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2 男のプライドと意地
・・・
しおりを挟む花見の季節はとうに過ぎたというのに、今日も公園の入り口にある桜の木の下で数人が地べたに座り、なにやら大騒ぎをしている。
ここに来て半月。
連日見かける光景だ。
この季節の桜の木の下は、身の毛もよだつ毛虫がぶら下がっているというのに、毎日、毎日、物好きだなと横目で様子をうかがいながら、いつものように公園の中へ入っていった。
食事がのどを通らないオレに、明香里はせっせとおやつを運んでくる。オレは、お腹が空いてないからと断り、明香里を振り切ると家路を辿っていた。
通い慣れた公園の小道。
朔の夜だけあって、鬱蒼とした木々の下は闇色だ。
街路灯の明かりも、茂った葉に隠されて、尚更、月の明かりが恋しく感じる。
「薫・・・」
最後に触れた小指の感触はまだ覚えている。
小指を唇にあてがおうとして、やめた。
(好きだけど、嫌い)
これがオレの気持ちだった。
理由も言わず、子どものいじめのような無視を続ける薫は、好きじゃない。
ザザッと風が木の葉を揺らし、少し肌寒い空気が通り過ぎていく。
オレはぶるっと震えて、木々の隙間から見える星空を見上げた。
月が見当たらず物足りなさを感じるものの、空気が澄んでいるのか、輝く星は美しかった。
そのとき、ザザッと木々が揺れた。
あれ?と思い、オレはあたりを見渡す。
「今、風が吹いたかな?」
ぼんやりしていて、気づかなかったのかもしれない。
オレは気にせず歩みを進めた。
でも、おかしい。
進行方向を同じスピードでザザザザと梢が揺れている。
熊?
まさか、ここは北海道じゃないんだから。
じゃ、野犬?
犬だとしても、なんだか音があちこちから聞こえてくる。
まるで囲まれているみたいに。
自宅までは目と鼻の先だ。
気味が悪く、オレは走り出した。
犬なら走らないほうがいいかもしれない。でも、走らずにいられない。
都会には熊や野犬よりも怖い変質者がいる。
『この辺り夜道の一人歩きは危険です』
公園の入り口に立て看板も立っていたし、明香里が『美少年狩りが流行ってるの、気を付けてね』と言っていたことを思い出した。
冗談?とは思うものの、万が一ということもある。
暗闇の中を猪突猛進、我が家へ駆け出すと、雑木の中からクスクスと忍び笑いが聞こえた。
(嘘っ)
背筋に悪寒が走った。
うまく公園を抜け出せたとしても、家の鍵を開けてる最中に捕まってしまう。
このまま人通りの多い場所まで逃げるべきか・・・。
迷ったほんの一瞬の隙に、オレの体はいきなり地面に叩きつけられた。ほぼ同時に、視界がくるりと一回転する。
「捕まえた」
酒臭い男が下卑た嗤いを浮かべ、顔を近づけてきた。
「今日はひとり?」
「オレはいつもひとりだ」
叫ぶと、
「そうだっけ?」
「あの気難しそうなおにいちゃんは?」
男はオレを誰かと間違えているのかもしれない。
「男の子も夜道の一人歩きはいけないよ」
「そうそう、俺たちみたいなのに、苛められちゃうから」
次々に屈みこんできた男たちに、オレは四肢を拘束されてしまった。
「なに、しやが・・・っ」
喚いた途端、喉の奥に小さな錠剤を落とされ、オレは目を見開いた。
「ちゃんと飲めよ」
同時に注がれた苦い液体は、ブランディーかウイスキーだろうか。男が黒っぽい瓶を持ち、にやついている。オレは鼻と口を同時に塞がれ、何かわからないものを飲み込んでしまった。
喉が焼けるようにひりひりした。
「なに、飲ませやがった?」
四肢をばたつかせ、体をよじると、拘束は容易く解かれた。
目の前には男が五人にやついて立っていた。
「輪姦(まわ)されるのって屈辱的だろ?」
「だからすこーしでも楽しめるように、手伝ってやっただけさ」
ジリジリと後ずさると、男の一人が「逃げていいぜ」とオレに手を伸ばした。
オレは男の手に触れず立ち上がり、少しずつ間合いを取っていた。しかし、そんなオレの緩慢な動きに焦れたのか、男の一人がオレを捕まえようとする。
「逃げないなら、ここで気持ちよくしてやるけど、どうする?」
オレは踵を返した。
「さっ、追いかけっこだ」
走れ、逃げろと追い立てられた。
ただ、公園の出口ではなく、公園の奥へと。
弱り目に祟り目。
大好きな薫に無視され続け、好きだから薫を諦めたオレに、どうしてこうまで不幸を見せるのか。もし、神様がいるなら、この度重なる不幸は、オレへの天罰なのかと訊きたくなる。
「オレがなにしたって、ゆーんだよ?」
こんなの理不尽だ。
ゴツンと木の根が後頭部に当たる。
「おいしそうなカッコして、毎日、俺らの前をうろついた罰さ」
砂ぼこりに混じって、蒼い草の香りがした。
耳朶や頬を先の尖った草が、擽る。
薬とアルコールのせいなのか、オレの体は、すぐにフラフラになって走れなくなっていた。
薬の効きを早めるために、オレを走らせたに違いない。わかっていながら、逃げるしか手段がなかった。
意識も朦朧として、自分の声も遠くに聞こえる。
「ちくしょう!」
勝手にオレの制服を引き裂いている男に拳をぶつけるが、容易く弾き飛ばされてしまう。
「ちゃんと、お前にも楽しませてやるよ」
「だれ・・・楽し・・か、ばかやろう!」
男の意地にかけて抵抗してやる。
黒い影が顔の上に近づいてきて、オレは両腕で顔を覆った。
(キスなんて、させてたまるか)
チィと男が口を鳴らすと、ねっとりしたものが首筋へと降り、素肌の上をナメクジのように這っていく。
「っ」
ゾワッと素肌が泡立つのと、他の手が胸の尖りをつぶすのは、ほぼ同時で、オレは唇を噛みしめて、悲鳴を飲み込んだ。
「声、出せよ」
(誰が出すか、ばーかーっ!)
だけど、
「うっ!」
急所に爪を立てられ、噛みしめた唇から温かいものが伝った。
「こいつ、見目形に似ず、頑固じゃん」
「それなら」
「ひゃっ、っっっ、やぁっっ!」
いきなり閃光が走った。
ガバっと二人の男に両足を抱え上げられると、いきなり信じられない場所に痛みが走った。
誰かの指がお尻の狭間を開き、開いてもいない小さな蕾に指を押し込むと同時に、冷たい何かが押し当てられた。
「いきなりぶち込んでやってもいいけど、おまえ、可愛く鳴かねえーから」
固い蕾を引き裂くように押し入ろうとしているのは、十中八九男が持っていたビンだろう。
「ひゃっ!ヤダっ!助けて、薫っ!」
オレは目を見開き、両腕を振り回していた。
わずかに先端を銜え込むと、下腹部がカーと熱くなる。
焼けるような熱が、全身を駆け抜ける。
「優!」
小動物が危険を察知して、気配をけし、耳を傾けるように、男たちが一斉に動きを止めた。
「優っ!貴様ら」
人の気配に、男たちは素早く立ちあがった。
抱えあげられていた足が、地面に投げ出され、オレは呻いた。
(オレも逃げなきゃ、誰かに見られたら)
瓶はすでに恥ずかしい場所から外され、男たちが逃げる時に、下草に投げられている。
でも、下腹が熱い。
飲まされた薬と直接直腸に注がれたアルコールのせいだろう。
裂かれた制服をかき合わせ、オレはむしりとられたズボンを探すために視線を彷徨わせた。
揺れる視界の先、小道に届く場所にそれは落ちていた。
早く取りにいかなきゃいけないのに、意識が朦朧として、体が重く、体を起こすこともままならない。
自分の体なのに、自由にならないのだ。
念力で引き寄せられたら。
そう念じていると、ズボンが素早く宙を舞って近づいてくる。
そのズボンを捕まえようと、わずかに体を起こしながら手を伸ばすと、所在なげに揺れていたオレの体が、温かなものに固定された。
「ごめん」
懐かしい声だった。
「ごめんね」
夢なのかもしれない。
力強い腕の力も甘い香りも。
「か、おる・・・?」
半信半疑で愛おしい人の名前を呼ぶと、
「もう大丈夫だから」
耳元で囁いた薫の声が、震えていた。
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