桜の奇跡 ～赤い糸の絆～

桜の奇跡 ～赤い糸の絆～

２－６

　桜の花を綺麗に洗って、ザルに入れて水気を切る。
　その花びらをキッチンペーパーで丁寧に水分を拭き取る。
　下準備ができたら、桜と塩を混ぜ合わせ、タッパーに入れ、上から重石を乗せて冷蔵庫に入れる。
「次はまたこんど」
　ふわっとあくびをして、原はベッドに倒れるように横になった。
　原の部屋は圧倒的に物が少ない。以前使っていた家具はすべて処分して、新しいものを必要な分だけ買い求めたのだ。だからあるのは、部屋に合わせた簡易ベッドと小さなセンターテーブルとほんの少しの台所用品だけだ。
　生活水準を考えると、ナースでいたころの方が人間らしい生活を送っていた。
　収入もナースの頃のもので十分生活できていた。
　医者の不養生とはよく言ったもので、好きで不養生になるわけではなくて、忙しすぎて、食事や生活が疎かになってしまうのだと、医者になって初めて思い知った。
　それでも加納は時間を作り、ジムに通い、お酒も飲みに行けている。
『仕事は定時であがるもの』彼のけだし名言である。
　彼のようにもっとスマートに生きたら、心が楽になるかもしれない。
　ぼんやりと考えている間に、寝てしまっていた。
　目覚まし時計が鳴って、はっと目を開けて、バスルームに駆けこむ。
　シャワーを浴びて出勤の準備をしなくてはいけない。
　昔、加納と一緒に暮らしていた頃のシャンプーを見つけて、買ってきた。
　すっと目の覚めるミントの香りが、気分をシャキッとさせる。
　買ってきておいたお弁当をレンジにかけて、急いで食べた。
　持って帰ったフィナンシェのパッケージを開けて、ゆっくりその味を楽しむ。
　甘すぎないバターの優しい香り。
　噛みしめるたびに嬉しくなってくる。
　飲み物は加納が買ってきてくれたジャスミンティーだ。香りがよく、リラックス効果があるのか、いつものざわついた感情が湧いてこない。
　食べたものを片付け、思い出したように冷蔵庫の中の桜を漬けたタッパーを取り出す。
　水気を抜くと、梅酢を入れて、重石を載せる。
　再び冷蔵庫にしまうと、慌てて出かける準備をした。