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第5章 白熱!アコンダリアトーナメント

第113話 強食!タヌキと死神

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「八百長って、じゃあ昨日のマールさんもわざと負けたと言う事ですか!?」
「確かに言われてみると、昨日の戦いも、何処か不自然な終わり方だったでござるな」

 吾郎は昨日の戦い、対マール戦の結果を振り返る。確かにあの時も、最後だけは変な終わり方だった。
 やっぱり、オニキスの言っていた“チェイスの隠し事”というのは……

「この大会、やっぱりチェイスが裏で関わっている」
「ですけど、どうやって裏の顔を調べるでありんす?」
「……だよなぁ。ノブナガ様みたいに、直撃してどうこうなる相手じゃないし」

 タクマは悔しそうな顔をして椅子の背もたれに倒れる。
 一体どんな方法でチェイスの隠し事を、この大会の闇を暴けば良いのだろうか。
 そう考えていると、ふとノエルは「そうだ!」と手をポンと叩いた。

「チェイスさん、私の事を凄く可愛がってました。だから、私がこうして媚びたら……」

 そう言いながら、ノエルはタクマの胸に顔を擦り付ける。その動きは、まさに甘えん坊な猫のよう。
 言われてみれば、可愛い猫娘が嫌いな男はそんなに居ない。となれば、チェイスもこのあざと可愛さに負けて何か溢すかもしれない。
 ただ問題は、この可愛い生き物が男である事だ。
 
「こらこらノエルちゃん、タクマさんをあまり困らせてはいけないでありんすよ」
「ゔぃ~、ごめんなさい」

 首根っこを掴まれたノエルは、猫のようにテロンと腕を下げ、おタツに謝る。
 そうこうしているうちに、観客席が騒がしくなってきた。そろそろ始まるようだ。
 タクマは、あの恐ろしいオニキスが、どれ程の力を持ったのか、そしてメアの頑張りを刮目するべく、チェイスの闇を後にして、戦場を覗き込むように座った。

『それでは本日最終戦!第8回戦を開始いたします!』
「メア殿、本当に化け物紛いな力を持つ男に勝てるでござろうか……」
「何を言っているでありんすか吾郎爺。メアちゃんには毒があるし、どうにかなるでありんす」

 おタツは、自分の膝の上で苦無や手裏剣をピカピカになるまで磨きながら言う。仲間である自分達が信じないでどうする、タクマはそう心に言い聞かせ、メアの勝利を祈った。
 
『まずは西コーナー!昨日の戦いで運良く勝利したアルゴ国の実の姫様!本日も投げナイフパフォーマンスを披露してくれるのだろうか!メア選手だぁぁぁぁ!!』
「うぅ……あの女もどき強いからのぅ……いやいや、覚悟覚悟!」

 メアは「あんなのに勝てる訳がない」と何処かで感じている心の声を押し殺し、気合注入の為に自分で頬を叩く。
 毒よし、投げナイフよし、短剣よし。準備万端。その事を確認し、メアは向かい側にあるオニキスが出てくる扉を睨む。
 すると、その扉は音もなくゆっくりと開いた。

『対するは東コーナー!首にかけられた賞金は300万!恐ろしき力と地獄の覇気でどんな相手もぶちのめす、今大会目玉のダークホース!最強狩りの死神、オニキス選手だぁぁぁぁ!!』
「フンッ」

 東の扉から現れたオニキスは、メアの顔を見るなり、口をニヤつかせた。その瞬間、メアの首に何か冷たいものが当たる感触がした。
 先の鋭い板、それはまさしく死神の鎌。今までは自称死神の変態だと思っていたが、今この瞬間で、笑い話ではなくなった。今だけは本当に、彼が本物の死神に見えてしまう。

「悪い事は言わん、今すぐ棄権しろ。でないと痛い目を見る羽目になるぞ」

 戦う前から、オニキスは真剣な表情で忠告する。しかし、メアはその忠告に対し「帰れと言われて今更帰る奴がおるか!」と反発した。
 その生き生きとしたメアの目を見て、オニキスはため息を吐く。

「やっぱり、タヌキのチンチクリンなオツムには、口で言うより身をもってしつけしてやらねぇと分からないみたいだな」
「た、タヌっ!?誰がタヌキじゃ!もう怒った!後で泣いて謝っても許さんのじゃ!」

 タヌキ、そう呼ばれた事に腹を立てたメアは、頭から蒸気を噴射させ、ピーピー鳴くように叫ぶ。
 その時、最終戦を始めるゴングが鳴り響いた。
 しかし、オニキスはそのゴングを聞いても、動こうとしなかった。そう、メアに先制を与えたのだ。

「お主、何故来ない!」
「お前がどの程度成長したか見たい。だから、まずはお前の持ってる全てをぶつけてみろ。」
「やはりそう来たか。ならば……」

 何もしない、そう知ったメアは、作戦通りに毒薬瓶を取り出し、その毒を投げナイフに垂らした。
 じゅーっ、と鉄が錆焦げるような音が鳴り、少しナイフの質が悪くなってしまったが、本命の毒が付着しているなら大丈夫だろう。そう信じて、メアはオニキスに向けて毒ナイフを投げた。

「投げナイフか、面白い」

 オニキスは、飛んでくる投げナイフを、わざと自分の胸に受け入れた。サササッと綺麗に刺さる音が小さく鳴る。

「……これは毒か。華奢ダヌキにしては考えたな」
「まだまだ!妾にはコイツも残っておる!」

 手際良く出現させた短剣を握りしめ、メアはオニキスの首目掛けて走った。その間も、オニキスは剣を抜く事もせず、ただじっと、メアの攻撃を待つ。
 そしてついに、メアの短剣がオニキスの首元に差し掛かる。だがその時、オニキスは右手をそっと上げ、人差し指をメアの胸部に当てた。
 するとその瞬間、メアの全身に、背筋が凍りつくような謎の気が伝った。更に、そのせいであろうか、オニキスの首目前と言うのにも関わらず、腕が動かなくなってしまった。

(こ、声も出せぬ……!この女もどき、ただ妾の胸を触る為に指を出した訳ではない……)
「毒殺は良く考えたようだが、ちょっとばかし強くなった俺にそんなのは効かねぇ」

 オニキスは、蛇に睨まれたカエルのように硬直してしまったメアの横を通り、囁くように言う。
 するとオニキスは、メアのポケットから毒薬瓶を抜き取った。

「あ……あ……(貴様、何をするつもりじゃ!それは妾の……!)」
「これが毒か、なかなか美味そうな見た目してんじゃねぇの」

 オニキスは、メアの目の前で毒薬瓶の栓を抜き、自ら毒を飲んだ。原液が漏れただけでも地面が燃えた危険物なのに、それを飲んだのだ。メアは驚く。
 しかし、オニキスはジュースを飲んだ時のように、プハー!と息を吐いた。特に何も起きない。

「お前の攻撃がそこまで面白みが無いから、わざと毒飲んでみたが、コイツも同じだな」

 残念そうにオニキスは呟く。この時点で、メアは既に気付いた。この男、明らかに人間離れしている、と。
 この毒だって、耐性すら存在しない普通の人間が飲めば、喉は腐り焼け、内臓は死滅し、たった数分で見るも無残な姿になる筈。

「さてと、じゃあそろそろお前にも退場してもらおう」

 そう言うと、オニキスは右手をそっと出し、メアの周りの時空を歪めた。その様子は、観客達にも見えた。メアの身体が、ゴムのおもちゃのようにぐにゃりと歪む。
 
『おーっとぉ!何もアクションが起きないと思った矢先、メア選手が歪んだぁぁ!!これは一体何なのだ!見たことがないぞぉ!』
「この力、俺も理解できないが公にすると面倒だな……」
「……!」

 メアは歪んだ時空の中でも必死に動こうとした。しかし、姿はオニキスに刃を向けた状態から動かなかった。
 そこにオニキスは、剣で無抵抗状態のメアに向けて、無言で  〈クリムゾン・クロー〉を放つ。
 
(あの禍々しい色の斬撃、ナノが持っていた彗星と同じ色……)

 その色を見たメアは、歪んだ視界の中心の中で呟く。するとその時、いきなり時空の歪みが正常に戻り、硬直していた身体が動き出した。
 だが、クリムゾン・クローを前に、メアはなす術もなく、その攻撃を受け入れてしまった。

「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」
「メアぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 血しぶきと共に、メアのいたいけな悲鳴が響き渡る。その衝撃的な場面を見たタクマは、無意識に彼女の名前を叫ぶ。
 だが、メアは返事をする事なく、その場に倒れた。

『しょ、勝負ありぃぃぃぃぃ!この戦い、オニキス選手の勝利!これにて本日の第二予選は終了とさせていただきます!また明日、準々決勝でお会いしましょう!』
「所詮はタヌキの噛みつき、こんなのじゃあ満足できない体になったみてぇだな……」

 歓声が止み、ゾロゾロと人が夕食へあり付く為に帰っていく中、オニキスは倒れたメアの頬を摩る。
 流石は某国の姫、鬱陶しいタヌキではあるが、顔立ちは誰が何と言おうと非の打ち所のない姫さまの顔だ。
 
「おい待て!」
「ん?」

 声のする方を振り返ると、そこにはタクマが立っていた。メアを痛めつけたから、怒ってやって来たのだろう。
 そう考えていると、タクマはオニキスの胸ぐらを掴む。

「お前、メアになんてひどい事を!」
「……」
「おい!何とか言えよ!」
「……やっぱり、お前馬鹿だ」

 タクマに胸ぐらを掴まれ状態でも、オニキスは動じなかった。そして、馬鹿と言われたタクマは、まさかの返答に一瞬戸惑った。
 その時、オニキスは胸ぐらを掴まれていた腕を力強く剥がし、タクマごと地面に叩きつけた。

「ぐぁっ!」
「良いか?この世は所詮弱肉強食の世界だ。男も女もジジィもババァも関係ない。例え強くても、俺より弱ければその時点で最強伝説はお終いだ。コイツはその理に則ってやられたまで。酷いも何もない」
「……確かに。」

 タクマは、オニキスの言う世界の理を聞き、顔を下げる。確かに酷いけど、トーナメント武道会に出場する、と言う事は「酷い事をされる覚悟」、「酷い怪我をする覚悟」が無ければならない。
 けど、少なくともメアの毒が効かなかった以上、ランクが違いすぎる。だが、それもトーナメントでの当たりが悪かったから仕方のない事。
 タクマは、もう何も質問する事なく、メアの方へ力なく向かった。
 
「メア、大丈夫か?」
「タク……マ……」

 メアは、今にも泣きそうな震えた声で、タクマの腕を掴もうとする。しかし、あと少しの所で手は地面に落ち、倒れてしまった。
 まさか死んでしまった?そう心配したタクマは、何度もメアの身体を揺する。

「馬鹿、ただ気絶しただけだ。俺はまだ殺さない。来たるべき日が来るまではな……」

 そう言って、オニキスは鞘に剣をしまいつつ、控え室へと帰ろうとする。
 だが、一瞬「あっ」と何かを思い出したのか、声を出して止まる。

「コレ、お前ン所のネコ娘になら使いこなせるんじゃねぇのか?」
「おっ、何だコレは」

 タクマは、投げられた小さな本のような物を受け取り、そう訊く。
 するとオニキスは、「ちょっと使える回復呪文の秘伝書だ。暫く前に狩った最強僧侶から掻っ払った。まぁ、オレみたいなハグレ者には必要のないモンだから、ネコにやる」と答えた。ま、使えなかったらそれこそネコに小判だがな。と付け加えて。

「それとコイツもやる。もしネコに小判だったら飲ませてやれ」

 オニキスは地面に緑色の薬を置き、その場を後にした。緑の薬、多分傷薬なのだろう。
 しかし、何故こうまでして戦った後のケアをするのだろうか。
 タクマは、その事を気にしつつ、気絶したメアを背負い、有り難く薬と秘伝書も受け取り、皆の下へ戻った。
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