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第八章

4   結婚式

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 俺はタランさんにウエディングドレスを着せてもらっている。

 コルセットのように背中でリボンが締められていくと、俺の気持ちも引き締まる。
 結婚式までの短い時間に、俺はオブリガシオン様にダンスを習った。

 結婚式の後のパーティーで俺をお披露目するときに、ダンスを踊るのだと説明された。

 短時間で覚えられるか、すごく不安だったけれど、オブリガシオン様の教え方は、とても分かりやすく、俺にもダンスが踊れた。

 もしかすると、第二王子の時の記憶は消えているだけで、俺の中ではちゃんと第二王子は生きていて、今まで学んだ事を使えるのではないかと思えてならない。

 文字も読めたし、なんと文字も書けた。

 テーブルマナーもちゃんとできているらしい。

 学んだ覚えがないので、これはきっと第二王子の記憶なのだろう。

 俺に乗っ取られた第二王子は、どこに行ったのか?

 それともいきなり第二王子が俺の中に現れるのかもしれない。

 今は意識の底に眠っている可能性もある。そのうち二重人格のようになったら困るな……と俺は密かに心配している。

 第二王子はオブリガシオン様との結婚を望んでいないだろうし、けれど、俺は結婚したい。

 俺の中で、二人の気持ちがぶつかり合ったとき、俺が俺じゃなくなるかもしれない。

 小心者の俺は、この気持ちをオブリガシオン様に相談した。

 オブリガシオン様は、もし俺に異変が起きたときに、一緒に考えてくれると言ってくれた。

 俺の不安は、一つ一つオブリガシオン様が解決してくれる。

 だから、結婚式当日の俺の気持ちは晴れやかだ。

 今はなんの不安もない。

「ミューネ様、とても美しいですね」

「わたしではないみたい」

 ウエディングドレスを身につける前に髪を結い上げてもらったので、細い首がとても目立つ。ベールを付けられると、なんだか照れくさい。

 扉がノックされ、レピスタが開くと、燕尾服を着たオブリガシオン様が部屋に入ってきた。

「ミューネ、なんと美しい」

「オブリガシオン様が選んだドレスが素敵なのです」

「そういう事にした方が、緊張しないのなら、今はそういう事にしよう」

「はい」

 俺は微笑んだ。

 大好きな人の妻になれる事が、こんなに嬉しいなんて思わなかった。

 この世界に来られて良かったと思う。

「さあ、準備できました。殿下、お待たせしました」

「タラン、ミューネをありがとう」

「いいえ」

 タランさんは、綺麗にお辞儀をした。

「行ってらっしゃいませ」

「行ってきます」

 俺はタランさんに笑顔を向けて、オブリガシオン様と部屋を出た。









 宮殿の中にある神殿で、結婚式が行われた。

 宮殿の祭司が、粛々と祝詞を上げて、式が始まった。

 参列者は、エグジスタンス王子と護衛の騎士だけだ。

 シャルロット王女がいたら参列しただろう。

 神殿の中には、水路があった。

 占いや政に使われるらしい。

 その水路は宮殿の地下から水が湧き出している。

「誓いの札を流してください」

 その言葉で、オブリガシオン様は自分の名前の書かれた紙を流した。その後で、俺も自分の名前を書いた物を流した。

 紙は和紙でできているのか、流れる途中で、水に溶けてなくなる。

 二人の札が綺麗に水に溶けたら、結婚式は終わる。

 二枚の札は、無事に綺麗に溶けた。

「幾久しく、二人をお守りください」

 司祭が締めの言葉を紡いだ。

 俺たちは二人で、深く頭を下げる。

 その後、司祭は天井から下がっている縄を引いた。

 カランカランと鐘が鳴る。

 オブリガシオン様は、俺を見た。

 視線が『これで終わりだ』と告げる。

 鐘が鳴った事で国民に結婚式が終わった事を知らせるらしい。

 オブリガシオン様に続いて、歩いて行く。

 大きな扉は護衛の騎士が開けてくれる。

 俺の後から、エグジスタンス王子も続いている。

 扉の外に出ると、オブリガシオン様が俺を抱きしめた。

 緊張していた俺は、やっと大きく息を吸うことができた。

「ちゃんとできていたな?らいぞ」

「オブリガシオン様が教えてくださったのですから」

 まるでわんこを撫で回すように俺を抱きしめているオブリガシオン様と俺に、エグジスタンス王子が「おめでとう」と言った。
「エグジスタンス、ありがとう」

「ありがとうございます」

 エグジスタンス王子は嬉しそうだ。

「父上も母上も喜んでいるだろう」

「ああ、次はエグジスタンスだ。思い人がいるなら連れてくるといい」

「そのうち、紹介させてもらう」

 エグジスタンス王子にも思い人がいたんだ。

 そんな素振りは見せていなかったので、ちょっと驚きだ。

 年齢も24歳になったんだよな。結婚適齢期か……。

 エグジスタンス王子の婚約者と仲良くできたらいいなと思う。

 シャルロット王女とも仲良くしたかった。

「さあ、お召し替えだ」

「まだ脱ぎたくないな」

 せっかくのウエディングドレスだ。

 たった1回しか着ないなんて寂しいな。

 こんなに美しいのに。

「それならお客を待たせて、お茶会でもするか?」

「それはさすがに、顰蹙ひんしゅくだよね?」

「そうだな」

 俺はオブリガシオン様の腕に腕を絡めて、幸せを実感する。

 エグジスタンス王子は俺たち二人だけにしてくれた。

 俺はオブリガシオン様に甘えながら、部屋に戻る事にした。

 きっとタランさんが、次のドレスを準備して待っていてくれる。

「ミューネ、そんなにはしゃいでいると転ぶぞ」

「だって、嬉しいんだもの」

 階段を上ろうとした時、目の前にシャルロット王女が現れた。

 護衛の騎士達が緊張している。

「お兄様、今日は結婚式だったのね?」

「どうして、ここにいる?」

「お風呂よ。やっと入ってもいいと言われたの。鐘が鳴ったから気になって来てみたの。おめでとうございます」

 シャルロット王女は美しいお辞儀をした。

「お兄様、私、もう反発はいたしません。ミューネ様とも仲良くします」

「それは、本当か?」

「はい、牢屋で反省していました」

 オブリガシオン様は、どこかホッとしている。

 緊張している騎士達に、待機の指示を出した。

「離宮に参りますわ。でも、ミューネ様とも本当は仲良くしたかったの」

 シャルロット王女は布製のぬいぐるみを抱えて、俺をじっと見つめる。

「美しいドレスですね。ウエディングドレスは初めて見たの。もっと近くで見てもよろしいでしょうか?」

「どうぞ」

 俺はオブリガシオン様から腕を外し、シャルロット王女の前に出た。

「綺麗ね。真っ白で」

 シャルロット王女は俺の周りをゆっくり歩いている。

「私もウエディングドレスを着てみたいな」

 ぬいぐるみを抱いて、ゆっくり俺を見て、俺の前に戻って来た。

「お姉様になるのね?」

「……そうね」

「ねえ、お姉様、ベールも見せて下さいますか?」

「いいですよ」

 俺は屈んだ。

 シャルロット王女は俺に抱きついてきた。

「ぁっ」

「お姉様、とても美しいですわ」

 胸に鋭い痛みが広がり、俺は崩れるように倒れた。

「ミューネ」

 胸に赤いシミが広がっていく。

 だんだん意識が遠くなっていく。

「ミューネ、ミューネ」

 オブリガシオン様が俺を抱き上げた。

「医師を!すぐに医師を!」

「うふふ、あはは、お兄様、このままお葬式よ」

 シャルロット王女は嗤いながら、騎士に捕まった。

「オブリガシオン様……」

 俺は意識を失った。



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