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第十二章
2 信頼関係 プレゼント
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12月になりクリスマスが近づいてきた。
去年のクリスマスは、すれ違いから光輝さんと一緒に過ごす事ができなかった。
必死にアルバイトをしたのに、洗剤のアレルギーで手を失いそうになった。
自分がどれほど馬鹿なのか自覚した。
一人暮らしの寂しさと孤独。冬の寒さが肌身にしみた。
光輝さんが浮気をしていると思い込んで、疑い続けた。
100年も想い続けてもらえて羨ましく想えた。葵さんの事は、あれ以来聞いていない。
気にはなるけれど、聞き出す度胸はない。
今年も、葵さんと会うのだろうか?
できたら葵さんとは縁を切って欲しい。
光輝さんは、今日は出勤の日で夜に帰宅をすると言っていた。
わたしは学校が休校の日だけれど、街に出た。
光輝さんには、登校と言ってしまった。
嘘はいけないと思ったけれど、内緒で行きたい場所があった。
今日は多岐さんに車を出してもらった。
光輝さん御用達の百貨店に出向いて洋服やネクタイを見る。
洋服やジャケットなどは高くて買えないけれど、ネクタイくらいなら買えそうだ。
去年にアルバイトしたお金は手つかずに残っている。
「多岐さん、どれが似合うと思いますか?」
「ご主人様ですか?」
「そう。後ね、お友達にも選びたいの。社会人一年生と大学一年生の」
「卓也さんと恵麻さんですね?」
「そうよ、いつもお世話になっているのに、プレゼントすら買えなくて。去年、アルバイトしたお金を取っておいたの」
「美緒さんからのプレゼントなら、どんな物でも喜んでいただけると思いますよ」
「そうかな?」
まず、光輝さんの顔を思い浮かべながら、ネクタイを選んでいく。
もともとお洒落な人なので、いろんなネクタイを持っている。
被ってしまうと大変な事に気付いた。
「すみません、ネクタイの新作はどれかありますか?」
店員さんはわたしの顔を見て、「円城寺様」と呼んで、光輝さんと結びつけた。
「ご主人様にプレゼントですか?」
「はい」
「新作は、こちらになります」
ネクタイの中から、新作だけ出して並べてくれた。
「どれが似合うと思いますか?」
「そうですね、円城寺様はシックなお色を好んで着ていらっしゃいますね」
新色の中から、幾つか光輝さんが好みそうな物を選び出してくれた。
「これにしようかな?」
幾つかあるうちから光輝さんに似合いそうなデザインを見つけて、それを避けておく。
次に卓也さんの事を考えた。
卓也さんもシックな色を好んでいた。残ったネクタイの中から卓也さんに似合いそうな物を選んだ。
次は恵麻さんの顔を思い浮かべる。若さで着られそうな格好いい柄物を選んだ。
「印を付けていただけますか?間違ってしまうといけないので」
「メッセージカードを付けられますよ?」
「それなら、メッセージを付けてもいいですか?」
わたしは椅子に案内されて、そこで一つずつメッセージを書いて、ネクタイの箱の中にカードを入れてもらって、包装紙の上からリボンを付けてもらった。
赤が光輝さん、青が卓也さん、黄色が恵麻さんにした。
光輝さんはいつもカードで買い物をするけれど、わたしは現金を持ってきていた。大きな袋に小袋と商品を入れてくれた。残金を数えると5万円くらいだ。
和真さんとティファさんにも、何かプレゼントをしたいが、全部ネクタイでは芸がない。
でも、和真さんもネクタイでもいいかもしれない。
和真さんはダークグレーのネクタイをよくしていた。新作の中から一つを選んで、もう一度精算をする。メッセージカードにメッセージを書いて、箱に入れてもらった。リボンの色はピンクだ。
ティファさんは女の子の物がいい。
アクセサリー売り場を見ても買える物はない。化粧品売り場に入って、口紅やチークを見て歩く。絶対に、わたしよりセンスのいいティファさんにプレゼントしても使ってもらえるか分からない。
ひたすら店の中を歩いて、やっと見つけたのはガラス細工だった。
瓶の中に深紅の薔薇が咲いている。イメージがティファさんのように見えた。値段はそれなりにする。お財布の中を見て、残金を数える。なんとか買えそうだ。
ショーウインドーに小さな薔薇の置物があった。光輝さんにも贈りたい。
わたしはその二つを購入することにした。
「割れないように厳重にお願いします」
「はい、わかりました」
店員さんはにこやかに包装してくれた。
お財布の中は軽くなってしまったけれど、心は満たされた。
お店の中を歩いて、いつもお世話になっている多岐さんへのプレゼントを選ぶ。
これは気持ちの問題なので、ハンカチに刺繍をしてくれるお店に寄って、多岐さんの名前を刺繍してもらって、ラッピングしてもらった。
「美緒さん、一度、車に荷物を置きに行きましょうか?」
「お願いできますか?」
両手で荷物を持っていては、何も買えない。
多岐さんのリードで、駐車場に行って荷物をトランクルームに入れてもらった。
「もう少し、見てもいいですか?」
「どうぞ」
「ありがとう。もう一度、ガラス細工のお店を見たくて」
「可愛らしかったですね?」
「うん、プレゼントで買ったけれど、わたしも欲しくなって」
光輝さんとお揃いの物なら買えそうな気がする。
お店に戻ってよく見る。
手作り品なので、一つ一つ顔が違う。
店員さんが同じ物を集めてきてくれた。
その中から、一つを選ぶ。
「割れないようにお願いします」
「畏まりました」
清算して、スッキリした。
これは自分用のプレゼントにしようと思った。
わたしは、すごく頑張ってきたと思う。そのご褒美をあげてもいいと思った。
「多岐さん、ありがとうございます。いい買い物ができました」
「戻りますか?」
「お茶でも飲みますか?喉は渇いていませんか?お腹は空いていませんか?」
「私は仕事中ですので、ご心配なく」
多岐さんは、わたしの護衛をしている間は、本当にわたしから離れない。
食事やトイレの心配までしてしまいそうになる。
「美緒さんは、お茶を飲んでも構いませんよ」
「いいえ、では、帰ります」
…………………………*…………………………
一度トイレ休憩をした後に、多岐さんとエレベーター乗り場に向かおうと歩き出した。
その時、正面からお洒落なワンピースを着た女性が歩いてきた。
何気なく、道を譲る。その時、女性がわたしを見た。
その瞬間、わたしは怖くて、身動きが取れなくなった。
多岐さんが、わたしをガードする。
「あら、久しぶりね。何?お嬢様みたいな洋服を着て、似合わないわよ」
「……」
「あんたを産んでから、私の人生が変わってしまったのよ。自分だけ幸せになるつもりなの?今、どこにすんでいるの?」
「……」
「あんたが私の子宮を壊したから、お父さんに捨てられたのよ。どうしてくれるの?責任取りなさい」
「……お母さん」
真っ直ぐに伸びてきた手が、わたしのポシェットを握る瞬間に、多岐さんの手が、母の手を強く叩き落とした。
勢いで、わたしは数歩後ろに下がっただけで済んだけれど、母は尻餅をついた。
「痛ったい!乱暴は止めてよ」
ゆったりと起き上がった母は、以前とは顔つきが変わっていた。
もともと美人で、父の前ではおっとりしていた母なのに、目つきがきつくなっている。
「憎らしい顔、私の前から一生消えて」
母はバックからナイフを取り出して、わたしに刃物を向けてきた。
多岐さんが、わたしを守るように前に出た。
人目に付きづらいトイレ前だけれど、争いに気付いた店員が警備員を呼びに走って行く。
客が騒然として、走り去っていく。
「お父さんたらね、美緒よりも若い女を連れて来て、春に赤ん坊が生まれたのよ。待望の男の子よ。お母さんは、風俗でも働かされているのよ。赤ちゃんを育てるのにお金がかかるでしょ?美緒が家出なんてするから、私達の人生が変わってしまったのよ。美緒ならお金を持っているでしょ?持っている分だけでも支払って!さあ、財布を出しなさい」
折りたたみ式のナイフを閉じたり開けたりしながら、母は話している。
わたしは咄嗟にクレジットカードを抜いた財布を出して、少しのお札と小銭を渡した。
「たった、これだけなの?見せてごらんなさい」
わたしは財布を手渡した。
「貧乏人なのね?」
「はい」
「小遣いももらってないの?」
「ないです」
「円城寺家はケチね」
母はお金を奪って、わたしのお財布をわたしにぶつけた。
急いでそれを拾うと、鞄の中に入れた。
「存在するだけで、虫唾が走るわ。さっさと行きなさい」
わたしから奪った数千円と小銭をコートのポケットに入れると、母は歩いて去って行った。
店員がお客を誘導している。その間を母は、スタスタと歩いて行く。
「美緒さん、大丈夫ですか?」
「はい、ご迷惑をかけました」
母には関わらない方がいい。
盗まれたお金も、そんなに多くはない。
大切なお財布やキャッシュカードを盗まれなくてよかった。
それでも、怖くて、足が前に出ない。
「被害届を出されますか?」
店員が警備員を連れて来て、わたしに声をかけた。
「いいえ。いいんです」
怖くて、怖くて、足が竦む。
「美緒さん、少し休みましょう。顔色が真っ青です」
多岐さんが、わたしを抱き上げた。
「救護室がございます。こちらにどうぞ」
店員が引率して、わたしは救護室に運ばれて、ソファーに運ばれた。
震えているわたしに、温かいお茶を出してくれた。
「被害届を出していただけますか?今後、入店拒否をしたいと思います。ナイフで脅迫し、お金も奪われております」
スーツを着た男性が丁寧に、わたしに言葉を紡ぐ。
名札に店長と書かれている。
「美緒さん、しっかりなさってください。旦那様に連絡をいたしますね」
「呼ばないで。こんなことくらいで」
こんなことくらいだ。
どうって事ない。
「しかし、契約上、奥様に何かあった場合は連絡をするようになっていますので」
わたしは頷いた。
確かに、そう言う契約だった。
多岐さんは何度か連絡をしたけれど、連絡が取れないようで、電話をすることを止めて、メールを打ったようだ。
「ご主人様、お忙しいのでしょうか?」
「今日は忙しいって言っていましたから」
わたしの事で面倒をかけたくはない。
目の前に出された書類に、わたしは被害届を書いて、わたしの名前と母の名前を書いた。
その間に、警察もやって来て事情聴取を受けた。
母はわたしに近づいてはならない接近禁止令に背いたので、窃盗と傷害未遂で調査をすると言っていた。
震えの取れないわたしを抱きかかえるように、多岐さんは車まで連れてきてくれた。
「もう怖くありませんからね、すぐに帰宅しましょう」
「はい」
「お薬は飲まれますか?」
「これくらいは、大丈夫です」
「そうですか?無理はしないようにお願いしますね」
「はい」
わたしは車に乗り込んで、シートベルトを付けた。
…………………………*…………………………
光輝さんが留守にしている間は、多岐さんがわたしを護衛する約束になっているので、ホテルに戻ってきても、多岐さんが部屋の中にいる。
「プレゼント片付けて来ますね」
「はい」
ホテルの部屋に入ったら、多岐さんの表情も穏やかな物に変わって、先ほどまでの緊張感はなくなっている。
「お部屋の中は安全だと思うので、多岐さんも休んでください」
「心遣い感謝します」
わたしは私室のクローゼットの中にプレゼントを隠した。
ポシェットを置いて、自分用のプレゼントを机に置いた。
ティファさんに購入した物の小さいバージョンだ。美女と野獣に出てくるような薔薇だ。
花びらが全て散ってしまったら呪いで魔獣のままになってしまう。
そんな物語に出てくるような物だ。
ガラスの花びらは散らない。
机に飾って、わたしはコートを脱いで、お風呂に入ろうと思った。
下着と着替えを持って、部屋を出ると、多岐さんは部屋に立っていた。
わたしは荷物を置くと、先にお茶を淹れようと思った。
ミネラルウォーターを湯沸かし器で沸騰させて、美味しいお茶を淹れる。
多岐さんをカウンターの席に呼ぶと、椅子を勧めて、一緒にお茶を飲む。
「どうぞ、ここに座っていてください」
多岐さんは、軽く会釈をした。
「シャワーを浴びて来ます」
「行ってらっしゃい」
不快な気持ちをシャワーで流して、着替えをしたい。
お化粧も今日はもういらない。
光輝さんが帰って来るまで、ゆっくりしていようと思う。
父が再婚して、お世継ぎの男の子が生まれて、母は風俗で働いていると言っていた。
母もお嬢様として育ってきたのに、墜ちるところまで墜ちてしまったのだと思った。
そうさせたのは、わたしだったかもしれない。
自分の幸せのために、あの家を出た。
あのお見合いがなければ、わたしは、この世にいなかったかもしれない。
お風呂から出ると、お昼の時間を回っていた。
「多岐さん、お昼は一緒にバイキングに行きますか?」
「私は先にいただきましたので、バイキングに行かれますか?」
「いえ、それならルームサービスを頼みます」
わたしがお風呂に入っている間に、食事を済ませたのだろう。
わたしは、これ以上手間をかけさせないように、部屋の電話で食事を頼んだ。
「美緒さん、念のためにお薬を飲んで、休んでくださいね?」
「食事をいただいたら、少し休みます」
わたしの顔色は、まだ蒼白になっている。
本当は怖くて仕方が無い。
どうして、今日は光輝さんがいないのだろう。
去年のクリスマスは、すれ違いから光輝さんと一緒に過ごす事ができなかった。
必死にアルバイトをしたのに、洗剤のアレルギーで手を失いそうになった。
自分がどれほど馬鹿なのか自覚した。
一人暮らしの寂しさと孤独。冬の寒さが肌身にしみた。
光輝さんが浮気をしていると思い込んで、疑い続けた。
100年も想い続けてもらえて羨ましく想えた。葵さんの事は、あれ以来聞いていない。
気にはなるけれど、聞き出す度胸はない。
今年も、葵さんと会うのだろうか?
できたら葵さんとは縁を切って欲しい。
光輝さんは、今日は出勤の日で夜に帰宅をすると言っていた。
わたしは学校が休校の日だけれど、街に出た。
光輝さんには、登校と言ってしまった。
嘘はいけないと思ったけれど、内緒で行きたい場所があった。
今日は多岐さんに車を出してもらった。
光輝さん御用達の百貨店に出向いて洋服やネクタイを見る。
洋服やジャケットなどは高くて買えないけれど、ネクタイくらいなら買えそうだ。
去年にアルバイトしたお金は手つかずに残っている。
「多岐さん、どれが似合うと思いますか?」
「ご主人様ですか?」
「そう。後ね、お友達にも選びたいの。社会人一年生と大学一年生の」
「卓也さんと恵麻さんですね?」
「そうよ、いつもお世話になっているのに、プレゼントすら買えなくて。去年、アルバイトしたお金を取っておいたの」
「美緒さんからのプレゼントなら、どんな物でも喜んでいただけると思いますよ」
「そうかな?」
まず、光輝さんの顔を思い浮かべながら、ネクタイを選んでいく。
もともとお洒落な人なので、いろんなネクタイを持っている。
被ってしまうと大変な事に気付いた。
「すみません、ネクタイの新作はどれかありますか?」
店員さんはわたしの顔を見て、「円城寺様」と呼んで、光輝さんと結びつけた。
「ご主人様にプレゼントですか?」
「はい」
「新作は、こちらになります」
ネクタイの中から、新作だけ出して並べてくれた。
「どれが似合うと思いますか?」
「そうですね、円城寺様はシックなお色を好んで着ていらっしゃいますね」
新色の中から、幾つか光輝さんが好みそうな物を選び出してくれた。
「これにしようかな?」
幾つかあるうちから光輝さんに似合いそうなデザインを見つけて、それを避けておく。
次に卓也さんの事を考えた。
卓也さんもシックな色を好んでいた。残ったネクタイの中から卓也さんに似合いそうな物を選んだ。
次は恵麻さんの顔を思い浮かべる。若さで着られそうな格好いい柄物を選んだ。
「印を付けていただけますか?間違ってしまうといけないので」
「メッセージカードを付けられますよ?」
「それなら、メッセージを付けてもいいですか?」
わたしは椅子に案内されて、そこで一つずつメッセージを書いて、ネクタイの箱の中にカードを入れてもらって、包装紙の上からリボンを付けてもらった。
赤が光輝さん、青が卓也さん、黄色が恵麻さんにした。
光輝さんはいつもカードで買い物をするけれど、わたしは現金を持ってきていた。大きな袋に小袋と商品を入れてくれた。残金を数えると5万円くらいだ。
和真さんとティファさんにも、何かプレゼントをしたいが、全部ネクタイでは芸がない。
でも、和真さんもネクタイでもいいかもしれない。
和真さんはダークグレーのネクタイをよくしていた。新作の中から一つを選んで、もう一度精算をする。メッセージカードにメッセージを書いて、箱に入れてもらった。リボンの色はピンクだ。
ティファさんは女の子の物がいい。
アクセサリー売り場を見ても買える物はない。化粧品売り場に入って、口紅やチークを見て歩く。絶対に、わたしよりセンスのいいティファさんにプレゼントしても使ってもらえるか分からない。
ひたすら店の中を歩いて、やっと見つけたのはガラス細工だった。
瓶の中に深紅の薔薇が咲いている。イメージがティファさんのように見えた。値段はそれなりにする。お財布の中を見て、残金を数える。なんとか買えそうだ。
ショーウインドーに小さな薔薇の置物があった。光輝さんにも贈りたい。
わたしはその二つを購入することにした。
「割れないように厳重にお願いします」
「はい、わかりました」
店員さんはにこやかに包装してくれた。
お財布の中は軽くなってしまったけれど、心は満たされた。
お店の中を歩いて、いつもお世話になっている多岐さんへのプレゼントを選ぶ。
これは気持ちの問題なので、ハンカチに刺繍をしてくれるお店に寄って、多岐さんの名前を刺繍してもらって、ラッピングしてもらった。
「美緒さん、一度、車に荷物を置きに行きましょうか?」
「お願いできますか?」
両手で荷物を持っていては、何も買えない。
多岐さんのリードで、駐車場に行って荷物をトランクルームに入れてもらった。
「もう少し、見てもいいですか?」
「どうぞ」
「ありがとう。もう一度、ガラス細工のお店を見たくて」
「可愛らしかったですね?」
「うん、プレゼントで買ったけれど、わたしも欲しくなって」
光輝さんとお揃いの物なら買えそうな気がする。
お店に戻ってよく見る。
手作り品なので、一つ一つ顔が違う。
店員さんが同じ物を集めてきてくれた。
その中から、一つを選ぶ。
「割れないようにお願いします」
「畏まりました」
清算して、スッキリした。
これは自分用のプレゼントにしようと思った。
わたしは、すごく頑張ってきたと思う。そのご褒美をあげてもいいと思った。
「多岐さん、ありがとうございます。いい買い物ができました」
「戻りますか?」
「お茶でも飲みますか?喉は渇いていませんか?お腹は空いていませんか?」
「私は仕事中ですので、ご心配なく」
多岐さんは、わたしの護衛をしている間は、本当にわたしから離れない。
食事やトイレの心配までしてしまいそうになる。
「美緒さんは、お茶を飲んでも構いませんよ」
「いいえ、では、帰ります」
…………………………*…………………………
一度トイレ休憩をした後に、多岐さんとエレベーター乗り場に向かおうと歩き出した。
その時、正面からお洒落なワンピースを着た女性が歩いてきた。
何気なく、道を譲る。その時、女性がわたしを見た。
その瞬間、わたしは怖くて、身動きが取れなくなった。
多岐さんが、わたしをガードする。
「あら、久しぶりね。何?お嬢様みたいな洋服を着て、似合わないわよ」
「……」
「あんたを産んでから、私の人生が変わってしまったのよ。自分だけ幸せになるつもりなの?今、どこにすんでいるの?」
「……」
「あんたが私の子宮を壊したから、お父さんに捨てられたのよ。どうしてくれるの?責任取りなさい」
「……お母さん」
真っ直ぐに伸びてきた手が、わたしのポシェットを握る瞬間に、多岐さんの手が、母の手を強く叩き落とした。
勢いで、わたしは数歩後ろに下がっただけで済んだけれど、母は尻餅をついた。
「痛ったい!乱暴は止めてよ」
ゆったりと起き上がった母は、以前とは顔つきが変わっていた。
もともと美人で、父の前ではおっとりしていた母なのに、目つきがきつくなっている。
「憎らしい顔、私の前から一生消えて」
母はバックからナイフを取り出して、わたしに刃物を向けてきた。
多岐さんが、わたしを守るように前に出た。
人目に付きづらいトイレ前だけれど、争いに気付いた店員が警備員を呼びに走って行く。
客が騒然として、走り去っていく。
「お父さんたらね、美緒よりも若い女を連れて来て、春に赤ん坊が生まれたのよ。待望の男の子よ。お母さんは、風俗でも働かされているのよ。赤ちゃんを育てるのにお金がかかるでしょ?美緒が家出なんてするから、私達の人生が変わってしまったのよ。美緒ならお金を持っているでしょ?持っている分だけでも支払って!さあ、財布を出しなさい」
折りたたみ式のナイフを閉じたり開けたりしながら、母は話している。
わたしは咄嗟にクレジットカードを抜いた財布を出して、少しのお札と小銭を渡した。
「たった、これだけなの?見せてごらんなさい」
わたしは財布を手渡した。
「貧乏人なのね?」
「はい」
「小遣いももらってないの?」
「ないです」
「円城寺家はケチね」
母はお金を奪って、わたしのお財布をわたしにぶつけた。
急いでそれを拾うと、鞄の中に入れた。
「存在するだけで、虫唾が走るわ。さっさと行きなさい」
わたしから奪った数千円と小銭をコートのポケットに入れると、母は歩いて去って行った。
店員がお客を誘導している。その間を母は、スタスタと歩いて行く。
「美緒さん、大丈夫ですか?」
「はい、ご迷惑をかけました」
母には関わらない方がいい。
盗まれたお金も、そんなに多くはない。
大切なお財布やキャッシュカードを盗まれなくてよかった。
それでも、怖くて、足が前に出ない。
「被害届を出されますか?」
店員が警備員を連れて来て、わたしに声をかけた。
「いいえ。いいんです」
怖くて、怖くて、足が竦む。
「美緒さん、少し休みましょう。顔色が真っ青です」
多岐さんが、わたしを抱き上げた。
「救護室がございます。こちらにどうぞ」
店員が引率して、わたしは救護室に運ばれて、ソファーに運ばれた。
震えているわたしに、温かいお茶を出してくれた。
「被害届を出していただけますか?今後、入店拒否をしたいと思います。ナイフで脅迫し、お金も奪われております」
スーツを着た男性が丁寧に、わたしに言葉を紡ぐ。
名札に店長と書かれている。
「美緒さん、しっかりなさってください。旦那様に連絡をいたしますね」
「呼ばないで。こんなことくらいで」
こんなことくらいだ。
どうって事ない。
「しかし、契約上、奥様に何かあった場合は連絡をするようになっていますので」
わたしは頷いた。
確かに、そう言う契約だった。
多岐さんは何度か連絡をしたけれど、連絡が取れないようで、電話をすることを止めて、メールを打ったようだ。
「ご主人様、お忙しいのでしょうか?」
「今日は忙しいって言っていましたから」
わたしの事で面倒をかけたくはない。
目の前に出された書類に、わたしは被害届を書いて、わたしの名前と母の名前を書いた。
その間に、警察もやって来て事情聴取を受けた。
母はわたしに近づいてはならない接近禁止令に背いたので、窃盗と傷害未遂で調査をすると言っていた。
震えの取れないわたしを抱きかかえるように、多岐さんは車まで連れてきてくれた。
「もう怖くありませんからね、すぐに帰宅しましょう」
「はい」
「お薬は飲まれますか?」
「これくらいは、大丈夫です」
「そうですか?無理はしないようにお願いしますね」
「はい」
わたしは車に乗り込んで、シートベルトを付けた。
…………………………*…………………………
光輝さんが留守にしている間は、多岐さんがわたしを護衛する約束になっているので、ホテルに戻ってきても、多岐さんが部屋の中にいる。
「プレゼント片付けて来ますね」
「はい」
ホテルの部屋に入ったら、多岐さんの表情も穏やかな物に変わって、先ほどまでの緊張感はなくなっている。
「お部屋の中は安全だと思うので、多岐さんも休んでください」
「心遣い感謝します」
わたしは私室のクローゼットの中にプレゼントを隠した。
ポシェットを置いて、自分用のプレゼントを机に置いた。
ティファさんに購入した物の小さいバージョンだ。美女と野獣に出てくるような薔薇だ。
花びらが全て散ってしまったら呪いで魔獣のままになってしまう。
そんな物語に出てくるような物だ。
ガラスの花びらは散らない。
机に飾って、わたしはコートを脱いで、お風呂に入ろうと思った。
下着と着替えを持って、部屋を出ると、多岐さんは部屋に立っていた。
わたしは荷物を置くと、先にお茶を淹れようと思った。
ミネラルウォーターを湯沸かし器で沸騰させて、美味しいお茶を淹れる。
多岐さんをカウンターの席に呼ぶと、椅子を勧めて、一緒にお茶を飲む。
「どうぞ、ここに座っていてください」
多岐さんは、軽く会釈をした。
「シャワーを浴びて来ます」
「行ってらっしゃい」
不快な気持ちをシャワーで流して、着替えをしたい。
お化粧も今日はもういらない。
光輝さんが帰って来るまで、ゆっくりしていようと思う。
父が再婚して、お世継ぎの男の子が生まれて、母は風俗で働いていると言っていた。
母もお嬢様として育ってきたのに、墜ちるところまで墜ちてしまったのだと思った。
そうさせたのは、わたしだったかもしれない。
自分の幸せのために、あの家を出た。
あのお見合いがなければ、わたしは、この世にいなかったかもしれない。
お風呂から出ると、お昼の時間を回っていた。
「多岐さん、お昼は一緒にバイキングに行きますか?」
「私は先にいただきましたので、バイキングに行かれますか?」
「いえ、それならルームサービスを頼みます」
わたしがお風呂に入っている間に、食事を済ませたのだろう。
わたしは、これ以上手間をかけさせないように、部屋の電話で食事を頼んだ。
「美緒さん、念のためにお薬を飲んで、休んでくださいね?」
「食事をいただいたら、少し休みます」
わたしの顔色は、まだ蒼白になっている。
本当は怖くて仕方が無い。
どうして、今日は光輝さんがいないのだろう。
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