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第十八章
11 冬の親睦会
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今年の冬の親睦会は、いい思い出のない熱海の「和」で行われる。
今年のスケジュールは29日にバイキング、30日にダンスパーティー、31日にカウントダウンパーティー、同時にダンスパーティーも開かれるようだ。元旦、ダンスパーティー、2日目、会議にダンスパーティー、3日目から自由行動、7日目の正午までにチェックアウトとなっている。
わたし達は29日の午前中に出かけた。寒い時期なので、寄り道はドライブだけだ。
お昼頃に到着するように、調節しているようだ。
今年は寒いが、まだ雪は降っていない。
ホテルの入り口で下ろしてもらって、子供達を連れてホテルの中に入っていくと、既に和真さんとティファさんが来ていた。
子供達が二人めがけて走って行く。
走っちゃ駄目と言う前に、もう二人の周りに到着していた。
わたしはゆっくり歩いて、二人にお辞儀をする。
「美緒ちゃん、久しぶり」
「ミオ、久しぶり!元気か?」
「お久しぶりです。元気よ」
「兄さんは、車を止めに行ったの?」
「もうすぐ来ると思うわ」
挨拶をしている間に、光輝さんがやって来た。
「毎回すまないな。子供達がわらわらと」
子供達が鈴なりになっているのは、ティファさんだ。
ファー付きの黒いセーターに皮のタイトスカートにロングブーツを履いているティファさんの腕には大きな力こぶができている。
光輝さんと和真さんは、ケラケラ笑っている。
わたしは、光輝さんの代わりに鍵をもらいにフロントに行った。
部屋に移動すると、因縁かと思える桜子さんと長く滞在した部屋だった。
一番大きな部屋だと言われて、嫌な予感はしていたけれど……。
無意識にため息が漏れる。
今回は子供達がいるから大丈夫だろう。
広い部屋には、ベッドが運び込まれて、子供の数のベッドが用意されている。
窓際にある横並びのソファーに座ると、昔と変わらず、綺麗な景色が見える。
多少改装したのか、シャワー室が温泉のスペースに移動していて、シャワーブースがあった場所は、広い空間になっていた。テーブルは10人は座れそうな大きなテーブルに変化していた。
光輝さんの上に裸の桜子さんがいたベッドは、まだ残されていた。
景色を寝転がりながら見るベッドだと思う。
子供達は部屋の中を探検している。
どこで眠るのか相談しているようだ。
この部屋にはクローゼットはなく、クロークルームがある。
「ほら、おまえ達、荷物の中からスーツとタキシードを出して。クロークルームにかけろ。今回はあまりかけられないから、後はコートだけだ」
「「「「わかった」」」」
「パパ、私のワンピースはどうするの?」
「彩花、ワンピースは写真撮影の時の物だけ出して、着たら、翌日の物をかけるのよ」
「わかったわ、ママ」
息子達も理解したようで、「「「「はい」」」」と返事をした。
和真さんとティファさんは、部屋から見える景色を見て、「絶景」と言っている。
きっとこのホテルで一番景色がよく見える部屋なんだと思う。
「お茶かコーヒーかどちらにしますか?」
カウンターを見ると茶筒が置かれて、急須もあった。
「お茶はリョクチャか?」
「茶葉がありますね、急須で淹れられそうです」
「それなら、お茶をもらえるか?」
「オレもお茶がいい!」
「分かりました」
大容量の湯わかしポットも置かれていて、大家族設定になっていた。
わたしは茶葉を急須に入れると、本格的にお茶を淹れた。
外国暮らしの二人に、美味しいお茶を飲んで欲しい。
子供達用には、ペットボトルのお茶が冷蔵庫に入っていた。
冷蔵庫の中から、全部出しておく。
寒いのに、冷やしておいたら、お腹を壊してしまう。
子供達のスーツケースはベッドの後ろに置くように指示を出し、自然にベッドが決まったようだ。
部屋は無駄に広いが、この部屋は荷物を片付ける場所が少ない。
昔、この部屋に滞在した時も、寝室にスーツケースを置いていた。
せっかくの広い部屋が勿体ないような気がした。
個室などがなく、ただ広いだけなので、もう少し工夫した造りなら、もっとスッキリとした部屋になりそうだけれど、広い場所を占領することが特別だという意味も出てくるので、一概にいいとか悪いとか言えない問題もある。
ホテルのスタイルなのだろう。
「旨いな、寿司が食いたくなったぞ!」
「俺もそう思った」
「よかったら、また淹れますよ」
「もういっぱい、もらえるか?」
「今、淹れてきますね」
わたしは、よいしょと椅子から立ち上がった。
「おい、美緒は妊婦だから、あまり働かすな」
「お茶を淹れるくらいで働くなんて、大袈裟ね」
新しい茶葉に入れ替えて、お茶を淹れる。
子供達にも暖かいお茶を淹れたので、一気にお湯が減っていく。
一番茶を大人に入れて、二番茶を子供に淹れる。
お水は2リットルのペットボルが置かれていたので、空になったポットに水を注いでおく。
ノックの音がして、加羅さん達が来た。
座る椅子がないので、ソファーを勧めるけど、水野さんが恐縮して座ってくれない。
「椅子を増やしてもらえるように、電話してもらえる?」
「そうだな、電話をしよう。他にいる物はないか?」
「ハンガーをあと7つ欲しいわ。コートを掛けるハンガーが足りなかったの」
光輝さんは椅子から立ち上がると、室内電話で電話してくれた。
暫くすると、椅子が三脚とハンガーが届けられた。ソファーの横に並べて置いてもらった。
水野さんと宇賀田さんは「ありがとうございます」と言って、椅子に座ってくれた。
加羅さんは窓辺に寄って、外の景色を見ている。
わたしはハンガーにコートをかけて、吊していく。
晴輝が手伝いに来てくれたので、助かった。
「晴輝、ありがとうね」
「手伝うから、何でも言って」
「いい子だね」
頭を撫でると、照れながら喜んでいる。
他の子供達が羨ましそうに見ている。
「晴輝偉いな!」
「お手伝い、ちゃんとできるな、晴輝、偉いぞ」
ティファさんと和真さんに褒められて、晴輝は照れている。
「僕もお手伝いする」
「私もお手伝いする」
「「僕も」」
褒められなかった、残りの四人が身を乗り出す。
「後で、手伝ってもらうね」
「「「「はい」」」」
素直に育っている五人が愛おしい。
「そろそろ写真撮影の準備をしよう」
「そうだね。着替えたら、迎えに来るよ」
「ああ、頼む」
「任せろ!」
和真さんとティファさんは、部屋を出て行った。
大人数でわたし達をガードしてくれているのだと分かる。
わたしは、空になった湯飲みを二つずつ重ねて、子供達に食器棚の上に運んでもらう。
大輝だけ1つになったが、割らないように気をつけて運んでくれる。
わたしは一人ずつ受け取って、五人を褒めて、頭も撫でた。
五人とも嬉しそうにしている。
洗う場所がないので、空いた場所に置いておいた。
食器棚の中には、もうグラスとマグカップしかない。
ここの施設は古いのかもしれない。
次にお茶を淹れる時は、湯飲みを持って来てもらわないと困る。
子供達は親睦会に慣れてきたのか、順番にトイレに入って、ハンガーにかけておいたタキシードやスーツに着替える。彩花も可愛いワンピースを着た。
わたしはスーツケースを持つと、昔の記憶を辿って、ドレッサーが置いてある奥の寝室に入った。
桜子さんと寝泊まりしたベッドの足元に大きめのドレッサーが置かれていた。
10年前と少しも変わらない。
わたしはスーツケースを置くと、ベッドに座った。
憂鬱で、気が乗らない。
スーツを着た光輝さんが、部屋に入ってきた。
「どうかしたのか?」
「うん、昔と同じ部屋だと思って、他の部屋ならよかったのに。この部屋は、毎日、泣いていた部屋だから」
「嫌なことを思い出させたな」
「裸の桜子さんが光輝さんの上で喘いでいたベッドも残っていたし」
「美緒、あれは……」
「分かってる。桜子さんの演技だったって、何度も聞いた。でも、目にした物は忘れられないんだよ?あの時のショックもあの時の絶望も孤独も、蘇ってくるんだから。どうしようもできない」
「写真を撮ったら帰るか?お腹の子に悪い」
本当は帰りたいけれど、わたしは首を横に振った。
「わたしは総帥の妻だから、仕事はする。子供達にも説明できない理由で投げ出すことはできない」
「ママ、髪を綺麗にして。リボン付けて」
彩花が走って来た。
「彩花、走ると危ないよ。部屋の中でも人とぶつかるし、転んだら、せっかくのワンピースが破れちゃうかもしれないでしょう?」
「分かった」
「まだ準備ができてないの。あと5分したら、もう一度来てくれる?」
「分かった」
今度は歩いて、彩花は部屋から出て行った。
わたしはスーツケースを開けると、コテを出してコンセントに繋げた。
「先に鏡使っていいよ。トイレに行ってくる」
わたしは気分を変えるために、一端部屋から出た。
あの部屋は息苦しい。
この部屋全体が、息苦しい。
…………………………*…………………………
写真撮影を終えて、一端部屋に戻る。
湯飲みを新しい物に替えてくださいとお願いしたので、戻るのと同時に交換に来てくれた。
今度は倍以上の数を置いてもらった。これで、水野さん達にもお茶を出せる。
子供達にもう一度、トイレに行かせる。
バイキングだと子供達は楽しみにしている。
部屋で日が暮れる所を見せてから、会場に入った。
子供達は幻想的な時間を、夢中で見ていた。
この景色がこのホテルの売りなのだろう。
今回も総帥の席と子供の席が用意されていた。
和真さんとティファさんにも、仕事の付き合いがあるので、ここから先は、別行動になる。
晴輝と輝明は加羅さんが付き添い、彩花は水野さんが付き添い、直輝と大輝は、は宇賀田さんが付き添ってくれる。SPの女性の一人が彩花を警護してくれる。男性一人も子供達を見ていてくれる。
わたしには、女性SPが一人と男性SPが付いている。
警護は万全だと思う。
光輝さんが舞台に上がってスピーチをして、乾杯と言うと、会場から乾杯と声が上がる。
それから、バイキングが始まる。
子供達は、走らない速度で移動して、列に並んだようだ。
光輝さんが下りてきて、わたしのグラスのシャンパンを飲んでくれた。
テーブルの上にはわたしの前に無糖炭酸水が置かれ、光輝さんの前にはシャンパンが置かれた。
光輝さんは秘書に合図をすると、面談が始まった。
今回は、わたしの妊娠を確かめる人が多くて、来年の親睦かもまたあのホテルでお願いしますと言う人が多かった。
光輝さんは、総帥の一存で決めることができないので、アンケートに記入くださいと壊れたDVDのように、同じ答えを返していた。
途中で嫌になったのか、マイクをもらうと、「親睦会についてのお願いの方はお断りします。アンケートに記入してください」と声を上げていた。
すっと列が短くなった。
あと数人で終わりそうだ。
残りは縁談の話だった。
それも名前もまだ忘れていない円城寺雅人、円城寺巧己、円城寺琉真の両親だった。
「現在、アメリカに行っておりますが、やっと年上の子持ちの悪女と縁を切ったようなので、是非、いい縁談を紹介ください」
3組とも同じ言葉だった。
「悪女に唆されて、せっかく弁護士になったのに、仕事よりも女に溺れて、休日には操られるように悪女と会っているようでした。昔は努力家でいい子で、親に逆らうこともない素直な子でした。アメリカに行くことになり、悪女との縁も切れたようなので、今は安心しております。やっと落ち着いたようなので、あの子にあった年齢のお嬢さんを紹介してください」
光輝さんはノートに、三人の両親の名前を書き、彼等の名前も書いた。
桜子さんは親睦会だけでしか会えないと言っていたと聞いたけれど、日常的に会っていた事が分かった。
ラインも禁じたと聞いたが、果たして、本当に縁が切れているのか?
わたしは光輝さんを見つめた。
無理矢理別れさせられた桜子さんは、今、どんな生活をしているのだろう?
子育てはできているのだろうか?
「桜子さんは、来ているの?」
「俺も知らない。ただ、ここは桜子の家のホテルだ」
「何だか怖いわ」
「美緒、気をつけろよ」
「うん」
わたしはお腹を守るように、手で抱いた。
桜子さんは執念深い。
わたしを嫌っている。
大切な五人の我が子とお腹の赤ちゃんを守らなければ……。
わたしをあの部屋にしたのが悪意だったのか?それとも偶然か?
このホテルにはいい思い出が一つも無い。
隣の席では、嬉しそうに料理を食べている子供達がいる。
「今年はカウントダウンが終わったら、帰ろう」
「うん、帰ろう」
人の悪意ほど怖いものはない。
…………………………*…………………………
「晴輝、新聞取ってきてくれる?」
「いいよ」
晴輝は朝刊がどこに置かれているのか、知っている。
だから、お願いした。
「ねえ、パパ、これって脅迫文って言うの?」
晴輝が新聞と一緒に不気味な手紙をカウンターに置いた。
新聞紙の文字を切り取って、文章ができている。
『子供は6人もいらない』と書かれていた。
光輝さんは席を立った。
「帰る支度をしろ」
バイキングに行く準備をしていた子供達が、吃驚した顔をしている。
子供の数を数えると、直輝と大輝がいない。
「直輝と大輝は、どこにいる?」
「トイレが我慢できないって、一階のトイレに行くって、さっき出て行ったよ」
彩花が教えてくれた。
「美緒は、子供といろ」
「うん」
「一階のトイレまで行って来る」
「連れて帰って来てね」
わたしは残った三人の子を抱きしめた。
まだ早朝で、加羅さん達も来ていない。
外にSPがいるはずだが、直輝と大輝を追尾してくれているといいけれど。
今年のスケジュールは29日にバイキング、30日にダンスパーティー、31日にカウントダウンパーティー、同時にダンスパーティーも開かれるようだ。元旦、ダンスパーティー、2日目、会議にダンスパーティー、3日目から自由行動、7日目の正午までにチェックアウトとなっている。
わたし達は29日の午前中に出かけた。寒い時期なので、寄り道はドライブだけだ。
お昼頃に到着するように、調節しているようだ。
今年は寒いが、まだ雪は降っていない。
ホテルの入り口で下ろしてもらって、子供達を連れてホテルの中に入っていくと、既に和真さんとティファさんが来ていた。
子供達が二人めがけて走って行く。
走っちゃ駄目と言う前に、もう二人の周りに到着していた。
わたしはゆっくり歩いて、二人にお辞儀をする。
「美緒ちゃん、久しぶり」
「ミオ、久しぶり!元気か?」
「お久しぶりです。元気よ」
「兄さんは、車を止めに行ったの?」
「もうすぐ来ると思うわ」
挨拶をしている間に、光輝さんがやって来た。
「毎回すまないな。子供達がわらわらと」
子供達が鈴なりになっているのは、ティファさんだ。
ファー付きの黒いセーターに皮のタイトスカートにロングブーツを履いているティファさんの腕には大きな力こぶができている。
光輝さんと和真さんは、ケラケラ笑っている。
わたしは、光輝さんの代わりに鍵をもらいにフロントに行った。
部屋に移動すると、因縁かと思える桜子さんと長く滞在した部屋だった。
一番大きな部屋だと言われて、嫌な予感はしていたけれど……。
無意識にため息が漏れる。
今回は子供達がいるから大丈夫だろう。
広い部屋には、ベッドが運び込まれて、子供の数のベッドが用意されている。
窓際にある横並びのソファーに座ると、昔と変わらず、綺麗な景色が見える。
多少改装したのか、シャワー室が温泉のスペースに移動していて、シャワーブースがあった場所は、広い空間になっていた。テーブルは10人は座れそうな大きなテーブルに変化していた。
光輝さんの上に裸の桜子さんがいたベッドは、まだ残されていた。
景色を寝転がりながら見るベッドだと思う。
子供達は部屋の中を探検している。
どこで眠るのか相談しているようだ。
この部屋にはクローゼットはなく、クロークルームがある。
「ほら、おまえ達、荷物の中からスーツとタキシードを出して。クロークルームにかけろ。今回はあまりかけられないから、後はコートだけだ」
「「「「わかった」」」」
「パパ、私のワンピースはどうするの?」
「彩花、ワンピースは写真撮影の時の物だけ出して、着たら、翌日の物をかけるのよ」
「わかったわ、ママ」
息子達も理解したようで、「「「「はい」」」」と返事をした。
和真さんとティファさんは、部屋から見える景色を見て、「絶景」と言っている。
きっとこのホテルで一番景色がよく見える部屋なんだと思う。
「お茶かコーヒーかどちらにしますか?」
カウンターを見ると茶筒が置かれて、急須もあった。
「お茶はリョクチャか?」
「茶葉がありますね、急須で淹れられそうです」
「それなら、お茶をもらえるか?」
「オレもお茶がいい!」
「分かりました」
大容量の湯わかしポットも置かれていて、大家族設定になっていた。
わたしは茶葉を急須に入れると、本格的にお茶を淹れた。
外国暮らしの二人に、美味しいお茶を飲んで欲しい。
子供達用には、ペットボトルのお茶が冷蔵庫に入っていた。
冷蔵庫の中から、全部出しておく。
寒いのに、冷やしておいたら、お腹を壊してしまう。
子供達のスーツケースはベッドの後ろに置くように指示を出し、自然にベッドが決まったようだ。
部屋は無駄に広いが、この部屋は荷物を片付ける場所が少ない。
昔、この部屋に滞在した時も、寝室にスーツケースを置いていた。
せっかくの広い部屋が勿体ないような気がした。
個室などがなく、ただ広いだけなので、もう少し工夫した造りなら、もっとスッキリとした部屋になりそうだけれど、広い場所を占領することが特別だという意味も出てくるので、一概にいいとか悪いとか言えない問題もある。
ホテルのスタイルなのだろう。
「旨いな、寿司が食いたくなったぞ!」
「俺もそう思った」
「よかったら、また淹れますよ」
「もういっぱい、もらえるか?」
「今、淹れてきますね」
わたしは、よいしょと椅子から立ち上がった。
「おい、美緒は妊婦だから、あまり働かすな」
「お茶を淹れるくらいで働くなんて、大袈裟ね」
新しい茶葉に入れ替えて、お茶を淹れる。
子供達にも暖かいお茶を淹れたので、一気にお湯が減っていく。
一番茶を大人に入れて、二番茶を子供に淹れる。
お水は2リットルのペットボルが置かれていたので、空になったポットに水を注いでおく。
ノックの音がして、加羅さん達が来た。
座る椅子がないので、ソファーを勧めるけど、水野さんが恐縮して座ってくれない。
「椅子を増やしてもらえるように、電話してもらえる?」
「そうだな、電話をしよう。他にいる物はないか?」
「ハンガーをあと7つ欲しいわ。コートを掛けるハンガーが足りなかったの」
光輝さんは椅子から立ち上がると、室内電話で電話してくれた。
暫くすると、椅子が三脚とハンガーが届けられた。ソファーの横に並べて置いてもらった。
水野さんと宇賀田さんは「ありがとうございます」と言って、椅子に座ってくれた。
加羅さんは窓辺に寄って、外の景色を見ている。
わたしはハンガーにコートをかけて、吊していく。
晴輝が手伝いに来てくれたので、助かった。
「晴輝、ありがとうね」
「手伝うから、何でも言って」
「いい子だね」
頭を撫でると、照れながら喜んでいる。
他の子供達が羨ましそうに見ている。
「晴輝偉いな!」
「お手伝い、ちゃんとできるな、晴輝、偉いぞ」
ティファさんと和真さんに褒められて、晴輝は照れている。
「僕もお手伝いする」
「私もお手伝いする」
「「僕も」」
褒められなかった、残りの四人が身を乗り出す。
「後で、手伝ってもらうね」
「「「「はい」」」」
素直に育っている五人が愛おしい。
「そろそろ写真撮影の準備をしよう」
「そうだね。着替えたら、迎えに来るよ」
「ああ、頼む」
「任せろ!」
和真さんとティファさんは、部屋を出て行った。
大人数でわたし達をガードしてくれているのだと分かる。
わたしは、空になった湯飲みを二つずつ重ねて、子供達に食器棚の上に運んでもらう。
大輝だけ1つになったが、割らないように気をつけて運んでくれる。
わたしは一人ずつ受け取って、五人を褒めて、頭も撫でた。
五人とも嬉しそうにしている。
洗う場所がないので、空いた場所に置いておいた。
食器棚の中には、もうグラスとマグカップしかない。
ここの施設は古いのかもしれない。
次にお茶を淹れる時は、湯飲みを持って来てもらわないと困る。
子供達は親睦会に慣れてきたのか、順番にトイレに入って、ハンガーにかけておいたタキシードやスーツに着替える。彩花も可愛いワンピースを着た。
わたしはスーツケースを持つと、昔の記憶を辿って、ドレッサーが置いてある奥の寝室に入った。
桜子さんと寝泊まりしたベッドの足元に大きめのドレッサーが置かれていた。
10年前と少しも変わらない。
わたしはスーツケースを置くと、ベッドに座った。
憂鬱で、気が乗らない。
スーツを着た光輝さんが、部屋に入ってきた。
「どうかしたのか?」
「うん、昔と同じ部屋だと思って、他の部屋ならよかったのに。この部屋は、毎日、泣いていた部屋だから」
「嫌なことを思い出させたな」
「裸の桜子さんが光輝さんの上で喘いでいたベッドも残っていたし」
「美緒、あれは……」
「分かってる。桜子さんの演技だったって、何度も聞いた。でも、目にした物は忘れられないんだよ?あの時のショックもあの時の絶望も孤独も、蘇ってくるんだから。どうしようもできない」
「写真を撮ったら帰るか?お腹の子に悪い」
本当は帰りたいけれど、わたしは首を横に振った。
「わたしは総帥の妻だから、仕事はする。子供達にも説明できない理由で投げ出すことはできない」
「ママ、髪を綺麗にして。リボン付けて」
彩花が走って来た。
「彩花、走ると危ないよ。部屋の中でも人とぶつかるし、転んだら、せっかくのワンピースが破れちゃうかもしれないでしょう?」
「分かった」
「まだ準備ができてないの。あと5分したら、もう一度来てくれる?」
「分かった」
今度は歩いて、彩花は部屋から出て行った。
わたしはスーツケースを開けると、コテを出してコンセントに繋げた。
「先に鏡使っていいよ。トイレに行ってくる」
わたしは気分を変えるために、一端部屋から出た。
あの部屋は息苦しい。
この部屋全体が、息苦しい。
…………………………*…………………………
写真撮影を終えて、一端部屋に戻る。
湯飲みを新しい物に替えてくださいとお願いしたので、戻るのと同時に交換に来てくれた。
今度は倍以上の数を置いてもらった。これで、水野さん達にもお茶を出せる。
子供達にもう一度、トイレに行かせる。
バイキングだと子供達は楽しみにしている。
部屋で日が暮れる所を見せてから、会場に入った。
子供達は幻想的な時間を、夢中で見ていた。
この景色がこのホテルの売りなのだろう。
今回も総帥の席と子供の席が用意されていた。
和真さんとティファさんにも、仕事の付き合いがあるので、ここから先は、別行動になる。
晴輝と輝明は加羅さんが付き添い、彩花は水野さんが付き添い、直輝と大輝は、は宇賀田さんが付き添ってくれる。SPの女性の一人が彩花を警護してくれる。男性一人も子供達を見ていてくれる。
わたしには、女性SPが一人と男性SPが付いている。
警護は万全だと思う。
光輝さんが舞台に上がってスピーチをして、乾杯と言うと、会場から乾杯と声が上がる。
それから、バイキングが始まる。
子供達は、走らない速度で移動して、列に並んだようだ。
光輝さんが下りてきて、わたしのグラスのシャンパンを飲んでくれた。
テーブルの上にはわたしの前に無糖炭酸水が置かれ、光輝さんの前にはシャンパンが置かれた。
光輝さんは秘書に合図をすると、面談が始まった。
今回は、わたしの妊娠を確かめる人が多くて、来年の親睦かもまたあのホテルでお願いしますと言う人が多かった。
光輝さんは、総帥の一存で決めることができないので、アンケートに記入くださいと壊れたDVDのように、同じ答えを返していた。
途中で嫌になったのか、マイクをもらうと、「親睦会についてのお願いの方はお断りします。アンケートに記入してください」と声を上げていた。
すっと列が短くなった。
あと数人で終わりそうだ。
残りは縁談の話だった。
それも名前もまだ忘れていない円城寺雅人、円城寺巧己、円城寺琉真の両親だった。
「現在、アメリカに行っておりますが、やっと年上の子持ちの悪女と縁を切ったようなので、是非、いい縁談を紹介ください」
3組とも同じ言葉だった。
「悪女に唆されて、せっかく弁護士になったのに、仕事よりも女に溺れて、休日には操られるように悪女と会っているようでした。昔は努力家でいい子で、親に逆らうこともない素直な子でした。アメリカに行くことになり、悪女との縁も切れたようなので、今は安心しております。やっと落ち着いたようなので、あの子にあった年齢のお嬢さんを紹介してください」
光輝さんはノートに、三人の両親の名前を書き、彼等の名前も書いた。
桜子さんは親睦会だけでしか会えないと言っていたと聞いたけれど、日常的に会っていた事が分かった。
ラインも禁じたと聞いたが、果たして、本当に縁が切れているのか?
わたしは光輝さんを見つめた。
無理矢理別れさせられた桜子さんは、今、どんな生活をしているのだろう?
子育てはできているのだろうか?
「桜子さんは、来ているの?」
「俺も知らない。ただ、ここは桜子の家のホテルだ」
「何だか怖いわ」
「美緒、気をつけろよ」
「うん」
わたしはお腹を守るように、手で抱いた。
桜子さんは執念深い。
わたしを嫌っている。
大切な五人の我が子とお腹の赤ちゃんを守らなければ……。
わたしをあの部屋にしたのが悪意だったのか?それとも偶然か?
このホテルにはいい思い出が一つも無い。
隣の席では、嬉しそうに料理を食べている子供達がいる。
「今年はカウントダウンが終わったら、帰ろう」
「うん、帰ろう」
人の悪意ほど怖いものはない。
…………………………*…………………………
「晴輝、新聞取ってきてくれる?」
「いいよ」
晴輝は朝刊がどこに置かれているのか、知っている。
だから、お願いした。
「ねえ、パパ、これって脅迫文って言うの?」
晴輝が新聞と一緒に不気味な手紙をカウンターに置いた。
新聞紙の文字を切り取って、文章ができている。
『子供は6人もいらない』と書かれていた。
光輝さんは席を立った。
「帰る支度をしろ」
バイキングに行く準備をしていた子供達が、吃驚した顔をしている。
子供の数を数えると、直輝と大輝がいない。
「直輝と大輝は、どこにいる?」
「トイレが我慢できないって、一階のトイレに行くって、さっき出て行ったよ」
彩花が教えてくれた。
「美緒は、子供といろ」
「うん」
「一階のトイレまで行って来る」
「連れて帰って来てね」
わたしは残った三人の子を抱きしめた。
まだ早朝で、加羅さん達も来ていない。
外にSPがいるはずだが、直輝と大輝を追尾してくれているといいけれど。
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そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
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