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15   魔獣ですって?

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「お父様、魔獣ですって?」

「ミルメルが朽ちていくときに、闇が生まれたのではないかと、父は考えたのだが」

 お父様は、ミルメルが既に死んでいる前提で考えているようですわね。

 領地にある迷いの森には、入った事はないけれど、そんな危険な場所なのかしら?

 川には水が、年中満ちていた。

 その水がなくなっている事が、まずは不思議な話ね。

 水がなくなれば、作物は育たなくなる。

 深い森に囲まれた領地の田畑は、いつも緑豊かで、生まれてこのかた、作物の不作の話など聞いた事がなかった。

 もし、本当に魔獣がいるなら、どこからか魔獣が移動してきた可能性が高いけれど、魔獣と水不足は関係ないと思うのだ。

「分かりました。これから、領地に向かいましょう。誰か学校に欠席する事を知らせてきてちょうだい。直ぐに支度をしてくるわ」

「すまないな。なんでもアルテアに頼って」

「聖魔法の使い手ですもの。こんな時に働かなくて、いつ働くの?」

「なんと頼もしい」

「お父様も早く食事を終えて、旅支度をしてくださいね。お母様は危険なので、今回はお留守番がいいと思うわ」

「そうだな、スルは留守を頼む」

「ええ、分かりました。ちゃんと学校には知らせておきますから」

「お願いします。お母様」

 手早く、朝食を終えると、わたくしは自室に戻りました。

 トランクに着替えのドレスを数着入れて、よく考える。

 今は夏だ。夏の暑い時期に万が一、山に入ることになれば、綺麗なドレスが汚れてしまう。いったん入れたドレスを出して、少し古いドレスに替える。

 ドレスは山のようにたくさんあるけれど、新品同様のドレスで山の中を歩き回るのは嫌だった。

 汚れてしまったら、聖魔法をかけて、自分を浄化すればいい話しだが、気持ちの問題だ。

 日焼け予防のお化粧と麦わら帽子も必要ね。

 それにしても、ミルメルは本当に死んでしまったのかしら?

 どこかで生きていて、嫌がらせに闇魔法を放っている可能性の方が高い気がするのだ。

 魔術師だって人間だ。

 死後に魔術を発動させることは不可能だと思うのだけれど……。

 そこで、ハッと気づく。

 魔術ではなくて、呪いの類いならば、死後でも発動させられる。

 呪いならば、光の聖魔法で浄化できる。

 やはりミルメルは、みそっかすね。

 やることが中途半端なのよ。

 かかってくるなら、もっと徹底的にすればいいのに……。

 そうだったわ、あの子、魔術が苦手だったわね。

 ならば、中途半端な魔術でも仕方ないわね。

 わたくしは、侍女に荷物を運んでもらい、一階に降りて外に出た。

 お父様が、馬車に荷物を積み込むように指示を出していた。

「アルテア、もう荷物も揃ったのか?」

「ええ、暑いでしょうから、多めに持ってきたわ」

「食べ物もないかもしれないからね、こちらから持って行かなければならない」

 馬車は三台用意されて、一台目はわたくし達、二台目は使用人、シェフも一人連れて行くようだ。三台目には、荷物と食材だ。

 用心に、我が家の騎士が集まっている。

 それにしても、大がかりだ。

 水がないとなれば、水桶に水を入れて行かなくてはならない。

 領地滞在中は、もしかしたら、お風呂も入れないかもしれないわね。

 自分を浄化すれば、綺麗になるけれど、お風呂は特別に気持ちよさがある。

 まあ、どうにかなるかと思って、わたくしは、馬車に乗り込んだ。





 食事以外、馬車で走りっぱなしで、三日目にやっと領地の一つ、タン村に到着した。

 タン村の邸に荷物を運び込んでもらっている間に、わたくしはお父様と騎士達を伴って、村の中の巡回を始めた。

「田畑はご覧の通りでございます」

 村長の孫が言ったように、畑は何かに荒らされた後のようにも見える。

 田園は水涸れを起こし、稲が頭を下げている。

 わたくしは、馬車から降りて、辺りを見渡す。

 だが、邪悪な物があるわけではない。

 ミルメルの気配も感じられない。

 わたくしは片膝をつき、手を胸の前で組んだ。

「大地の神よ、この穢れた地に慈愛の雨を降らせ、本来の実りを授けてくださいませ」

 わたくしは辺りを浄化した。

 急に晴天の空に雲がかかり、雨がポツポツと降り出した。

「これで、大丈夫よ。暫く、様子を見ましょう。もうすぐ、本降りになるわよ」

 わたくしは急いで馬車に乗り込んだ。

 お父様も急いで馬車の中に入る。

 騎士達は外套を被り、それから、川の様子も見に行く。

 川があった場所には、本当にここが川だったのかと思えるほどの水しか流れてはいない。

 魚は干上がり、死に絶えている。

 わたしは外套を着ると、馬車を降りた。

 雨は本降りになっている。

 川の状態を見ても、ミルメルの気配はない。

 邪悪な魔術や呪いの類いも感じられない。

 これは、どういうことだろう?

 湧き水の水が涸れたのだろうか?

 わたしは馬車に戻った。

「お父様、川の源流はどこでしょうか?そこで、聖魔法をかけてみたいのですが?」

「山に入らなければならぬが、途中まで馬車で行ける。乗りなさい」

「はい」

 お父様は、わたくしが馬車に乗ると、顔を拭くタオルを渡してくださった。

 外套を脱いで、濡れた顔や手、髪を拭う。

「先に調査をすればよかったわね」

「だが、あの田畑の様子を見れば、一刻を争うことは目に見えていた」

「そうですわね」

 馬車は山道を上がっていく。

 ゆっくりであるが、歩くよりは速いだろう。

「お父様、ミルメルの気配はありませんわ」

「なんだと?ミルメルがしておると思っておったが」

「ミルメルの魔術ならば、簡単に突破できますが、原因は不明ですわね。けれど、水の源流が分かれば、源流に力を与えられます」

「そうか、アルテアのお陰で、この領地も生き返るな」

「それは勿論ですわ」

 一時間山を上って、今は近道のために雨の水が流れている川を上っていく。

 わたくしったら、しくじったわね。

 先に調査をしてから雨を降らせるべきでしたわ。

 足下は滑るし、歩きづらい。

 ドレスもぐっしょり濡れてしまった。

 川の源流は、水神様を奉っている。

 そっと覗き込むと、いつもの勢いはなく、岩の合間からチョロチョロと水が流れてくる。

 森の中にあるが、ここは整備されているので安全ではある。

 サーチ能力はないけれど、光魔法の応用で、辺りを照らして、その反射を見てみた。

 魔獣と呼ばれそうな、大きな獣の気配はしない。

「水の神様、本来の恵の水をお与えください」

 浄化の光が出て、水源の岩の間から、水が流れ出てきた。

「お父様、これで大丈夫ですわ。本来、あるべき姿に戻りますわ」

「ああ、アルテア、なんとよくできた娘だろうか。父の自慢の娘だ」

「水嵩が増してきますから、今度は安全な道で戻りましょう」

「そうであるな?」

 今度は、整備された山道を歩いて行く。

 遠回りになるが、安全な道だ。

 迷いの森の中にあるが、この道だけは安全に歩ける。

 村人が定期的に整備をしているので、きちんとした道ができている。

「お父様、暫く、様子を見ましょう。水が流れてこれば、田園にも水が行きますし、田畑の水やりも安心ですわ」

「そうであるな。暫く、様子を見よう」

 護衛の騎士に守られながら、下山する。

 思いがけず登山をすることになり、明日は体の節々が痛むであろう。

 馬車が止まっている場所までは、なんとか歩かなくてはならない。

 何時間も歩いて、やっと馬車まで到着すると、もう夕方近かった。

 馬車に乗り、後は邸に戻るだけだ。

 疲労で、馬車に乗ると眠りがやって来た。

 仕事はやり遂げた。後は待つだけだ。


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