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第八章
3 新しい関係・姉の住む家
しおりを挟む約束の土曜日に、光輝さんは車で恵の家に行った。
ナビで住所を登録すると、恵の家は大学の近くだった。
歩いて通える距離だ。
こんなに近くに住んでいるのに、どうしていつも遅刻をしてくるのか、不思議に思ってしまった。
部屋のインターフォンを鳴らすと、恵が飛び出して来た。
「美緒、久しぶり」
「恵、いつもありがとう。ノートすごく助かっている」
「体は、もう良さそうなの?」
「来週の水曜日に検査して、良ければ学校に行けそう」
「美緒がいないと退屈なの」
恵は、いつもの黒のロリータ服を着て、髪はツインテールにしている。
恵も二十歳になっていると思うけれど、このスタイルを変えるつもりはないらしい。
「円城寺さん、今日は来ていただいて、ありがとうございます。狭いですけれど、どうぞ」
姉は、わたしと恵が再会を喜んでいる間に、玄関に出てきた。
自宅でも姉は、半袖のTシャツにジーンズをはいていた。
実家にいた頃とまるで別人のように見えてしまう。
「どうぞ、入ってください」
「お邪魔するよ」
光輝さんは、玄関で靴を脱いで、部屋の中に入った。
わたしも光輝さんに習った。
10畳くらいのワンルームの部屋に、ベッドとテレビと二人用のソファーが置かれたシンプルな部屋だ。
二人がけのテーブルは小さくて、微笑ましい。小さめな食器棚には二人分の食器が入っている。
一面の壁側にゴミのように、たとう紙が幾つも積まれている。
それがあるせいでテレビもきっとよく見えないような気がする。
「和箪笥がないから、剥き出しなんだ。早くきちんとした場所で保管しないと心配でね。焦っていたんだ」
姉は実家から持ち出した和服を、本当に邪魔そうに見ている。
「恵の物は、別にしてあるの?」
「うん、静が選んでくれた物だけ、少しもらってネットで桐箱を買ってクローゼットに片付けた」
恵は冷蔵庫からお茶を出して、グラスに注いでいる。
キッチンもあるようで、お鍋やフライパンも置かれている。
決して広くはないけれど、二人の城だと感じた。
恵はお茶を小さなテーブルに運んだ。
「椅子はないけれど、どうぞ」
「「ありがとう」」
わたしと光輝さんは、お茶をもらって床に座った。
姉と恵も床に座った。
「お兄さん、すごく頑張ったんだね。こんなにたくさん持ち出したなんて」
「俺は美緒より、ずっと小遣いは多くもらっていたけれど、金銭に変わる物が部屋にあるなら、これからの資金にしたかったんだ。少しずつ持ち出して、1段目以外は全て持ち出した。恵には迷惑をかけたけど、物は良い物だからね」
わたしは頷いた。
わたしが家を出るときは、ゴミのような物しか持ち出せなかったのに、姉はすごいと思った。家出は計画していたのだろう。
そうして、準備が整った所でお見合いの話が出て、家を出て行ったのだと思う。
「円城寺さん、けっこう量があると思うんですけど、本当にいいのですか?」
「呉服屋に値段を査定してもらう。それから清算になるが、それでも構わないか?」
「はい、よろしくお願いします」
お茶を飲み終えると、光輝さんからグラスを受け取り、テーブルに置いた。
「車まで運ぶのを手伝ってくれるか?」
「勿論です」
恵はすぐにグラスをキッチンに運んで行った。
どんな物があるのか、わたしは知らないけれど、姉がお金に替わると思って運び出した物だから、変な物ではないと思う。
四人で、車まで運んで、トランクルームに全て入れた。
これから、この間、叔母さんが連れて来た呉服屋さんがホテルの部屋に来て、着物の査定をしてもらう事になっている。
「お願いします」
「お兄さん、恵、またね」
「またね」
姉は光輝さんに頭を下げて、わたしと恵は手を振った。
車はホテルへと戻って行った。
ホテルの従業員に手伝ってもらいながら、着物を部屋に運んだ。
予め、シーツを借りて、部屋の床に広げてきたので、そこに置いてもらう。
着物のたとう紙に、○○年展覧会展示訪問着等と鉛筆書きで書かれていて、分かりやすい。セット物は、セット物だと分かるように記入されている。
袷と単衣が揃っているので、年中の着物が揃ったようだ。
シーツを広げて、わたしが着物を見ていると、光輝さんが近づいてきて、覗き込んでくる。
「どうだ?」
「うん、お姉ちゃんの箪笥の中は、展覧会の展示物や本で紹介された物が多いから、良い物だと思う。袷と単衣もあるから年中の物が揃っている」
「袷と単衣って何だ?」
「袷は裏地が付いているの。オールシーズン着る人もいるけど、季節的には10月から5月くらいまで着るの。単衣は裏地が付いてない物で、春から夏の暑い時期に着るのよ」
「パーティーに着て行けそうな物はあったか?」
「着物一枚に帯3本用意されているから、袷と単衣、両方とも着回しで1週間以上ありそうよ」
「そうか」
光輝さんはシーツの上に座ると、わたしの顔をじっと見てきた。
「顔色は悪くはないな。着物を触っても、掌は痛くならなかったか?」
「……ん~、そう言えば、痛くないです。姉から譲ってもらったからなのかな?」
「それなら安心できる」
ポンポンとわたしの頭を撫でて、そのまま唇が触れた。
「円城寺様、お昼の準備に参りました。失礼いたします」
扉の方で、ホテルの従業員の声がして、光輝さんの唇が離れて行った。
「お昼だって。午後から呉服屋が来る。早めに食べよう」
「はい///」
立ち上がった光輝さんの後をついて、わたしも立ち上がって、スリッパを履くとダイニングの方へと歩いて行った。
今日のお昼は、色鮮やかなちらし寿司に天ぷら、お吸い物……デザートはみつ豆だった。
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