裸足のシンデレラ

綾月百花   

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第十三章(後半)

6   妊娠   向けられる悪意・ダンスパーティー

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「奥様は大丈夫ですか?」

 今日の担当秘書が寄って来て、声をかけてきた。

「体調が優れないようなので、休ませてきた」

 俺には秘書が10人いる。

 各会社に一人ずつ置いて、指示を出している。

 会社に問題があれば、すぐに連絡してくる。

 円城寺家の者もいれば、他からスカウトしてきた者もいる。

 数カ国語を話せて、頭の回転も速い俺の片腕だ。

 美緒を抱きしめていても、11本片腕がある。

 今日のダンスパーティーは、俺一人で面会者の相手をすることになる。

 美緒が弁護士になってから、美緒を頼りにやってくる者も増えたが、今年は美緒が妊娠している事で、周りが色めいている。

 子供は男か女かと囁かれている。

 勿論、誰にも医師から言われた性別は教えていない。

 どちらが生まれても構わない。

 男の子でも女の子でも、我が子だ。

 愛する美緒が一生懸命、命を削るように育てている命だ。

 産まれる前も産まれた後も大切に育てるつもりでいる。

 できれば親睦会など連れて来ずに、ゆっくり過ごして欲しいと思っている。

 親睦会は人が多くて、気も遣う。

 美緒にとっても、辛い事が起きた場所であるから、できれば目を離したくはない。

 美緒がレイプされた次の親睦会から、警備員に変装したSPを5人雇っている。

 多岐さんと合わせると6人のSPを美緒に付けている。

 美緒が緊張するので、男性のSPは離れた場所から、警備してもらっているが、今は部屋の中まで入ってもらった。

 何かあってからでは遅い。

 もう二度と、美緒が殴られないように、命が脅かされないように。今年はお腹の赤ん坊も守ってもらわなくてはならない。


「総帥、こちらでお願いします」

「ああ」


 今日はダンスパーティーなので、席は隅に置かれている。

 丸テーブルが一つ置かれて、椅子が6脚ある。そのひとつに座って、ダンスパーティーが始まった。

 華やかなドレスを着た女性と黒いタキシードを着た男性が踊っている。

 一人男だけれど、女装をした奴も混ざっているが、ティファは人気者だ。

 見た目に美しく、話術もある。偉そうな日本語も愛嬌だと思われているようだ。

 そのティファがアメリカ支部のトップである事を知る者は少ない。今日も華やかでセクシーなドレスを着て、ダンスを踊っている。

 和真はお見合いした女性と踊っている。

 淑やかなお嬢様だ。歳は美緒と変わらない。円城寺家の企業で勤めている。秘書課にいて、和真とも仕事で会った事があるとか。

 円城寺家のお婆さまの血筋のお嬢様だと聞いた。

 まだ恋愛感情は湧かないと和真は言っていたが、お嬢様の方は、和真を慕っていると聞いている。二人が並んだ姿はお似合いだと思う。

 結婚するかどうかは、まだゆっくり考えればいいだろう。

 俺の前には、また縁談をお願いしたいと言っている夫妻がいる。

 夫妻の隣には、まだ中学生くらいの男の子がいる。



「好きな子はいないの?」



 男の子に聞いてみたら、「いません」と即答された。

 両親の話では、勉学と武術、水泳と遊ぶ時間もないほど忙しいらしい。

 確かに武術を極めようと思えば、女の子と遊んでいる時間はないだろう。

 俺はノートに両親の名前と会社名。息子の名前を書き込み、女の子の好みを聞いて書き込む。

 あまりに多すぎて、覚えきれなくてノートをもらった。

 今、このノートの半分以上に縁談の申し込みが書かれている。

 お爺さまに相談しなければ、縁談については伝授されてはいない。

 次の面談者も縁談の相談だった。今度は高校生の女の子を連れて来ている。

 今度は指名された。

「好きなんです」と女の子は言った。


「どうか、婚約者になれるように、紹介いただきたい」


 父親は頭を下げている。

 ふと思った。俺は七夕の短冊かと……。


「一緒にダンスでも踊っておいで」

「無理です」


 女の子は、顔を真っ赤に染めた。

 俺に告白する勇気があるなら、本人にすればいいのに……と心の中で思う。

 またノートに記録していく。

 開始から二時半が過ぎた頃、俺の横に桜子が座った。

 面談者はキョトンとしたが、会話の途中だったので、簡潔に纏めて縁談をお願いしていった。

 子供はまだ小学生の女の子だった。

 ノートに記入して、隣に座る桜子を見る。


「何か用か?」

「美緒はいないの?」

「部屋で休ませている」

「体調が悪いの?」


 ニコニコと微笑んでいる顔を見ていると、文句を言いたくなる。


「昼に美緒に何かしたのか?」

「別に、お腹を触らせてって言っただけよ」


 お酒でも入っているのか、頬が赤く染まっている。


「桜子は、美緒に散々、嫌がらせをしてきた相手だ。大切な赤ん坊に触ろうとするな。美緒に近づかないでくれ」

「何よ。光輝の子供でしょ?ハンサムな男の子かしらね?それとも美女かしら?光輝の子ならどちらが生まれても、美人ね」


 桜子は俺の腕に腕を絡めてきた。


「楽しみね、光輝の子供」

「ああ、そうだな」

「わたくしね、美緒の代わりに来たのよ。美緒がいなければ、わたくしが妻だったんですもの」


 こいつは何を言い出したんだ?

 自分が誰の妻か忘れたのか?


「面談の邪魔になる。席を離れてくれないか?」

「いいじゃない」


 桜子は俺にしがみついて、間近に見つめてきた。

 甘い香水の匂いに、噎せ返りそうだ。

 美緒は香水をつけないから、香水の香りに慣れてはいない。


(臭い)


「ねえ、光輝。明日の花火大会、一緒に見ない?」

「有喜はどうした?」

「昨日、喧嘩しちゃったの。仲直りできるように、ね?」

 甘えるような声を出して、俺の唇に唇を合わせた。キスではない。ぶつかって来たのだ。

 桜子の胸を突き飛ばすと、桜子は椅子から落ちて床に転がった。

 盛大な音がした。

 桜子が倒れた音と椅子が倒れ、転がった音だ。

 生演奏が一瞬止まって、またすぐに演奏が始まった。


「有喜を呼んでくれ」


 すぐに秘書に伝えると、音楽に合わせて「有喜君1番に来てください」と放送が入った。

 前代未聞だ。

 俺が親睦会に出るようになってから、ダンスパーティー中の呼び出しは初めてだ。

 ダンスをしていた人達の視線が前を向く。


「酷いわ」


 桜子は盛大に転がって、床に寝そべっている。

 真っ赤なドレスが広がって、ゴールドの靴が転がっていった。


「起こしてはくれないの?」

「勝手に起きろ」

「冷たいのね」

「自分がしたことを思い出せ。おまえは有喜の妻だろう?いつまでも俺に付きまとうな」


 唇をタキシードの袖口で拭うと、背後からお手拭きを出された。

 ホテルの従業員が一人、必ず背後に控えている。

 俺は濡れたお手拭きで、口元を拭った。

 美緒以外の誰ともキスなどしたくない。

 触れただけでも、気持ちが悪い。


「さっさと去れ」

「酷いわ」


 自分で起き上がれないのか、床の上でいつまでも転がっている。

 時間的に面談が中止になり、秘書が整理番号を渡している。

 明日は花火なので、明後日も面談をしなくてはならなくなった。

 今日中に終わるはずだった面談が終わらなかったので、俺の仕事が増えた。

 俺の仕事が増えれば、美緒に負担がかかる。

 有喜が走って来た。


「総帥、すみません。桜子、何している?」


 有喜は桜子を起こして、まず座らせた。飛んで行った靴を拾うと、桜子の前に置いた。


「見苦しいことは止めなさい。我が家の恥になる」

「怒ってばかりね?」

「また飲んでいるのか?」

「今日は少しよ」

「いい加減にしてくれ」


 いつも穏やかな有喜が、本気で怒っている。

 桜子はゆっくり立ち上がると、靴を履いた。


「ごめんなさいね、光輝。怒らすつもりはなかったのよ」


 桜子はまた俺に抱きついてこようとした。今度は有喜の方に押しのけた。有喜は桜子を受け止めなかった。

 盛大に尻餅を付いて、そのまま仰向けに転んだ。

 ドンと大きな音がして、皆が桜子を見ている。


「痛いわ」


 腰を撫でながら、天井のシャンデリアを見ている。


「綺麗なシャンデリアね」

「早く起き上がってくれ」


 音楽が終わりダンスも終わった。


「本日のダンスパーティーは終了です。お気を付けてお帰りください」


 アナウンスが入って、俺はまだ横になっている桜子と桜子を見下ろしている有喜を置き去りにして、部屋に戻る事にした。

 桜子に触られたタキシードを早く脱いで、唇を洗いたい。



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