114 / 295
第5章 白熱!アコンダリアトーナメント
第113話 強食!タヌキと死神
しおりを挟む
「八百長って、じゃあ昨日のマールさんもわざと負けたと言う事ですか!?」
「確かに言われてみると、昨日の戦いも、何処か不自然な終わり方だったでござるな」
吾郎は昨日の戦い、対マール戦の結果を振り返る。確かにあの時も、最後だけは変な終わり方だった。
やっぱり、オニキスの言っていた“チェイスの隠し事”というのは……
「この大会、やっぱりチェイスが裏で関わっている」
「ですけど、どうやって裏の顔を調べるでありんす?」
「……だよなぁ。ノブナガ様みたいに、直撃してどうこうなる相手じゃないし」
タクマは悔しそうな顔をして椅子の背もたれに倒れる。
一体どんな方法でチェイスの隠し事を、この大会の闇を暴けば良いのだろうか。
そう考えていると、ふとノエルは「そうだ!」と手をポンと叩いた。
「チェイスさん、私の事を凄く可愛がってました。だから、私がこうして媚びたら……」
そう言いながら、ノエルはタクマの胸に顔を擦り付ける。その動きは、まさに甘えん坊な猫のよう。
言われてみれば、可愛い猫娘が嫌いな男はそんなに居ない。となれば、チェイスもこのあざと可愛さに負けて何か溢すかもしれない。
ただ問題は、この可愛い生き物が男である事だ。
「こらこらノエルちゃん、タクマさんをあまり困らせてはいけないでありんすよ」
「ゔぃ~、ごめんなさい」
首根っこを掴まれたノエルは、猫のようにテロンと腕を下げ、おタツに謝る。
そうこうしているうちに、観客席が騒がしくなってきた。そろそろ始まるようだ。
タクマは、あの恐ろしいオニキスが、どれ程の力を持ったのか、そしてメアの頑張りを刮目するべく、チェイスの闇を後にして、戦場を覗き込むように座った。
『それでは本日最終戦!第8回戦を開始いたします!』
「メア殿、本当に化け物紛いな力を持つ男に勝てるでござろうか……」
「何を言っているでありんすか吾郎爺。メアちゃんには毒があるし、どうにかなるでありんす」
おタツは、自分の膝の上で苦無や手裏剣をピカピカになるまで磨きながら言う。仲間である自分達が信じないでどうする、タクマはそう心に言い聞かせ、メアの勝利を祈った。
『まずは西コーナー!昨日の戦いで運良く勝利したアルゴ国の実の姫様!本日も投げナイフパフォーマンスを披露してくれるのだろうか!メア選手だぁぁぁぁ!!』
「うぅ……あの女もどき強いからのぅ……いやいや、覚悟覚悟!」
メアは「あんなのに勝てる訳がない」と何処かで感じている心の声を押し殺し、気合注入の為に自分で頬を叩く。
毒よし、投げナイフよし、短剣よし。準備万端。その事を確認し、メアは向かい側にあるオニキスが出てくる扉を睨む。
すると、その扉は音もなくゆっくりと開いた。
『対するは東コーナー!首にかけられた賞金は300万!恐ろしき力と地獄の覇気でどんな相手もぶちのめす、今大会目玉のダークホース!最強狩りの死神、オニキス選手だぁぁぁぁ!!』
「フンッ」
東の扉から現れたオニキスは、メアの顔を見るなり、口をニヤつかせた。その瞬間、メアの首に何か冷たいものが当たる感触がした。
先の鋭い板、それはまさしく死神の鎌。今までは自称死神の変態だと思っていたが、今この瞬間で、笑い話ではなくなった。今だけは本当に、彼が本物の死神に見えてしまう。
「悪い事は言わん、今すぐ棄権しろ。でないと痛い目を見る羽目になるぞ」
戦う前から、オニキスは真剣な表情で忠告する。しかし、メアはその忠告に対し「帰れと言われて今更帰る奴がおるか!」と反発した。
その生き生きとしたメアの目を見て、オニキスはため息を吐く。
「やっぱり、タヌキのチンチクリンなオツムには、口で言うより身をもってしつけしてやらねぇと分からないみたいだな」
「た、タヌっ!?誰がタヌキじゃ!もう怒った!後で泣いて謝っても許さんのじゃ!」
タヌキ、そう呼ばれた事に腹を立てたメアは、頭から蒸気を噴射させ、ピーピー鳴くように叫ぶ。
その時、最終戦を始めるゴングが鳴り響いた。
しかし、オニキスはそのゴングを聞いても、動こうとしなかった。そう、メアに先制を与えたのだ。
「お主、何故来ない!」
「お前がどの程度成長したか見たい。だから、まずはお前の持ってる全てをぶつけてみろ。」
「やはりそう来たか。ならば……」
何もしない、そう知ったメアは、作戦通りに毒薬瓶を取り出し、その毒を投げナイフに垂らした。
じゅーっ、と鉄が錆焦げるような音が鳴り、少しナイフの質が悪くなってしまったが、本命の毒が付着しているなら大丈夫だろう。そう信じて、メアはオニキスに向けて毒ナイフを投げた。
「投げナイフか、面白い」
オニキスは、飛んでくる投げナイフを、わざと自分の胸に受け入れた。サササッと綺麗に刺さる音が小さく鳴る。
「……これは毒か。華奢ダヌキにしては考えたな」
「まだまだ!妾にはコイツも残っておる!」
手際良く出現させた短剣を握りしめ、メアはオニキスの首目掛けて走った。その間も、オニキスは剣を抜く事もせず、ただじっと、メアの攻撃を待つ。
そしてついに、メアの短剣がオニキスの首元に差し掛かる。だがその時、オニキスは右手をそっと上げ、人差し指をメアの胸部に当てた。
するとその瞬間、メアの全身に、背筋が凍りつくような謎の気が伝った。更に、そのせいであろうか、オニキスの首目前と言うのにも関わらず、腕が動かなくなってしまった。
(こ、声も出せぬ……!この女もどき、ただ妾の胸を触る為に指を出した訳ではない……)
「毒殺は良く考えたようだが、ちょっとばかし強くなった俺にそんなのは効かねぇ」
オニキスは、蛇に睨まれたカエルのように硬直してしまったメアの横を通り、囁くように言う。
するとオニキスは、メアのポケットから毒薬瓶を抜き取った。
「あ……あ……(貴様、何をするつもりじゃ!それは妾の……!)」
「これが毒か、なかなか美味そうな見た目してんじゃねぇの」
オニキスは、メアの目の前で毒薬瓶の栓を抜き、自ら毒を飲んだ。原液が漏れただけでも地面が燃えた危険物なのに、それを飲んだのだ。メアは驚く。
しかし、オニキスはジュースを飲んだ時のように、プハー!と息を吐いた。特に何も起きない。
「お前の攻撃がそこまで面白みが無いから、わざと毒飲んでみたが、コイツも同じだな」
残念そうにオニキスは呟く。この時点で、メアは既に気付いた。この男、明らかに人間離れしている、と。
この毒だって、耐性すら存在しない普通の人間が飲めば、喉は腐り焼け、内臓は死滅し、たった数分で見るも無残な姿になる筈。
「さてと、じゃあそろそろお前にも退場してもらおう」
そう言うと、オニキスは右手をそっと出し、メアの周りの時空を歪めた。その様子は、観客達にも見えた。メアの身体が、ゴムのおもちゃのようにぐにゃりと歪む。
『おーっとぉ!何もアクションが起きないと思った矢先、メア選手が歪んだぁぁ!!これは一体何なのだ!見たことがないぞぉ!』
「この力、俺も理解できないが公にすると面倒だな……」
「……!」
メアは歪んだ時空の中でも必死に動こうとした。しかし、姿はオニキスに刃を向けた状態から動かなかった。
そこにオニキスは、剣で無抵抗状態のメアに向けて、無言で 〈クリムゾン・クロー〉を放つ。
(あの禍々しい色の斬撃、ナノが持っていた彗星と同じ色……)
その色を見たメアは、歪んだ視界の中心の中で呟く。するとその時、いきなり時空の歪みが正常に戻り、硬直していた身体が動き出した。
だが、クリムゾン・クローを前に、メアはなす術もなく、その攻撃を受け入れてしまった。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」
「メアぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
血しぶきと共に、メアのいたいけな悲鳴が響き渡る。その衝撃的な場面を見たタクマは、無意識に彼女の名前を叫ぶ。
だが、メアは返事をする事なく、その場に倒れた。
『しょ、勝負ありぃぃぃぃぃ!この戦い、オニキス選手の勝利!これにて本日の第二予選は終了とさせていただきます!また明日、準々決勝でお会いしましょう!』
「所詮はタヌキの噛みつき、こんなのじゃあ満足できない体になったみてぇだな……」
歓声が止み、ゾロゾロと人が夕食へあり付く為に帰っていく中、オニキスは倒れたメアの頬を摩る。
流石は某国の姫、鬱陶しいタヌキではあるが、顔立ちは誰が何と言おうと非の打ち所のない姫さまの顔だ。
「おい待て!」
「ん?」
声のする方を振り返ると、そこにはタクマが立っていた。メアを痛めつけたから、怒ってやって来たのだろう。
そう考えていると、タクマはオニキスの胸ぐらを掴む。
「お前、メアになんてひどい事を!」
「……」
「おい!何とか言えよ!」
「……やっぱり、お前馬鹿だ」
タクマに胸ぐらを掴まれ状態でも、オニキスは動じなかった。そして、馬鹿と言われたタクマは、まさかの返答に一瞬戸惑った。
その時、オニキスは胸ぐらを掴まれていた腕を力強く剥がし、タクマごと地面に叩きつけた。
「ぐぁっ!」
「良いか?この世は所詮弱肉強食の世界だ。男も女もジジィもババァも関係ない。例え強くても、俺より弱ければその時点で最強伝説はお終いだ。コイツはその理に則ってやられたまで。酷いも何もない」
「……確かに。」
タクマは、オニキスの言う世界の理を聞き、顔を下げる。確かに酷いけど、トーナメント武道会に出場する、と言う事は「酷い事をされる覚悟」、「酷い怪我をする覚悟」が無ければならない。
けど、少なくともメアの毒が効かなかった以上、ランクが違いすぎる。だが、それもトーナメントでの当たりが悪かったから仕方のない事。
タクマは、もう何も質問する事なく、メアの方へ力なく向かった。
「メア、大丈夫か?」
「タク……マ……」
メアは、今にも泣きそうな震えた声で、タクマの腕を掴もうとする。しかし、あと少しの所で手は地面に落ち、倒れてしまった。
まさか死んでしまった?そう心配したタクマは、何度もメアの身体を揺する。
「馬鹿、ただ気絶しただけだ。俺はまだ殺さない。来たるべき日が来るまではな……」
そう言って、オニキスは鞘に剣をしまいつつ、控え室へと帰ろうとする。
だが、一瞬「あっ」と何かを思い出したのか、声を出して止まる。
「コレ、お前ン所のネコ娘になら使いこなせるんじゃねぇのか?」
「おっ、何だコレは」
タクマは、投げられた小さな本のような物を受け取り、そう訊く。
するとオニキスは、「ちょっと使える回復呪文の秘伝書だ。暫く前に狩った最強僧侶から掻っ払った。まぁ、オレみたいなハグレ者には必要のないモンだから、ネコにやる」と答えた。ま、使えなかったらそれこそネコに小判だがな。と付け加えて。
「それとコイツもやる。もしネコに小判だったら飲ませてやれ」
オニキスは地面に緑色の薬を置き、その場を後にした。緑の薬、多分傷薬なのだろう。
しかし、何故こうまでして戦った後のケアをするのだろうか。
タクマは、その事を気にしつつ、気絶したメアを背負い、有り難く薬と秘伝書も受け取り、皆の下へ戻った。
「確かに言われてみると、昨日の戦いも、何処か不自然な終わり方だったでござるな」
吾郎は昨日の戦い、対マール戦の結果を振り返る。確かにあの時も、最後だけは変な終わり方だった。
やっぱり、オニキスの言っていた“チェイスの隠し事”というのは……
「この大会、やっぱりチェイスが裏で関わっている」
「ですけど、どうやって裏の顔を調べるでありんす?」
「……だよなぁ。ノブナガ様みたいに、直撃してどうこうなる相手じゃないし」
タクマは悔しそうな顔をして椅子の背もたれに倒れる。
一体どんな方法でチェイスの隠し事を、この大会の闇を暴けば良いのだろうか。
そう考えていると、ふとノエルは「そうだ!」と手をポンと叩いた。
「チェイスさん、私の事を凄く可愛がってました。だから、私がこうして媚びたら……」
そう言いながら、ノエルはタクマの胸に顔を擦り付ける。その動きは、まさに甘えん坊な猫のよう。
言われてみれば、可愛い猫娘が嫌いな男はそんなに居ない。となれば、チェイスもこのあざと可愛さに負けて何か溢すかもしれない。
ただ問題は、この可愛い生き物が男である事だ。
「こらこらノエルちゃん、タクマさんをあまり困らせてはいけないでありんすよ」
「ゔぃ~、ごめんなさい」
首根っこを掴まれたノエルは、猫のようにテロンと腕を下げ、おタツに謝る。
そうこうしているうちに、観客席が騒がしくなってきた。そろそろ始まるようだ。
タクマは、あの恐ろしいオニキスが、どれ程の力を持ったのか、そしてメアの頑張りを刮目するべく、チェイスの闇を後にして、戦場を覗き込むように座った。
『それでは本日最終戦!第8回戦を開始いたします!』
「メア殿、本当に化け物紛いな力を持つ男に勝てるでござろうか……」
「何を言っているでありんすか吾郎爺。メアちゃんには毒があるし、どうにかなるでありんす」
おタツは、自分の膝の上で苦無や手裏剣をピカピカになるまで磨きながら言う。仲間である自分達が信じないでどうする、タクマはそう心に言い聞かせ、メアの勝利を祈った。
『まずは西コーナー!昨日の戦いで運良く勝利したアルゴ国の実の姫様!本日も投げナイフパフォーマンスを披露してくれるのだろうか!メア選手だぁぁぁぁ!!』
「うぅ……あの女もどき強いからのぅ……いやいや、覚悟覚悟!」
メアは「あんなのに勝てる訳がない」と何処かで感じている心の声を押し殺し、気合注入の為に自分で頬を叩く。
毒よし、投げナイフよし、短剣よし。準備万端。その事を確認し、メアは向かい側にあるオニキスが出てくる扉を睨む。
すると、その扉は音もなくゆっくりと開いた。
『対するは東コーナー!首にかけられた賞金は300万!恐ろしき力と地獄の覇気でどんな相手もぶちのめす、今大会目玉のダークホース!最強狩りの死神、オニキス選手だぁぁぁぁ!!』
「フンッ」
東の扉から現れたオニキスは、メアの顔を見るなり、口をニヤつかせた。その瞬間、メアの首に何か冷たいものが当たる感触がした。
先の鋭い板、それはまさしく死神の鎌。今までは自称死神の変態だと思っていたが、今この瞬間で、笑い話ではなくなった。今だけは本当に、彼が本物の死神に見えてしまう。
「悪い事は言わん、今すぐ棄権しろ。でないと痛い目を見る羽目になるぞ」
戦う前から、オニキスは真剣な表情で忠告する。しかし、メアはその忠告に対し「帰れと言われて今更帰る奴がおるか!」と反発した。
その生き生きとしたメアの目を見て、オニキスはため息を吐く。
「やっぱり、タヌキのチンチクリンなオツムには、口で言うより身をもってしつけしてやらねぇと分からないみたいだな」
「た、タヌっ!?誰がタヌキじゃ!もう怒った!後で泣いて謝っても許さんのじゃ!」
タヌキ、そう呼ばれた事に腹を立てたメアは、頭から蒸気を噴射させ、ピーピー鳴くように叫ぶ。
その時、最終戦を始めるゴングが鳴り響いた。
しかし、オニキスはそのゴングを聞いても、動こうとしなかった。そう、メアに先制を与えたのだ。
「お主、何故来ない!」
「お前がどの程度成長したか見たい。だから、まずはお前の持ってる全てをぶつけてみろ。」
「やはりそう来たか。ならば……」
何もしない、そう知ったメアは、作戦通りに毒薬瓶を取り出し、その毒を投げナイフに垂らした。
じゅーっ、と鉄が錆焦げるような音が鳴り、少しナイフの質が悪くなってしまったが、本命の毒が付着しているなら大丈夫だろう。そう信じて、メアはオニキスに向けて毒ナイフを投げた。
「投げナイフか、面白い」
オニキスは、飛んでくる投げナイフを、わざと自分の胸に受け入れた。サササッと綺麗に刺さる音が小さく鳴る。
「……これは毒か。華奢ダヌキにしては考えたな」
「まだまだ!妾にはコイツも残っておる!」
手際良く出現させた短剣を握りしめ、メアはオニキスの首目掛けて走った。その間も、オニキスは剣を抜く事もせず、ただじっと、メアの攻撃を待つ。
そしてついに、メアの短剣がオニキスの首元に差し掛かる。だがその時、オニキスは右手をそっと上げ、人差し指をメアの胸部に当てた。
するとその瞬間、メアの全身に、背筋が凍りつくような謎の気が伝った。更に、そのせいであろうか、オニキスの首目前と言うのにも関わらず、腕が動かなくなってしまった。
(こ、声も出せぬ……!この女もどき、ただ妾の胸を触る為に指を出した訳ではない……)
「毒殺は良く考えたようだが、ちょっとばかし強くなった俺にそんなのは効かねぇ」
オニキスは、蛇に睨まれたカエルのように硬直してしまったメアの横を通り、囁くように言う。
するとオニキスは、メアのポケットから毒薬瓶を抜き取った。
「あ……あ……(貴様、何をするつもりじゃ!それは妾の……!)」
「これが毒か、なかなか美味そうな見た目してんじゃねぇの」
オニキスは、メアの目の前で毒薬瓶の栓を抜き、自ら毒を飲んだ。原液が漏れただけでも地面が燃えた危険物なのに、それを飲んだのだ。メアは驚く。
しかし、オニキスはジュースを飲んだ時のように、プハー!と息を吐いた。特に何も起きない。
「お前の攻撃がそこまで面白みが無いから、わざと毒飲んでみたが、コイツも同じだな」
残念そうにオニキスは呟く。この時点で、メアは既に気付いた。この男、明らかに人間離れしている、と。
この毒だって、耐性すら存在しない普通の人間が飲めば、喉は腐り焼け、内臓は死滅し、たった数分で見るも無残な姿になる筈。
「さてと、じゃあそろそろお前にも退場してもらおう」
そう言うと、オニキスは右手をそっと出し、メアの周りの時空を歪めた。その様子は、観客達にも見えた。メアの身体が、ゴムのおもちゃのようにぐにゃりと歪む。
『おーっとぉ!何もアクションが起きないと思った矢先、メア選手が歪んだぁぁ!!これは一体何なのだ!見たことがないぞぉ!』
「この力、俺も理解できないが公にすると面倒だな……」
「……!」
メアは歪んだ時空の中でも必死に動こうとした。しかし、姿はオニキスに刃を向けた状態から動かなかった。
そこにオニキスは、剣で無抵抗状態のメアに向けて、無言で 〈クリムゾン・クロー〉を放つ。
(あの禍々しい色の斬撃、ナノが持っていた彗星と同じ色……)
その色を見たメアは、歪んだ視界の中心の中で呟く。するとその時、いきなり時空の歪みが正常に戻り、硬直していた身体が動き出した。
だが、クリムゾン・クローを前に、メアはなす術もなく、その攻撃を受け入れてしまった。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」
「メアぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
血しぶきと共に、メアのいたいけな悲鳴が響き渡る。その衝撃的な場面を見たタクマは、無意識に彼女の名前を叫ぶ。
だが、メアは返事をする事なく、その場に倒れた。
『しょ、勝負ありぃぃぃぃぃ!この戦い、オニキス選手の勝利!これにて本日の第二予選は終了とさせていただきます!また明日、準々決勝でお会いしましょう!』
「所詮はタヌキの噛みつき、こんなのじゃあ満足できない体になったみてぇだな……」
歓声が止み、ゾロゾロと人が夕食へあり付く為に帰っていく中、オニキスは倒れたメアの頬を摩る。
流石は某国の姫、鬱陶しいタヌキではあるが、顔立ちは誰が何と言おうと非の打ち所のない姫さまの顔だ。
「おい待て!」
「ん?」
声のする方を振り返ると、そこにはタクマが立っていた。メアを痛めつけたから、怒ってやって来たのだろう。
そう考えていると、タクマはオニキスの胸ぐらを掴む。
「お前、メアになんてひどい事を!」
「……」
「おい!何とか言えよ!」
「……やっぱり、お前馬鹿だ」
タクマに胸ぐらを掴まれ状態でも、オニキスは動じなかった。そして、馬鹿と言われたタクマは、まさかの返答に一瞬戸惑った。
その時、オニキスは胸ぐらを掴まれていた腕を力強く剥がし、タクマごと地面に叩きつけた。
「ぐぁっ!」
「良いか?この世は所詮弱肉強食の世界だ。男も女もジジィもババァも関係ない。例え強くても、俺より弱ければその時点で最強伝説はお終いだ。コイツはその理に則ってやられたまで。酷いも何もない」
「……確かに。」
タクマは、オニキスの言う世界の理を聞き、顔を下げる。確かに酷いけど、トーナメント武道会に出場する、と言う事は「酷い事をされる覚悟」、「酷い怪我をする覚悟」が無ければならない。
けど、少なくともメアの毒が効かなかった以上、ランクが違いすぎる。だが、それもトーナメントでの当たりが悪かったから仕方のない事。
タクマは、もう何も質問する事なく、メアの方へ力なく向かった。
「メア、大丈夫か?」
「タク……マ……」
メアは、今にも泣きそうな震えた声で、タクマの腕を掴もうとする。しかし、あと少しの所で手は地面に落ち、倒れてしまった。
まさか死んでしまった?そう心配したタクマは、何度もメアの身体を揺する。
「馬鹿、ただ気絶しただけだ。俺はまだ殺さない。来たるべき日が来るまではな……」
そう言って、オニキスは鞘に剣をしまいつつ、控え室へと帰ろうとする。
だが、一瞬「あっ」と何かを思い出したのか、声を出して止まる。
「コレ、お前ン所のネコ娘になら使いこなせるんじゃねぇのか?」
「おっ、何だコレは」
タクマは、投げられた小さな本のような物を受け取り、そう訊く。
するとオニキスは、「ちょっと使える回復呪文の秘伝書だ。暫く前に狩った最強僧侶から掻っ払った。まぁ、オレみたいなハグレ者には必要のないモンだから、ネコにやる」と答えた。ま、使えなかったらそれこそネコに小判だがな。と付け加えて。
「それとコイツもやる。もしネコに小判だったら飲ませてやれ」
オニキスは地面に緑色の薬を置き、その場を後にした。緑の薬、多分傷薬なのだろう。
しかし、何故こうまでして戦った後のケアをするのだろうか。
タクマは、その事を気にしつつ、気絶したメアを背負い、有り難く薬と秘伝書も受け取り、皆の下へ戻った。
0
お気に入りに追加
139
あなたにおすすめの小説
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~
Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】
『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】
『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】
婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな
カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界
魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた
「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね?
それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」
小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く
塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう
一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが……
◇◇◇
親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります
(『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です)
◇◇◇
ようやく一区切りへの目処がついてきました
拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
王子は婚約破棄をし、令嬢は自害したそうです。
七辻ゆゆ
ファンタジー
「アリシア・レッドライア! おまえとの婚約を破棄する!」
公爵令嬢アリシアは王子の言葉に微笑んだ。「殿下、美しい夢をありがとうございました」そして己の胸にナイフを突き立てた。
血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます
ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう
どんどん更新していきます。
ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる