて来られた回復術師と共に、ノエルはオニキスに手を当てた。しかし魔力を与えようとした瞬間、術師は跳ね飛ばされた。
「うわぁっ!」
「コレは回復程度じゃ治らねぇ。と、とにかく、飯を、よこせ」
「くっ、仕方ねぇ! 命の方が大事だ、これでも食えッ!!」
アリーナは大声を上げ、鍋ごとちゃんこ焼きをオニキスに与えた。まだ鍋は熱々だが、オニキスはそんな事など気にせず、どんぶりを持つようにして、中の具をガツガツと食べた。
その速さは尋常ではなく、鍋にぎっしり詰まっていた具材は、瞬きする度にごっそり減った。
「……ふぅ。悪いな、突然押しかけて」
オニキスは呟くように謝った。そして、正面扉から堂々と出て行った。
「オニキス、アイツ……」
タクマは心配しながら、彼の背中を見送った。
*
その日の夜。オニキスはこっそりとアルゴ城の屋根の上に登り、街を見下ろしていた。
朝はあれだけ活気に溢れていた街も、夜になれば人が消える。ただ唯一、ギルドの光だけが残っている。
この国は他の国と比べて、平和そのもの。
喧嘩するような声はなく、仲間同士酒を飲んで盛り上がる冒険家の声が聞こえる。
鳥の囀りも、こんな間近に聞ける場所は、相当な田舎町でもない限りないだろう。
もし自分が、フォーデンじゃなくアルゴで生まれていれば、何か変わったのだろうか。そう考えながら。
「時間かもな。俺も」
月を仰ぎながら、オニキスは呟く。とその時、突然目の前が真っ暗になった。
「だーれだ」
「この感じ、和食屋だな?」
「大当たり~。で、こんなとこで何してんの?」
「別に。ただ、街の景色でも見ておきたくてな。そういうお前こそ、何の用だ?」
「俺も同じ。年明ける前に、一回タクマがどんな場所から冒険を始めたのか、知りたくてさ」
二人で言い合うと、リュウヤは隣に座った。
いつもはうるさいほどにおちゃらける彼も、夜はいつも以上に大人しい。それに、優しめなペースで「ふるさと」を歌う。
「何だその歌?」
「故郷を想う歌だ。どんなに遠くに離れていても、故郷のことは、死んでも一生忘れない。それがふるさとだ。って歌」
「生憎、俺は歌に興味がないんでな。さっぱりだ」
「ま、こっちの世界じゃあ馴染みなくて当たり前だわな」
そう言うと、二人は笑った。タクマとリュウヤ、いつもの二人のように。オニキス自身、彼との心の距離が縮まったような気がした。
しかし、笑い終えた時、リュウヤは咳払いをして言った。
「なんか、俺らに隠してることあるっしょ?」
一瞬、静寂が走る。リュウヤの顔に笑顔はなく、真面目な顔つきになっていた。
「別に、お前の知ったことじゃないだろ」
オニキスは答える。しかしリュウヤは、首を横に振る。
「見た感じ、兄ちゃんは前にも同じような発作が起きてた。そして今日も」
「何が言いたい?」
「つまり、兄ちゃんは難病を抱えている。しかもそれは、兄ちゃんにとって重大な難病。どう、合ってる?」
訊くと、少し間を空けてから、オニキスは笑った。そして一言「100点」と答えた。
それを聞いて、リュウヤは「やっぱり」と呟いた。
「何でわかった?」
「うーん、勘」
「……お前のこと、バカな奴だと思っていたが、侮れないな」
「それほどでも、あるけど。とにかく、話してくれるか? 誰にも言わないからさ」
するとオニキスは、深くため息を吐き、話し始めた。
「俺は生まれた時から、ヘルヘイム症候群って病気に罹っていた。病気とは言っても、これは呪いみたいなもんで、患った人間は21歳になろうって時、命の灯火が消える。
しかも20になった頃からは、心臓が握り潰されるような発作が起きる。アコンダリアの戦いや、今日の発作がそれだ。
そして俺は、来年の3日、21になる。つまり俺は──」
「その日に、死ぬ」
リュウヤは目を丸くして言った。なんて残酷な話だった。折角タクマとの距離が縮められそうと言う時に、命が尽きるなど。
「それ、どうにかできないのん?」
「残念だが、今は治す方法がない。それにこれは、必然的な死。だから死んでも、生き返らせることはできない」
「ちょっと待ってちょ。ドラゴンのおっちゃんに聞いてくる」
言うとリュウヤは、ガントレットの宝玉と共鳴し合った。
すると、リュウヤの脳内に黄金の龍が現れた。簡潔に説明すれば、めっちゃ偉い龍だ。
「おっちゃん、ヘルヘイム症候群について、なんか知ってんなら教えてーな」
『話は聞いていた。結論からすれば、我でも無理だ』
「無理? そんなバナナ」
『ヘルヘイム症候群は、我が対の龍、闇龍が生み出した呪い。彼奴が死んだ今、解除できる者はこの世には存在しない』
「じゃあ、おっちゃんでも、ダメってこと!?」
『すまない。だが我も、できるだけの事はしよう』
そう言い残し、ゴルディーノは消えた。
光龍様でもダメとなると、やはりどうすることもできないのか。リュウヤは考える。
だがオニキスは「深く考えるな」と呟いて止めた。
「これは、最強狩りの罰だ。今更死にたくないなんて、虫のいい事を言うつもりはない」
「でも、それで助かった人も居るじゃない。ほら例えば、ゴロツキに困ってた人とか」
「う、うるせぇ。別にそれは偶々だ! 偶々、決闘を申し込んだ相手がゴロツキやギャングだっただけだ」
「素直じゃないねぇ。ま、俺の言えた事じゃあねえけど」
リュウヤはケラケラと笑い、立ち上がった。そしてぐいっと背伸びをした。
「ふぁああ、今日はもう疲れたし寝るか。兄ちゃんはどうするのん?」
「俺は暫くここにいる。アイツらと同じ空間に居たら、何されるか分かんねえからな」
「ああ、成る程ね。じゃ、おやす──」
しかしその瞬間、地面が揺れ出した。地震のようだが、ただの地震じゃない。
体全体に重力がかかるような、強い重みを感じる。その証拠に、リュウヤとオニキスの足元が凹み始める。屋根の瓦はチョコレートのようにパキパキと割れ、ずんずんと脚が沈んでいく。
だが、1分も経たないで、その現象は治まった。
「この感じ、まさか……」
「タクマ達に知らせねぇと! てぇへんだてぇへんだぁ‼︎」
*
「何や今の! ウチの身体、潰れるかと思うたで!」
「さっきの重み、もしかして……」
「間違いない。ブレイクさんとの修行の時に感じたアレだ」
ノエルの代わりに、タクマは声を震わせて言った。彼の言う通り、この感覚には覚えがあったから。
すると、例の重みを感じて、部屋に皆が押しかけてきた。
「タクマ殿、無事でござるか!」
「メア! タクマ君、メアはどこに行ったんだ?」
「騒々しいのぅ、妾は無事じゃぞ」
「あーもう、こんな時に親バカやってんじゃあねえよオッサン!」
吾郎、アルゴ王、メア、アリーナと、次々にやって来る。そして最後に、オニキスとリュウヤ、そしておタツがやって来た。
「リュウヤ、それにオニキスも。一体どこ行って──」
「話は後だ! とにかく、命が惜しかったら、武器を持って脱出しろ!」
オニキスはタクマの言葉を遮り、8人にそう言った。彼の目は、今までにない以上震えていた。
「もう時間がねえ! 覚悟ある奴は、窓からでもいい、飛び降りろ!」
「そんな事しなくても、普通に逃げれば良いじゃありんせんか」
「あ……ああ……!」
その時、ナノの怯える声がした。それと同時に、寝室の窓が勢いよく開き、ガラスが割れる。そして、凄まじい暴風が室内を荒らす。毛布や枕は舞い上がり、小物や椅子、本も暴れ出す。更にタクマ達も、踏ん張っていなければ吹き飛ばされてしまいそうなほど、強かった。
「何なんですかさっきから! 嫌なことばかりじゃないですか!」
「マズイ……奴が、来る!」
オニキスは言いながら、剣を構えた。すると、空から彗星が如き勢いで何かが降ってきた。よく見れば、なんとそれはαだった。
ウィルス騒動から二ヶ月。
タクマ達はオーブの情報を探りながら、日々を過ごしていた。
しかし、これといって有力な情報が表れることはなく、そのまま年末を迎えようとしていた。
「よーしお前ら! ご唱和ください!」
「「「メリー、クリスマース!!」」」
今日は年末一週間前。テーブルの周りには、リュウヤお手製のシャケ料理が並んでいる。
サーモン寿司、焼き鮭、ちゃんこ焼き、全料理がシャケで埋め尽くされていた。
これには一同、大はしゃぎで乾杯はしたものの、我に返って困惑した。
「のぅリュウヤ、これは何なのじゃ?」
「アタシの聞く限り、チキン食うんじゃあねえのか?」
その中で、メアとアリーナは口を開いた。するとリュウヤは、アッハッハ! と高らかに笑った。
「クリスマスにはチキンとシャケ! サーモン食いながらもういくつ寝て、お正月を迎える! それが、ニッポンの文化だッ!」
「ニッポン? 聞いたことないですけど、タクマさん達の国ではこれが普通なんですね」
「白い目で見るのやめてノエル、あながち間違いじゃないけど、俺に効く」
「まあまあ、こうしてシャケを嗜むというのも良いではござらぬか。では拙者、早速ちゃんこ焼きから」
吾郎は皿に装ったちゃんこ焼きをつまみ、優しく噛み締めた。
その瞬間、程よい柔らかさのシャケと味噌の塩味が爆発した。しかしただ塩辛いわけではなく、白菜などの野菜が塩で焼けた舌を治癒していく。それだけではなく、味噌の塩味がクセになり、箸が進む。
「おお、美味い! 美味いでござる!」
「わあホンマやん! やっぱりリューくんは天才やで!」
「すげぇだろ。でもな、実は今日の料理は俺だけが作ったんじゃあねえんだ。だろ、タツ?」
リュウヤはゲラゲラと笑いながら、おタツの背中を叩いた。おタツは、恥ずかしそうに顔を赤くして照れている。
「もしかしておタツさんが、この料理作った?」
タクマは訊く。するとおタツは、ぎこちない笑みを浮かべ、ゆっくりと頷いた。
「お恥ずかしながら、ウチは料理苦手でありんして。今日はリュウヤさん監修でありんす」
「なんとまた、拙者はてっきりリュウヤ殿の味かと。判別できなかったこと、何と詫びれば良いか……」
「そう心配するでない、吾郎爺。判別できぬ、つまり夫の味を真似できると言う訳じゃ。相思相愛の仲でなければ、そう上手くは行かぬ」
メアが言うと、笑いが起きた。二人の関係がより良くなった、なんとも微笑ましい。
しかしそんな中、ナノは「あーあ」と呟いた。
「でもやっぱ、ウチはオニちゃんと一緒に食べたかったなぁ」
「そういえば。エンドポリスの一件以来、見なくなりましたね」
「いい奴だったのに、残念だな」
その瞬間、場に哀れみの空気が溢れた。するとその時、屋根の上から黒い影が落ちてきた。まるで、忍者のような登場だ。
よく見なくても、オニキスだった。
「黙って聞いてりゃ、イチャイチャして、その上、俺を殺しやがって。テメェらは俺を何だと思ってんだ」
「あ、出たストーカー」
「何って、妾達にとって迷惑な存在じゃろ?」
「その通りだタヌキ娘。俺はお前らにとって迷惑な存在、故にお前らのパーティーに乱入しに来た!」
「本当は一緒に楽しみたいけど、言い出しづらかったから乱入しました」
「そう、その通り……って、タクマお前、勝手に人の心を読むなッ!」
オニキスは近くにあったナイフを手に取り、それをタクマに投げた。しかしタクマは、蚊を叩き潰す勢いで白刃取りを決めて見せた。
「全く、人に向かってナイフ投げちゃダメでしょ!」
「ほっほ。さあさあオニキス殿、遠慮せずにワインでも一杯、いかがでござる?」
「……し、仕方ねえ。今回だけは、付き合ってやる」
オニキスは照れながらも、吾郎からワイングラスを受け取った。
そのタイミングで、リュウヤもグラスにジュースを注ぎ、立ち上がった。
「よーし! じゃあ全員揃ったところで、お前らもう一回ご唱和ください!」
「「メリー──」」
しかし突然、オニキスはワイングラスを落とした。ガラスの割れる音と共に、赤ワインの芳醇な香りが漂う。そして、後を追うようにオニキスも胸を押さえ込んだ。
会場は一瞬にしてパニックに陥る。
「お、オニキスさん! 大丈夫でありんすか?」
「やめろ! これは、俺の問題だ……ぐっ……」
「これは不味い……メア、すぐに救護班を呼びに行ってくれ!」
タクマが言うと、メアは急いで救護班を呼びに行った。その間、タクマはオニキスの頭を膝に乗せ、心臓の鼓動を感じた。
医者でもないため詳しいことは分からないが、脈の動きが異常であることは分かった。
「タクマ! 連れてきたぞ!」
「でかした! ノエル、回復魔法は使えるか?」
「は、はい!」
「よせ……」
連れて来られた回復術師と共に、ノエルはオニキスに手を当てた。しかし魔力を与えようとした瞬間、術師は跳ね飛ばされた。
「うわぁっ!」
「コレは回復程度じゃ治らねぇ。と、とにかく、飯を、よこせ」
「くっ、仕方ねぇ! 命の方が大事だ、これでも食えッ!!」
アリーナは大声を上げ、鍋ごとちゃんこ焼きをオニキスに与えた。まだ鍋は熱々だが、オニキスはそんな事など気にせず、どんぶりを持つようにして、中の具をガツガツと食べた。
その速さは尋常ではなく、鍋にぎっしり詰まっていた具材は、瞬きする度にごっそり減った。
「……ふぅ。悪いな、突然押しかけて」
オニキスは呟くように謝った。そして、正面扉から堂々と出て行った。
「オニキス、アイツ……」
タクマは心配しながら、彼の背中を見送った。
*
その日の夜。オニキスはこっそりとアルゴ城の屋根の上に登り、街を見下ろしていた。
朝はあれだけ活気に溢れていた街も、夜になれば人が消える。ただ唯一、ギルドの光だけが残っている。
この国は他の国と比べて、平和そのもの。
喧嘩するような声はなく、仲間同士酒を飲んで盛り上がる冒険家の声が聞こえる。
鳥の囀りも、こんな間近に聞ける場所は、相当な田舎町でもない限りないだろう。
もし自分が、フォーデンじゃなくアルゴで生まれていれば、何か変わったのだろうか。そう考えながら。
「時間かもな。俺も」
月を仰ぎながら、オニキスは呟く。とその時、突然目の前が真っ暗になった。
「だーれだ」
「この感じ、和食屋だな?」
「大当たり~。で、こんなとこで何してんの?」
「別に。ただ、街の景色でも見ておきたくてな。そういうお前こそ、何の用だ?」
「俺も同じ。年明ける前に、一回タクマがどんな場所から冒険を始めたのか、知りたくてさ」
二人で言い合うと、リュウヤは隣に座った。
いつもはうるさいほどにおちゃらける彼も、夜はいつも以上に大人しい。それに、優しめなペースで「ふるさと」を歌う。
「何だその歌?」
「故郷を想う歌だ。どんなに遠くに離れていても、故郷のことは、死んでも一生忘れない。それがふるさとだ。って歌」
「生憎、俺は歌に興味がないんでな。さっぱりだ」
「ま、こっちの世界じゃあ馴染みなくて当たり前だわな」
そう言うと、二人は笑った。タクマとリュウヤ、いつもの二人のように。オニキス自身、彼との心の距離が縮まったような気がした。
しかし、笑い終えた時、リュウヤは咳払いをして言った。
「なんか、俺らに隠してることあるっしょ?」
一瞬、静寂が走る。リュウヤの顔に笑顔はなく、真面目な顔つきになっていた。
「別に、お前の知ったことじゃないだろ」
オニキスは答える。しかしリュウヤは、首を横に振る。
「見た感じ、兄ちゃんは前にも同じような発作が起きてた。そして今日も」
「何が言いたい?」
「つまり、兄ちゃんは難病を抱えている。しかもそれは、兄ちゃんにとって重大な難病。どう、合ってる?」
訊くと、少し間を空けてから、オニキスは笑った。そして一言「100点」と答えた。
それを聞いて、リュウヤは「やっぱり」と呟いた。
「何でわかった?」
「うーん、勘」
「……お前のこと、バカな奴だと思っていたが、侮れないな」
「それほどでも、あるけど。とにかく、話してくれるか? 誰にも言わないからさ」
するとオニキスは、深くため息を吐き、話し始めた。
「俺は生まれた時から、ヘルヘイム症候群って病気に罹っていた。病気とは言っても、これは呪いみたいなもんで、患った人間は21歳になろうって時、命の灯火が消える。
しかも20になった頃からは、心臓が握り潰されるような発作が起きる。アコンダリアの戦いや、今日の発作がそれだ。
そして俺は、来年の3日、21になる。つまり俺は──」
「その日に、死ぬ」
リュウヤは目を丸くして言った。なんて残酷な話だった。折角タクマとの距離が縮められそうと言う時に、命が尽きるなど。
「それ、どうにかできないのん?」
「残念だが、今は治す方法がない。それにこれは、必然的な死。だから死んでも、生き返らせることはできない」
「ちょっと待ってちょ。ドラゴンのおっちゃんに聞いてくる」
言うとリュウヤは、ガントレットの宝玉と共鳴し合った。
すると、リュウヤの脳内に黄金の龍が現れた。簡潔に説明すれば、めっちゃ偉い龍だ。
「おっちゃん、ヘルヘイム症候群について、なんか知ってんなら教えてーな」
『話は聞いていた。結論からすれば、我でも無理だ』
「無理? そんなバナナ」
『ヘルヘイム症候群は、我が対の龍、闇龍が生み出した呪い。彼奴が死んだ今、解除できる者はこの世には存在しない』
「じゃあ、おっちゃんでも、ダメってこと!?」
『すまない。だが我も、できるだけの事はしよう』
そう言い残し、ゴルディーノは消えた。
光龍様でもダメとなると、やはりどうすることもできないのか。リュウヤは考える。
だがオニキスは「深く考えるな」と呟いて止めた。
「これは、最強狩りの罰だ。今更死にたくないなんて、虫のいい事を言うつもりはない」
「でも、それで助かった人も居るじゃない。ほら例えば、ゴロツキに困ってた人とか」
「う、うるせぇ。別にそれは偶々だ! 偶々、決闘を申し込んだ相手がゴロツキやギャングだっただけだ」
「素直じゃないねぇ。ま、俺の言えた事じゃあねえけど」
リュウヤはケラケラと笑い、立ち上がった。そしてぐいっと背伸びをした。
「ふぁああ、今日はもう疲れたし寝るか。兄ちゃんはどうするのん?」
「俺は暫くここにいる。アイツらと同じ空間に居たら、何されるか分かんねえからな」
「ああ、成る程ね。じゃ、おやす──」
しかしその瞬間、地面が揺れ出した。地震のようだが、ただの地震じゃない。
体全体に重力がかかるような、強い重みを感じる。その証拠に、リュウヤとオニキスの足元が凹み始める。屋根の瓦はチョコレートのようにパキパキと割れ、ずんずんと脚が沈んでいく。
だが、1分も経たないで、その現象は治まった。
「この感じ、まさか……」
「タクマ達に知らせねぇと! てぇへんだてぇへんだぁ‼︎」
*
「何や今の! ウチの身体、潰れるかと思うたで!」
「さっきの重み、もしかして……」
「間違いない。ブレイクさんとの修行の時に感じたアレだ」
ノエルの代わりに、タクマは声を震わせて言った。彼の言う通り、この感覚には覚えがあったから。
すると、例の重みを感じて、部屋に皆が押しかけてきた。
「タクマ殿、無事でござるか!」
「メア! タクマ君、メアはどこに行ったんだ?」
「騒々しいのぅ、妾は無事じゃぞ」
「あーもう、こんな時に親バカやってんじゃあねえよオッサン!」
吾郎、アルゴ王、メア、アリーナと、次々にやって来る。そして最後に、オニキスとリュウヤ、そしておタツがやって来た。
「リュウヤ、それにオニキスも。一体どこ行って──」
「話は後だ! とにかく、命が惜しかったら、武器を持って脱出しろ!」
オニキスはタクマの言葉を遮り、8人にそう言った。彼の目は、今までにない以上震えていた。
「もう時間がねえ! 覚悟ある奴は、窓からでもいい、飛び降りろ!」
「そんな事しなくても、普通に逃げれば良いじゃありんせんか」
「あ……ああ……!」
その時、ナノの怯える声がした。それと同時に、寝室の窓が勢いよく開き、ガラスが割れる。そして、凄まじい暴風が室内を荒らす。毛布や枕は舞い上がり、小物や椅子、本も暴れ出す。更にタクマ達も、踏ん張っていなければ吹き飛ばされてしまいそうなほど、強かった。
「何なんですかさっきから! 嫌なことばかりじゃないですか!」
「マズイ……奴が、来る!」
オニキスは言いながら、剣を構えた。すると、空から彗星が如き勢いで何かが降ってきた。よく見れば、なんとそれはαだった。
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また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
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どんどん更新していきます。
ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。
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記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます
カムイイムカ(神威異夢華)
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転生したら奴隷の赤ん坊だった
お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。
全力でお母さんと幸せを手に入れます
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カムイイムカです
今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします
少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^
最後まで行かないシリーズですのでご了承ください
23話でおしまいになります
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