裸足のシンデレラ

綾月百花   

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第九章

10   疑心   平行

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 俺は朝食前に卓也君に電話をして、美緒の状態を話した。

 だが、卓也君は美緒が入院している事を知っていた。

 美緒が卓也君にラインを送ったのだという。それで卓也君から電話をしたと言った。



『欲しい物があるそうです。スマホの充電器と勉強道具を持って来て欲しいそうです』

「ありがとう」

『今日、恵麻と見舞いに行くつもりです。午後の面会時間に』

「美緒は昨夜、レイプされそうになって、また顔を殴られている。俺がもう少し早く助けに入っていたら、殴られずに済んだのに、すまなかった」



 美緒を守ってきてくれていた卓也君に謝罪しなくてはならない事だと思った。

 今、美緒が傷ついていることにも気付くだろう。



『美緒さんはその事は言わなかった』

「言えなかったのだと思う」

『そうですね、それでも、レイプされずに済んで良かったです』


 卓也君の心からの安堵だろう。

 これで男に襲われてレイプまでされていたら、美緒の心はもっと壊れてしまったかもしれない。



「俺は美緒の入院の準備をしてから、病院に向かう予定でいる。鍵を借りていて助かった」

『美緒さんが欲しがっている物を持っていってくださいね』

「ああ、わかった」

『それでは』


 卓也君は電話を切った。

 食事を終えた俺は、美緒が住んでいたマンションに向かった。


 

 …………………………*…………………………



 
 美緒の部屋には、カーテンがなかった。テレビもなく、とても殺風景な部屋だった。

 部屋は寒く、エアコンを入れた。

 電気ストーブも置いてあった。

 3LDKのマンションなのに、リビングで寝ていたようだ。シングルの薄い布団が畳まれていた。

 その横に普段着の洋服も畳んで置かれている。

 赤いスーツケースを開けると、下着と貴重品が入れられていた。

 通帳が二冊に増えていた。

 通帳を開くと、元々の大金の入っている通帳の他に50万円が入っている通帳があった。

 本格的に自活するつもりで保管用の通帳と普段用の通帳と分けたのだと思った。

 美緒の覚悟が感じられる。 


 ダイニングには、4人掛け用のテーブルが置かれている。椅子は一脚だけ使って、残りは壁側に寄せてあった。

 中古品なのか、傷が付いている。

 そのテーブルの上に、ノートパソコンとノートと問題集が載っていた。

 これが欲しかったのだろう。

 以前、心が不安定な時の方が勉強が捗ると言っていたような気がした。

 今、精神を落ち着かせるために、この問題集が必要なのだろう。

 スマホの充電器もテーブルの上に置かれていた。

 ノートパソコンと問題集とノート、筆箱、スマホの充電器をショルダーバッグの中に入れて、持ち出せるようにした。

 それから、美緒の下着を出して、袋に入れて、洗面所の中に入って歯ブラシや必要な物を揃えていく。

 畳んである洋服は、俺が買った物ではない。

 玄関には靴はない。

 ブーツのようなレインシューズが一足あった。

 俺が買った洋服や靴が見つからない。

 美緒は目立たないように、とても地味な色のセーターに薄いコートを着ていたようだ。

 スカートではなく、ジーンズが畳んであった。

 パジャマなのか温かそうな寝間着も置かれていた。

 他の部屋を見た時、箱詰めされた荷物が並べて置かれていたが、封を開けた痕跡はなかった。

 一つだけ、違う箱があって、俺が買った洋服が入っていた。

 コートまで片付けられていた。

 その箱の横にスーパーのビニール袋が置かれてあった。

 その中には、俺が美緒に誂えた革靴が入っていた。

 もう一つビニール袋があった。その中に、入っていた物は破れたワンピースだ。

 ブランド物で余所行き着にしていた物だ。

 きっとこれを着ていた時に、男に襲われたのだろう。

 俺は敗れた洋服を見てから、もう一度ビニール袋に戻した。

 酷く感情が高ぶり苛立つ。

 美緒を傷つけた奴が許せない。

 けれど、俺も美緒を傷つけた奴と同等なのだ。

 美緒の着替えは、美緒が用意していた俺の知らない洋服を用意した。

 薄手のニットに薄手のコート、ジーンズ、靴下、温かそうなパジャマ。

 今の美緒を尊重した。どんな洋服を着ていても、俺の妻だと教えなくてはならない。

 キッチンに行くと、小さな土鍋に小さな鍋が一つ、小さなフライパンが置かれていた。

 まるでままごとのような小さな物だ。

 炊飯器と電子レンジは中古品かもしれない。

 少し色が褪せている。

 最小限に汚さないように使われたキッチンに美緒の心遣いを感じる。

 食器棚は使われていなかった。カウンターにお皿とお茶碗、箸は、それぞれ一人分あった。マグカップは3個。

 卓也君と恵麻君の物だとすぐに分かった。ピンク色のマグカップと箸をキッチンにあったビニール袋に入れて準備をした。スプーンも一個だけあった。それも持って行くことにした。

 足りない物は、病院の中に入っているコンビニで準備をしようと思った。 

 俺は部屋のエアコンを消すと、荷物を持って部屋を出た。

 昨夜世話になったファミリーレストランに寄って、美緒の荷物を取りに行った。

 店長がロッカーに案内してくれた。

 ロッカーの中には美緒の着替えと赤いポシェットが入っていた。

 それを受け取ると、美緒の元に急いだ。
 



 …………………………*…………………………




 39度台だった体温は、朝の検温で熱は37.9度まで落ちて、ずっと悪かった気分も寒気も落ち着いてきた。

 病室は暖房がかかっていて、温かい。

 病院の病衣を借りているけれど、ベッドの中にいるのなら、それほど寒くない。

 けれど、上着があったら欲しい。

 卓也さんにラインを送った。

 病院に入院したことを伝えようと思った。

 あの部屋に訪ねて来ても、バイト先に来てもらっても会えないことを言っておくべきだと思った。

 ラインを送ったら、すぐに電話がかかってきた。



『入院って、どうしたんですか?』

「あの、……風邪をこじらせてしまったみたいで」

『風邪ですか?』

「うん、でも、熱も下がってきたので大丈夫です」

『何か欲しい物でもありますか?』

「それなら勉強道具を持ってきて欲しいです」

『熱があるのに、勉強ですか?』

「ないと落ち着かなくて。それに、することもなくて」

『分かりました。持って行きますね』

「お願いします」


 電話はすぐに切れた。

 本当は上着が欲しかったけれど、言えなかった。

 わたしは、本当に甘え方を知らないのだと改めて知った。

 洗顔代わりにもらった温かいにタオルで顔を拭うときに、頬の湿布を外された。

 ずっと貼り続けるとかぶれてしまうらしい。

 指先のあかぎれは、洗剤のアレルギーかもしれないと言われた。

 前のバイト先では、こんなことは起きなかったのに、たった数日でこれほどまで悪化したのは、洗剤が体に合わなかったのだろうと、円城寺先生が言った。

 塗り薬で、様子を見ることになった。

 ひび割れて、赤く腫れた指先は、指輪が似合わない指に見える。

 感染予防と薬が落ちてしまうので、包帯を巻かれた。

 両手に白い大きな手袋を付けたようだ。

 とても指輪ができるような指ではないから、指輪がなくなっても寂しくなくなった。

 朝食後から、飲み薬を出された。点滴は抜かれて自由だ。

 今回の血液検査では、継続点滴を受けるほど悪い数値は出てなかったそうだ。貧血も改善されているようだ。

 体重は2㎏減っただけで済んだ。

 ただの風邪なら、すぐにでも退院できそうだ。

 けれど、わたしの居場所は光輝さんに気付かれてしまった。

 きっと卓也さんが貸してくれたマンションもバレてしまっていると思う。

 どこに逃げたらいいのだろう?と思って、わたしは光輝さんから逃げていることを自覚した。

 マンションを出る前に交わした会話では、光輝さんは平気で嘘をついていた。

 今まで、光輝さんはわたしに嘘はつかないと思っていたのに、何の躊躇いもなく、嘘が出てきたことにもショックを受けた。

 この先、光輝さんとの会話に、嘘が紛れているかもしれないと思うと、どんな言葉を並べられても、嘘だと思えてしまうような気がする。

 二人の会話に意味があるのかと考えてしまう。

 ホテルに置いて来た写真に写った光輝さんは、幸せそうに、楽しそうに笑っていた。

 まるで本当の家族のように見えて、心が痛んだ。

 そんなに葵さんが好きなら、葵さんと結婚したらいいと思う。

 100年の時間を縛るほど好きなら、わたしに別れて欲しいと言えば済むことなのに。

 早めに離婚届を提出してもらおう。

 わたしはベッドから起き上がって、窓辺に寄って外の景色を見た。

 チラチラ雪が降っている。

 また積もるだろうか?

 窓辺から、暖房の風が出ている。

 この部屋は暖かい。



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