裸足のシンデレラ

綾月百花   

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第十一章

8   復讐   夫婦生活

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 学校に復帰してから、わたしの顔の痣もだんだん綺麗になってきた。

 まだ押さえると痛いが、見た目に目立たなくなってきてホッとしている。

 みぞおちの痣と脇腹の痣も薄くなってきた。

 自宅のホテルに帰ってきて、光輝さんと寝室は一緒になったけれど、光輝さんはわたしを抱きしめるだけで、無理に求めることはしない。

 舌を絡めるキスになりそうになると、わたしは光輝さんの肩を押す。

 嫌ではなく、もしわたしが病気に感染していたらと思うと怖くて、光輝さんを求められない。


「怖いのか?」

「お願いがあるの。あと二ヶ月待って。HIVと梅毒の再検査が陰性だと分かるまで」

「美緒は俺を労ってくれているのだな?」
「うん。病気に感染していたら怖いの」



 夫婦生活を乗り越える前に、病気に感染していないか不安で、まずその不安を乗り越えなければ、光輝さんを受け入れられない。

 光輝さんはわたしを犯した犯人の性病の検査をしてくれた。

 全て陰性と結果は出たが、それでも不安なのだ。


「それなら抱きしめて寝よう」


 光輝さんは無理強いをしない。

 優しく抱きしめられて、眠りに落ちていく。

 まだ精神安定剤と睡眠薬を飲んでいる。

 夢でどうしても魘されてしまう。

 あの痛みと、恐怖が安らかな眠りを妨害する。


(助けて、怖い、痛い、痛い……)


 ハッと目を覚ますと、すぐ隣で光輝さんが眠っている。

 睡眠薬を飲んでも、悪夢で起きてしまう。

 ベッドから下りて、寝室を出る。水を飲むと、自分の部屋に戻って、机に向かう。

 5月の試験勉強を始める。

 こんな精神状態で受かるだろうか?

 不安が不安を生む。

 新しく買った問題集を始める。

 過去問を全て暗記する勢いで勉強に集中する。今は、そうすることでしか、あの日を忘れられない。

 悔しいけれど、あと二ヶ月ではなくて、司法試験が終わるまで待ってもらう。

 わたしには逃げる場所があって良かったのかもしれない。

 性犯罪はあまり公表されないが、意外に多い。

 わたしもその中の一人になってしまっただけだ。

 苦しいけれど、悲しいけれど、今は負けてはいられない。

 目標を見失ってはいけない。



 …………………………*…………………………




 3ヶ月後の性病検査は、クリアーできた。

 光輝さんとやっとキスができた。

 キスをしてから、もう少し待って欲しいとお願いした。

 正直に、睡眠薬を飲んでも悪夢で起きてしまうことも告げて、その治療は司法試験が終わるまで、待って欲しいとお願いした。

 光輝さんは、わたしが不眠で眠れないことを知っていた。

 夜中に寝室を出て行くことも気付いていた。

 けれど、待つと言ってもらえた。


「今、しなければならない事をしっかりやりなさい」と言ってくれた。




 …………………………*…………………………




 そして、わたしは5月の司法試験を受けることができた。合格発表は9月だ。

 精一杯勉強をした。

 落ちていた時の事も考えて、勉強は継続した。

 けれど、わたしは自分に向き合う事にも専念した。

 医師に夜、眠れない事を相談して、夢で魘される事も告げて、治療を受ける事にした。同時に、光輝さんとの仲を深める努力を始めた。

 レイプで一番辛かったのは、恐怖と痛みだった。

 光輝さんは、いつも抱きしめていてくれていたので、恐怖は感じない。

 触れあうことから始めて、光輝さんを欲しいと思えるようになっていった。

 8月の親睦会で、やっと結ばれる事ができるようになった。

 わたしの精神状態を考えて、光輝さんはたった3日だけ出席して、わたしを日常に戻してくれた。

 親睦会の間も、わたしのSPの多岐さんは、わたしの警護をしてくれていた。

 光輝さんが会議の時は、卓也さんと恵麻さん、多岐さんが警護をしてくれた。

 無事に留守番ができて、正直、ホッとした。

 卓也さんと恵麻さんに、今までのお礼も言えた。

 勿論、多岐さんにもお礼を言った。

 多岐さんは、いつも「仕事ですから」と告げる。




 …………………………*…………………………




 そして9月になった。

 わたしは無事に合格できた。

 学校のホームページに名前も載って、学長賞ももらった。

 アメリカから和真さんとティファさんまで、お祝いに来てくれた。

 ずっと約束が果たせなかった買い物もティファさんと行けた。

 わたしに洋服や化粧品を選んでくれて、合格祝いだと言ってプレゼントをしてくれた。メイクの仕方も教えてくれ
 る。


「ミオには教え甲斐があるな!」と嬉しそうだ。


 一緒にネイルアートの店に連れて行ってもらった。

 和真さんは、わたしにパーティー用のドレスをプレゼントしてくれた。

 今まで着たことのないシルバーのロングドレスだ。桜子さんが好きそうなデザインだけれど、着てみたら似合った。

「年末の親睦会で着ます」と言うと、和真さんは喜んでくれた。

 光輝さんからは、ガラスの靴をプレゼントされた。



「もう一度、結婚式をしたい」



 結婚式の翌日にレイプされたわたしに、新しい思い出をくれるのだと思う。


「はい、喜んで」


 わたしはガラスの靴を履いた。

 ピッタリのサイズに感動する。

 光輝さんも、嬉しそうにしてくれた。

 ドレスはオーダーメイドされた物だった。

 わたしが知らぬ間に、光輝さんが作ってくれたようだ。

 桜子さんが着たドレスに負けない。

 裾は長くないけれど、すらりとシフォンのドレスの上から上質なレースが重ねられて、美しい黄緑の宝石が散りばめられている。

 ネックレスとイヤリング、髪飾りは同色の宝石でゴージャスに作られていた。

 背中のリボンで調節できそうなので、長く着られそうだ。



「気に入ったか?」

「このドレス、親睦会でも着られそうですね」


 光輝さんは微笑んだ。


「たった一度着るだけでは惜しいからね。これから親睦会でも着なさい」

「はい」

「因みに、この宝石はペリドットというのだよ。石言葉は夫婦愛だ。これからも仲良くして欲しい」

「はい、喜んで。あっ、光輝さんとお揃いですか?」


 光輝さんのネクタイピンが同じ宝石で作られていた。派手すぎず、上品に。気をつけて見なければ気付かないかもしれない。

 和真さんとティファさんは立会人になるそうだ。

 今回は、お爺さまがお婆さまを招待したようで、車椅子に乗ったお婆さまが教会にいた。

 お婆さまは、以前よりこぢんまりとした体に、清楚なワンピースを身につけていた。

 卓也さんと恵麻さんも参列して、姉と恵も招待されていた。

 桜子さんが結婚式を挙げた教会で、わたしは光輝さんと一緒に赤い絨毯を歩いた。

 今度はきちんと神父さんがいた。

 お互いに誓い合うと、キスを交わした。

 一度外しておいた結婚指輪をお互いに入れ合って、拍手に包まれた。

 光輝さんは、もう一つの指輪も嵌めてくれる。

 意外だったのは、お婆さまが感動して泣いていた。

 わたしが美緒だと分からないはずなのに……。


「美緒、おめでとう。光輝さんと仲良くしなさい」


 お婆さまは、忘れているはずのわたしの名前を呼んだ。


「約束は果たされましたね」


 お婆さまは、お爺さまと手を繋いでいた。


「ああ、ちゃんと約束は守った。安心しなさい」

「ええ、ありがとう」


 姉もお婆さまの様子を見て驚いているようだった。

 別人のように、とても穏やかな顔をしている。

 わたしのブーケは、ドライ加工をしてもらおうと思っている。だから、ブーケトスはしない。渡せるのは恵だけだが、恵がドライ加工の事を教えてくれた。


「ちゃんと誓い合った証を残しておきなさいよ」と……。


 わたしの花は、真っ白な胡蝶蘭だ。光輝さんとお揃いだ。

 花言葉は、純粋な愛だ。幸運が飛んでくるとも言われているようだ。

 教会から出ると、花びらが舞い上がった。

 卓也さんと恵麻さんが、頑張っている。

 姉と恵も一緒に花を舞い挙げてくれている。

 皆で写真を撮った。

 今日は11月22日だ。語呂合わせで、いい夫婦の日に結婚式を挙げられるなって、なんて贅沢なんだろう。

 桜子さんの結婚式では、鳩が飛んだけれど、花びらが散った方が美しかったような気がした。

 光輝さんの会社の広報の方が、写真を撮っていることに、初めて気付いた。

 ビデオを撮っている人もいた。


「次の広報で、この結婚式を取り上げるつもりだ。できあがったら、見せてやる」

「結婚式を取り上げるの?」

「きちんとした式は挙げてなかったからね」

「ありがとう」

「今度は皆で食事をしよう」


 徒歩で歩いて行くのは、桜子さんの時と同じだと思う。

 美しいシャンデリアの部屋で、テーブルが寄せられていた。

 背の高いケーキは花でできていて、ナイフを入れるところだけ、生クリームが添えられていた。

 皆が座って、ケーキ入刀をした。


「この大きなケーキは偽物だったのね?」

「本物だと思っていたのか?」

「うん、倒れたらどうするんだろうと思っていたの」


 大きな花のケーキにナイフを入れた後、コックが四角いケーキを持ってきて、それを丁寧に切り分けていく。一人ずつ、ケーキが配られていく。

 少人数だからできるパフォーマンスだ。

 ケーキが並ぶと、食事が運ばれてきた。

 コース料理のようで、お上品な料理が運ばれてくる。

 恵がスマホで写真を撮っている。


「恵、後で、写真を送ってくれる?」

「勿論よ」


 今日もツインテールでいつもより豪華な黒のロリータ服を着た恵は、初めて見る料理や飾りに目を奪われている。

 風船で飾られた会場内は、とても愛らしい。

 シャンパンも配られていく。


「二人に乾杯!」


 ティファさんもご機嫌だ。


「ミオの花嫁衣装は美しい!」

「和真よ、婚約破棄を申し出たが、和真と結婚したいと言って断れたぞ」

「そうですか、まずは相性が合うのかどうかを考えなくてはなりませんね。俺はアメリカに住んでいますし、一度、お見合いをしてみましょう」


 和真さんも前向きな答えを出している。

 テーブルには、綺麗な花も飾られていて、和やかな結婚式は緩やかに過ぎて行った。




 その1週間後に、お婆さまは旅だって行った。

 お婆さまは、穏やかな顔で眠るように亡くなったと聞いた。

 看取りはお爺さまがなさった。



 お爺さまは、息子(わたしの父)に連絡をしたけれど、葬儀には来なかった。

 遺骨はお爺さまが引き取った。

 お婆さまは桜の木の根元に撒いて欲しいと望んだそうだ。

 樹木葬は、静かに行われた。



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