唯一の恋

綾月百花   

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2   弟が変なんです

1  モテ男の弟が彼女と別れています

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 制服を着た女性がずらっと三十人ほど横に並んでいた。
 校庭には見物客もいるので、大騒ぎだ。
 校舎の窓からものぞき込んでいる生徒がたくさんいる。
 奈都は帰ろうとして、その騒ぎの中に亜稀の姿を見つけて足を止めた。
「一発ずつ殴っていい。俺は今日限り誰とも付き合わないしデートはしない」
 潔く頭を下げる亜稀を見て、奈都は大きなため息を漏らした。
 日替わり弁当のようにたくさんいると思っていたが、弁当屋のメニューより並んでる女性の方が多そうだ。
「本命ができたから別れて欲しいってことでいいのかしら?」
 亜稀の正面に立っていた女性は、以前に奈都が見た、亜稀と一緒にホテルに入っていた女性だった。
「そう思ってもらっていい」
「相手は誰?」
「秘密だ」
 女子生徒たちがざわめいた。
 亜稀はバスケ部のエースだ。
 家柄もいいし顔もいい。性格も優しいので、普通にモテないわけがない。
 目立つ存在なのに、誰にも優しくするから、誰もが亜稀を好きになる。2年生なのに学園中から人気もあるし、女子にモテる。
「今までありがとう」
 亜稀はひたすら低姿勢だ。
 頭を下げている。
「面白くないわ。彼女がこんなにたくさんいたことも不愉快だわ」 
 女子生徒は亜稀の前まで行くと、頬を拳で二発殴って、腹に蹴りを入れた。
 亜稀は倒れそうになって、それでもしっかり立っている。
「すまなかった」
 殴られて、頭を下げた。
 女子生徒は振り返ることなく、亜稀から離れていく。
 その女生徒に続いて、次の女生徒が亜稀の前にやってきた。
「まったく不愉快だわ。私はセフレだったのね」
「すまない」
 響く音を立てて、往復ビンタ。やはり蹴りが入る。
「すまなかった」
 亜稀は一人ずつ、けじめを付けて謝罪していく。
 三十人ほどの女生徒に叩かれたり殴られて蹴りも入れられ、校庭には亜稀一人が残った。
 肩で息をしている。
 女生徒たちがいなくなると、見物客はすっといなくなった。
「亜稀、大丈夫?」
 奈都は亜稀の立っている場所まで走って行って、倒れそうな体を抱きしめた。
「だから言ったのに。どれだけ恋人作っていたんだよ?」
「来る物拒まず、去る者追わずだっただけ」
「節操なさ過ぎ」
「反省してる」
「顔、腫れてるよ」
 亜稀の頬を掌で包み込む。熱がこもってて痛そうだ。
 奈都は体を離すと、水道のある校庭の隅へと走って行く。
「奈都」
「ちょっと待ってて」
 水道でハンカチを濡らすと、駆けて戻っていく。
「タオル持ってないんだ。ハンカチしかなくてごめん。これで冷やして」
 亜稀の手にハンカチを握らすと、亜稀の汚れた制服を手ではたいていく。
 痛くないように、気をつけながら制服から汚れを落とすと、しげしげと亜稀の顔を眺めた。
「女の子の気持ちをもてあそぶから」
「付き合ってくれるだけでいいって言われて、付き合っただけなんだけどね。みんな本気だったみたいだね」
「これくらいで許してもらえて、よかったよ。刺されてたっておかしくない」
「そうだな」
 奈都は亜稀の鞄も持った。
「歩ける?」
「歩けるよ。荷物なら俺が持つから」
「顔、冷やしてなよ。見てるだけで痛そう」
 校庭から、校門へと歩いて行く。
 奈都の目に涙が浮かんでいる。
「亜稀が叩かれるたびに、僕まで痛かった」
「奈都、ごめん」
「今度の本命の子には、誠実にしてあげなね」
「奈都!俺の本命はっ」
「誰かなんか、聞かない。プライベートの事だから」
 奈都は俯いて歩いている。
「亜稀が今日みたいに殴られるのは、もう見たくない」
「ごめんな」
 奈都は首を左右に振る。
「荷物、重いだろう?」
「鞄、2個は重い。明日は僕の分、亜稀が持って」
「わかった」
 俯いたまま、奈都は口数が少ない。
「奈都を傷つけてごめん」
「もういいから、早く帰ろう。その汚れた制服、洗ってあげる」
「奈都」
 奈都は少しだけ微笑んだ。
「誇りっぽいの嫌なんだ。僕のも洗おうかな」
 家に帰ると、奈都は二人の制服を持ってお風呂場に入っていった。
 子供の頃に水浴びしていた小さなたらいで、奈都は一つずつ手洗いする。
 洗濯機を使えば簡単なのに、しわになるから嫌だと言う。
 以前、家に通っていた家政婦が洗っていた方法だ。
 一緒に体も洗ってしまう。
 洗い終わった洗濯物を、脱水にかけて、長い廊下にある干し場に丁寧に干している。
 柔軟剤の優しい香りがする。
「奈都、ありがとう」
「亜稀はお風呂入って、傷の手当てするから」
 ショートパンツにだぼっとした大きめなのトレーナーを身につけた奈都が微笑む。
「ご飯作ってるから、お風呂出たら教えて」
「わかった」
 風呂上がりの甘い香りをさせながら、奈都は台所の方に歩いて行った。


「今夜は何かな?」
「今夜はお父さんが好きだったカレー。月命日でしょ?」
「ああ、そうだったね」
 台所に立つと、響介がやってくる。
「ねえ、響ちゃん。僕が寝てる間に抱くの辞めて」
「いやかい?」
「意識がないうちに抱かれるのって、夢なのか本当なのかわからない」
「夜、起こしていいのか?」
「起こしてくれてもいい」
「起きないときは抱いちゃうからね」
 じゃがいもを剥きながら、奈都は響介を見上げる。
「ねえ、響ちゃん。僕のこと、本気で好きなの?」
「僕は好きな人しか抱かないよ」
「うん」
 奈都の頬が赤くなる。
「奈都は僕を好きかい?」
「響ちゃんのこと嫌いだったことはないよ。でも、恋愛感情かどうかは、まだわからない」
「そんなことを言うなら、キスするよ」
 奈都の手から包丁を取り上げると、絡みつくようなキスをしてくる。
「んっ」
 背中を撫でた手が、お尻を撫でる。
 じゅくっと下肢が濡れて、奈都は響介の体を軽く押した。
 水のようなもので、下着が濡れた。
(どこから水が出てくるんだろう)
「響ちゃん、ご飯作れなくなる」
「顔が真っ赤だ」
 響介の手が奈都の頬を撫でる。
 トントントンと壁を叩かれて、奈都は台所の扉を見た。
「いちゃついてるところ邪魔して悪いんだけどさ、奈都、お風呂から上がったから声をかけたよ」
 奈都の頬が更に赤くなる。
「響ちゃん、野菜切っておいて。亜稀の怪我の手当してくる」
 奈都は手を綺麗に洗うと、早足で台所から出て、亜稀の手を握って居間へと走った。

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