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第2章 不思議な僧侶と世紀末的砂けむり事件

第18話 コーヒー牛乳と小物的チンピラ

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「それじゃあ、妾は先に上がっておるぞ」

 メアはそう言って先に行ってしまい、メアと入れ替わりで胸毛の凄いムキムキの冒険家が入ってきた。
 正直気まずいが、温泉で知らない人と会うのは仕方がない。タクマは気にせず肩まで浸かった。
 やはり、不思議と体の疲れがだんだん消えていく。ハマりそうである。
 温泉など、中学の修学旅行以来のため、タクマは隅々まで堪能しようとしていた。
 すると、タクマの後ろでザッパーン!と水が爆発するような音が聞こえてきた。
 そしてそれと同時に声まで聞こえる。
 誰かは分からないが聴き慣れた声である。

「あれ?場所間違えたか……?」

 その聞き覚えのある声は、多分リュウヤの物かもしれない。古い付き合いの勘が、タクマの体を伝う。
 しかし、後ろを振り向いても、水面がぐらぐら揺れるだけで特に何もなかった。
 だが、それを見ていたであろう冒険家は、口をあんぐりと開けて驚いている。
 やはり後ろで何かあった、タクマはその正体を目撃できずモヤモヤしながら考えていた。
 こっちの世界に来た、とどのつまりアイツも“死んでしまったのではないか”と頭を過る。
 そんな筈はない、確かにアイツ一人だけで辛いだろうが、アイツも死んでしまっては嫌。
 しかし考えるだけでは何も変わらない。タクマは頭を抱えつつ、風呂から出た。


【脱衣所】

「にしてももう夕方か、飯食ったら適当に夜のクエスト攻略でもしよっかな」

 独り言を言いながら脱衣所で着替えをしていると、ついさっき驚いていた男がタクマの隣に来た。
 しかも、よく見るとおっさんの腹の辺りに、ティグノウスの爪の二倍くらいある、大きな古傷がついている。
 このおっさんも相当の猛者なのだろうか、タクマがそう感心しながら見ていると、そのおっさんはタクマの方をギョロっとした目で睨みつけた。
 すると、何故かタクマの体は、痺れて動かなくなってしまった。まるで蛇に睨まれたカエルのように。
 だが、10秒くらいした後、体にあった謎の痺れが引いていく。
 それと同時に、隣にいた男が、舌打ちをし、「シケてやがる」と呟き、脱衣所から出て行ってしまった。
「シケてやがる」、そんなに自覚はなかったが、アルゴ王から頂いた金を見れば懐が暖かいのは事実。
 しかし何故シケていると言われたのだろうか、タクマは考えながら着替えを終え、メアの待つ受付前へと向かった。


【ギルド 受付兼温泉入り口】

「のうタクマ、一つ頼み事して良いか?」

 上がってすぐ、メアがキラキラした目で言ってきた。
 彼女的には可愛いおねだりをしているようだが、タクマは女に鈍感なのか、全然効いていない。

「どうした?」

 タクマはまた変な物を買ってくれと頼まれそうな気がしていた。
 しかし、予想とは裏腹に、メアは受付嬢の所にある牛乳瓶を指す。
 風呂上りのコーヒー牛乳、やはりこっちの世界でもこの文化はあるようだ。
 それに自分も喉が渇いたし、100ゼルンと安値。これくらいなら余裕だと、タクマはサイフを取り出し、お金を見た。
 だが、そこにはちょうど二人分のコーヒー牛乳代200ゼルンしかなかった。
 ──アルゴ王から頂いた筈の金がない!?
 その時、タクマはあの時の事を思い出した。

 “シケてやがる”

 そして、謎の僧侶に腹パンをされた今日の事を。

「どうしたのじゃタクマ?」
「わ、悪い、用事思い出したから、代わりに二本買っといてくれ」

 そう言ってタクマはメアに今の全財産である200ゼルンを渡し、ギルドから出て行った。

「タクマの奴、何をあんなに急いでおるのじゃ?」


【ウォル あの時の裏路地】

「やっぱりあの小娘に取られたか……?」

 タクマは独り言を呟きながら、あの時の裏路地を探す。
 だが、何処を探しても金は顔を表さなかった。
 たったの100ゼルン200ゼルン程度なら諦めはつくが、5万数千ともいう大金になると話は違う。

「駄目だ、他当たろう」

 裏路地にないと判断し、そこから離れようとしたその時だった。
 あの時の娘が、路地裏の入り口隣にあるお菓子屋から出てきたのだ。
 しかも、何故かため息を吐いている。が、何者かの気配を感じ取り、タクマと娘は目が合った。

「「あ……」」

 そして両者、目が合った瞬間に走り出した。
 娘はあの時殴った男と会ったから、タクマは金の行方を知る為に追いかける。

「あ、あの時の事は謝ります!だから許してください~!」
「それはどうでもいい!聞きたいことがあるだけだ!」

 二人はウォルと言う大きな街を舞台に追いかけた。
 そして走りながらタクマは何度も「話をしたい」と叫ぶも、娘は殴った事に怒っているのかと思い込んでいるのか、「謝る」「ごめんなさい」としか言わない。

「怒ってないからー!話だけさしてー!」
「じゃあ何で追いかけてるんですかー!許してくださいー!」

 とその時、娘はレンガで作られた道に靴先がはまり派手に転けてしまった。

「大丈夫か……?」

 タクマは金の事について話をするより先に、娘を心配して手を差し伸べる。
 だが娘は、体を強く打ったのか、それとも追いつかれた恐怖からは分からないが、涙目になって震えていた。
 タクマは少々困りながらも、ふと頭を上げる。
 すると、そこにはメアが待っているギルドがあった。

「まずは中で手当てだ。立てる?」
「はぃ……」

 タクマは消え入るような声で頷く娘を背負い、入り口にあるウエスタン扉に手を掛けようとした。すると時だった。
 奥から人のような何か飛んできた。

「うおっ!」

 咄嗟にかわした為、タクマと娘は無事だった。
 そして、一体誰が飛ばされたのかを見てみると、なんとそこには、メアが居た。

「イッテテ……レディの扱いがなっておらぬのぅ……」
「メア!?おいお前ら、女子にそんな事してそれでもおと……こ……か!?」

 タクマがギルドの方へ怒鳴りつけると、中からチェーンソーを背負った、いかにもヤバイ人が二人も現れた。
 その姿は、あの某世紀末漫画に登場する「ヒャッハー!」とか叫ぶチンピラと完全に酷似していた。見た目からして小物っぽいが、やはり生で見ると怖いものは怖い。

「悪いなニイちゃん、この時間帯は俺達とボスのゴールデンタイムなんだ!」
「お前らみてーなガキが呑気にコーヒー牛乳飲んでると、ボスの機嫌が悪くなんだ!とっとと失せやがれ!」

 そう言いながら、二人のチンピラは背中のチェーンソーを取り出し、「ブォンブォン!」と吹かせながら近付いてくる。

「妾を誰と心得る!……おや?そういやタクマ、後ろの娘は誰じゃ?」

 タクマは、投げ飛ばされたにも関わらず平然としているメアに対してずっこけそうになる。

「話は宿屋でする」

 流石にここで話をするのは危険だし、ここで戦えば被害は尋常じゃなくなる。そう考えたタクマは、それだけ言ってメアを連れ、逃げるようにして宿屋へと向かった。

【宿屋 受付】

「まさか、あっちで買った包帯がここで使えるとはな」

 タクマはそう呟き、娘の膝に出来た痣に、ドラッグストアで買った包帯を巻いた。
 その間も、娘はひぐっ、ひぐっと啜り泣く。

「ところでお主、名は何と申す」
「ノエル、ノエル・ショコラです」

 ノエルと名乗った娘は小声でそう答えた。

「そうか、妾はメア。そんでこっちの頼りなさそうなのが……」
「タクマだ……って誰が頼りないんだ」

 タクマは名乗りながらメアの頭を小突く。
 あの時はあまり見ていなかったが、美しく胸まである栗色の髪、白い肌、蒼く輝く目、しかし胸はまな……いや、ここから先はやめておこう。
 簡潔に言えば、美しい。ただその一言だけ。
 メアが駄目と言う訳ではないが、タクマは心を奪われそうになった。

「おーいタクマ?起きておるか?」
「おっ、そう言えばノエルちゃん、俺の金知らない?」

 タクマは何とか意識を取り戻して、ノエルに訊いた。
 金銭的問題とは言え、流石に女の子の胸ぐらを掴んだりするのはやり辛い。しかも人だって居る為やれば一発で嫌な注目を浴びてしまう。
 てか誰がそんな事するか。

「ほへ?」
「金?それはどう言う事じゃ?タクマ」

 ノエルはキョトンとした顔で首を傾げた。
 そしてメアはその話を知っている訳もなく、頭に大きな?が浮かばせる。
 タクマはその話について、詳しく説明した。


「か、金を抜き取られたじゃと!?」
「待ってください!私は確かにタクマさんを殴りましたが、あれは見られたからであって、お金なんてそんな……」

 ノエルはメアが驚いた事にびっくりし、泣きながら言う。
 だがタクマは彼女の頭を撫で、大丈夫と慰めた。

「君がそう言うなら信じるよ。」
「でも、金はコーヒー牛乳で使い切っちまったから、宿屋は使えないな……」

 すると、ノエルは立ち上がり、タクマとメアの手を引っ張った。しかも凄い馬鹿力でだ。
 タクマ達は完全に地面から足が離れている状態で宿屋から連れ出された。

「今回の件は私にも非はあります!だからうちに泊まってください!」

 彼女はそう言ってタクマ達を降ろす。
 そして二人が顔を上げると、ついさっきノエルと出会ったお菓子屋が目の前に現れた。

「ここ、アンタの家だったのか……」
「アイツらが居たら食事もできないですし、どうぞ上がってください」

 タクマ達は彼女の言われた通り、お菓子屋へ入っていった。


【お菓子屋 メリィ】

「あらノエちゃんおかえり。あら?もう彼女出来たの?」

 受付にいた、ノエルの母と思わしき美人のお姉さんは言う。彼女も同じ栗色の髪で、殆どの容姿はノエルそのものだった。ただ一つ、糸目である事だけ意外は。

「彼女?アンタそう言う……」

 タクマが驚きながら言うと、そのお姉さんは笑った。
 ついでにメアの方を向くと、メアもまた同じように首を傾げていた。

「あら知らないの?実はノエちゃんはねぇ……」
「ちょっとママ!それは言わないって話でしょ!」

 母が話そうとした時、ノエルは慌てて話を切り上げさせた。
 どうも聞かれたく無い話のようだ。

「でも、ノエちゃんがお友達連れてくるなんて珍しいわ。今日はウチに泊まっていきなさい」
「ありがとうございます、ではお言葉に甘えて……」

 すると、メアは急に辺りの匂いを嗅いだ。
 そして急にうーんと唸り出した。

「どうしたメア?」
「何かヤバそうな奴に見られている気がするが、気のせいかのう」
「考えすぎよ、ウォルじゃ日常茶飯事だもの」

 こうして、タクマ達はノエルの自宅に一泊する事となった。


 ── 一方その頃、占拠されたギルドの酒場。

「おい親父!ビール瓶をここに居る全員分持ってこい!」
「今日は朝まで飲み明かしやしょう、ボス!」

 そこはチンピラ共によって、完全に無法地帯と化していた。
 そして、タクマの事を睨み付けていた男は大きな酒瓶をイッキ飲みする。

「それよりボス!隅っこでチマチマ呑んでるフードのガキは追い出しやすか?」

 チンピラは筋肉ムキムキの大男に胡麻を擦るように言う。
 しかし、その大男は笑った。

「ガッハッハ!今日の俺様は気分が良い!雑魚ガキ1匹程度ではガタガタ言わねぇよ!何せ俺は、最強だからなぁ!」

 その大声は街中に響いていた、今の時間帯はもう良い子は寝る時間だと言うのにである。
 すると、親父と呼ばれた店員が、ボスと呼ばれた男に酒瓶を一本持ってきた。

「おい親父!こんなの頼んだ覚えはねぇぞ!」
「あ、あちらのお客様から……あれ?」

 そう言いながら、店員は隅の席を見るように促した。しかし、そこにはもう誰も居らず、代わりにお代であるゼルンが置かれていた。

「まぁ良い!じゃあ早速この酒でイッキしてやるぜ!」

 大男がお通しの酒瓶を持って掲げると、チンピラ達は歓声を上げてイッキコールをした。

「イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!イッキ!」
「ぷはぁ!ようしお前ら、今日はもう引き上げるぞ!」

 大男が指示をすると、酔い潰れていた部下達も起き上がり、ゾロゾロと帰っていった。
 そして大男が出て行こうとした時、店員が声を震えさせながらも、勇気を出して呼び止める。

「あの、お代がまだ……」

 すると大男は目を充血させながら酒瓶を投げつけた。
 バリィィン!と言う派手な音がギルドの中に響き渡る。

「うるせぇ!んなもんツケに決まってんだろうが!まあ払う気は端からねぇんだがな!」

 大男は、機嫌悪そうに痰を吐き捨て、そのまま酒場を後にした。


【夜中 ウォルの小道】

「やっぱりボスは強いよなぁ、この辺り牛耳ってたスコルピオと素手で戦って勝っちまうんだからよぉ!」
「そうだろうそうだろう!さあもっと俺を褒め称えろ!ガッハッハ!」

 チンピラ達は大男に胡麻を擦りながら、暗く人通りの少ない道を歩く。
 すると、どこからか不気味な鼻歌を歌う男の声と、金属を叩くような音が聞こえてきた。

「だ、誰だ!姿を表せ!」

 チンピラが怒鳴りつけると、木の上からフードを被り、剣を背負った男が現れた。
 その男の顔は暗くて良く見えないが、ただ分かる事は、髪が長く片目が隠れていると言う事だけ。

「お前、もしやお通しをよこしたガキか?」
「……」

 大男が質問をするが、その男は何も言わない。

「てめぇ!ボスに訊かれてんぞ!何とか……」

 チンピラがその男の方へ怒りながら近付くと、何故かそのチンピラは話の途中で倒れてしまった。
 そして、他の部下達も倒れる。

「な、何が起きてやがる!テメェは一体何モンだ!」

 大男がそう訊くと、フードの男はゆっくりと気怠そうに右手を上げ、人差し指で大男を指す。

「お前、最強なんだよな?」
「いかにも、俺は最強だがそれがどうした」

 すると、フードの男は背中の剣を構えた。

「お前に私怨は無いが、その称号は俺が頂く!」

 それを見て、大男も拳を構える。

「ガキが、身の程って奴を教えてやるよ!」

 両者は突撃し、そしてぶつかった!
 光をも吸い込むほど黒ずんだ剣と、鋼のような拳がぶつかり、辺りに火花が飛び散る!

「なかなかやるじゃねぇか、だがっ!」

 そう言って両者は一旦離れ、大男はフードの男と共に地面を殴りつけた。
 しかし動くのが遅かったのか、フードの男に首を強く蹴られて大男はダウンしてしまった。

「はぁ、口ほどにも無い。ただバカデカい拳で殴るだけの単調な動きだけ、作戦もクソもない。これが最強の賊と呼ばれるとは、この世も腐ったモンだな」

 そう言いながら、フードの男は死神のような黒い布に付いた砂埃を払い落とし、チンピラ達の持っていた金をチマチマと全て回収し、麻袋に詰め込んでいった。

「気絶した奴から金を抜き取るのは好ましく無いが、お前の部下がやったなら仕方ない」

 すると、大男は震えながら身体を起き上がらせた。

「お前……まさか……」
「あぁ、オニキス・キング。最強狩りの死神だ」

 そうして、大男は倒れ雨が降る。
 すると、そこへ野良の黒猫が現れ、オニキスの足に顔をスリスリしてきた。

「ちょうどいい所に来たな。お前におつかいを頼む」
「ニャ?」

 オニキスに抱かれた猫は、心地良さそうに暖まりつつ、何?と返事をするように鳴いた。

「この袋を、メリィってお菓子屋に居る、黒髪の奴に渡してくれ」

 オニキスは猫の背中に袋をくくりつけ、頭を撫でた。
 猫は、ニャーンと、了解しましたと言うように可愛らしい声で鳴き、街の中へと消えていく。

「……動物に好かれるのは、なかなか慣れないな」

 オニキスは呟きながら剣を鞘にしまい、暗い夜道の闇の中へと消えていった。
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