裸足のシンデレラ

綾月百花   

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第十七章

13    宣告

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 定例会議の時間を午後からに変更して、10時から桜子さんの離婚の話し合いをすることになっている。
 
 子供達は預けてきた。和真さんとティファさんも手伝いに来てくれたので、安心だ。
 
 彩花はお腹を空かせたら、離乳食を与えるように頼んできた。

 先に来た弁護士に、昨夜届けられた資料を見てもらう。音声は聞きながら、文章を読み続けている。

 SDカードをノートパソコンで表示させると、ファイル別になっていて、とても見やすい。



「これは、なんと素晴らしい。相手側は、提示されたら何も言えないでしょう。会社の出張中での処罰はどういたしましょうか?想定された日程より、数日余分に提示されていますね。旅行でもしてきたのでしょうか?部屋もスイートルームを取っているようですね。経費が嵩んでいますね」

「有喜の出張については、写真付きの書類になっているから、言い逃れはできないだろう。紛れもなく横領になる。本来なら懲戒解雇だ。ただ有喜には、桜子の子に養育費を払ってもらわなくてはならない。退職金の減額で処罰をする」

「はい」

「どちらにしろ、仕事中に仕事もせずに、女とイチャついていたんだ。部下にも示しが付かないだろう。公的な処罰はするつもりでいる」


 10時10分前に、扉がノックされた。

 光輝さんが、扉を開けに行った。

 わたしはお茶を入れた。

 今日は、冷たい緑茶を届けてもらっている。

 グラスに注いでいると、部屋の中に桜子さんが入って来て、その後に有喜さんと三宅桜子さんが入って来た。

 扉の前でバッティングしてしまったのだろう。



「ソファーにどうぞ」

「ありがとう。それを運ぶの?手伝いましょうか?」

「それなら、お願いします」


 桜子さんは、グラスの載ったトレーを運んでくれた。
 
 ストローを持って、後を追うと、桜子さんは、テーブルにグラスを置いてくれた。


「桜子さん、ありがとう」

「いいのよ。手を痛めたのでしょう?腱鞘炎?」


 桜子さんは、わたしの事故の事は知らないようだ。


「交通事故に遭って、骨折をしてしまったの。この間まで、リハビリに通っていたの。まだ、ちょっと痛くて」

「そうだったのね。全然、知らなかったわ。気をつけなさいよ。光輝も子供達も悲しむわ」

「ええ、実感したの。これからは気をつけるわ」



 ストローを並べると、桜子さんにはテレビが見えやすい奥の場所に座ってもらった。

 有喜さんと三宅桜子さんには、テレビが正面に見える場所に座ってもらった。

 光輝さんと弁護士が座って、わたしはすぐに動けるように、椅子を一脚準備しておいたので、そこに座る。椅子の前には小さなテーブルを移動させて、ノートパソコンが置かれている。


「総帥、三宅まで呼びつけて、何でしょうか?」


 桜子さんは、紺のワンピースを着ている。

 ネイルは自分で塗り替えたのだろう。落ち着いたピンク系のカラーになっている。

 すごく清楚だ。元が美人なので、気品がある。

 有喜さんは、ダークグレーのスーツを着て、ネクタイはピンク系の物を嵌めている。

 ピンクが明るすぎて浮ついて見えるから、あまり似合っていない。

 三宅桜子さんは、淡いパープルのワンピースを着ている。

 ピンクダイヤモンドの周りに細かなダイヤモンドが飾られたネックレスをしている。

 わたしの指輪よりは粒は小さいけれど、それなりにするのだろう。

 いい物に見える。

 ショートボブで、首が細く見える。けれど、年齢は桜子さんより年上のように見える。

 美人かどうかと聞かれたら、普通だ。

 どこにでもいそうな平凡な顔立ちをしている。

 普段、美男、美女を見慣れているので、特別に好感は持たない。

 事前に、卑猥な映像を見たせいもあるからかもしれない。


「さて、桜子、持って来たか?」

「はい」


 桜子さんは、ファイルごと光輝さんに、離婚届を渡した。

 それを弁護士に手渡す。

 弁護士はファイルの表紙を捲って、不備がないか確かめている。


「お預かりします」

「お願いします」


 桜子さんは、頭を下げた。



「先ずは、紹介をしよう」



 光輝さんは、隣に座る男性を紹介した。

 弁護士だと知ると、有喜さんの表情が強ばった。

 弁護士は目の前に座る有喜さんと三宅桜子さんに名刺を渡した。

 わたしはテレビ画面に、弁護士が集めた映像を流した。

 有喜さんと三宅桜子さんの顔が強ばる。



「有喜、会社は何をする場所だ?」



 光輝さんは、静かに聞いた。



「仕事をする場所です」

「これは、仕事をしているのか?」

「それは……」



 その次に、昨夜届けられた書類を出した。



「この書類は、約1年前からの有喜の行動について書かれている。いつ、どこで、その隣の女性と交際していた事等が中心に。会社の中、私生活全てだ。会社の出張期間を勝手に延ばして、どこに行っていた?」

「それは、トラブルがあって」

「どんなトラブルだ?俺の所に報告は来ていない」

「少し、休暇を取って、観光を」

「休暇申請は出ていない」

「うっ」

「これは、歴とした横領だ」

「すみません」


 有喜さんは、返す言葉を失って、肩を落とした。



「それで、三宅桜子さんとは、いつからの交際だ?」

「えっと、数年前です。ですよね?桜子さん」



 三宅桜子さんは、押し黙っている。

 総帥の言葉に、圧倒されている感じだ。



「映像では16年と言っていたな」



 わたしは録画映像を早送りして、その場面を写した。

 ネックレスをプレゼントしている映像から、その会話が流れる。



「三宅さん、そのネックレスは、有喜から、もらった物だな?映像で写っているな?」

「はい」

「付き合いだしたのは、いつからだ?」

「会社に入って、直ぐです」

「二人は同期だったな?」

「はい」



 三宅桜子さんは、開き直ったのか、素直に答えて出した。



「有喜、恋人がいるのに、桜子に求婚した理由を答えろ」

「お爺さまの縁談を断ったら、出世できなくなるかもしれないと思って」

「好きでもない桜子に、熱烈に何年もアプローチをしていたのは、出世のためだと言うのだな?」

「はい」



 有喜さんは素直に認めた。

 桜子さんは、俯いている。



「桜子が家出をした後、残された双子を放置して、三宅さんの家に入り浸りにしていたのは、双子に対して、愛情が持てなかったのか?我が子なのに」

「家には両親も保母もいましたから、任せていました」

「俺の質問の答えとは違うが、理解ができないのか?我が子を愛してはいないのか?琉真の出産時も立ち会いはしていないな」

「仕事がありましたから」



 光輝さんが鼻を鳴らして笑った。



「その日は育児休暇がでている。だが、この資料には、三宅さんとラブホテルに入っていくところが記録されている」


 光輝さんは、そのページを開けると、有喜に見えるように前に出した。

 三宅桜子さんは、資料を見て、すっと視線を逸らした。



「ラブホテルにいました」

「子供を放置して、子供への愛情はないのか?」

「ないと思われても仕方ない事をしていました」

「親睦会に来るまで、どこで過ごしていた?」

「桜子さんの家です」

「同じ桜子という名前は、さぞかし都合がよかっただろうな?」

「……」

「桜子は不妊治療をしている間も、タイミングセックスをせずに、有喜の親からモラハラを受けていても放置していたな?」

「……はい」

「どこに行っていた?タイムカードは定時になっているのに、帰宅は深夜か?」

「桜子さんの家です」

「その呼び方は不快だ。桜子は、俺の妹同然だと知っていたはずだが?」

「……」



 ハッと有喜さんは、息を飲んだ。

 今、気付いたような顔だ。



「琉真が生まれた後から、桜子へのモラハラは、どう説明をする?ネイルを禁止し、美容院さえ行かせない。キャッシュカードを取り上げ、1ヶ月検診にも行かせてなかった。産後の疲れた体の時期に、思いやりの欠片もない」


 わたしは、ノートパソコンを作動させて、その場面の音声を流した。

 言い逃れはできないだろう。



「何か言うことはないか?」

「申し訳ございません」

「桜子に言う事は?」

「申し訳ございません」

「桜子の人生を滅茶苦茶にした責任は取ってもらう。勿論、子供が成人し大学を卒業するまでの養育費は払ってもらう。その事に関しては、何か言いたいことはあるか?」

「責任を取ります」



 弁護士がファイルから離婚届を取り出して、有喜さんの前に置いた。


「離婚の依頼を受けております」

「はい。今、印鑑は持っていません」

「では、手続きは後ほど」


 弁護士は離婚届を回収して、ファイルに挟んだ。


「慰謝料、養育費、遺産分与等は後ほど請求いたします。三宅桜子さんにも慰謝料請求いたしますので」

「どうして、私に?」

「あなたに、責任はないとおっしゃるか?」

「……」

「後ほど、請求書を送ります」


 弁護士は有無を言わさずに押し切った。

 一緒に働いていた弁護士の先輩だが、さすがと胸が高鳴る。

 三宅桜子さんは、押し黙った。


「辞令を出す。有喜は10月から中国支社に移転。盆明けから役職は全て剥奪。0から始めなさい。それまでに、仕事の引き継ぎをしなさい。三宅桜子さんは、盆休み明けから庶務課に移動。机はない。備品の整理をしてもらう。庶務課が気に入らなくて退社する場合、懲戒解雇とする。有喜と一緒に行きたければ行けばいい。ただし、その場合も懲戒解雇とする」

「そんな」


 針のむしろに座るか懲戒解雇になるかの選択だ。

 かなり厳しい処罰だと思う。


「直ぐにクビにならなかったのは、大切な桜子の為だ。桜子に感謝しろ」


 有喜さんも三宅桜子さんも、項垂れている。


「二人に話は終わった。部屋から出て行ってくれ」


 わたしはテレビに映った映像を止めた。

 有喜さんと三宅桜子さんは、二人で部屋から出て行った。

 飲み物は、手を付けられていないけれど、それは片付けた。

 完全に扉が閉まった事を確かめて、わたしは彼らが座っていた椅子に座った。


「さて、桜子、この資料は昨夜、俺の所に届けられた物だ」


 光輝さんは、封筒と書類を桜子さんに見せた。


「一昨日、俺の所に三人の大学生が訪ねて来た。その雅人の兄の名前を使われている。あの三人が、去年の夏から有喜の浮気の調査をしたと考えられる」


 桜子さんは、資料を捲って、その細かさに驚いている。


「桜子は、相手には素性を明かしていないと言っていたが、桜子が素性を探ったのと同じで、桜子の事も調べたのだと思う。内容は見てのとおり、かなり細かく調べてある。会社の中の映像は、インターシップを利用した可能性もある。三宅の自宅の隣部屋を借りて、そこで音も拾っている。これ以上もない浮気の証拠を集めてくれている。桜子の家の中の音声も記録と録音されている」

「……あの子達」

「きちんとお礼を言っておきなさい。この1年、桜子の為に時間を使ってきたと分かる」

「……はい」


 桜子さんは資料を胸に抱いて、泣いていた。


「今日は、この資料も使わせてもらった。大変役に立ったと伝えてくれ」

「はい」


 光輝さんは、資料を受け取ると、封筒に入れた。

 わたしはSDカードをケースに入れて片付けると、光輝さんに渡した。

 全てを封筒に入れると、弁護士に渡した。


「有喜に子供と面会をさせるのか、考えてから弁護士に答えてくれ。俺ができることはした。後の相談は、弁護士と勧めてくれ。話は以上だ」

「ありがとう」


 桜子さんは涙を拭くと、立ち上がってお辞儀をした。

 それから部屋から出て行った。


「盆休みに仕事をさせて、すまなかった。親睦会の間は、ゆっくり休んで行ってくれ」

「お気遣い、ありがとうございます」


 弁護士は立ち上がると、光輝さんとわたしに一礼して、荷物を持って部屋から出て行った。


「お疲れ様でした」

「美緒は、久しぶりに弁護士の仕事を見て、胸が騒いだだろう?」

「桜子さんに申し訳ないけれど、懐かしくて、胸が騒いだ。あの先輩にたくさん教えていただいたから、桜子さんの事も上手く纏まると思う。腕がいいのよ」

「そうか」


 誰も口にしなかった緑茶を二人で飲んだ。

 それから、グラスをカウンターに集めておいた。

 後は、片付けてもらえるだろう。




 …………………………*…………………………




 わたくしは、フロントで彼らの名前を言って、部屋番号を教えてもらった。

 彼らは同じ部屋に泊まっていた。

 わたくしは、その部屋を訪ねた。

 昨夜は徹夜をしたから眠っているかもしれないと思ったけれど、扉をノックすると、部屋はすぐに開けられた。


「お姉さん、中に入って。ちょっと狭いけど」

「お邪魔します」


 わたくしは、部屋に入った。

 ソファーを勧められて、そこに座った。

 彼らはそれぞれだ。ソファーはもう一脚しかなくて、ベッドに座っている。

 二人部屋に、ベッドを三つ入れられている。


「初めまして、桜子といいます。まだ円城寺だけれど、小野田に戻ります。資料をありがとう。今日はその資料も使って話し合いをしたの。総帥にすごく役に立ったと言われました。一年間も調査をしてくれてありがとう。学校は大丈夫だったの?」


「円城寺雅人といいます。俺たちT大の法学部に通っていて、色々勉強しているから、学校の勉強がすごく役に立ったよ」

「円城寺巧己といいます。インターシップで会社に侵入して、資料とか探って、盗撮もしていた。最悪の旦那で、何度も、殴り込みそうになったけど、証拠集めだと言い聞かせて、堪えたよ」

「円城寺琉真です。別れられそうで、安心したよ。三人で協力して、集めた資料が役に立って嬉しい。桜子お姉さんには、辛い事がたくさんあったと思うけれど、あんなタチの悪い男の事なんて忘れて、俺たちと恋をしてほしい」


 わたくしは、微笑んだ。

 ずっと年下の男の子なのに、すごく頼もしい。



「子供達に俺たちの名前を付けたのは何故って聞いてもいい?」

「君たちの事が忘れられなかったから、子供の名前に付けたの。なんとなく、息子の親が誰か分かったような気がしたの。子供の事も調べたのね?」

「会いに行った。けれど、いつも桜子お姉さんは、子供と一緒にいなくて、心配していた。毒婆からパワハラも受けていたみたいだし」

「あの家、音が漏れるんだ。録音しやすかったよ。胸くそ悪い悪口がたくさん録音できた。どんな造りをしたんだろうな?」

「外観だけは綺麗だったけど、あの男と同じで、中身はスカスカだったのかもね」


 わたくしは恥ずかしくなった。

 わたくしもスカスカのバカ親だった。

 夏の親睦会に間に合うように、母乳も与えなかった。


「わたしもいい親ではなかったから。三人子供を産めと言われたの。子供の数ばかり考えて、ムキになっていたの。一人ずつ、大切にできなかった。けれど、今は、子供達がわたしを親にしてくれているの。大切に育てるから、見守っていて欲しい」

「ここに連れてきてよ。俺、息子も娘も抱いてみたい」

「俺も抱いてみたい」

「父親だと名乗れなくても、俺たちの子だから、俺も大切にするよ」

「ありがとう」


 わたくしは深く頭を下げた。


「今日は、これから帰るの。子供達が待っているから」

「見送ってもいい?」

「まだ、部屋に戻ってから片付けなければいけないけど、いいよ」

「じゃ、俺たちラウンジにいるから」

「うん」


 わたくしは、立ち上がると、もう一度お辞儀をした。

 それから、部屋を出た。

 部屋に戻って、荷物を纏めると、鍵を返しにフロントに行った。


「お姉さん」


 背後で声がする。

 振り返ると、彼らがいた。

 ラウンジには、新しく『恋人の聖地』と書かれた金の鐘が設置されている。

 わたくしは、彼らの方に寄っていった。


「記念写真、撮ろうよ」

「うん」


 わたくしは、彼らに誘われるように、モニュメントの前で、四人で写真を撮った。

 デジカメが設置されていた。

 準備万端だ。


「プリントしたら、送るよ」

「連絡先、知っているの?」

「勿論、小野田家の本家のお嬢様でしょう?」


 お嬢様と言われるような年齢ではないけれど、確かにそうだ。


「待っているわ」


 彼らは優しく微笑んだ。

 眩しい太陽のような笑顔だ。

 きっと子供達もこんな笑顔を見せてくれるはずだ。


「それじゃ、またね」

「またね」

「待っているから」

「ちゃんと待っているから」


 わたくしは頷いて、スーツケースを引いていく。

 タクシーに乗ると、運転手が荷物を積んでくれる。
 
 彼らが手を振ったので、わたくしも手を振り返した。
 
 車は静かに走り出した。
 
 彼らが見えなくなるまで、手を振った。


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