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2   男のプライドと意地

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 ひんやりとした夜風。蜜色の満月と散らばった金平糖のような星空を見上げながら、葉桜の茂った公園の中に、足を踏み出した。 
「きれいな満月」 
 幼いころから何度も通った公園の小道。 
「あの日もこんな満月だった」 
 今ではとても考えられないが、オレの母親、浅子さんは病弱でオレを生んだ後、オレが小学校に入学する春まで、ずっと病院暮らしをしていた。 
 浅子さんが退院して、オレが堂坂家を出たあの晩。 
 行きたくない・・・とオレは泣いた。 
 おりしも、その日はオレの六歳の誕生日だった。 
『優ちゃんは、浅子ママの子よ』 
 それとなく聞かされていた。 
『これからは、浅子ママと寛パパと暮らすのよ』 
 幼いオレには、それがどんなことかよくわからなかった。 
 ただ、朝も昼も夜もずっと一緒にいた兄弟たちと、オレは引き離される。片時も離れたことのなかった薫とも引き離されてしまうことがわかった。 
 最高に楽しかったバースデーパーティーが一転、最低なバースデーパーティーになった。 
 オレは受け取ったばかりのプレゼントを、すべて放り出し、薫の部屋に閉じこもり泣きじゃくった。 
 プレゼントなど何もいらない。ただ離れたくなかった。ずっと一緒にいたかった。なぜ、自分だけが?とただただ戸惑っていた。 
 薫も他の兄弟たちも何が起きたのかわからず、オレを引き離そうとする両親たちに必死で抗議してくれた。 
 泣いて抗議したくらいで、子供の意見が通るはずもなく、オレは日が暮れてから、薫に送られ新しい家へと向かった。 
 心のどこかで感じていた。 
 オレは捨てられる。そして、もらわれる。 
 不安で怖くて仕方なかった。 
 そんなオレを、薫はいつもと変わらない兄の顔で手を引いた。 
 まるで公園にでも遊びに行くようにわくわくした足取りで、オレを新しい家に送り出していた。 
『優の大好きなお月様、一緒についてきてるよ』 
 蜜色の瞳そのものが満月に見えてしまう澄んだ瞳で。 
『お星さまもいっぱい』 
 木々の隙間から見え隠れする、月と星を指さした。 
『今日もキラキラお話していて、楽しそうだね』 
『うん』 
 お月様が薫で、オレがお星さま。 
 小さなころから、毎夜読んでいた絵本での役割だ。 
 
 ひとりぼっちのお星さまは、姿を変えるお月様に恋をした。 
 闇を照らす優しい光は、形を変えても毎日そこにあり、お星さまを見守っている。 
 
『俺も優のお月様になってあげる。ずっと一緒じゃなくても、見守る形が変わっても見ていてあげるからね』 
『うん』 
 手を繋いでいた手をいったんはずし、薫は『ゆびきりげんまん』と、オレの小指と自分の小指を絡めた。 
 大切で大好きな薫。 
 あの日以来、オレは我が儘を言わず、新しい家に帰るようになった。 
 寂しくて泣いた夜もあった。 
 でも、薫と約束したから我慢した。 
 捨てられた。そしてもらわれた。 
 周りの大人を信じられなくなっても、薫だけは信じられた。 
 薫は、毎日オレを迎えに来てくれた。 
 遊ぶ時も学校へ行くときも。一緒に眠れなくても、いつも一緒だと、オレに態度でも言葉でも伝えてくれたから。 
 そんな薫が、どうしてオレを避けるのだろう? 
 昔よく遊んだ遊具の前まで来て、オレはブランコの前にある鉄パイプに腰掛け、月を見上げた。 
 どんなに考えても、薫が何を怒っているのかが、わからない。 
 オレには薫だけなのに。 
 蜜色の月光を浴びていると、無性に哀しくなってくる。 
 その時、木陰からかすかに何かの気配を感じて、身を潜めた。 
『この辺り夜道の一人歩きは危険です』の看板が公園の前にあったことを思い出し、オレは気配がした方に背を向けて駆けだした。 
 
 
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