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最終章 セイギの在り方

第285話 新しい日常

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【アルゴ城 宴会室】
 ウィルス騒動から二ヶ月。
 タクマ達はオーブの情報を探りながら、日々を過ごしていた。
 しかし、これといって有力な情報が表れることはなく、そのまま年末を迎えようとしていた。

「よーしお前ら! ご唱和ください!」
「「「メリー、クリスマース!!」」」

 今日は年末一週間前。テーブルの周りには、リュウヤお手製のシャケ料理が並んでいる。
 サーモン寿司、焼き鮭、ちゃんこ焼き、全料理がシャケで埋め尽くされていた。
 これには一同、大はしゃぎで乾杯はしたものの、我に返って困惑した。

「のぅリュウヤ、これは何なのじゃ?」
「アタシの聞く限り、チキン食うんじゃあねえのか?」

 その中で、メアとアリーナは口を開いた。するとリュウヤは、アッハッハ! と高らかに笑った。

「クリスマスにはチキンとシャケ! サーモン食いながらもういくつ寝て、お正月を迎える! それが、ニッポンの文化だッ!」
「ニッポン? 聞いたことないですけど、タクマさん達の国ではこれが普通なんですね」
「白い目で見るのやめてノエル、あながち間違いじゃないけど、俺に効く」
「まあまあ、こうしてシャケを嗜むというのも良いではござらぬか。では拙者、早速ちゃんこ焼きから」

 吾郎は皿に装ったちゃんこ焼きをつまみ、優しく噛み締めた。
 その瞬間、程よい柔らかさのシャケと味噌の塩味が爆発した。しかしただ塩辛いわけではなく、白菜などの野菜が塩で焼けた舌を治癒していく。それだけではなく、味噌の塩味がクセになり、箸が進む。

「おお、美味い! 美味いでござる!」
「わあホンマやん! やっぱりリューくんは天才やで!」
「すげぇだろ。でもな、実は今日の料理は俺だけが作ったんじゃあねえんだ。だろ、タツ?」

 リュウヤはゲラゲラと笑いながら、おタツの背中を叩いた。おタツは、恥ずかしそうに顔を赤くして照れている。

「もしかしておタツさんが、この料理作った?」

 タクマは訊く。するとおタツは、ぎこちない笑みを浮かべ、ゆっくりと頷いた。

「お恥ずかしながら、ウチは料理苦手でありんして。今日はリュウヤさん監修でありんす」
「なんとまた、拙者はてっきりリュウヤ殿の味かと。判別できなかったこと、何と詫びれば良いか……」
「そう心配するでない、吾郎爺。判別できぬ、つまり夫の味を真似できると言う訳じゃ。相思相愛の仲でなければ、そう上手くは行かぬ」

 メアが言うと、笑いが起きた。二人の関係がより良くなった、なんとも微笑ましい。
 しかしそんな中、ナノは「あーあ」と呟いた。

「でもやっぱ、ウチはオニちゃんと一緒に食べたかったなぁ」
「そういえば。エンドポリスの一件以来、見なくなりましたね」
「いい奴だったのに、残念だな」

 その瞬間、場に哀れみの空気が溢れた。するとその時、屋根の上から黒い影が落ちてきた。まるで、忍者のような登場だ。
 よく見なくても、オニキスだった。

「黙って聞いてりゃ、イチャイチャして、その上、俺を殺しやがって。テメェらは俺を何だと思ってんだ」
「あ、出たストーカー」
「何って、妾達にとって迷惑な存在じゃろ?」
「その通りだタヌキ娘。俺はお前らにとって迷惑な存在、故にお前らのパーティーに乱入しに来た!」
「本当は一緒に楽しみたいけど、言い出しづらかったから乱入しました」
「そう、その通り……って、タクマお前、勝手に人の心を読むなッ!」

 オニキスは近くにあったナイフを手に取り、それをタクマに投げた。しかしタクマは、蚊を叩き潰す勢いで白刃取りを決めて見せた。

「全く、人に向かってナイフ投げちゃダメでしょ!」
「ほっほ。さあさあオニキス殿、遠慮せずにワインでも一杯、いかがでござる?」
「……し、仕方ねえ。今回だけは、付き合ってやる」

 オニキスは照れながらも、吾郎からワイングラスを受け取った。
 そのタイミングで、リュウヤもグラスにジュースを注ぎ、立ち上がった。

「よーし! じゃあ全員揃ったところで、お前らもう一回ご唱和ください!」
「「メリー──」」

 しかし突然、オニキスはワイングラスを落とした。ガラスの割れる音と共に、赤ワインの芳醇な香りが漂う。そして、後を追うようにオニキスも胸を押さえ込んだ。
 会場は一瞬にしてパニックに陥る。

「お、オニキスさん! 大丈夫でありんすか?」
「やめろ! これは、俺の問題だ……ぐっ……」
「これは不味い……メア、すぐに救護班を呼びに行ってくれ!」

 タクマが言うと、メアは急いで救護班を呼びに行った。その間、タクマはオニキスの頭を膝に乗せ、心臓の鼓動を感じた。
 医者でもないため詳しいことは分からないが、脈の動きが異常であることは分かった。

「タクマ! 連れてきたぞ!」
「でかした! ノエル、回復魔法は使えるか?」
「は、はい!」
「よせ……」

 連れて来られた回復術師と共に、ノエルはオニキスに手を当てた。しかし魔力を与えようとした瞬間、術師は跳ね飛ばされた。

「うわぁっ!」
「コレは回復程度じゃ治らねぇ。と、とにかく、飯を、よこせ」
「くっ、仕方ねぇ! 命の方が大事だ、これでも食えッ!!」

 アリーナは大声を上げ、鍋ごとちゃんこ焼きをオニキスに与えた。まだ鍋は熱々だが、オニキスはそんな事など気にせず、どんぶりを持つようにして、中の具をガツガツと食べた。
 その速さは尋常ではなく、鍋にぎっしり詰まっていた具材は、瞬きする度にごっそり減った。

「……ふぅ。悪いな、突然押しかけて」

 オニキスは呟くように謝った。そして、正面扉から堂々と出て行った。

「オニキス、アイツ……」

 タクマは心配しながら、彼の背中を見送った。

 *

 その日の夜。オニキスはこっそりとアルゴ城の屋根の上に登り、街を見下ろしていた。
 朝はあれだけ活気に溢れていた街も、夜になれば人が消える。ただ唯一、ギルドの光だけが残っている。
 この国は他の国と比べて、平和そのもの。
 喧嘩するような声はなく、仲間同士酒を飲んで盛り上がる冒険家の声が聞こえる。
 鳥の囀りも、こんな間近に聞ける場所は、相当な田舎町でもない限りないだろう。
 もし自分が、フォーデンじゃなくアルゴで生まれていれば、何か変わったのだろうか。そう考えながら。

「時間かもな。俺も」

 月を仰ぎながら、オニキスは呟く。とその時、突然目の前が真っ暗になった。

「だーれだ」
「この感じ、和食屋だな?」
「大当たり~。で、こんなとこで何してんの?」
「別に。ただ、街の景色でも見ておきたくてな。そういうお前こそ、何の用だ?」
「俺も同じ。年明ける前に、一回タクマがどんな場所から冒険を始めたのか、知りたくてさ」

 二人で言い合うと、リュウヤは隣に座った。
 いつもはうるさいほどにおちゃらける彼も、夜はいつも以上に大人しい。それに、優しめなペースで「ふるさと」を歌う。

「何だその歌?」
「故郷を想う歌だ。どんなに遠くに離れていても、故郷のことは、死んでも一生忘れない。それがふるさとだ。って歌」
「生憎、俺は歌に興味がないんでな。さっぱりだ」
「ま、こっちの世界じゃあ馴染みなくて当たり前だわな」

 そう言うと、二人は笑った。タクマとリュウヤ、いつもの二人のように。オニキス自身、彼との心の距離が縮まったような気がした。
 しかし、笑い終えた時、リュウヤは咳払いをして言った。

「なんか、俺らに隠してることあるっしょ?」

 一瞬、静寂が走る。リュウヤの顔に笑顔はなく、真面目な顔つきになっていた。

「別に、お前の知ったことじゃないだろ」

 オニキスは答える。しかしリュウヤは、首を横に振る。

「見た感じ、兄ちゃんは前にも同じような発作が起きてた。そして今日も」
「何が言いたい?」
「つまり、兄ちゃんは難病を抱えている。しかもそれは、兄ちゃんにとって重大な難病。どう、合ってる?」

 訊くと、少し間を空けてから、オニキスは笑った。そして一言「100点」と答えた。
 それを聞いて、リュウヤは「やっぱり」と呟いた。

「何でわかった?」
「うーん、勘」
「……お前のこと、バカな奴だと思っていたが、侮れないな」
「それほどでも、あるけど。とにかく、話してくれるか? 誰にも言わないからさ」

 するとオニキスは、深くため息を吐き、話し始めた。

「俺は生まれた時から、ヘルヘイム症候群って病気に罹っていた。病気とは言っても、これは呪いみたいなもんで、患った人間は21歳になろうって時、命の灯火が消える。
 しかも20になった頃からは、心臓が握り潰されるような発作が起きる。アコンダリアの戦いや、今日の発作がそれだ。
 そして俺は、来年の3日、21になる。つまり俺は──」
「その日に、死ぬ」

 リュウヤは目を丸くして言った。なんて残酷な話だった。折角タクマとの距離が縮められそうと言う時に、命が尽きるなど。

「それ、どうにかできないのん?」
「残念だが、今は治す方法がない。それにこれは、必然的な死。だから死んでも、生き返らせることはできない」
「ちょっと待ってちょ。ドラゴンのおっちゃんに聞いてくる」

 言うとリュウヤは、ガントレットの宝玉と共鳴し合った。
 すると、リュウヤの脳内に黄金の龍が現れた。簡潔に説明すれば、めっちゃ偉い龍だ。

「おっちゃん、ヘルヘイム症候群について、なんか知ってんなら教えてーな」
『話は聞いていた。結論からすれば、我でも無理だ』
「無理? そんなバナナ」
『ヘルヘイム症候群は、我が対の龍、闇龍が生み出した呪い。彼奴が死んだ今、解除できる者はこの世には存在しない』
「じゃあ、おっちゃんでも、ダメってこと!?」
『すまない。だが我も、できるだけの事はしよう』

 そう言い残し、ゴルディーノは消えた。
 光龍様でもダメとなると、やはりどうすることもできないのか。リュウヤは考える。
 だがオニキスは「深く考えるな」と呟いて止めた。

「これは、最強狩りの罰だ。今更死にたくないなんて、虫のいい事を言うつもりはない」
「でも、それで助かった人も居るじゃない。ほら例えば、ゴロツキに困ってた人とか」
「う、うるせぇ。別にそれは偶々だ! 偶々、決闘を申し込んだ相手がゴロツキやギャングだっただけだ」
「素直じゃないねぇ。ま、俺の言えた事じゃあねえけど」

 リュウヤはケラケラと笑い、立ち上がった。そしてぐいっと背伸びをした。

「ふぁああ、今日はもう疲れたし寝るか。兄ちゃんはどうするのん?」
「俺は暫くここにいる。アイツらと同じ空間に居たら、何されるか分かんねえからな」
「ああ、成る程ね。じゃ、おやす──」

 しかしその瞬間、地面が揺れ出した。地震のようだが、ただの地震じゃない。
 体全体に重力がかかるような、強い重みを感じる。その証拠に、リュウヤとオニキスの足元が凹み始める。屋根の瓦はチョコレートのようにパキパキと割れ、ずんずんと脚が沈んでいく。
 だが、1分も経たないで、その現象は治まった。

「この感じ、まさか……」
「タクマ達に知らせねぇと! てぇへんだてぇへんだぁ‼︎」

 *

「何や今の! ウチの身体、潰れるかと思うたで!」
「さっきの重み、もしかして……」
「間違いない。ブレイクさんとの修行の時に感じたアレだ」

 ノエルの代わりに、タクマは声を震わせて言った。彼の言う通り、この感覚には覚えがあったから。
 すると、例の重みを感じて、部屋に皆が押しかけてきた。

「タクマ殿、無事でござるか!」
「メア! タクマ君、メアはどこに行ったんだ?」
「騒々しいのぅ、妾は無事じゃぞ」
「あーもう、こんな時に親バカやってんじゃあねえよオッサン!」

 吾郎、アルゴ王、メア、アリーナと、次々にやって来る。そして最後に、オニキスとリュウヤ、そしておタツがやって来た。

「リュウヤ、それにオニキスも。一体どこ行って──」
「話は後だ! とにかく、命が惜しかったら、武器を持って脱出しろ!」

 オニキスはタクマの言葉を遮り、8人にそう言った。彼の目は、今までにない以上震えていた。
 
「もう時間がねえ! 覚悟ある奴は、窓からでもいい、飛び降りろ!」
「そんな事しなくても、普通に逃げれば良いじゃありんせんか」
「あ……ああ……!」

 その時、ナノの怯える声がした。それと同時に、寝室の窓が勢いよく開き、ガラスが割れる。そして、凄まじい暴風が室内を荒らす。毛布や枕は舞い上がり、小物や椅子、本も暴れ出す。更にタクマ達も、踏ん張っていなければ吹き飛ばされてしまいそうなほど、強かった。

「何なんですかさっきから! 嫌なことばかりじゃないですか!」
「マズイ……奴が、来る!」

 オニキスは言いながら、剣を構えた。すると、空から彗星が如き勢いで何かが降ってきた。よく見れば、なんとそれはαだった。
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