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第10章 ゼロの開始点
第255話 初日のソウサ
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「のわー!大変じゃー!」
次の日の朝、メアの悲鳴に皆が目を覚ます。まさかエスジネスにまで魔物が現れたのか?最悪の事態を想定し、タクマは剣を握る。
しかし、振り返ってみるが、特にそんなことはなく、ただメアがベッドの下を漁っていた。前の客のものなのか、「むっちりバニー」と書かれた雑誌が何冊か出土されている。
「なんだこりゃ、タクローが変態でしたって話か?」
「誰が変態だ。それで、どうしたんだメア?」
エロ本を誰の目にも届かないようにこっそり隠しつつ、タクマは訊く。しかしメアは、タクマの声掛けには気付かないまま、お得意の柔軟性を生かしてベッドの下を漁り続けていた。
よく見ると、普段サイドテールにしている髪が、今日は珍しく下ろされている。まあ、寝る時には外しているから当たり前なのだろうけど。
「タクマ殿、アリーナ殿、食事の用意ができたでござる。おろ?」
「ああごめん吾郎爺、ちょっとメアが立て込んでてさ」
「うーん、ちゃんと昨日この下に置いた筈なんじゃがのぅ」
吾郎が部屋に入ってきてもお構いなし、自販機の下からお金を発掘しようとする人のように、メアは独り言を呟きながら何かを探し続ける。
だが、諦めたのか、ため息を吐いて立ち上がった。
「おお、お主らいつの間に」
「なあメイ、何探してたんだ?」
「シュシュじゃ。昨日ランプ台の上に置いた筈なんじゃが、なくなってしまってのぅ」
「シュシュって、いつも付けてたあの赤い奴か?」
タクマが言うと、メアは首を縦に振った。そして、最後に広く見るために振り返り、部屋を後にした。
一応、金髪はメアしか居ないが、サイドテールのないメアの髪は肩よりも長く、一瞬別人と錯覚してしまう。
しかも、その一瞬の中で、メアの髪が黒になったような気がして、懐かしさがタクマを襲った。
「……今のって」
「何ボーッとしてんだタクロー。あっ、もしかしてお前、後ろ姿に興奮したな?やっぱ好きなのか~この色男~」
「ば、ばっかおま、そんなんじゃあねぇよ!ほら、め、飯が冷めちまう!」
突然アリーナに囁かれ、タクマは頬を赤くしながら言葉を返した。隠しているつもりなのだろうが、声は裏返り、更には湯気まで出ている。
【エスジネス南 図書館前】
それから、食事を済ませたタクマ一行は、エンドポリスの手掛かりを探しに、エスジネスの探索をすることにした。
一方は図書館から旧式の地図を探しに、もう一方はギルドや地元の人達からの聞き込み調査に向かう。
「にしても、図書館ったって結構広いでありんしょう?お前様、ホントに大丈夫でありんすか?」
おタツは頬に手を当てながら、心配そうに訊く。
おタツが心配するように、「図書館」と看板の掛けられた施設は、大金持ちの邸宅のような大きさを誇っていた。
屋根の下には何本もの氷柱を携え、3階分はあるであろう窓は、意思を持つ生き物のように、無数の目で行き交う人々を見守っている。勿論、目の前のタクマ達も例外ではない。
しかしリュウヤは、そんな魔女の家を前にしてもお得意のやる気パワー全開でグッドサインとウィンクをして見せた。
「なぁに言ってんだい!俺っちのサーチ力、舐めたらいかんぜよ!」
「でもまあ、こんなに大きくても、私達四人で探したらすぐですよ」
「そうだいそうだい!アタシの目とナルの鼻がありゃ、一瞬で見つけられるぜ!だろ、ナル?」
「せやで!ウチとアリリンは最強コンビや!」
いつの間にか仲良くなっている。アリーナはナノを肩車しながら、楽しそうに踊る。
少し心配ではあるが、これでリュウヤ、ノエル、ナノ、アリーナの四人が図書館探索チームとなった。
「んじゃそっちは任せた……あ、そうだ。図書館では絶対に──」
「それじゃリュウヤさん!早速見つけに行きますよ!」
「ほいきた!プレシャス、俺っちが一番に探し当ててやらぁ!」
絶対に騒ぐなよ。危なっかしいから警告しようとしたが、時既に遅く、四人はテーマパークに入園する子供のように、魔女の家もとい図書館に飲み込まれた。
今となって、心配が後悔に変わった。多分、いや、絶対騒ぐメンツにしてしまった事を。
「ま、大丈夫じゃろ。流石のリュウヤも常識破るようなバカではないしの」
「だと、良いのでござるが」
──それから数時間、昼に途中経過の報告をすると約束し、四人は街での聞き込みを開始した。
しかし……
「はぁ?エンド……知らん!あんな所、知るもんか!」
「や、やめてくれ!あんな所、知ってても教えるもんか!」
「悪い事は言わない。命が惜しけりゃ、そんな国忘れちまいな」
どこを回っても、教えてはくれなかった。確実に知っているということだけは分かった。だが、そこから先、“どこにエンドポリスがあるのか”の情報は手に入らなかった。
そして、なんの収穫もないまま、約束の途中報告会がカフェにて開催された。
「ダメだったでござる。嫌な顔をされ、追い出されてしまった」と吾郎。
「何も取り乱さなくても。のぅタツ」
「えぇ。知らんの一点張りで、なーんにも」と、メアとタツ。
「……そうか。やっぱりか」
タクマも、同じく結果を報告した。言わずもがな、知らないの一点張り、と。それを聞き、ついに四人は険しい表情のままテーブルに肘をついた。
最早時間も猶予もない。遅くても明日にはアジトを突き止めなければ、もっと取り返しのつかないことになる。
その焦りと、教えてくれない人達への苛立ちが加速し、暗雲は雷雲に変わりそうになっていた。
とその時、奥の方でこちらを見る黒い影が見えた。深い隈の入った眠そうな目、魔導学園の制服と思しきローブ、不満そうに小さく開いている口。なんとなく、見覚えがある。
「タクマ殿?おーい、タクマ殿~」
「……魔法使い、エスジネス、近くの廃墟……あ!」
「な、なんじゃ!?」
そうだ思い出した。彼はアコンダリア武闘会で戦ったネクロマンサー、オリーブだ!それに気付いた瞬間、オリーブはヤバいと感じ、そそくさと逃げ出した。
ああ、追いかけたいけど折角頼んだコーヒーがまだ来てない。飲みたいけど、早く行かないと見失う。
「お待たせしました。アメリカンでございます」
「ちょうどよかった。いただきま……あっぢ!」
ダメだ。急ぎすぎたあまり舌を火傷してしまった。更に、そこへ苦みが追い討ちをかけてきて、発狂しそうになる。
「もう、そんなに急いでどうしたでありんすか?」
「ごめんおタツさん。ちょっと用事を思い出して。俺、先行ってきます!」
もう誤魔化すための言葉を考える暇もない。タクマは飲み干したカップと四人分のコーヒー代を机に置き、急いでオリーブの後を追った。
そんな慌てふためく様子を見て、メアは「初めて来た場所で用事なんてあるのかのぅ」と、右頬に手を当てながら考えた。
一方、タクマはオリーブが消えた路地を抜け、バザールに出た。ここでは丁度魔道道具の競りが行われていて、競り落とそうと必死にゼルンを釣り上げる民衆の声が聞こえてくる。まるで、ゲームセンターにでも迷い込んでしまったようだ。
と、それは関係ない。彼がどこに消えたのか、今はそれを探すのが第一の目的だ。アコンダリアでの選手紹介の際、ゴーストタウンが好きと語られていた彼なのだ。きっとエンドポリスと何か関係があるに違いない。
しかし、コーヒーに手こずっていた事が災いし、オリーブを見失ってしまったようだった。右も左も、どちらを向いてもオリーブらしき人物が見当たらない。
「くそう、折角手掛かりが掴めると思ったのに」
「タっくん、こんな所でどないしたん?」
しょんぼりしていると、背中から声をかけられた。振り返ると、図書館の中に吸い込まれたはずのナノが心配した様子でこちらを見つめていた。
「ナノ、どうしてここに?」タクマが訊くと、ナノは静かに競り会場を指し「アリリンが勝手にこっち来た」と答えた。彼女の言う通り、よく見ると胸をたゆんたゆんと揺らしながら必死に金額を上げる女海賊の姿があった。
アリーナめ、いつの間に買い物なんか楽しんでいるんだ?気になったタクマは、そっと人混みの中に潜入し、競売されているものを確認した。これだけ白熱した競り、喉から手が出るほど欲しいものなのだろう。
「さぁ500万ゼルン!マントルホークの心臓から作られたダイヤの指輪!本日の大目玉ですよ!」
人を集めるためか、競売人の男が客に負けない大声で改めて商品を宣伝する。しかも、ご、500万ゼルン!?目が飛び出そうになるのを堪え、タクマは顔を覆う。
これはマズイ。一応アコンダリアの賞金で500億は手に入れたけど、アレは全部ナノ達に寄付して今はない。それに、500万以上なんて大金、今は持ち合わせてないぞ。
万が一アリーナが競り落としてしまった暁には、武器なし服なし無一文にジョブチェンジする危険がある。いや、頑固かつ猪突猛進精神のアリーナならやりかねない。
「600万ゼルン!」
「650万!」
「800万!」
うわあああ。凄い勢いで金額が膨れ上がっていく。冗談抜きに、体でいくら払っても足りない。確かに言うのはタダだ。負けたら金は支払わなくていい。
でも万が一だ。アリーナを止めなければ──
「1000万!」
一気に200万上がった。その度胸に、会場の人々の視線が女海賊の札に集まる。あの野郎やりやがった!さっき聞いた値段から二倍になってしまった。
頼む、誰かこれ以上に値段を上げてくれ。
「1500万」
その時、タクマの願いが通じたのか、別の男の札に視線が向いた。3倍だ。そんな対抗心強めの男を見て、アリーナは対抗心から更に高く札を上げた。
「あんだオッサン!ならこっちゃ2000万出してやる!」
「ほぉ、3000万」
「んだとぉ……じゃあ4000万!」
「6000万」
「コイツ、なかなかやるなぁ。この手は使いたくなかったが仕方ない。1──」
二人の凄まじい競り合いの中、アリーナはゆっくりと札を上げようとした。しかし、値段を言う直前、札を持つ手が力強く引かれた。
何とか、タクマが止めたのだ。
「バカお前、そんな金ねぇから。ほら、帰るぞ」
「わっ!ちょっと、これから面白いとこなのに、離せよ!」
「すみません、お騒がせしました。ごめんあそばせ」
頑張ってアリーナを連れ戻すと、会場は一瞬静寂に包まれた。嫌に目立ってしまったが、金がないと発覚するよりかはマシだ。
それに、アリーナというライバルが消えたため、競りは成金男の落札勝ちとなった。
────
「アリーナ、金もないのに何してんだ?」
メア達の待つカフェへの道すがら、タクマは何故必死に競りなんてしていたのか、アリーナに聞いた。
しかしアリーナは、楽しい楽しい競りを邪魔された事にヘソを曲げ、タクマの言葉を右耳から左耳へと受け流し続けた。
「おい聞いてるのか?1億なんて大金、もし落札しちまったらどうするつもりだったんだ」
「だって、最初1万ゼルンで、キラキラしてて欲しかったんだもん。しょうがねぇだろ」
可愛いかお前は。子供のように言うアリーナに、タクマは額を抑えて唸った。きっと、引くに引けなくなった、或いは白熱しすぎたあまり良い加減な事を言い出してしまった、といった所だろう。
「それでアリーナ、ナノ。リュウヤとノエルは、まだ図書館の中か?」
「それが……」
────【宿屋】
「追い出された!?」
「はい。禁書コーナーに足を踏み入れてしまったみたいで、窓からポイっと」
ノエルから告げられた言葉に、一同は驚いた。まさか聞き込みをしている間にそんな事があったなんて。
しかも、怒られるでも入り口から放り出されるでもなく、魔法の絨毯で窓から投げ出されるとは、流石魔法の国と言いたい所だが……
「そんでまた入ろうとしたらよぉ、俺っち達だけ見えない壁に阻まれて入れなかったのよ。まさに、お手上げ散々丸って訳だぃ」
リュウヤは洋画の吹き替えのように言い、最後にやられたぜぇ、と言いながらベッドに倒れ込んだ。下半身だけがベッドの上に乗り、はみ出た上半身はデロンと側面に垂れ、頭が地面に着いた。
図書館もダメ、聞き込みもダメ、オリーブは行方不明。今日の収穫はナシか、と落ち込んでいると、リュウヤが突然グルリと回転して起き上がった。
「どうしたのじゃリュウヤ?」
「おっ。メアちゃん、良いニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?」
「?まさか、収穫があったのでござるか!?」
「ふむ。では、悪いニュースから聞くかの」
するとリュウヤは起き上がり、探偵のように眉間を人差し指でマッサージしながら「興味深いですねぇ」と言いながらこちらを振り返った。
そして、ドン!と人差し指を向けると……
「悪いニュースはない!」
「へ?」
「じゃあ良いニュースは何じゃ?」
「じゃじゃーん!メアちゃんのシュシュ見つけましたー!」
そう言って、リュウヤは真っ赤なシュシュを見せつけた。そんなことをしなくても、それが彼女のシュシュであることは一目瞭然だ。
すると、メアは笑顔でそれを受け取り、早速髪を纏めた。そして、いつものサイドテールのメアが現れた。
「サンキューなのじゃリュウヤ!」
「良かったなメアメア、ウチもそんな髪型にしてみたいで」
「あら、ナノったら。じゃあウチが櫛で解いて、メアちゃんと同じようにしてありんしょう」
次の日の朝、メアの悲鳴に皆が目を覚ます。まさかエスジネスにまで魔物が現れたのか?最悪の事態を想定し、タクマは剣を握る。
しかし、振り返ってみるが、特にそんなことはなく、ただメアがベッドの下を漁っていた。前の客のものなのか、「むっちりバニー」と書かれた雑誌が何冊か出土されている。
「なんだこりゃ、タクローが変態でしたって話か?」
「誰が変態だ。それで、どうしたんだメア?」
エロ本を誰の目にも届かないようにこっそり隠しつつ、タクマは訊く。しかしメアは、タクマの声掛けには気付かないまま、お得意の柔軟性を生かしてベッドの下を漁り続けていた。
よく見ると、普段サイドテールにしている髪が、今日は珍しく下ろされている。まあ、寝る時には外しているから当たり前なのだろうけど。
「タクマ殿、アリーナ殿、食事の用意ができたでござる。おろ?」
「ああごめん吾郎爺、ちょっとメアが立て込んでてさ」
「うーん、ちゃんと昨日この下に置いた筈なんじゃがのぅ」
吾郎が部屋に入ってきてもお構いなし、自販機の下からお金を発掘しようとする人のように、メアは独り言を呟きながら何かを探し続ける。
だが、諦めたのか、ため息を吐いて立ち上がった。
「おお、お主らいつの間に」
「なあメイ、何探してたんだ?」
「シュシュじゃ。昨日ランプ台の上に置いた筈なんじゃが、なくなってしまってのぅ」
「シュシュって、いつも付けてたあの赤い奴か?」
タクマが言うと、メアは首を縦に振った。そして、最後に広く見るために振り返り、部屋を後にした。
一応、金髪はメアしか居ないが、サイドテールのないメアの髪は肩よりも長く、一瞬別人と錯覚してしまう。
しかも、その一瞬の中で、メアの髪が黒になったような気がして、懐かしさがタクマを襲った。
「……今のって」
「何ボーッとしてんだタクロー。あっ、もしかしてお前、後ろ姿に興奮したな?やっぱ好きなのか~この色男~」
「ば、ばっかおま、そんなんじゃあねぇよ!ほら、め、飯が冷めちまう!」
突然アリーナに囁かれ、タクマは頬を赤くしながら言葉を返した。隠しているつもりなのだろうが、声は裏返り、更には湯気まで出ている。
【エスジネス南 図書館前】
それから、食事を済ませたタクマ一行は、エンドポリスの手掛かりを探しに、エスジネスの探索をすることにした。
一方は図書館から旧式の地図を探しに、もう一方はギルドや地元の人達からの聞き込み調査に向かう。
「にしても、図書館ったって結構広いでありんしょう?お前様、ホントに大丈夫でありんすか?」
おタツは頬に手を当てながら、心配そうに訊く。
おタツが心配するように、「図書館」と看板の掛けられた施設は、大金持ちの邸宅のような大きさを誇っていた。
屋根の下には何本もの氷柱を携え、3階分はあるであろう窓は、意思を持つ生き物のように、無数の目で行き交う人々を見守っている。勿論、目の前のタクマ達も例外ではない。
しかしリュウヤは、そんな魔女の家を前にしてもお得意のやる気パワー全開でグッドサインとウィンクをして見せた。
「なぁに言ってんだい!俺っちのサーチ力、舐めたらいかんぜよ!」
「でもまあ、こんなに大きくても、私達四人で探したらすぐですよ」
「そうだいそうだい!アタシの目とナルの鼻がありゃ、一瞬で見つけられるぜ!だろ、ナル?」
「せやで!ウチとアリリンは最強コンビや!」
いつの間にか仲良くなっている。アリーナはナノを肩車しながら、楽しそうに踊る。
少し心配ではあるが、これでリュウヤ、ノエル、ナノ、アリーナの四人が図書館探索チームとなった。
「んじゃそっちは任せた……あ、そうだ。図書館では絶対に──」
「それじゃリュウヤさん!早速見つけに行きますよ!」
「ほいきた!プレシャス、俺っちが一番に探し当ててやらぁ!」
絶対に騒ぐなよ。危なっかしいから警告しようとしたが、時既に遅く、四人はテーマパークに入園する子供のように、魔女の家もとい図書館に飲み込まれた。
今となって、心配が後悔に変わった。多分、いや、絶対騒ぐメンツにしてしまった事を。
「ま、大丈夫じゃろ。流石のリュウヤも常識破るようなバカではないしの」
「だと、良いのでござるが」
──それから数時間、昼に途中経過の報告をすると約束し、四人は街での聞き込みを開始した。
しかし……
「はぁ?エンド……知らん!あんな所、知るもんか!」
「や、やめてくれ!あんな所、知ってても教えるもんか!」
「悪い事は言わない。命が惜しけりゃ、そんな国忘れちまいな」
どこを回っても、教えてはくれなかった。確実に知っているということだけは分かった。だが、そこから先、“どこにエンドポリスがあるのか”の情報は手に入らなかった。
そして、なんの収穫もないまま、約束の途中報告会がカフェにて開催された。
「ダメだったでござる。嫌な顔をされ、追い出されてしまった」と吾郎。
「何も取り乱さなくても。のぅタツ」
「えぇ。知らんの一点張りで、なーんにも」と、メアとタツ。
「……そうか。やっぱりか」
タクマも、同じく結果を報告した。言わずもがな、知らないの一点張り、と。それを聞き、ついに四人は険しい表情のままテーブルに肘をついた。
最早時間も猶予もない。遅くても明日にはアジトを突き止めなければ、もっと取り返しのつかないことになる。
その焦りと、教えてくれない人達への苛立ちが加速し、暗雲は雷雲に変わりそうになっていた。
とその時、奥の方でこちらを見る黒い影が見えた。深い隈の入った眠そうな目、魔導学園の制服と思しきローブ、不満そうに小さく開いている口。なんとなく、見覚えがある。
「タクマ殿?おーい、タクマ殿~」
「……魔法使い、エスジネス、近くの廃墟……あ!」
「な、なんじゃ!?」
そうだ思い出した。彼はアコンダリア武闘会で戦ったネクロマンサー、オリーブだ!それに気付いた瞬間、オリーブはヤバいと感じ、そそくさと逃げ出した。
ああ、追いかけたいけど折角頼んだコーヒーがまだ来てない。飲みたいけど、早く行かないと見失う。
「お待たせしました。アメリカンでございます」
「ちょうどよかった。いただきま……あっぢ!」
ダメだ。急ぎすぎたあまり舌を火傷してしまった。更に、そこへ苦みが追い討ちをかけてきて、発狂しそうになる。
「もう、そんなに急いでどうしたでありんすか?」
「ごめんおタツさん。ちょっと用事を思い出して。俺、先行ってきます!」
もう誤魔化すための言葉を考える暇もない。タクマは飲み干したカップと四人分のコーヒー代を机に置き、急いでオリーブの後を追った。
そんな慌てふためく様子を見て、メアは「初めて来た場所で用事なんてあるのかのぅ」と、右頬に手を当てながら考えた。
一方、タクマはオリーブが消えた路地を抜け、バザールに出た。ここでは丁度魔道道具の競りが行われていて、競り落とそうと必死にゼルンを釣り上げる民衆の声が聞こえてくる。まるで、ゲームセンターにでも迷い込んでしまったようだ。
と、それは関係ない。彼がどこに消えたのか、今はそれを探すのが第一の目的だ。アコンダリアでの選手紹介の際、ゴーストタウンが好きと語られていた彼なのだ。きっとエンドポリスと何か関係があるに違いない。
しかし、コーヒーに手こずっていた事が災いし、オリーブを見失ってしまったようだった。右も左も、どちらを向いてもオリーブらしき人物が見当たらない。
「くそう、折角手掛かりが掴めると思ったのに」
「タっくん、こんな所でどないしたん?」
しょんぼりしていると、背中から声をかけられた。振り返ると、図書館の中に吸い込まれたはずのナノが心配した様子でこちらを見つめていた。
「ナノ、どうしてここに?」タクマが訊くと、ナノは静かに競り会場を指し「アリリンが勝手にこっち来た」と答えた。彼女の言う通り、よく見ると胸をたゆんたゆんと揺らしながら必死に金額を上げる女海賊の姿があった。
アリーナめ、いつの間に買い物なんか楽しんでいるんだ?気になったタクマは、そっと人混みの中に潜入し、競売されているものを確認した。これだけ白熱した競り、喉から手が出るほど欲しいものなのだろう。
「さぁ500万ゼルン!マントルホークの心臓から作られたダイヤの指輪!本日の大目玉ですよ!」
人を集めるためか、競売人の男が客に負けない大声で改めて商品を宣伝する。しかも、ご、500万ゼルン!?目が飛び出そうになるのを堪え、タクマは顔を覆う。
これはマズイ。一応アコンダリアの賞金で500億は手に入れたけど、アレは全部ナノ達に寄付して今はない。それに、500万以上なんて大金、今は持ち合わせてないぞ。
万が一アリーナが競り落としてしまった暁には、武器なし服なし無一文にジョブチェンジする危険がある。いや、頑固かつ猪突猛進精神のアリーナならやりかねない。
「600万ゼルン!」
「650万!」
「800万!」
うわあああ。凄い勢いで金額が膨れ上がっていく。冗談抜きに、体でいくら払っても足りない。確かに言うのはタダだ。負けたら金は支払わなくていい。
でも万が一だ。アリーナを止めなければ──
「1000万!」
一気に200万上がった。その度胸に、会場の人々の視線が女海賊の札に集まる。あの野郎やりやがった!さっき聞いた値段から二倍になってしまった。
頼む、誰かこれ以上に値段を上げてくれ。
「1500万」
その時、タクマの願いが通じたのか、別の男の札に視線が向いた。3倍だ。そんな対抗心強めの男を見て、アリーナは対抗心から更に高く札を上げた。
「あんだオッサン!ならこっちゃ2000万出してやる!」
「ほぉ、3000万」
「んだとぉ……じゃあ4000万!」
「6000万」
「コイツ、なかなかやるなぁ。この手は使いたくなかったが仕方ない。1──」
二人の凄まじい競り合いの中、アリーナはゆっくりと札を上げようとした。しかし、値段を言う直前、札を持つ手が力強く引かれた。
何とか、タクマが止めたのだ。
「バカお前、そんな金ねぇから。ほら、帰るぞ」
「わっ!ちょっと、これから面白いとこなのに、離せよ!」
「すみません、お騒がせしました。ごめんあそばせ」
頑張ってアリーナを連れ戻すと、会場は一瞬静寂に包まれた。嫌に目立ってしまったが、金がないと発覚するよりかはマシだ。
それに、アリーナというライバルが消えたため、競りは成金男の落札勝ちとなった。
────
「アリーナ、金もないのに何してんだ?」
メア達の待つカフェへの道すがら、タクマは何故必死に競りなんてしていたのか、アリーナに聞いた。
しかしアリーナは、楽しい楽しい競りを邪魔された事にヘソを曲げ、タクマの言葉を右耳から左耳へと受け流し続けた。
「おい聞いてるのか?1億なんて大金、もし落札しちまったらどうするつもりだったんだ」
「だって、最初1万ゼルンで、キラキラしてて欲しかったんだもん。しょうがねぇだろ」
可愛いかお前は。子供のように言うアリーナに、タクマは額を抑えて唸った。きっと、引くに引けなくなった、或いは白熱しすぎたあまり良い加減な事を言い出してしまった、といった所だろう。
「それでアリーナ、ナノ。リュウヤとノエルは、まだ図書館の中か?」
「それが……」
────【宿屋】
「追い出された!?」
「はい。禁書コーナーに足を踏み入れてしまったみたいで、窓からポイっと」
ノエルから告げられた言葉に、一同は驚いた。まさか聞き込みをしている間にそんな事があったなんて。
しかも、怒られるでも入り口から放り出されるでもなく、魔法の絨毯で窓から投げ出されるとは、流石魔法の国と言いたい所だが……
「そんでまた入ろうとしたらよぉ、俺っち達だけ見えない壁に阻まれて入れなかったのよ。まさに、お手上げ散々丸って訳だぃ」
リュウヤは洋画の吹き替えのように言い、最後にやられたぜぇ、と言いながらベッドに倒れ込んだ。下半身だけがベッドの上に乗り、はみ出た上半身はデロンと側面に垂れ、頭が地面に着いた。
図書館もダメ、聞き込みもダメ、オリーブは行方不明。今日の収穫はナシか、と落ち込んでいると、リュウヤが突然グルリと回転して起き上がった。
「どうしたのじゃリュウヤ?」
「おっ。メアちゃん、良いニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?」
「?まさか、収穫があったのでござるか!?」
「ふむ。では、悪いニュースから聞くかの」
するとリュウヤは起き上がり、探偵のように眉間を人差し指でマッサージしながら「興味深いですねぇ」と言いながらこちらを振り返った。
そして、ドン!と人差し指を向けると……
「悪いニュースはない!」
「へ?」
「じゃあ良いニュースは何じゃ?」
「じゃじゃーん!メアちゃんのシュシュ見つけましたー!」
そう言って、リュウヤは真っ赤なシュシュを見せつけた。そんなことをしなくても、それが彼女のシュシュであることは一目瞭然だ。
すると、メアは笑顔でそれを受け取り、早速髪を纏めた。そして、いつものサイドテールのメアが現れた。
「サンキューなのじゃリュウヤ!」
「良かったなメアメア、ウチもそんな髪型にしてみたいで」
「あら、ナノったら。じゃあウチが櫛で解いて、メアちゃんと同じようにしてありんしょう」
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ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。
妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。
さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。
そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。
そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。
現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!
転生調理令嬢は諦めることを知らない
eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。
それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。
子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。
最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。
八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。
それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。
また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。
オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。
同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。
それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。
弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。
主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。
追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。
2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。
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