上 下
28 / 93
第1章

28 嘘の結婚式 レイン視点

しおりを挟む
 俺は、完全にアルクと護衛騎士達と別にされてしまった。

 とにかくエリザベス王女は片時も俺の側を離れない。

 夜も寝室はエリザベス王女と共に、過ごす事になった。

 また眠れぬ夜を過ごし、早朝の太陽が眩しすぎる。

 早くニナの顔を見たい。

 俺に誂えられたのは白いタキシード。

 真っ白なウエディングドレスを身につけたエリザベス王女が、病気の王妃様の前にいる。


「レイン辺境伯、エリが我が儘を言っているのでしょうね。我が儘に付き合ってくださりありがとうございます。今日はエリの門出の席よ。成功することを祈っているわ」

「お母様、我が儘を言いましたわ。お側を離れることをお許しください」

「いいのよ。エリが自分で選んだ道ですから、自分で幸せを掴んでいらっしゃい」

「お母様」


 エリザベス王女は、王妃に抱きつき泣いている。

 これが今生の別れになると互いに気づいているのだ。


「そんなに泣かずとも、エリザベスが嫁ぐところは、隣国であるぞ。会いたければ、直ぐに会える」


 俺は何も言えない。

 母と子は、しっかり抱きしめ合っている。

 その姿を見ている父王は、暢気に構えている。

 真実を知らされていないのだ。

 父親とは、これほど哀れなのか?

 俺とニナの子が生まれたら、俺は嘘をつかれないように、優しく素直な子に育てよう。

 いつ作ったのか、エリザベス王女は、清楚なウエディングドレスを身につけている。

 俺も、ニナにウエディングドレスをプレゼントして、もう一度、結婚式から始めよう。

 指輪も、もっと似合う物があるはずだ。

 国に戻ったら、直ぐに手配をしよう。

 勘のいいアルクは、事情を説明できない何かがあると察してくれたようで、聞き出そうとするのを止めてくれた。

 後で、しっかり謝罪しなくては。

 たくさん泣いたエリザベス王女は、侍女達に、綺麗にお化粧をしてもらっている。

 俺は、エリザベス王女に、ここに居ろと言われているので、ただボンヤリと家族の遣り取りを見ているだけだ。

 この結婚式の料金は、俺が支払う物らしいが、予め、エリザベス王女からもらっていて、支払いは済ませてある。

 ピエロにはピエロなりの役目がある。

 目立たず、エリザベス王女に最後の別れをさせてやるという。

 俺の隣で、無口なアルクが、大きな欠伸をしている。

 アルクのことだ、屋根裏の隙間に入り、天井から俺達を見ていたに違いない。

 同じベッドで寝ていても、寝転がっているだけだ。

 俺は、一睡もできずに天井の隙間を見ていた。

 俺は不貞など犯してはいないと、アルクに伝えるために、視線だけで状況を把握してくれと、訴えていた。

 隣ではエリザベス王女は、ぐっすり眠っている。

 この神経の差は何だ?エリザベス王女の図太い神経に、呆れる。

 俺はエリザベス王女にいいように使われて、まだ故郷に帰れない。

 指輪を失ったニナが、心配でならない。

 宮殿から出ずに、宮殿の中にいてくれたら、まだ安心できるが、指輪を探しに川に入っていたらと思うと、もしや寝込んではいないかと。

 悪い想像ばかりしてしまう。

 俺がボンヤリしている間に、どうやら教会に行くようだ。

 バージンロードを歩くエリザベス王女は、嬉しそうな顔をしている。

 嘘っぱちの結婚式でも嬉しいのであろうか?

 宣誓は、予め用意されていた物を読んだだけだ。

 心は動かず、ただ読み上げる隣では、エリザベス王女は、涙を流している。

 演技だろうな?

 まさか、本気で俺の王妃になるつもりではないな?

 王妃はニナに決めている。

 第二夫人はいらないと思っている。

 早く式が終わるのをただ待つ。

 指輪の交換も準備されている。

 ニナがはめてくれた指輪を抜かなくてはならないのは、拒んだが、拒否された。

 本物の指輪は、失わないようにネックレスにして首にある。

 どうでもいいから、式も日付も早く進んで俺を自由にしてくれ。

 やっと結婚式が終わったら、写真撮影があった。

 証拠になる物は止めてくれと言ったのに、写されてしまった。


「エリザベス王女」

「エリでしょう?」

「エリ、あの写真を抹殺しろ」

「無理ね。諦めて」

「俺の未来は、考えてくれないのか?」

「あら、奥様、心が狭いのね」

「悲しませたくはないのだ。せめて、護衛に説明させてくれ。フォローができる」

「駄目よ。私が失踪する日まで、私の夫を演じるのよ。そのことは誰にも秘密にしなさい」


 俺が睨むと、エリザベス王女は俺に抱きついて、耳元で囁く。

 シャッター音が連写される。

「この角度なら、熱烈なキスシーンに見えるわね」

「なんだと?」

 突き飛ばそうとしたら、そっと身体を離して、指先で口元を隠している。

 まるで恥じらっているように見える。

 何かを言えば、裏目に出る。

 何か動くと、誘導される。

 エリザベス王女は、演技が上手い。

 開放されたくてもしてくれないのなら、何も考えずに、流されるしかない。

 結婚式の後の食事会も俺は、一言も話さなかった。

 あと、9日。

 早く時間が過ぎますように。

 ニナに気づかれませんように。

 結婚式の翌日、朝食をいただいた後に、馬車に乗り旅に出ることになった。

 アルクと護衛騎士が馬で付いてくる。

 俺の馬も一緒に連れてきている。

 馬車の窓は閉められて、何処に行くのかも知らされていないのだ。


「後は、歌劇団の興業が終わるのを待つだけよ。私はこっそり逃げ出すわ。二日以内に国境を越えるわ。二日後に私がいなくなったと騒いでね」

「その後は、俺任せか?」

「手紙を書いてあるわ。それをお父様に見せてくれればいいわ。そうしたら、貴方が責められることもないと思うわ」

「とんでもない姫様だ」


 エリザベス王女は、寂しげに微笑んだ。


「本当は、彼とこの国で暮らしたかったのよ。けれど、お父様は許してくれないわ。私達の未来のために、この方法を私が考えたのよ。お母様は許してくれたわ。私がこの国を出たら、お母様の具合が悪くなっても、手を握ることもできなくなるのに。親不孝だわ」


 そこまで考えているなら、最後まで手を貸すべきであろう。

 母親の死期が訪れても、もう会いに来られない。その覚悟を持っているのならば、手を貸さずにはいられない。

 ニナには、許してもらうまで、しっかり話し合いをしよう。

 首都に戻ってしまったなら、追いかけよう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

夫の幼馴染が毎晩のように遊びにくる

ヘロディア
恋愛
数年前、主人公は結婚した。夫とは大学時代から知り合いで、五年ほど付き合った後に結婚を決めた。 正直結構ラブラブな方だと思っている。喧嘩の一つや二つはあるけれど、仲直りも早いし、お互いの嫌なところも受け入れられるくらいには愛しているつもりだ。 そう、あの女が私の前に立ちはだかるまでは…

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

処理中です...