幼馴染みの彼と彼

綾月百花   

文字の大きさ
上 下
67 / 67

67

しおりを挟む
 盲導犬は完成した。

 最終チェックのために、盲学校の生徒に使ってもらう。

 休日の午前中に、プログラミング・スターの皆が集まり成果を確認する。

 関西から、カメラを提供してくれた奥田社長も山田君と一緒に来ていた。


「GO!」


 盲学校の先生も参加して、危険がないかと見学に来ている。

 彼女、水野さんは、ハーネスをつけたわんこを連れて、今から水族館に行くのだ。

 自宅から電話番号検索をした。わんこと駅に向かう。

 歩き方に不安感はなさそうだ。

 俺は菜都美を抱っこして、参加している。


『階段があります。歩道橋です。階段の高さは一段20センチです』

「GO!」と水野さんはわんこに指示を出す。

『最上階です』

「GO!」

『階段を降ります』

『GO!』


 水野さんは階段をゆっくり歩いて行く。


『階段を降りました。このまま直線500メートル先を右折』

「GO!」

『右折します』

「GO!」


 水野さんは白い杖を持ち、黄色いブロックの上を歩いている。


『電車に乗ります。右折後直ぐに下りの階段があります』

「GO!」 


 水野さんは、何の迷いもなく歩いて行く。

 駅まで到着して、電車を待っている。

『3分後電車が到着します。準備をしてください』

 水野さんは杖をつき、少し下がった。

 電車が入ってきた。


『ドアが開きます。乗ってください。隙間が9センチ空いています』

「GO!」

 水野さんは電車に乗れた。

 俺達も乗っていく。

『後方から、人が乗ってきました』

「GO!」

『5駅後下車、下車後、右折300メートル先改札口』

「GO!」


 水野さんは電車の中で立っている。

 ここはつり革のある場所に案内した方がいいのか?

 椅子が空いていたら、座ってもらった方がいいのか?

 後で水野さんに確認しよう。

『下車』

「GO!」

 扉が開き、水野さんはスムーズに下りることができた。直ぐに右折して真っ直ぐ改札口に向かって行く。

『改札口です』

「GO!」

『左折、道なりに500メートル。その後、右折20メートル先、階段が50段。水族館に到着します』

「GO!」

『階段があります。50段上ってください。その後、左折、切符売り場があります』

「GO!」


 ぞろぞろと俺達は水野さんの後を着いていく。

 抱っこひもで抱っこしてきた菜都美は、足をぶらぶらさせて遊んでいる。


『切符売り場です』

「いらっしゃいませ」

「目が見えません」

「障害手帳をお持ちでしょうか?」

「はい、あります」


 水野さんは障害手帳を提示して、会計を済ませた。


『手帳がはみ出しています』

「ありがとう」


 水野さんはバックのファスナーを開けて、手帳をしまい直した。


「こちらが入場券になります。パンフレットもございます」

 水野さんは苦笑をする。

「見えませんけど」


 この水族館のパンフレットは、点字がなかった。

『後方に二歩、左折、200メートル先、入り口』

「GO!」


 水野さんは迷うことなく水族館の中に入った。

 俺達も水族館に入った。


『前方に大水槽があります。五頭のイルカが泳いでいます』

 水野さんは前方に歩いて行く。

『ストップ。水槽にぶつかります』

「GO!」


 水野さんは水槽に触れている。

 わんこは五頭のイルカの名前を教えて、特徴を教えている。


『案内しますか?食事にしますか?』

「案内してください」

『では、イルカショーが始まりますが、イルカショーと館内案内とどちらにしますか?』

「館内案内でお願いします」

『館内案内を始めます。右に進みます。10歩歩き、左に向いてください。点字ブロックがあります』

「GO!」

 水野さんは言われたとおりに動き、点字ブロックの上に乗れた。白い杖で、ブロックを確認している。

『点字ブロックを左に進んでください』

「GO!」

『こちらは一階海面フロアになっています。左手奥に進むと、東京湾に注ぐ川を案内しております。こちらに進みますか?』

「はい」

『人が多くいますので、ゆっくり歩いて行きます』

「はい」

『壁面に展示物があります』

「はい」

 水野さんは人混みの中を歩いている。

 わんこはゆっくり歩いて、水野さんを引率している。

 壁面に書かれた文字を読み、水野さんはいつの間にか、「GO!」ではなく「はい」と受け答えをしている。

 わんこの動きに無駄はなく、周りの人もわんこに気づき、『盲導犬』と書かれた文字を見て、間を開けている。

 人々に受け入れられて俺は安心した。

 カメラの提供者である奥田社長も満足しているようだ。

 その後も、水野さんとわんこは会話をしながら、館内を歩いている。エスカレーターも乗れて、安心して見ていられた。

 昼食の案内も数種類のレストランの案内をして、水野さんはレストランに入り、食事をした。

 ハーネスを外すのに不安そうだったが、ハーネスは倒れたりしない。

 3時半にわんこは帰宅を勧めた。

 時間が遅くなると、電車が混み出すので、帰宅を促した。水野さんは、わんこの提案を受け入れ、電車に乗って帰宅していった。

 電車を降りてからも、自宅までの案内をして、きちんと自宅まで戻れた。

 俺達は水野さんに、お出かけはどうだったか聞いた。


「とっても楽しかったです」

「不便に思ったり、怖かったりしたことはありましたか?」

「ありません。まるで手を繋いで歩いているような安心感がありました。目が見えないのに、水族館の展示物の案内までしてくれたので、とても楽しくて、もっとこの子と一緒にいたいと思いました」

「電車の中ですが、席が空いていたら座りたいですか?つり革もある場所がいいですか?」

「いいえ、出るときに手間取ってしまうので、出口に近い方が安心します」

「今日はありがとう」と俺はお礼を言った。

「いいえ、お礼を言いたいのは私の方です。この子がいれば、外の世界も怖くないと思いました」と水野さんは、頭を下げた。

 俺達はわんこを連れて、事務所に戻った。

「成功だと思うが、どうだろう」と朝霧さんが言った。

「俺もかなり満足したが、壁面の文字はカメラで写した物を読ませたのか?それとも、AIに学習させたのか?これがもし、沖縄の水族館でも同じように説明できるのか?」と前島さんが疑問を俺に聞いてきた。

「カメラで見て読ませています。さすがにAIに学習させていたら、完成まで時間がかかりすぎます。ですが自動学習機能がついているので、今日彼女に説明したことは覚えていると思います」

「それは素晴らしい」と奥田社長は言った。

「これから量産するならカメラは安価で提供してもいいが、うちの会社の名前は載せてくれ」

「承知しました」と朝霧さんは奥田社長と握手をした。

 俺は久しぶりに会う山田君に笑顔を向けた。山田君はスマホを指さした。

 俺は頷いた。

 後で連絡をくれるのだろう。

「担当は、山田さんで宜しいでしょうか?」と朝霧さんは魅力的な笑顔を浮かべて、奥田社長に聞いている。

「山田、今日から担当に抜擢するから、しっかり働きなさい」

「ありがとうございます」

 山田君は奥田社長に頭を下げた。

「先ず、10体作りたいと思いますので、カメラを至急10個お願いします」

「承知しました」

 山田君はノートに、数を書き込んで、スーツのポケットにしまった。

「では、山田、帰るぞ。新幹線の切符を手配しろ」

「承知しました」


 山田君はスマホを出して、新幹線の切符の手配をして、俺達に頭を下げた。


「これから、長い付き合いになることを心の底から願っています」

「よろしくね、山田君」と俺は山田君に声を掛けた。


 二人は帰っていった。


「真君、完成おめでとう。先ずは10体作ってみよう。今日は暗がりで盲導犬の文字がよく見えなかったから、反射材を入れた塗装で作ってみたらどうだろうか?」

「色は、やはり白でよかったね。杖も白いから、盲導犬だと認識されやすかった」


 朝霧さんと前島さんは、続けて言った。


「他のわんこはどんな具合ですか?」と佐伯さんが心配している。

「AIに学習させています。部屋が狭くなるので、出来上がったら、ここに持ってきていいですか?」

「いいよ」と朝霧さんが了承してくれた。

「取説は同じなので、コピーでいいですね。作って置いてください」と俺は雑務を押しつける。

「ああ、俺がやっとくよ」と安井さんが引き受けてくれた。

 なんだか過ごしやすい会社だ。

 俺は下っ端なのに、大切にされているし。

 篤志は会社で引っ張りだこだ。

 次から次へと会社を渡っている。

「パパ、まんま」と菜都美がお腹を押さえている。

「食べ物買っていくから、真君の家でお祝いしよう。18時に行くよ。先にお風呂に入っておいで」と俺と篤志は会社を追い出された。

 俺と篤志は顔を見合わせて、笑っていた。

 二人で手を繋いで、自宅に戻った。

 18時って、そんなに時間はないけれど、皆で食事を調達していくのだろう。

 俺達も間に合わせるために、急いでお風呂に入った。菜都美が寝てしまわないように、菜都美にわんこを持たせて、歌を歌わせておく。

 机を拭いている間に、皆がやって来た。


「お邪魔します」と、皆が集まってきた。


 今日も美味しいオレンジジュースがある。


「この時間のデパ地下は混んでいるけど、安いんだよね」と、皆が色々並べていく。

「居酒屋に行くより、こっちの方が安いし、旨い」

「うまうま」と菜都美が歩いてきた。

「なっちゃん、椅子に座ろうね」と朝霧さんが菜都美を抱っこして椅子に座らせた。

「真君、なっちゃんが食べられる物お皿に載せてあげて」

「はい」

 俺と篤志は菜都美を挟んで立った。


「うまうま、ちょうらい」

「その前に、いただきますでしょう」

「はーい、ましゅ」


 大好物のパンにかぶりつく。

 パンも色々あるが、菜都美が好きなパンは、パン屋さんで売っている丸いフランスパンのように硬いパンだ。口が肥えてきて、市販の食パンは、あまり食べてくれない。

 マンションの1階にパン屋があって、買える日は、そこで調達している。

 パンの間に、おかずを食べさせるが、菜都美の目がキラーンとした。


「うまうま」


 手で手羽先を掴んで、モグモグ食べ出した。

 菜都美は、手羽先が好きなのか?

 骨があるが、大丈夫なのか?

 見ていると、柔らかい骨は食べて、硬い骨は出している。

 俺は急いで濡れたタオルを持ってきて、菜都美の手と口を拭く。

「うまうま」


 テーブルの手羽先に手を伸ばして、篤志が菜都美のお皿に手羽先を置いた。


「あっちゃんパパ、あーと」

「どういたしまして」と篤志が穏やかに微笑んでいる。

 菜都美は「うまうま」と言いながら、手羽先とパンと美味しいオレンジジュースを飲んで、「なちゅみ、ねんね」と突然に言い出した。

 慌てて、手を拭き、顔をも拭き、トイレに連れて行く。

 菜都美の歯を急いで磨いて、グチュグチュペをさせると、パジャマに着替えさせる。

 念のために手を洗い、口の周りを水で洗い、わんこを持たせる。


「なちゅみ、ねんね」


 篤志が布団を敷いておいてくれた。

 そこに菜都美を寝かせると、毛布と布団を掛ける。


「わうわう、ねんね」というと、もう、すやすやと眠り始めた。

「二人の連携は初めて見たけれど、完璧だね」と朝霧さんは言った。


 皆も頷いている。


「さあ、真君も篤志君も食べてね。まだ食べてないでしょう」

「いただきます」と二人で言って、食べ出した。

「せっかくケーキも買ってきたけど、間に合わなかったね」と安井さんが空いたトレーを捨てて、テーブルにケーキを置いた。

「今日はお祝いだからね」と佐伯さんも言っている。

 蝋燭は一本。

 火が点された。


「真君、夢が叶った感想は?」

「最高に嬉しいです。安価で皆に行き渡るといいな」

「さあ、今日の主役、火を消して」

 俺は顔を近づけて、火を消した。

「クラウドファンディング、寄付金額、一億を越えたよ」

「マジで?」

「明日にでも確認したらいい。真君の腕に皆が期待しているんだ。いっぱい作るよ」

「はい」


 篤志が俺の手を握った。


「皆が期待している。頑張ろうな」


 俺は最高な気分で微笑んだ。

 篤志は、スマホで俺の顔を写した。

「いい顔だったね」

「もう、俺、写真嫌いなのに」

「篤志君。明日のホームページに、真君の笑顔を載せておいてね」

「勿論です」


 ケーキが切られて、俺達の前に置かれた。


「菜都美ちゃんの分は、明日、食べさせてあげてね」

「ありがとうございます」

 美味しいケーキを皆で食べて、美味しいオレンジジュースを飲んだ。

 人生って最高!

 食事が終わると皆が帰っていった。

 テーブルのゴミは、朝霧さんが持ち帰ってくれた。

 俺は洗濯をしながら、スマホを開く。

 山田君からライムが来ていた。

『また会えて嬉しい。末永く友達でいて欲しい』と書かれていた。

『俺こそ、これからも友達でいて欲しい。一緒に仕事ができて、最高だよ』と書いておいた。

『真、ありがとう』と直ぐにライムが戻って来た。

『俺こそ、ありがとう』

『おやすみ』

『おやすみ』


 友達は少なかったけれど、いい友達と出会っていた。

 大切にしていきたい。

 洗濯が終わると、お風呂場に干して、歯を磨いた。

 篤志は部屋を掃除しているだろう。

 パソコンのあるリビングで布団を敷いているから埃がパソコンに悪さをするから、頻繁に掃除をしている。

 篤志が掃除当番みたいに、毎日、綺麗にしてくれる。

 電気を消して、リビングに行くと篤志は珍しくスマホを開いていた。

「あっちゃん、浮気?」

 篤志が吹き出して笑っている。

「山田君に連絡してたんだ。ありがとうって」

「俺もさっき連絡してた」

 俺は布団の中に潜っていく。


「今日は疲れたね」

「そうか?」

「菜都美は喜んでいたね。たまには水族館とか連れて行った方がいいのかな」

「また行こう。今度は三人で」

「うん」


 篤志は俺にキスして、パジャマを脱がしていく。


「あっちゃん。俺眠いから」

「寝ていてもいいよ。体は俺を欲しがっているはずだから」

「俺の体だけれど」


 篤志は俺の首にキスをしている。


 まだ叔父さんに首を絞められた痕が残っている。

 痣のようになってしまった。

 医師はそのうち消えるといっていたけれど、篤志は気にしている。

 眠り掛けた俺の雄を起こしながら、篤志は俺の中に入ってくる。

 俺はふうと息を吐いた。

 その方が楽に受け入れられることを、もう体が知っているから。

 篤志はいつも俺を抱くとき、宝物を抱くように抱くから、俺はそれほど負担はない。

 性格をそのまま現したような優しい愛撫と抽挿に俺は幸せを感じる。


「あっちゃん、キスもして」

「真。愛している」

「俺も、愛している」

 優しいキスをもらいながら、今日の最高のご褒美だと思う。

 これからも、俺達三人家族で生きて行こう。




 ・・・・・・・・・*・・・・・・・・・


 長いお話読んでくださりありがとうございます。
 久しぶりにBLを書きました。
 私はBLから小説を書き始めて、本も出させていただいたことがありますが、なんだか最初は書きづらくて、しかもプロットに時間を掛けすぎて、本編を書き出すのが遅くなり最終日にギリギリ書き終えました。
 エッチは今回は控え目で書きましたが、私的には、これくらいが書きやすいかな?
 皆さんは、物足りなかったかもしれませんね?
 主人公の篤志の性格的に、大好きな真を抱くときは、宝物を抱くように抱くと、最初に設定したので、この様な文章になりました。
 この話は、真の夢が叶ったところまで、取り敢えず終わりを迎えましたが、幾らでも続きが書けそうなお話になっています。
 また気が向いたら、二人の生活を覗いてみたいと思います。
 後書きは、ここまでです。
 長い後書きも読んでくださり感謝します。
 
                                                                            



しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

はー
2024.01.13 はー

とても素敵なお話で一気に読んでしまいました!宝物みたいに素敵なお話なので今後も楽しみに待っています♪

綾月百花   
2024.01.13 綾月百花   

はー様へ

こちらを読んでいただき、ありがとうございます。
私もこの話を書いていて、とても楽しかったのですが、あまり一目につかず残念に思っていました。
読んでくださり、感想ももらえて、とても嬉しいです。
ありがとうございます。m(_ _)m

解除

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。