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48   漆黒の闇

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『炭の幽霊』

 それはわたくしを意味する言葉だ。

 視力を失ったわたくしは、邸の離れに別邸を造ってもらい、そこでわたくしの目の代わりになる侍女と一緒に暮らしている。

 聴覚は僅かに聞こえる程度だ。

 静寂の中、時折、声が聞こえることがある。

 食事は本宅から運ばれてくる。

 本宅は改築された。

 ミルメルの部屋は完全になくなり、アルバお兄様のお嫁さんの部屋が造られ、夫婦の部屋が出来上がり、アルバお兄様の仕事部屋が造られた。

 お母様は追い出されなかった。

 母親思いの優しい後継者と言われたかったのかもしれない。

 お母様は、わたくしと一緒に暮らすと思っていたのに、そうはならなかった。新しいお嫁さん、ミリアンと仲良く暮らしている。

 彼女は風属性で、きっと子供は風属性の子が生まれるだろう。

 わたくしは生きている意味はあるのだろうか?

 前国王陛下と並んで、次から次へと国を滅ぼしていったわたくしを、戦争犯罪者と呼ぶ者が多く、前国王陛下のように、迫害を受けている。

 そもそも、盲目となり、魔法も使えなくなったわたくしには、何もすることはできない。

 唯一救われているのは、わたくしの醜いと言われている自分の姿を見ることができないことが、わたしを冷静にさせている。

 掌で腕や顔に触れると、ガサガサとして、まるで枯れた木に触れているように感じる。

『炭の幽霊』という慣用句は、あながち間違っていないのだろう。

 美の妖精とまで言われていたのに、炭ですって。

 笑いが止まらないわね。

 社交界に出ることもなくなり、邸の離れに幽閉されている。

 毎日、何を着ているのかも見えないので、気にもならなくなった。

 わたくしに付けられた侍女は、無口で、余計な事は言わない。

 わたくしも無口になった。

 話すこともなくなった。

 唯一得意だった光の魔術の話しも、魔術が使えなくなれば自慢できる物もない。

 我が家のお茶会すら声がかからない。

 声の出し方さえ、忘れそうになる。

 双子の妹のミルメルなら、容姿が変わったとしても、何も変わらずに声をかけてくるだろう。

 ミルメルに会いたい。

 漆黒の視界の中でも、ミルメルの姿だけは、はっきりと見える。

 ミルメルが豊作の舞いを舞っているのだ。

 とても美しく、優雅で、淑やかで。

 わたくしにはない魅力があった。

 努力家のミルメルだったら、視力を失っても、新しい何かを始めるだろう。

 それなのに、わたくしは、ただ生きているだけだ。

 毎日、国から光の魔術師が治療にやってくるが、光を浴びても、光も見えない。

 闇が深すぎるのだ。

 ミルメルが治療をしようとしたとき、頭を下げても、治療してもらえばよかったと思うのだ。

 炭の幽霊だとしても、目は見えたかもしれない。

 なんて愚かな自尊心なのだろう。

 そんな物があっても、生きる糧にもなりはしない。

 寒い冬が深まり、肌が切られるような痛みが出てきている。

 露出している場所は、包帯で巻かれている。

 暖炉の火に当たると、今度は焼けるような痛みが出てくる。

 戦争を起こした罰なのでしょう。

 自死こそ、わたくしにとっての負けです。

 生がある間、わたくしは生きて行かなければならない。

 アルテアとしての意地ですわ。

 ミルメル、今度会ったときに、わたくしの姿をしかと見せてやる。

 わたくしは醜くなっても、生きている。

 ミルメルなら泣いて自死するでしょうが、わたくしはミルメルのように弱くはないの。

 家族にも邪魔にされていたとしても、生きる事がわたくしの意地ですわ。

 いつかミルメルに会いたい。

 そうして、わたくしの意地を見せてやろう。

 目標は見つけられたようだ。

 双子の妹がいて、よかった。

 この感情は、初めて抱いた物だった。

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