幼馴染みの彼と彼

綾月百花   

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「まだお嬢さんは実家に居座っているようだね。何度もこの家と工場の入り口を触っている。放火でもされたら大変だ。USBに保存したから、帰りに警察に寄っていこう。社長も時々、来ているね」

「何をしに来ているんだ?」

「玄関が空いているか触っている。警察に言って捜査してくれるといいのだけれど」


 大塚電気の社長は、何を考えているのかさっぱり分からない。

 弁護士がストーカー被害で会いに行っているはずだが、まだ諦めていないのが不思議で仕方がない。

 俺は今日、新しいノートパソコンを持ってきた。

 年季の入ったパソコンと取り替えたのだ。これからは家から通信で経理の仕事ができる。

 電源は入れっぱなしになるが、実家に滞在する時間の節約になる。

 トントントンと扉がノックされた。

 俺は篤志を見た。

 ここは無視した方がいい。

 カメラで見ると、お嬢さんだった。

 何度もノックの音がする。

 菜都美は二度目のお昼寝だ。

 経理の仕事もできたので、片付けに入る。

 篤志もカメラの映像をコピーしたので、片付けに入る。

 玄関の鍵はかかっている。

 俺は菜都美の荷物を片付けていく。

 篤志は静かに玄関に近づき、耳を澄ます。


「篤志さん、私は篤志さんが好きです。弁護士を寄越してストーカー被害に遭っているなんて酷すぎます。ここを開けてください。お話をしたいのです・・・」


 篤志は玄関から離れて、部屋の奥に入ってきた。


「警察に電話をするよ」

「それがいい」


 篤志は奥の部屋に行って警察に電話している。

 菜都美は寝ているが、いつでも抱けるように近くにいる。

 車が止まっているから、来るような気がしていたが、やはり来た。

 篤志はカメラを見ている。


「親父が来た。大塚電気の社長もいる」


 俺は頷いた。

 扉がドンドンと叩かれる。


「篤志、ここを開けなさい」と叔父さんが大声で叫んでいる。

「ふぇぇ、んぱんぱふえん」


 大声に驚いて、菜都美が起きてしまった。

 俺は菜都美を抱き上げる。

「大丈夫、パパがいる」

「んぱ」


 まだ眠いのか、抱っこするとうつらうつらしている。

 菜都美の背中をトントンして、安心させる。


「篤志、いい加減にしなさい」


 眠り掛けていた菜都美もとうとう起きてしまった。


「んぱ」

「パパだよ」


 菜都美も音がする玄関の方を見ている。


「親父も狂ったか?」

「あっちゃん、もう一回電話した方がいいよ」

「それなら電話してくる」


 オンボロな玄関が壊れないだろうか?


「もうパトカーが出ているって」


 篤志は俺の隣に立った。


「親を訴えることはできるのか?」

「どうなんだろう?知らない」

「縁を切ることは可能なんだろうな?」


 篤志はスマホで検索を始めた。

 相当、苛ついているようだ。篤志も叔父さんも。


「縁は切れないのか?分籍して、役所で戸籍が見られないように手続きができるようだ」

「あっちゃん、そんなことより。なんか危なくない?」


 俺は窓を見た。人が移動している。

 窓がガシャンと割れた。

 カーテンの下に、大きな石が転がった。

 窓が開けられて、叔父さんが家の中に入って来た。


「親父、何してるか分かっているのか?」

 叔父さんは篤志に体当たりするけれど、篤志は叔父さんより体格がいい。

 叔父さんに手を挙げないように、躱している。

 俺は家の奥に駆けると、菜都美を抱いたまま警察に電話する。


「家の窓を割られて、不法侵入してきて、暴力を受けています」

「パトカーは、向かっています」

「早く来てください」


 俺がうっかり大きな声を出してしまったから、菜都美が益々泣き出してしまった。

 警察への電話は繋がっている。


「パトカー到着しました。玄関を開けられますか?」

「はい」


 俺は素早く走って、玄関を開けた。

 警察が入ってきて、叔父さんを押さえつけた。


「あっちゃん、怪我はない?」

「無事だ」


 お嬢さんは、玄関の外に立っている。

 社長はお嬢さんを置き去りにして逃げ出した。

 その社長の後を警察官が走って、捕らえられた。


「不法侵入、器物破損にて逮捕」


 叔父さんは、手に手錠を掛けられた。


「真、すまない。窓が割れてしまった」

「そんなことより、怪我が無くて良かった」

「ストーカーは外の女性ですか?」

「はい」

「弁護士から近づかないように言われているはずですが、しつこく結婚を迫ってきて迷惑をしているんです」

「保護者に引き渡します」

「その保護者もストーカーです。外で捕らえられた男です」

「分かりました」


 警察はお嬢さんと社長も捕らえてくれた。

 窓は直してもいいですか?


「鑑識が来ますので、少しお待ちください。被害に遭われた滝川さん、お話を聞かせていただきます」

 後からまたパトカーが到着して、篤志も連れて行かれるのかな?


「自分の車で着いていきます」

 篤志が、俺の背中に手を回して、菜都美ごと抱きしめた。

「ちょっと行ってくる。ここで待っててくれ」

「気をつけてね」

「寒いから、別部屋にいろよ」

「分かった」

 12月の冷たい風が部屋の中に入ってくる。

「弁護士さんに電話してね」

「そうだった」


 篤志は弁護士さんに連絡してから、自分の車で警察に向かった。

 鑑識が来て、割れた窓を調べている。

 俺は玄関の取っ手と工場の入り口も調べてくださいとお願いした。


「誰もいない深夜に、親子で侵入しているので」と伝えた。


 菜都美にコートを着せたが、寒いかもしれない。

 開けていた襖を閉めて、事務所のストーブにあたる。


「菜都美、寒くないか?」

「んぱんぱふえん」


 菜都美は震えていた。

 寒いのと怖いのだと思う。

 俺のコートで包んで、抱っこする。


「菜都美、いい子、いい子」と頭を撫でて、背中をトントンしてあやす。


 菜都美はわうわうと泣くので、犬のぬいぐるみを探しに行く。

 割れた窓は、警察官がガラスを片付けて、段ボールで開いた窓を閉じてくれていた。

 犬のぬいぐるみは布団のところに落ちていた。

 それにしても寒い。

 事務所に一枚布団を敷いて、毛布を何枚も持ってきて、襖を閉じた。

 古い家なので、隙間風が冷たい。

 襖が風に煽られて、ガタガタ言っている。

 菜都美を布団の上に座らせると、先にミルクを作り、離乳食を並べていく。

 菜都美は怖いのか、俺にしがみついてくる。


「怖いのか?パパがいるから大丈夫だよ」

「んぱ」

「パパ」

「パンパ」


「似てるけれど、ちょっと違うな」


 菜都美の頭を撫で撫でして、「パパ」と告げる。


「んぱ」

「んぱでも、いいか。菜都美は可愛いからな」


 菜都美は頭を俺の腹に押さえつけている。

 まだ怖いのか、俺から離れない。


「菜都美、お腹空いただろう」

「ポンポン」と菜都美はお腹を押さえた。


 けれど、俺から離れない。ミルクも飲み頃だろう。

 並べた離乳食を食べさせる。

 気温が下がっているから、菜都美を寝かせて、抱っこして寝た方が温かいかもしれない。


「美味しいか?」

「うまうま」


 最初に『旨いか』と聞いていたので、お返事は『うまうま』になってしまった。

 それ以来、美味しいか?と聞くようになったが、直らない。

 赤ちゃんに言葉を教えるのは難しい。


「あっちゃん、遅いな」

「あっちゅん」

「なんか近くなったが違うな?ちゃんちゃん」

「ちゅんちゅん」


 ゆっくり離乳食を食べさせて、菜都美の緊張を取っていく。


「ご馳走様」

「しゃま」

「ミルク飲むか?」

「はーい」

「俺は菜都美を抱っこして、ミルクを飲ませる。


 哺乳瓶には、赤ちゃんを寝かせる魔法があるのか、菜都美はミルクを飲んだら寝てしまった。

 毛布を敷いた布団に寝かせると、俺のコートを脱がせて、毛布を掛ける。

 布団を取りに行って、布団を掛ける。

 俺はコートを着て、冷えた体を温めると、哺乳瓶も離乳食のゴミも片付けておく。

 いつでも帰ることができるように、支度をした。

 それから、菜都美を寝かした布団に入って、菜都美を抱えるようにして横になった。


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