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2   魔界の住人

1   侍女

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「まず部屋を案内しよう」

 エスペランスはアリアの手を握って、大きな屋敷の中を歩き出した。

 1階の応接室にいたアリアは、自分の国の国王様と魔王様が暮らす屋敷を想像で比べていた。


「魔王様は、この国で一番偉い方なのですか?」

「国か?国ではなく、魔王の世界だ」

「世界ですか?神と同等なのでしょうか?」


 アリアは規模が大きすぎて、首をくてんと横に倒して、隣を歩くエスペランスを見つめた。


「あちらの世界では、神と呼ばれる者だな。魔の世界を総ておる」

「エスペランス様、あの……」

「アリア、頼みがある」

「何でしょう?」

「ランスと呼んではくれぬか?」

「お母様と間違えてしまいますか?」

「いや、ベルにも頼んでいた。この世界で名を教えることは弱点になる」

「名前が弱点になるのですか?」

「ああ、魔術で使われたら、命に関わる。だから、名前は伴侶となる者にしか教えない」

「分かりましたわ。ランス様、これでよろしいでしょうか?」

「ああ、助かる」


 伴侶?

 また、アリアは首をくてんと横に倒した。


「ランス様、わたしは伴侶になる約束をしていませんわ」

「死にかけていたベルに力を与えたのは私だ。アリアをなんとか産ませたのも私だ。その子にアリアと名付けたのも私だ。生まれたときから私の花嫁にするつもりで、目をかけてきた」


 アリアは微笑んだ。


「ランス様には敵わないわ」


 今度はエスペランスが微笑んだ。


「私の妻になるな?」

「謹んでお受けいたします」


 アリアは、礼儀正しくお辞儀をした。

 まだ聖女の制服を身につけているので、あまり様にならないけれど……。

 聖女様は、美しい白いワンピースを身につけるが、祈りを捧げない聖女はシンプルな白いワンピースを身につける。華やかさは無縁だ。木綿の被るだけのワンピースは、上流階級から来たお嬢様達から苦情が出るほど質素だ。だから、皆、早く聖女様になりたいと望む。

 その美しいワンピースが死衣装になるなんて、皆知らないのだから……。


「ランス様、誰にもすれ違わないわね?」

「今日はここに訪ねてくるなと言ってある。使用人も休日だ」

「もしかして、わたしが怖がるから?」


 エスペランスは微笑んだ。


「髭が生えてるくらいで、ビックリしないわ」

「怖い面構えの者もおる。初対面で恐れられ、帰ると言われると私も辛いのでな」

「慣れるようにいたします」

「そうしてくれるか?ここで危害を加えられることはないと約束しよう」

「はい」


 広い廊下を進み、階段を上がって、まるで迷路のような道順でやっと「ここだ」と足を止めた。


「私の部屋だが見るか?」

「はい」


 大きな扉を開けると、大きな机とソファーが対面に置かれていた。


「あら、普通だわ」

「そうか」


 エスペランス様は安心したように笑った。


「寝室は、こちらだ」


 また廊下を歩き出した。


「ランス様、私には迷路の道を歩いているように見えるのですが、ここは何階まであって、今は、何階のどの辺りにいるのでしょうか?」

「ああ、魔術がかかっておった」


 パチンと指を鳴らすと、空間がクリアーになった。


「万が一の為に、魔術をかけてある。アリアには見えるようにしておこう」


 エスペランスは、アリアの額に触れると、何か呪文のようなものを唱えた。

 また指を鳴らし、魔術をかけたようだが、アリアには何の変化もなく見えるようになった。


「ここは二階だ。仕事部屋は二階にある。会議室も二階だ。私室は三階になる。今は、私の部屋とベッドルームしかないが、すぐにアリアの部屋を作ろう」

「すぐに作れるのですか?」

「私に不可能な事はない」


 エスペランスの部屋は、広いが机とソファーが置かれた、とてもシンプルな部屋だった。本棚にいっぱい本が並んでいた。

 その隣の部屋に、寝室があった。

 大きな部屋に大きなベッドが置かれていた。

 見る間にベッドに天蓋がつき、白いレースが幾重にも垂れ下がっていった。


「すごいわ。魔法を見ているようよ」

「欲しい物はあるか?」

「思いつかないわ」


 ベッドルームに入っていくと、部屋の奥の壁に手をついた瞬間、そこに扉ができた。


「さあ、どうぞ。アリアの部屋だ」

「寝室から繋がるのね」


 扉を開けると、部屋全体が明るくなった。

 窓は大きく。カーテンは白いが銀の糸が一緒に紡がれているのか輝くように見える。

 白い枠の付いたカウチはピンク色で、可愛い薔薇が刺繍されていた。お揃いのクッションが三つ並べられ、白色のドレッサーが置かれていた。


「……素敵」

「洋服はこちらだ」


 手を引かれて、部屋に続く扉を開けると、衣装部屋になっていた。

 人形が着るようなワンピースやドレスが掛けられていた。


「ランス様、すごいわ。いつの間に」

「これくらいは容易い。色が気に入らなかったら、替えるぞ?」

「私、白色が好きなの。こんな素敵なお部屋をありがとうございます」

「気に入ったのなら、良かった」


 エスペランスは、アリアの手を引くと、カウチに座った。

 扉をノックされる。


「誰かしら?」

「入るがいい」


 扉が開き、先ほど紅茶を淹れてくれた少女が立っていた。

 髭は出ていないが、白い尻尾が出ている。


「お邪魔します」

「こら、尻尾が出ておるぞ」

「す、すみません」


 綺麗な尻尾が消えた。

 アリアは微笑んだ。


「髭も尻尾も出ていてもいいのよ」

「お優しい聖女様。私は聖女様に命を助けられた猫でございます。旦那様にお願いして、ここで聖女様がお見えになる日をお待ちしておりました」

「まあ、あの時の白猫なの?女の子だったのね」

「はい、女の子です。でも、まだ名前がありません。旦那様は聖女様に付けてもらえばいいとおっしゃったので」

「ランス様、お名前を付けてあげなかったのですか?」

「アリアが付ければいい。アリアが命を救った」

「そうですけど」


 アリアは女の子の顔を見つめた。色白の可愛い顔をしている。


「お好きな名前はありますか?」

「私には名前はありません。猫と呼ばれていました」

「あらそう・・・・・・可愛いお顔をしているのに」

「そんな、恥ずかしいだ。あたいは野良猫だったべさ」


 顔を真っ赤に染めた女の子は、ずいぶん訛りがあるようだ。


「こら、猫、言葉に気をつけろと教えただろう。訛りが出ておるぞ」

「あああ、すみません」

「訛りくらい、いいのよ」

「アリア、この子に名前を与えてくれまいか?」

「はい。それならミーネはいかがですか?」

「私はミーネですね。ありがとうございます」


 少女は嬉しそうに、自分をミーネと何度も呼んでいる。


「では、ミーネ、アリアの侍女を申しつける。身の回りの世話をするように」

「畏まりました、旦那様」

 ミーネは嬉しそうにお辞儀をした。

「お茶の淹れ方も着替えの手伝いもできるように、練習させてきた。時々、訛りが出たり尻尾や髭が出たりするが、愛嬌だと思ってやってくれ」

「頑張ったのね」

「はい」


 ミーネは目に涙を浮かべ、手を胸の前で組み立っている。


「これからお願いします。ミーネ」

「はい。こちらこそ、お願いします」

「それでは、早速、紅茶を淹れてもらおう」

「か、畏まりました」


 ミーネはエスペランスに命じられ、紅茶を淹れるキャスター付きワゴンを廊下から部屋の中に入れた。

 丁寧に淹れている。いじらしいほど可愛らしい。

 肩までの白い髪で毛先が少し青い。瞳の色は青と黄色のオッドアイだ。制服なのか、黒いワンピースに白いエプロンをしている。

「風呂場は寝室から入れるようになっている。景色を換えて欲しければ、いつでも言うといい」

「景色を変えているのですか?」

「変化があって、楽しかろう」

「楽しみです」


 ミーネは丁寧に紅茶を淹れて、カップをテーブルに並べた。


「いただきます」

「はい」


 ミーネにじっと見つめられて、ミーネの緊張が伝わってくる。

 ミーネの淹れた紅茶は美味しかった。


「とても美味しいわ」

「ありがとうございますだ」


 ミーネは深く頭を下げた。

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