上 下
73 / 93
第3章

73 レイン出陣

しおりを挟む
 私は病院に入院していた。
 レインは、父親になると自覚してから、私の側から離れなくなった。
 病院にはレインと私の護衛騎士が、時間割を作って守っている。
 絶えず、四人はいる。
 朝目を覚ますと、レインは運動をしに行ったのか、近衛騎士が二人いた。
「レイン辺境伯は、訓練中です」と近衛騎士は聞いてもいないのに、レインの居場所を教えてくれる。
 私の侍女は、マリアとシュロとラソが代わる代わる様子を見に来てくれる。

「おはようございます。気分は如何ですか?」
「あまりよくないわ」

 私には、もう一ヶ月以上前からつわりがあった。つわりが一番辛かったのは、リリーが亡くなった頃だった。今はあの時より、楽だが、食欲はない。

「冷たいお水を飲みますか?レモン汁を少し絞りましょう。気分がすっきりしますわ」とマリアが、冷蔵庫に入れられていた水筒から、水をグラスに注ぎ、レモン汁を絞ってくれる。

 この水は、教会のマリア像から水が湧き出すようになって、縁起のいい水だと言われている。子を欲しい者やつわりの者、病気の者が飲むと楽になると言われている物だ。
 私も妊婦になったのだなと、ボンヤリ思う。
 私はまだ体重が元通りに戻ってはいない。
 痩せたままで、子供が育つのだろうか?
 子供のことを思うと、食べた方がいいけれど、食べると吐いてしまう。
 マフィンが食べたい
 マフィンなら食べられるような気がした。
 でも、ここは病院なので、病院食が出てくる。

「さあ、ニナ様、お水ですわ」

 マリアは、私を少し起こして、水を飲ませてくれた。
 サッパリとした酸味のお陰で、水は飲めた。
 そっとベッドに寝かされて、目を閉じる。

「眠られますか?」
「顔が痛い」
「タオルで冷やしましょうね」

 マリアと話していると、子供の頃にいた私専属のメイドを思い出す。
 私は母親に乳をもらっていない。
 抱き上げられたことも、抱きしめられたこともなかった。
 とても寂しい子供の頃だった。
 お婆様が健在だった頃は、お婆様に愛を感じていたけれど、お婆様が儚くなってからは、ずっと寂しかった。
 子供は誰かが乳をくれれば、育っていくが、私は自分で育てよう。
 寂しさや孤独を感じさせないように、育ててあげたい。

「ニナ様、お食事は食べませんか?」
「食べるわ」

 私は子供の為に食べられるだけ食べて、吐くときは吐いていた。
 赤ちゃんは小さいから、食べる量も少ないのだ。
 多いときは吐いてしまえばいい。
 つわりがあると言うことは、赤ちゃんは元気な証拠だ。

「ごめんなさいね、マリア。自分で動ければ世話も掛けないのに」
「世話ではありません。私はニナ様のお世話をするのがお仕事ですのよ」
「ありがとう」

 マリアは優しく背中をさすってくれる。

「ニナ、おはよう」とレインが戻って来た。
「ずっとここにいなくてもいいのよ。夜は宮殿に戻って、お仕事もあるでしょう。毎日、来なくてもいいのよ」
「俺が決めたのだ。子を産むのは女性だが、男は、苦しんでいる伴侶を励まし、不安にさせない努力をするのだと俺の二人目の父に言われたのだ」
「二人目の父?」
「エイドリックの父君だ。国王陛下は、俺の二人目の父だ。ニナの話をしたら、叱られた。ニナが退院するまで俺の部屋はないと言われた」と言って、マリアと位置を代わって、私の背中をさすってくれる。

「今日は国王陛下と王妃様がお見舞いに来られるそうだ」
「いいのに」
「聞きたいことがあるそうだ」
「事件のことね」
「ああ、俺も聞きたい」
「何を?」
「弟のことを」
 ああと思う。
「サンシャインとは会ったことがないの?」
「ない。名前も知らなかった。サンシャインと言うのだな?」
「取り調べ、苦戦してそうね」
「その通りだ」

 レインは頭を抱える。

「どこでその名前を知ったのだ?」
「レインという言葉は、異国で雨を示す言葉なのよ。あの男は、レインの弟だと気づいたのよ。殴られたけれどね。以前、レインのお父様のお話を聞いた事があったのよ。レインを生んで儚くなったお母様のことも。ブルーリングス王国を大きくする為に後妻をもらったけれど、その後妻は多くの男と身体を重ねていた。子ができたが自分の子か分からなくて、母親と生まれたばかりの子を市井に追いやったと。名前はカンよ。雨だけでは作物は育たない。だったら日照りが必要でしょう。お日様の言葉はたくさん浮かんだのだけれど、レインフィールドって長い名前を付けた人だったら、二人目の子にも長い名前をつけると思ったのよ。だったらサンシャインかなと思って呼んでみたのよ。殴られたけどね」

 私は笑った。でも、顔が痛くて、濡れたタオルで顔を冷やした。

「誰も、男の名前を知らないようだった。頭はクローネで第二頭はハルマ。辺境区で私が襲われたのは、故意だったかもしれないわね。レインに不満があって、レインの留守を狙って襲った可能性はあるわ」

 喉が渇いて、「レイン、レモン水をくださる」と言った。

「ああ」とレインは冷蔵庫のレモン水をグラスに注いでくれた。

 私を少し起こして、飲ませてくれた。

「ビストリ様、ビストリは、きっと今頃サーシャの王命の婚約話を聞いている頃かしら。お兄様に、サーシャもお兄様も危険だと報せて欲しいわ。ビストリは何かしてくるはずよ」
「ニナの話を聞いていると、父上はサンシャインに殺されたように思えてくる」
「その可能性も、確かにあるわね。子供を操るくらい容易くしそうよ」
「今、サンシャインは何も話さず。食事も手を付けない。情報が一つもないのだ」
「あの男は、国が手に入るかもしれないと言っていたわ。国はブルーリングス王国だと思ったわ。レインも襲う手筈をしていた可能性が高いわ。王が留守にいているブルーリングス王国を襲う可能性も考えられるわ。だって、あの土地にはビストリがいるんですもの。レイン、私は寝ているだけだわ。背中をさすってくれるマリアもいるわ。ブルーリングス王国に先に戻って見てきた方がいいわ。でも、ビストリには気をつけてね。他にも反逆者がいる可能性もあるわ」
「置き去りにしてもいいのか?」
「怒ったりしないわ。私はベッドで安静にしているのが仕事よ。レインの仕事をしてきて。でも、絶対に死なないでね。私を置いて逝ってしまったら、私はお腹の子を殺してしまうかもしれないわ」
「約束する」

 小指が重なった。

「行ってらっしゃい」

 レインは、私にキスをして、「行ってきます」と力強く答えて、出て行った。
しおりを挟む
感想 95

あなたにおすすめの小説

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

(完)大好きなお姉様、なぜ?ー夫も子供も奪われた私

青空一夏
恋愛
妹が大嫌いな姉が仕組んだ身勝手な計画にまんまと引っかかった妹の不幸な結婚生活からの恋物語。ハッピーエンド保証。 中世ヨーロッパ風異世界。ゆるふわ設定ご都合主義。魔法のある世界。

処理中です...