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第10章 ゼロの開始点

第248話 旅立つ者、新たな志を

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 墓参りの後、タクマ達はこの日を休憩の日にしよう、というリュウヤの提案を受け、一旦解散した。
 しかしそんな中、タクマだけは折れた足を見てもらえと皆から心配され、アリーナを付き添いに病院へと向かった。

「悪いなアリーナ、吾郎爺とデートしたかっただろうに、俺の病院付き合ってくれて」
「いいってことよ。この前デートした時、スィーツで胃もたれ起こして寝込ませちまったし。偶にはお節介させやがれ」
「あの時吾郎爺ダウンしてたの、アンタの仕業だったのかよ」

 先月の話を交えつつ、タクマはアリーナが来てくれた事を感謝する。その足元では、医者がタクマの足を触って、骨の状態を確認している。とその時、触りどころが悪かったのか、タクマの足に激痛が走った。
 
「ギャアッ!」
「おおすまんすまん、悪いところを触ったようだねぇ」

 医者は眼鏡ともじゃ髭の似合う初老の人で、サンタのような悪気のない笑顔でそう言った。
 何するんですか、なんて言ったらバチが当たりそうで、優しそうに見えても何か怖い。すると、今度は聴診器を耳につけ、チェストピースをタクマの胸の前に出した。胸を出してくれ、との事らしい。
 タクマはシャツを胸元まで捲り、胸の調子を調べてもらった。
 ぺた、ぺた、と色んな所に貼り付くたび、金属の冷たさがヒヤリと感じ、声が漏れそうになるのを、必死で堪えた。

「うーむ、内臓も特に異常なしですね」
「そんで先公、タクローの足の具合は?」
「そうだねぇ、分からん!」

 医者は満面の笑みとグッドサインを出しながら、堂々と言った。そのせいで、タクマとアリーナ含め、近くで作業をしていた看護婦もガクリとこけそうになった。

「分からんって、ヤブでもせめて何か言えよ先公」
「治ってるには治ってるんだが、折れてるには折れてるのよねぇ」
「つまりどっちなんですか?」
「つまり分からん。解明するために、足、開くかね?」

 タクマの質問に答えつつ、医者はメスとピンセットを取り出してタクマ達に見せつけた。勿論、そこまでしなくてもいいです、とタクマは恐れながら断った。
 すると今度は、アリーナの方に向けて「する?」と満面の笑みを向けながらピンセットを見せた。まさかとは思うが、ヤブと言った事を恨んでいるのだろう。

「──とまあ冗談はさておき、とにかく回復魔法を定期的にかけていれば、早くて三日後には完治するはずだねぇ」

 医者はメスで自分の指を切ろうとしながら言った。メスは医療用じゃないレプリカだったため、指からは血が出てこない。ピンセットも、よく見ると小さくインク汚れがあるため、コレも別用途なのだろう。
 それにしても、あの時俺の足は一思いに握り潰された。現世じゃまず聞くことがないようなえぐい音も聞こえたし、誰がどう言おうと複雑骨折は確実だった筈。
 生憎、医療知識が皆無の俺が適当な事を言った所で、俺には何も分からない。ただ「折れている」の一言しか言いようがない。
 しかし、あの死闘から早くも3日、こんなすぐに治るはずがない。魔法治療を使ったにしても、そう都合よく足が治るのであれば、教えてほしい。
 
「先生、骨折って簡単に治るものなんですか?」
「回復魔法で申し訳程度には治りを促進させられるが、《テラ・ヒール》を1日かけ続けて、3日分の短縮がやっと。更に上のどんな傷もたちまちに治すテラ以上の魔法もあるようだが、しがないドクターにゃ専門外の話だよ」
「《テラ》以上、か。タクロー、立てるか?」

 タクマはアリーナの肩を借り、松葉杖に脇をかける。治りつつあるとはいえ、また無茶をして悪化させたら、それこそ二度と歩けなくなる。まだオーブの情報もないし、気長にゆっくりと。
 
 その後、タクマ達はキャシーのお見舞いのため、彼女の病室に向かった。今日の病院も、これを兼ねての通院だったのだ。
 扉を開けて中を見ると、キャシーは上半身だけを起こした状態で、看護師と会話をしていた。看護師の手には、見舞いに貰ったフルーツと果物ナイフが握られている。

「おい姫公、調子はどうだ?」

 アリーナは空いた丸椅子を見つけるや否や、そこに我が物顔で座り、看護師の剥いた桃を勝手に一口ペロリと飲み込んだ。
 
「こらアリーナ、勝手に人の桃食べちゃダメだろ」
「はぁ?いいだろ別に、姫公もいいよって言ってそうな顔してるし」
「顔で判断しちゃダメ、せめてちゃんと許可取ってから食べなさい」

 タクマの説教に、アリーナは「母親かよ」と不貞腐れながらも、食べていい?とキャシーに訊いた。
 すると、突然の横暴な来客に驚いていた彼女も、タクマの顔を見て彼の仲間だと理解し、どうぞ食べていってください、とアリーナにフルーツを勧めた。

「タクマさん、でしたっけ。貴方もよかったらどうぞ」
「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて……」

 キャシーに促され、タクマも桃を一口頂いた。甘くて濃厚で、一口だけでもこの桃が高級品であることが分かる。その他にも、メロンやバナナ、他の果実も皆キラキラしていて美味しそうだ。

「このバスケット、リオさんから?」
「さぁ、私が目覚めた時にはもうあったので、誰かまでは」
「それも不思議なことに、昨日の来院終了の時間に置かれていたのよ。皆さんも知っての通り、お見舞いの時には名簿に名前を書くでしょう?けどほら」

 看護師は話の途中で、昨日の名簿を取り出し、タクマ達に見せた。そこには、最初こそ入院させるためにリオの名前が入っていたが、その後を見てもキャシーのお見舞いに来た人物は居なかった。
 とどのつまり、このバスケットはリオでもメアでもフラッシュでもない、別の誰かが持ち込んだ物、と言うことらしい。

「それで、運良く今皆さんが来られましたので、少し毒見をさせてもらいました」
「成程。って、客人を毒見に使わないでくださいよ!」

 タクマは驚きのあまりツッコミを入れた。
 すると、そのキレのあるツッコミがツボに入ったのか、キャシーはクスクスと笑い出した。

「なんて、冗談に決まってるじゃあないですか。こんなに美味しそうなフルーツに毒を盛るなんて、そんな勿体無いことする人がいるなら、むしろ見てみたいものよ」
「そそそ、そんなのアタシは既に知ってたぜ?あーりんごうめぇなぁ」
「アリーナさん、大丈夫ですか?」

 キャシーは訊くが、動揺や冷や汗の量からして一度間に受けてパニック寸前になったらしい。多分りんごで気を紛らわせているから大丈夫だろう。証拠に、キャシーの声は届いておらず、りんごうさぎにがっついている。

「そうだキャシーさん、あの──」
「「ごめんなさい」」

 タクマが喋ろうとしたその時、偶然キャシーも頭を下げ、ごめんなさいがハモってしまった。あまりの偶然な出来事に、辺りの時が一瞬止まる。

「あ、あ、先どうぞ」
「いえいえ、キャシーさんが先に──」
「タクマさんこそ、何か深刻そうですので、気を楽にする為に……」

 両者ともこんな展開を予知していなかったため、誰が先に言うかと不毛な譲り合いを始めた。すると、キャシーの布団からボフッと衝撃を吸収したような音が聞こえた。
 振り返ると、譲り合いに見かねたアリーナが拳を布団に叩き込んでいた。手がりんごの果汁で汚れているせいで、シートに液が付く。

「くどい!とりあえず姫公、アンタから喋りな!」

 アリーナは代わりに采配を取り、まずは姫公──キャシーに配を下した。

「私のわがままに付き合わせた上に、骨を折らせてしまって、本当にごめんなさい」
「そんな、俺……いや私こそ、国を滅ぼされた上に、ビナーさんを死なせてしまって、申し訳ございません」

 タクマはどんな罵声をも浴びる覚悟で頭を下げた。どうしようもなかったとはいえ、国も守れず、ましてや彼女の恩人のハルトマン、もといビナーを死なせてしまった。しかも、その死因はタクマを助けたがため。本来ならば、ここに来るべき人間ではない。
 弱気になっているタクマを見て、キャシーは最初から全てを知っていたように、「そう、ですか」と呟いた。

「やっぱり、滅んでしまったんですね」
「あんなに美しい国だったのに、私の力不足が故に……」
「そんな、気にしないでください。ただ、最悪な夢が正夢になっただけですから」

 キャシーは頭を下げるタクマに向けて言う。その声は、最悪な運命を受け入れたような声をしていた。
 
「正夢?おい姫公、その“正夢”って何だ?」

 その時、横でフルーツをバクバク食べていたアリーナが目の色を変えて立ち上がった。
 するとキャシーは、あまり覚えてはいないのですが、と前置きをしてから夢の内容を語った。

「皆さんが来られたカプリ舞踏会の日、闇を纏った異形の怪物が2匹現れて、その後から鎧の男も現れて、カプリの街に隕石を落として滅ぼす。そんな、夢でした」
「……おいおいマジで言ってんのかよ」

 アリーナはまさかの事実に息を飲んだ。
 実際に起きた事象と照らし合わせると、2匹の異形は『怠惰のスロウド』と『怠惰のアケイド』の2体。鎧の男は2人居るからどっちか迷うが、隕石の下りからしてアナザーで間違いない。
 アナザーの脅威は強大なもののため、国滅ぼし関連の悪夢を見るならまだわかる。しかし、しっかりと罪源が2体現れた事、更にそれが舞踏会の夜といった所まで予言しているのは、偶然とは思えない。
 実際、俺達もオーブの中に宿る罪源は1つにつき1体のみ、と勝手に仮定してしまっていたし、アルルの邪魔がなければ復活は不完全のままだった筈。それらを掻い潜って予知夢が的中するなど、到底信じられない。現に、その話を聞かされ、耳を疑ってしまった。
 まさか、この予知能力も、オニキスの嗅ぎ分けた秘めたる力なのだろうか。

「これが運命だったのなら、私はそれを受け入れます。お母様も国の人々も亡くなられたのは、悲しいですが」

 言葉の通り、キャシーはカプリの運命を受け入れるようにして目を閉じた。その姿はまさに、修道女のように神々しいものだった。動くかどうかの一歩を踏み出せないでいた彼女は、あの時この最悪な結末も覚悟していたのだ。
 きっとこのことを話してもオニキスは、そんなこと知らんとか、俺に関係ない、なんて強がるに違いないけど、アイツの説教が響いた証拠はここにある。

「運命、ですか。それでキャシーさんはこの後、どうされるのですか?」
「おおそうだ姫公、何すんだ?バイトか?」

 突然、聞きたくなった。いや、聞かなければいけない気がした。キャシーがこれからどこへ向かうのか、それを見送りたい。そんな気持ちが突然湧き上がった。
 国が滅んだからなんて、そんな理由ではなく、純粋に彼女が歩んでいく道を、応援したい。ただ応援したい、その思いだけが湧き上がる。
 すると、キャシーは考えながらスリッパを履き、窓の方に歩み出した。
 上は雲一つない青空に、そこを自由に飛び回る鳩の群れ。下は朝からカフェを楽しむ国民に、無邪気に勇者ごっこをする子供達。そして、丁度その街道を、教会のシスター達が散歩している。

「決めました!私、シスターになります!」
「しすたぁ?って、お前タクローの妹になるのか!?」
「アリーナ、それは“シスター”違いだ。しかしどうしてシスターを?」

 ツッコミを交えつつ、タクマは続けて訊く。するとキャシーは、二つに割れたティアラをポケットから取り出し、それをタクマに託すように手渡した。
 そして、フワリと病院着を風になびかせ、笑顔でタクマの方を向いた。

「私、もうお姫様じゃなくなっちゃいました。だから、これからは姫なんて肩書きも全部捨てて、残ったこの力で、迷える人達を導きたいんです。あの時、踏み出すのを躊躇っていた私のような人を、救うために」
「ほぉ、いいじゃあねぇか姫公。いや、姫じゃねぇのか。なら──」
「キャシー、キャシー・ボレアリス。私の新しい名前です」

 キャシーは優しい笑顔をアリーナに向け、新しい名前を教えた。その名前からは「姫」が消えていた。
 それを聞いたアリーナは、ハンっとカッコをつけたように笑い、拳を出した。

「気に入った。アンタの生まれ変わった姿、今度見に来てやるから、そん時はよろしくな!キャリー!」
「はい!お待ちしております!」

 キャシーはアリーナの拳に、同じく自分の拳を合わせた。
 アリーナの目は、面白い新たな友達を見るようにキラキラとしている。キャシーも、生まれ変わって初の友達ができた事を喜び、キラキラと輝いていた。
 女と女の、男には分からない友情。その友情が生まれた瞬間を見つめ、タクマは微笑んだ。
 するとその時、病室の扉が開かれた。

「あら?お客……キャアアア!!」
「な、ナースさん!どうし……っ!」

 悲鳴を聞きつけて飛び出すと、なんとそこには、傷付いたαが倒れ込んでいた。
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