唯一の恋

綾月百花   

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10   金森家のお姫様

1   初めてのパーティー     改

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「パーティーに誘われちゃった」
 響介に優しく抱かれた後、奈都は響介の腕の中で、思い出したように呟いた。
「うちの高校はクリスマス前にホテルでパーティーしていたね」
「今まで誘われたことがなかったから、どうしたらいいのか迷っているんだ」
「行ってこればいいよ。今までどうして行かないんだろうって思っていたんだ。生徒会主催の学校行事だろう?」
「自由参加だったから」
「初めなんだろう。行っておいで」
「パートナー連れて行くんだって」
「亜稀も毎年断っていたから、一緒に行ってきたら」
「響ちゃんは出席してた?」
「僕は生徒会をしていたから運営していたね。記念に一度くらい出てみてもいいと思うよ」
 よいしょと体を持ち上げられ、響介の体を跨ぐ。
 下から響介は奈都を見つめる。
 細い首に華奢な肩。以前より女性らしい膨らみを見せ始めた胸にくびれたウエスト。
 抱くたびに美しくなっているように感じる。
「奈都にはドレスと化粧品を買ってあげよう。亜稀にもスーツを用意しよう」
「二人で行ってきてもいいの?」
「一人で行かせるより、僕は安心できるよ。奈都は虐められているんだろう?」
「うん。ずっと昔から」
 小学生の四年の途中から制服を男子の物に替えた後から、奈都はずっと虐められてきた。
 修学旅行やキャンプは、体の都合で全部、欠席たった奈都には、学校での楽しい思い出はなにもない。
「高校の思い出作っておいで」
「響ちゃん」
 奈都は響介を正面から抱きしめた。
「いいの?」
「もちろん。今の時期からだとオーダーメイドは無理だけど、セミオーダーくらいなら間に合うだろう」
 微笑む奈都に、響介はキスをして、体を支えて、奈都の膣に楔を入れていく。
「響ちゃん、もう入らないよ」
「まだ抱き足らない」
 響介は最近、奈都の膣にばかりに射精するようになった。
 戯れにお尻に入れられることもあるが、ほとんど毎日、奈都の女の子の部分を愛し続けている。
「あああん」
 体を仰け反らせて、突き出した胸を両手で掴む。
 弾力も柔らかさも、以前より女性らしい。
「綺麗だよ、奈都」
「響ちゃん好き」
 体を突き上げ敏感な場所を突くと、表情も色っぽくなる。
 薄く開いた唇は、赤く色づき、目は虚ろになっている。
 快感に弱い奈都は、すぐに失神してしまう。
 奈都がイって、搾り取られるように響介の性器を締め付けてくる。そのまま射精して、倒れてくる体をそっと受け止める。
「本当に敏感な体だ。無理に抱いたら壊れてしまいそうだ」
 奈都を抱いたまま布団をかける。


 初めてのドレスはワインレッドでコルセットタイプに柔らかなシフォンのシャーリングスカートだ。胸もとに同色のレースのリボンがあしらわれていた。
 背中のリボンを引っ張られながら、クロスに結ばれていく。ウエスの位置でリボン結びをされて、響介が背後から抱きしめてくる。
「可愛いよ」
 ノースリーブのドレスは胸から上がむき出しだ。
 むき出しの肌は、キラキラ光るスーンネックレスで飾られ、耳にはお揃いのイヤリング。
「なんだか恥ずかしい」
 肌の露出が気になって、両肩をさする。
 扉がノックされた。
「そろそろ行かないと遅刻するぞ」
 亜稀が部屋の外にいる。
 響介は奈都の手を取ると、エスコートしていく。
 開かれた扉から、亜稀は奈都を見て、頬を赤らめた。
「めっちゃ可愛い」
「亜稀もかっこいい」
 濃紺のスリーピースだ。背が高く体格もいいので、スーツ姿も似合う。
「亜稀、奈都を頼むよ」
「おう」
 背後から白いコートを着せられ、ワンピースとお揃いの色のバックをわたされた。
 バックはバラの形になっている。
「奈都、忘れ物だ」
 響介は奈都の頭にキラキラ光るストーンとパールで作られた、カチューシャをはめた。
 ショートカットでも似合う。
 奈都は微笑む。
 お化粧は響介が専門の女性を雇い、化粧の方法を教えてもらい。教えてもらいながら、奈都は綺麗に化粧をされた。
「僕が運転してもいいんだけど、保護者同伴だと笑われるといけないから、タクシーを使いなさい。もう来てる頃だよ」
 奈都の背中を押しながら、響介が玄関に連れて行く。
「亜稀、奈都に見とれてないで、しっかり守ってやってくれ」
「わかってるって」
 亜稀が先に靴を履き、奈都の手を取る。
「響ちゃん、行ってきます」
「行っておいで」
 響介に見送られ、奈都は亜稀と手を繋いでタクシーに乗り込んだ。


 ホテルの入り口でコートを預け、奈都と亜稀は手を繋いで会場に入っていく。
「綺麗」
「上ばかり見てると、転ぶよ」
「うん」
 頭上には綺麗なシャンデリアがキラキラしている。
「亜稀君、今日は来ないって言ってたのに」
「俺はオマケ」
 亜稀のファンの女の子たちが騒いでいる。
「オマケはわたしなのに」
「どこが?金森家のお嬢様だろう?胸を張っていろよ。両親が見たら大喜びしただろうな」
「うん」
 パーティーは始まっていた。
 もう会食が始まっている。
「何か食べようぜ」
「うん」
 亜稀がお皿を持ってくる。
「奈都、自分で取れるか?」
「取れると思う」
バイキング式の食事は、自由に食べ物を取ることができる。
亜稀はお皿にいっぱい盛り付けて、なかなか手を出さない奈都のお皿にも食事盛っていく。テーブルに移動して、椅子に座る。
「飲み物なにがいい?」
「オレンジジュース」
「持ってくるから、ここで待っていて」
「うん」
 奈都は椅子に座って、周りを見渡す。
 さすがセレブ校だ。皆の着ているドレスも華やかで美しい。食事を終えた者たちは、ドリンクを持って、壁際で雑談をしている。
「今日の奈都は、いつもにましてかわいいね」
 同じクラスの男子が寄ってきて、奈都を褒めてくれる。
「ありがとう」
 にこりと微笑む。
「パートナーは誰?一人で来たの?」
「弟が一緒に来てくれたの」
「弟か、手強いな」
「さすが金森家のお嬢様だね。ドレスも可愛い」
「ありがとう」
 奈都は微笑む。微笑みの大サービスだ。
「この後の、ダンス一緒に踊らない?」
 響介が受け継いだ会社は大企業で、有名企業だ。
 この学園の中でも1,2を争う家柄だ。今はたった三人になってしまったが。
「僕も立候補させて」
「その次でいいから、俺も踊って。できたらでいいんだけど、お付き合いしない?」
「ごめんなさい。約束している人がいるんです」
「許嫁がいるの?」
 奈都は微笑むことで答える
「でもさ、今日くらい踊ってよ」
 奈都の周りには男子が群がってしまった。
「悪いけど、俺が踊るんだよ」
 亜稀が戻ってきた。人をかき分け、奈都の隣に座る。
「散って、散って。これから食事なの」
 ハエでも払うように、亜稀は奈都の周りの男たちを追い払った。
「奈都、最近、前より綺麗になってきたから、すごいモテよう」
「ドレスが綺麗だからだよ」
 亜稀に微笑むと、手を合わせてから食事を食べ始めた。
 奈都の食事の食べ方は上品だ。
「おいしいね」
「最近、うち鍋しか食べてなかったから、胃袋喜んでるよ」
「鍋嫌い?」
「うちの鍋はうまいよ。いろんなバリエーションあるし。でも、こういう食事って久しぶり」
 亜稀が嬉しそうに笑った。
「そうだね」
 奈都も微笑む。
「いっぱい食べなよ。せっかくだし」
 奈都が半分ほど食べたところで、亜稀の皿が空になった。
「取っておいでよ」
「ここにいてね」
「うん、ここで食べてる」
 亜稀が席を立って、食事を取りに行く。
 亜稀が離れると、男子たちが寄ってきた。
「デザートもあるんだよ。よかったら、これ食べない?」
 イチゴのショートケーキだった。
「ありがとう」
「フルーツもあるよ」
 イチゴやメロンを盛り付けたお皿を置かれた。
「ありがとう」
「飲み物はいらない?ジンジャーエールなんだけど」
 グラスにストローの入ったジュースを置かれる。
「ありがとう。でも、わたし、小食だからあまり食べられない」
「そっか。アイスクリームは無理?」
 そっとテーブルに置かれた花で飾られたアイスクリームを見て、微笑んだ。
「綺麗」
 男子生徒が嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。でも、これ以上は食べられないから」
 亜稀が小走りで戻ってくる。
「俺がいないうちに、ちょっかいかけるな」
 男子生徒が離れていく。
「奈都、いつもこんなにモテてるの?」
「モテないよ。ドレス効果?シャンデリアが綺麗だから」
 奈都はマイペースに食べていく。
「亜稀、ケーキ食べる?」
「奈都が食べろよ。あんまり食べてないだろう」
「いつもより食べてるよ」
 ケーキを半分にして、奈都は小さい方を食べて、残りを亜稀にわたした。
 亜稀は一口だ。
「生クリームついてるよ」
 奈都はバックからハンカチを取り出すと、亜稀の口元を拭った。
「俺もドレスとシャンデリア効果かな?奈都を見てるとドキドキする」
 奈都は微笑んで男子が持ってきてくれたフルーツとアイスクリームを少しずつ食べる。
「亜稀はお代わりは?」
「もう一回取りにいてもいい?」
「ここにいるから行っておいで」
「すぐ戻ってくるから」
 亜稀は走って食事を取りに行く。
 男子が持ってきてくれたジンジャーエールを口にする。
 すっきりとした味わいで、食後にちょうどいい。
 男子がまた寄ってきた。
「奈都、お花いらない?」
 ミニブーケを順にわたされる。
「こんなに持てないよ」
「僕たちの気持ち。僕たち奈都のことずっと好きだったんだよ。奈都が男装し始めた頃から」
 もらった花束を見て、奈都は慌てて、それを返そうとした。
「ごめんなさい。わたしには約束をしている人がいます」
「大袈裟に取らなくていいよ。もちろん意識してもらえたら嬉しいけど、今日は受け取ってくれるだけでいいんだ」
 花束は持ちきれないほどの量で、男子生徒が奈都の座っているテーブルの上に置いていく。山盛りになっていく花束を見つめて、奈都は呆然としていた。
「奈都に手を出すな」
 亜稀が慌てて走ってくる。
 男子たちは手を振りながら、奈都から離れていく。
 亜稀の皿は、また大盛りになっている。
「すごい花束の量だな」
「綺麗だけど、こんなにたくさんどうするの?」
「部屋中に飾ったらいい」
 亜稀はポケットからミニブーケを出すと、奈都にそれをわたした。
「俺も奈都に一票」
「一票?」
「ミス城南が決められるんだよ」
「辞退するからね」
「好きにしたらいいよ」
 亜稀がくれたミニブーケはピンクに纏められた薔薇とガーベラ、カーネーションが白いかすみ草が入っていた。
「綺麗」
 奈都がミニブーケを見つめながら微笑んでいる。
「あいつらに何か言われたのか?」
「好きだって言われた」
 亜稀が顔をしかめた。
「断ったのか?」
「うん。断った」
「それならいいけどさ」
 亜稀は素早く食べ始める。
「響介と同じくらい、俺だって奈都を好きなんだからな」
「わかってる。平等にしてるつもりだけど、なってない?」
「エッチ以外は平等だと思う」
「それだけじゃ駄目なの?」
「今はそれだけで十分」
 亜稀は通りかかったホテルマンを呼び止めて、花束を預けた。
「ありがとう、亜稀」
 亜稀は社交界デビューを既にしている。
 会社のパーティーで響介と、祖父が健在だった頃からパーティーに出ている。
 ドレスを拒んだ奈都は、いつも家政婦と留守番だった。
 だから、パーティーは嫌いだった。
 女性だと受け入れた今、やっとパーティーに来られた。
ドレスも綺麗な会場も美しく、流れる音楽も優雅だ。
「奈都、次はダンスだよ」
 亜稀の手が奈都の手を取る。
 ホールの真ん中にエスコートされる。
 ダンスは、響介が毎晩教えてくれた。
 亜稀が奈都の手を優しく取り、曲に合わせてダンスを踊る。
「奈都、うまいな」
「響ちゃんに教えてもらったの」
「今日が奈都の社交界デビューだね」
「うん」
「光栄だな」
 亜稀は嬉しそうだ。
 奈都はずっと笑顔のままだ。
「亜稀、上手だね」
「マナーなんだってさ。家庭教師がついて特訓させられた」
「僕も両親たちの言うこと聞いて、行けばよかった」
「ごめんな、奈都。奈都が自分のこと男だと思い込んだの、俺のせいだったんだ」
「覚えてないんだ。ほんとに。自分の気持ちもわからなかったし」
 体がくるくる回る。
「今は楽しいし、幸せだよ」
 曲が終わって、亜稀の手が奈都の手を取りながら、壁際に寄る。
 高校のダンスパーティーは学校全体のパーティーなので、ダンスも順番に踊っていく。
 次の曲は休憩だ。
「飲み物取ってくるよ。オレンジジュースでいい?」
「うん」
「ここで待っていて。男子が近づいてきても、どこにも行かないでね」
「わかってる」
 亜稀が走って行った。
 奈都が壁際に置かれた椅子に座ろうとしたとき、奈都の周りに、着飾った女子たちが集まってきた。
 奈都を虐めているメンバーだ。
(今日は何を言われるんだろう)
 奈都は気を引き締める。すべて聞き流せばいい。
 最初に話し始めたのは、奈都の家柄と同じくらいの家柄のお嬢様だ。
 虐めのリーダーだ。
 会社同士が敵対しているからって、学校で子供同士が敵対する必要はないと思うのに、奈都の姿が視界に入っただけで、意地悪してくる。
 昔から、何に対しても張り合ってくる。面倒な女の子だ。
 お嬢様なのに、ケバい。身につけている物はすべて有名なブランド品で、ブランド品が歩いているみたいだ。ブランド品を詳しく知らない奈都にもわかるほど、目にしたことのある品だ。せっかくのお嬢様なのに、話し方や態度に品がない。
 母が生きていた頃、『残念な子ね』と彼女のことを言ったことがある。
「三谷さん、ごきげんよう」
「なにがごきげんようよ。男にちやほやされて、楽しい?突然、ドレスなんて着たって全然似合わないわ。足が、がに股になってるんじゃない?」
 視線が奈都の足下に落ちる。
 がに股になどなっているはずもない。
 奈都の足は細くて綺麗だ。
 奈都が履いているお洒落なパーティー用の靴を見て、三谷が顔を顰めた。
「なんて生意気な。新作のナナコ。まだ日本に上陸してないのじゃない。お父様に頼んで買ってきてもらうはずだったのに、売り切れだったの。あなたが買ったのね」
 奈都はブランド品に興味はない。ブランド品の名前もほとんど知らない。揃えてもらった服を着ているだけだ。
 三谷が苛々と奈都に詰め寄った。胸元のリボンを引っ張られ、奈都は慌ててリボンを押さえる。繊細なリボンは乱暴に扱われると取れてしまいそうだ。
「兄からのプレゼントなんです。わたしはなにも知りません。そもそもサイズが違うんじゃないですか?」
 奈都が履いている靴と三谷の履いている靴のサイズが違う。三谷の方が見るからに大きい。
 黙っていたら、余計に怒らせそうで、奈都は真実を話す。
 三谷の体格は、奈都より一回り以上大きい。
「私の足が大きいとでも言いたいの?生意気なのよ。ずっと男の姿のままでいればよかったのに」
「わたしは女です」
(女になろうと思った。両親が望んだように。愛する響介のために。なにより自分がなりたかった)
 だから罵倒も虐めも聞き流していられる。
 引っ張られたリボンがドレスから引きちぎられてしまった。
「あっ、酷い」
 奈都は床に落ちたリボンを拾った。
(縫い付ければ直せるかな?響ちゃんが買ってくれたのに、悔しい)
 リボンを握って、目の間に立つ女子たちを、初めて睨んだ。
「乱暴はやめてください」
 負けたくない。初めて三谷に口答えをした。
 いつも黙っている奈都からの、初めての反発の言葉を聞いて、三谷は口元を歪めた。口調が更に荒っぽくなる。
(ああ、なんて見苦しいんだろう)
 特別美人ではないが、上品にしていたら美しく見えそうな顔立ちをしているのに、顔を歪める姿は、この場に相応しくはない。
(私も睨んでしまったから、三田さんのこと言えないかな?)
 母に叱られてしまう。
『金森家の娘として、凜として上品にしていなさい』母の口癖だった。
「ドレスなんて似合わないのよ。破れたドレスの方があんたにはお似合いよ」
 三谷が敗れたドレスを見て、鼻で嗤った。
「男子はあんたに本気で夢中だと思ってるの?」
 三谷の横に並ぶ、三谷の子分的な存在の女子が声を上げた。
「なんでかわかる?体が不自由でも大企業のお嬢様だからだよ」
「あんたと結婚して、あんたが死んだって血縁関係は結ばれる。だからだよ」
「姉弟だからって亜稀君と手を繋ぐな。今日の亜稀君、走ってばかり。パシリに使うな。あんたの奴隷じゃないんだから」
 立て続けに言われて、奈都は言葉を挟む隙もなかった。
 言われたことは正論だ。悔しいけど、その通りだった。
 ドレスを破かれ、悔しくて。
でも彼女たちの前では泣きたくなかった。
 虐めに負けたくない。
「私には約束した人がいます」
 精一杯の奈都の叫びだ。
(響ちゃんがいる。ちゃんと愛されている。だから負けない)
「生意気なのよ。婚約者がいるなんて!どうせ形だけだわ」
「本当に愛されていると思ってるの?」
「勘違いしててみっともない」
「むしろかわいそう?」
「破けてて、すごくみっともないドレス」
「ここで脱いだら」
 突然、頭の上から、いろんなジュースをかけられた。
 甘い匂いで噎せ返りそうだ。
 最後に三谷が仲間たちに目配せすると、女子たちがグラスを投げた。
 大量のグラスは足に当たったり床に落ち、跳ね返ったカラスが奈都の足に刺さったり切りつけた。
「痛っ、あっ」
 膝下から血が流れている。
 傷は数カ所にわたってあった。
 パーティー会場がざわつく。
「奈都」
 亜稀が走ってきた。
 手にはオレンジジュースを持っていた。
「亜稀」
 身動きが取れず、奈都はじっと立っていることしかできない。
「何したんだよ?」
 亜稀が怒声をあげた。
「品のないお嬢様に忠告しただけよ」
「奈都の足、怪我してるじゃないか」
「私は知らないわよ。足に当てるつもりはなかったもの、手が滑ったのよ」
 三谷たちは逃げるように、奈都の前から離れていった。 
 ぐっしょり濡れた奈都は、呆然と立っていた。
 髪からジュースがしたたり、響介が選んでくれたドレスが、ジュースでぐっしょり濡れている。
 髪からいろんなジュースの匂いがする。
 足が痛い。流れてきたジュースがしみる。
 生徒会の執行部の人たちとホテルマンがタオルを持って駆けつけてくる。
 亜稀は手に持ったジュースを通りがかった人にわたすと、奈都の体を拭いた。
「大丈夫?奈都」
「今まで楽しかったのに、夢から覚めたみたい」
 奈都はただ呆然と立ち尽くしていた。


 ホテルが提供してくれた部屋で、奈都はシャワーを浴びて、べたついた肌を綺麗に洗った。
 足の傷は流しただけだ。触らないようにと担当教師に言われた。
 破れたドレスはビニールに入れられ、アクセサリーや靴は亜稀が洗ってくれたて、ビニールに入れられた。
 バスローブを着て、部屋に出て行くと、響介が来ていた。
「響ちゃん、ドレスごめんなさい」
「ドレスなんてどうでもいい。奈都、足を見せなさい」
 バスローブが赤く濡れている。
 バスローブを捲ると、響介が眉を顰めた。
 学校の生徒会長と担当教諭が、深く頭を下げている。
「奈都、着替えを持ってきた。着替えて病院に行こう」
「自分で刺さったガラス抜いて血が止まるまで押さえていたら、止まるよ」
 改めて傷を見て、奈都はショックを受けていた。
(もうスカートははけないかもしれない)
「範囲も大きいですし、カラスの破片は自分では抜けません。病院に行ってください」
 担当教諭が早口に言った。
 ホテルの支配人が奈都の荷物を持ってきた。
 ホテルの関係者も、深く頭を下げている。
 奈都は響介が持ってきた下着と新しいワンピースを着て、ホテルの使い捨てスリッパを履いた。持ってきてくれた新しい靴を履こうとしたが、傷があたって履けなかった。傷の上から軽く包帯を巻かれて、コートを着せられると響介に病院に連れてこられた。



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