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7   手巻き寿司

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 日曜日の夕食は手巻き寿司になった。
 大地君が酢飯を作って、わたしがうちわでご飯を冷ましている間に、野菜を洗ったり刺身を切ったりしている。最初に作った厚焼き卵が美しい。少しも焦げていなくて、綺麗な黄色で、綺麗な四角になっている。ご飯と一緒に冷ましている。

「ご飯、冷めてきた?」
「まだぬるいけど、許容範囲かな?」

 テーブルの上にお皿が並べられていく。

「盛り付けも上手だね」
「これも慣れかな?海釣り行くと、その場で捌いて皿に並べて、みんなで食べるんだ。子供頃からやってるから、これくらいは簡単だな」
「すごいね、大地君」
「卵も切っちゃうね」
「うん」

 細長く切られた卵が置かれて、大地君は小皿に醤油を垂らした。

「わさびはいる?」
「いらない」

 大地君は自分のお皿にわさびを置いて、片付けた。

「さて、食べるぞ」

 大地君が座ったので、ご飯を扇ぐのを止めた。
 ふたりでいただきますをして、食べ始めた。
 海苔にご飯をわずかに載せて、サラダやキュウリ、大葉、お刺身を載せて海苔を巻き、醤油をわずかにつけて食べる。

「美味しい」
「うん、旨い」

 大地君は作るのも上手だけど、食べるのもしっかり食べる。
 わたしが1コ食べ終える前に、2コは食べてしまう。さすがに男子だ。
 どうしても食べたかった卵焼きも野菜に巻いて食べてみた。少し甘く味付けされた卵焼きだった。見たとおり美味しい。大地君に釣られるように、食が進んだ。お刺身もいつもより美味しく感じる。

「もう、お腹いっぱいよ」
「花菜ちゃん、もっと食べなよ。お刺身だけでも」
「うん、あと少しね」

 ご飯なしで、お刺身や卵焼きを食べる。最後は卵焼きばかり食べていた。
 その間に、大地君は綺麗にお皿をからにする。
 たくさんあったご飯もなくなってしまった。

「食べ過ぎた」
「花菜ちゃん、あまり食べてなかったよ」
「そんなことないよ。いつもよりたくさん食べたよ」

 大地君は空になったお櫃を水に浸けて、冷蔵庫からお茶を持ってくる。

「お茶のおかわりは?」
「もらう」

 先にマグカップに入れてくれる。

「大地君の卵焼きは甘いのね」
「甘く焼いたり、だし巻き卵にしたり、いろんな味付けにするよ。花菜ちゃんは甘い卵焼きが好きなの?」
「初めて食べたの。とても美味しかった。いろんな味の物も食べてみたいな」
「明日からのお弁当で、いろんなのを入れるから、楽しみにしていて」
「うん。お弁当、すごく楽しみ」

 大地君が照れくさそうに笑った。

「少し休んだら、先にシャワーを浴びて来なよ」
「でも悪いわ」
「髪も乾かさないといけないし、洗濯機は回して置くから、干してくれるよね?」
「うん。それなら先に入るわね」

 わたしは席を立った。大地君も片付けを始めた。




 シャワーを浴びて、髪を梳かし、化粧品を塗ると、タオルで髪をしっかり拭い、洗濯機の中にタオルを入れる。化粧品の入ったケースを持って部屋に戻る。

「大地君、お先に」
「はーい」

 ドライヤーで髪を乾かす。昨夜はこの長い髪がうとましく感じていたのに、今日は愛おしく感じていた。髪にいい香りのするオイルを塗って乾かしているので、仕上がりはさらさらになる。
 少し褒められただけで、こんなに気持ちが変わる。
 髪を乾かして、洗面所に行く途中で大地君が居間でビールを飲んでいた。

「花菜ちゃんも飲む?」
「うん」

 冷蔵庫からベリーのカクテルを出してきて、並んで座った。
 大地君、ご飯の時からわたしのこと花菜ちゃんって呼んでるのに気付いてない。不快ではないから別にいいけど。

「カクテル美味しい?」
「うん、美味しい」
「花菜ちゃん、あー、花菜さん」

 ハッと呼び方に違和感を覚えたのだろう。
 目覚めるように、名前を言い直す。

「花菜ちゃんでいいよ」
「なんか呼びやすくて」
「それで何?」
「明日、俺、外回りだから、いつもより1時間くらい遅くなるかもしれない」
「わたしも定時では帰れないと思う。明日、新人研修があるんだ」
「そっか、花菜ちゃんが新人見てるんだっけ?」
「持ち回りだからって、押しつけられちゃって。わたしって押しに弱いって言うか、頼まれると断れなくて。こういう所直したいんだけどね」
「そういう所、ひっくるめて花菜ちゃんだよ。後輩の面倒見ている花菜ちゃん、素敵なお姉さんみたいに見える。見た目が花菜ちゃんより上の者がいるようだけど・・・・・・」
「松野さんなんか、貫禄があるから、いつもわたわたしちゃうよ」

 大地君がケラケラ笑う。

「松野さんは、体格あるし、顔も濃いもんね。花菜ちゃん潰されそうだなって、いつも見ているよ」
「いつも見ているの?」

 大地君はアハハと笑った。

「そりゃ、花菜ちゃんはうちの部署の花だし。いるだけで癒やされる」
「ご飯も作れないのに、幻滅したでしょ?」
「そんなことないよ。スーツを脱いだ花菜ちゃんを見られるなんて、俺ってすごく運がいい。小次郎爺ちゃんに感謝しないと」
「大地君も女子にいつも囲まれていて、モテモテだよね。わたし、声なんてかけられないもの」
「適齢期の男が、そんなにいないから群がるんだ。いつも押せ押せで、引いちゃうよ」
「そうなの?」
「俺にも選ぶ権利はあると思わない?」
「みんな可愛いけどね」
「俺のタイプじゃないんだ。それにあまり迫られると迫力負けしちゃうんだ。気が弱いんだと思う。女子耐性がないからさ。俺さ、高校は男子校だったし、大学も工学部を出てるんだ。男ばっかりだよ。兄弟みんな男の末っ子だしね」
「工学部を出ているのに、営業部にいるの?研究部に配属されなかったの?」
「専門分野の分かる営業が欲しいって言われたわけ。いずれ、正式に研究部に転属されるかもしれないけど」

 初耳だ。

「大地君って、優良物件なのね。なるほど・・・・・・」

 わたしは入社してからずっと武史しか見てこなかったから、部署の噂も知らなかった。
 どうしてみんなが大地君に群がっているのかが、分かった気がした。
 優しいし、気配りもできるし、しかも末は研究部に異動させられるのかもしれないなんて、話を聞いただけで、結婚相手にしたいと思うよね。
 営業部と研究部では基本給も違うって有名だし。

「そこで黙らないでよ。俺、見た目ほどできる男じゃないよ。営業成績はそんなに良くないし。営業には向いてないんだと思う。辞令もらった時から転属願いを出してるもん」
「へえ、そうなんだ。じゃやっぱり研究部に行っちゃうかもしれないんだね?」
「俺はPCに向き合って研究している方が性に合っているからね。人付き合い下手なんだ」
「そんなふうに見えないけど」
「相手が花菜ちゃんだからだよ」
「わたしだから?」

 大地君は、またわたしの髪に触れた。

「綺麗な髪だな。いつも頭の上に団子にしているのが勿体ない感じ」
「大地君、髪フェチ?」
「どうかな?」

 大地君はビールの缶をテーブルに置くと、天井を見上げた。

「さっきも言ったけど、俺の人生に女の子はいなかったから、女の子の髪に触れたのは初めてだし、こんなに綺麗だと思ったことも初めてなんだ」

 サラッと髪を梳かれて、なんだかくすぐったい。

「守ってあげたいって思ったのも初めてだから、俺にもよく分からない」

 それはまるでわたしに好きだと言っているみたいに聞こえた。
 でも、大地君は自分の気持ちに気付いていない。気付いていないのなら、わたしも気付かなかったように振る舞おう。
 わたしには大地君の気持ちに応えられるような綺麗な体じゃない。
 4年も武史と同棲して捨てられた女なのだから。

「そろそろ洗濯物干してくるよ」
「ああ、引き留めてゴメン」
「ううん。大地君、今日もありがとう」

 わたしは飲んでしまった缶を台所の缶を入れる袋に入れると、洗面所に入っていった。
 歯磨きして、洗濯機から洗濯物をカゴに入れる。
 今日、大地君が病院に着いてきてくれたときの洋服はネットに入っていた。
 普段は着たことのないお洒落な服は、わたしを守るため婚約者の真似をするために、準備してくれたのだろう。
 優しい人だ。モテないわけがない。
 わたしはカゴを持ち、自分の部屋から縁側に出て、洗濯物を干した。
 大地君のお洒落な服は、手で皺を伸ばして綺麗にした。明日はアイロンをかけようと思った。


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