裸足のシンデレラ

綾月百花   

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第七章

2   それぞれの立場・デパートで買い物

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「おはよう」
「おはよう///」

 目を覚ましたら、光輝さんの腕に抱きしめられていた。
 顔を上げると、前髪にキスが落ちる。

「光輝さん、早起きね?」

「いや、いつもと一緒だよ。美緒がいつもより遅いのだと思うよ。まだ体調が本調子ではないのだろうね?体は怠くない?」

「うん、大丈夫」

「入院させずに帰ってきてしまったから、あまり無理はさせたくはないが、今日は予定通り買い物に行けそうか?」

「わたしは無理をしてないよ」



 むしろ体調がいい。



「それなら起きようか?」



 体を抱きしめられたままで起き上がった。



「モーニング・キスをしてもいい?」

「はい」



 なんだか毎日の習慣になっているような気がするキスをして、今日は光輝さんの掌がわたしの体の輪郭を撫でた。キスが終わると、掌は離れて行った。



「怖かったか?」

「平気だった」

「克服できたかな?」

「うん」




 わたしが頷くと、光輝さんは嬉しそうに微笑んだ。


「いつ光輝さんと結ばれてもいいと思っているの」

「そうか」


 目を細めて、わたしの髪を撫でて、わたしにまたキスをした。


「体重計も買ってこよう。体重が元に戻ったら美緒を抱きたい」

「うん」

「さあ、着替えようか?美緒はクリーニングができあがるまで、部屋着でいなさい」

「はい」

「誰も来ていないか確かめてこよう」



 光輝さんはベッドを下りると、部屋の扉を開けた。



「まだ来てないようだ。部屋まで送ろう」

「はい」


 わたしも急いでベッドから下りてから、光輝さんの元に向かった。

 手を繋いで、わたしの部屋に戻る。


「着替えたらおいで」

「はい」


 わたしは昨夜の部屋着に着替えると、顔を洗いに行った。それから、部屋に干された下着と水着を畳んで片付けた。


 光輝さんの水着を持って部屋を出る。

 リビングのソファーに新聞を開いた光輝さんがいた。



「水着が乾きました」

「ありがとう」



 水着を受け取ると、光輝さんは部屋に片付けに行った。

 新聞を見ると、葵さんの記事が小さく出ていた。

 育児放棄の罪は免れないようだ。わたしの指輪やキャッシュカードを見なかったら、ただ居座っただけだったのに、罪を犯してしまった。

 あの指輪はもうどこかに売られてしまったのだろう。

 幾らの値段で売ったのだろう?

 きっと安値で取引されたような気がする。

 新聞を見ていたら、光輝さんが新聞を畳んでしまった。



「美緒の責任じゃない」

「わたしが指輪を外さなければ、持ち出すことはなかったと思うと心苦しい」

「盗むかどうかを選んだのは葵だ。赤ん坊がいるのに、目先の事に意識を奪われてしまった。あいつが勝手に選んだ道だ」

「そうかもしれないけど」



 わたしは大きなため息を漏らした。

 高価な指輪だと思うのに、光輝さんの気持ちも台無しにしてしまった。

 無意識に指輪をクルクルと回す。



「さあ、食事にしよう。せっかくの朝食が冷めてしまうよ」

「はい」



 手を握られて、ダイニングに連れて行かれる。

 今日は和食の朝食が並んでいた。

 光輝さんのお茶碗に大盛りのご飯をつけて、わたしは少なめにつける。

 並んで「いただきます」をすると、ゆっくりご飯を食べた。

 今日もとても美味しいご飯だった。




…………………………*…………………………




 わたしの洋服の洗濯ができている物だけ早めに部屋に届けてもらうと、着替えて出かける準備をした。

 光輝さんの車で光輝さんの御用達のデパートに出かけた。

 まずは光輝さんの洋服を見に出かけた。

 光輝さんは決まったお店で揃えているようで、そこで秋物のジャケットとスーツをオーダーメイドしてもらうのだと言っていた。

 普段着は売っている物で選んでいるそうだ。

 やはり高級ブランド品で、金額を目にすると目が痛い。

 バーゲンになっている夏物のジャケットを幾つか選んだ。


「どれが似合う?」

「どれも似合います」

「ちゃんと選んでいるのか?」

「はい」


 光輝さんが選んだ物は夏らしい涼やかな色合いで、顔写りもいい。

 元々の顔立ちがいいので、何を着ても似合ってしまう。


「中に何を着るんですか?」

「何にしようか?」



 男性の洋服は、それほど悩むほどは種類がない。

 半袖のシャツもTシャツもポロシャツも半額近くまで下がっている。

 とてもお得な感じがするけど、元々の値段が高いので、決して安くはない。

 光輝さんの顔にあてがって、ジャケットとの色合いも見ていく。



「円城寺様は、いつもはこういった感じを好まれますよ。奥様が選んだ物は明るい色合いで、新鮮でございますね」



 店員に言われて、わたしは迷ってしまった。



(明るくて新鮮って、あまり似合ってないのかな?)



 自分で洋服すら選んだ事の無いわたしが見立てていいものか?

 店員が言った物を光輝さんにあてがって見る。

 確かに普段の光輝さんのような服装になる。

 ジャケットに合わせると、どのジャケットにも合う。

 とても無難な物になる。



「美緒がいいと思った物でいいのだよ」

「無難な物がいいのかな?わたしが選んだ物は、どのジャケットにも合うわけじゃないもの」

「着たことがない色だが、確かに新鮮ではあるよ」



 わたしは自分が選んだシャツを片付けて、無難な白いシャツを出した。



「こちらがいいと思います」

「それなら両方、買って行くか?美緒が初めて選んだ物を着てみたい」

「試着をして、ジャケットも羽織ってみてください」



 出してきたTシャツも片付けてしまう。

 店員はジャケットに合わせたズボンも出してくる。

 緊張して、顔が熱くなってくる。



「奥様が選んだお色は、グレー系でもネイビー系でもベージュ系でもお似合いになりますよ」


 店員はわたしが選んだ色をジャケットの中に入れて、ズボンも合わせてくれる。


「お顔が柔らかく見えるでしょう。選ばれたTシャツは精悍に見えるでしょう。なかなかセンスがよろしいかと思います」

「その色に合わせて、靴下も揃えてくれ」

「畏まりました」


 店員は靴下も持ってくると、光輝さんは試着室に入っていった。


「ズボンの丈を合わせますね」

「ああ、頼む」


 光輝さんは、ジャケットには拘るようだが、ズボンの色は店員任せだ。

 このお店でいつも買い物をしているので、光輝さんの好みもよく知っているのかもしれない。

 光輝さんが試着をしている間に、秋物の洋服を見る。

 白のニットセーターは、そのままでも着られそうだし、ネイビーのシャツにも合いそうだと思った。

 光輝さんは紺色、ネイビーがよく似合うと思う。とても引き締まって見える。

 わたしが選んだ色は、淡いピンク色だ。

 殆ど白に近い色だけれど、ネイビーのジャケットにもグレーのジャケットにも合いそうな気がした。

 顔が明るく、優しそうに見える。

 威厳を出さなければならないなら、やはり白が無難だ。

 それでも気になる物は気になる。


「美緒、それも気に入ったのか?」

「え、あ、あの。素敵だと思って」


 わたしは白いニッとセーターに紺色のシャツを入れて見ていた。


「この色も着たことがないな」

「ちょっと試してみただけなの」

「このセーターもお洒落だね。襟元と裾の方にも紺色のラインが入っているね」


 店員が試着室からズボンを持って出てきた。


「この組み合わせは、今年の流行の物ですね。円城寺様にもお似合いになると思いますよ。セーターだけで着てもシャツだけで着ても着られますが、季節は進みましたら重ねて着るととても爽やかに見えます」


 店員は売り上手なのか、隣並んでいるダークグリーンのカーディガンも出してきた。

 中に薄い水色のシャツを入れて見せる。

 確かに光輝さんに似合いそうな物だと思う。



「とても似合いそう」

「そうか?」



 店員はそのセットの下に黒いズボンを持ってきた。

 とても引き締まって見える。ついでに、ベージュでチェックの入ったグレーのジャケットも着せてしまう。

 セットみたいなコーディネートだ。

 そのジャケットをわたしが着せていたセーターと紺色のシャツの上からも着せてしまう。


「どちらも似合うな」

「どちらもお勧めでございます」


 店員は頭を下げる。

 とても売り上手だ。

 こんなに完璧なコーディネートを見せられたら買うしかなくなる。


「このセットももらっていこう」

「ありがとうございます。ズボンは履いてみられますか?伸縮性のある素材を使っておりますので、履きやすいと思います」

「では、もう一度試着してみよう」



 光輝さんは試着室に入って行った。

 その他にネクタイを数本選んで光輝さんは購入した。

 お洒落な光輝さんができあがる方法を見られたような気がした。

 洋服を買うと、靴を見に出かけた。

 紳士用の靴売り場は婦人用の靴売り場より狭いけれど、その狭い中でも一番狭いエリアに入っていった。



「オーダーで3足頼む」

「形はいつものでよろしいでしょうか?」



 店員は見本の靴を持ってきて確認している。色は3色だ。

 どうやら靴もオーダーメイドのようだ。



「美緒も自分の足に合った物を作ってあげよう」

「いいです」


 わたしは急いで拒否した。

 そんな高級品を身につけるなど、身の程知らずのような気がする。



「どうしてだ?履き心地が全く違うぞ」

「高いのでしょう?」

「美緒が思っているほどは高くはない」


 光輝さんは、わたしを椅子に座らせると、場所を店員と代わった。


「普段履きとパーティー用の華やかな物を作ってくれ」

「畏まりました」


 店員はパンフレットを持ってきて、わたしに見せてきた。


「どんな形の物がお気に召しますでしょうか?」

 わたしは助けを求めるように光輝さんを見つめた。


「普段は今のようなワンピースを着ている」

「それでしたら」


 店員はお店に並んでいる靴を幾つか持ってきた。


「普段、ストッキングではなく靴下を履く方が多いのならば、こちらのウォーキングタイプ品がお勧めですが、ストッキングを履くならば、こちらのヒールのあるタイプがお勧めです」

「ウォーキングタイプにします。通学もあるので」

「それでしたら」


 店員はウォーキングタイプの靴をたくさん持ってきてくれた。色も様々で、目移りしてしまう。


「履いてみたら、どうだ?」

「本当に高くない?」

「心配するな」

「うん」


 わたしはいろんな靴を履いてみた。サイズは大きめなので、デザインと色を確かめるだけだ。

 わたしは光輝さんが選んだ靴のレディース物で黒色をオーダーした。


「黒だけでいいのか?」

「他にも買ってもらった靴もあるから」

「急ごしらえで買った物だ。これは完成までに2ヶ月はかかる。初冬くらいに届く物だよ」

「うん」


 わたしは頷いた。


「あともう一足選んだらどうだ?」

「一足あれば、十分よ」


 光輝さんは笑って、靴を自分で持ってきて決めてしまった。

「スニーカータイプの物で一足頼む。色は赤でどうだ?パーティーの靴はシルバーのヒールのあるサンダルタイプを頼む」

「畏まりました。スニーカータイプは色を好きな物に選べますので、後でお色を選んでいただきます」

「はい」


 別の店員が来て、出された靴を一端片付ける。


「奥様は足の測定を行いますね。円城寺様は足のお手入れを行いましょう」

「では、頼む」


 光輝さんはわたしの隣の席に座った。

 光輝さんの前には足を洗う機械が置かれて、水が注がれたようだ。

 そこに光輝さんは靴と靴下を脱ぐと足を入れた。


「超音波で洗浄してもらっているんだよ」


 わたしは頷いた。

 そういうわたしは、紙の上に素足で足を載せて、足形を取っている。採寸もされる。

 足に包帯を巻くと両足にギブスを巻いた。


「木で足形をお作りしますので、足のサイズが変わらなければ、これからは注文だけで作れます」

「はい」


 わたしだけの靴を作ってもらえるなんて、本当にシンデレラになったみたいだ。


「ガラスの靴も作ってもらうか?」

「え?///」


 まるで心を読まれたように、光輝さんはわたしを見て言う。

「ガラスの靴も作れるの?」

「さすがに無理だろうね?」


 光輝さんはケラケラと楽しそうに笑っている。


「作れますよ。結婚式に履かれるお方がおりますので、ガラス工房にお願いしております」



 店員がパンフレットを見せてくれる。




「わぁ~凄い」

「これは、また見事だな」


 本当にガラス製のようで、片足で12万くらいかかる。今まで履けなかった人はいないようで、その事にも驚いてしまう。


「このパンフレットはもらってもいいか?」

「どうぞ」


 光輝さんはパンフレットを畳んで、ジャケットの内ポケットに片付けた。


「こちらは、色見本でございます」

「はい」


 スニーカータイプの色見本を渡されて、光輝さんと一緒に見る。

 他の店員が、スニーカータイプの靴の見本を並べてくれる。


「6兆パターンが作れます。お好きな色を合わせてみるのも楽しいでしょう」


 靴紐を通す穴一つにしても、全て色を変えることができるとは、さすがオーダーメイドの靴屋さんだ。

 光輝さんは、「学生だから楽しめる物もあるから、派手やかな物にしたらいい」と言ってくれた。

 わたしは赤でもベリー系の赤に白い皮を組み合わせた靴にした。

 縫い目が水色でとても精緻な造りをしている。

 冬だからダークな色にしようかと思ったけれど、それならダークな色も買ってやると言うので、わたしは明るい色の物を選んだ。

 足のギブスはしっかり固まる前に切られて、隙間から足を抜く。これがわたしの足形だと思うとすごいと思う。

 光輝さんの足の洗浄が終わると、水が抜かれ、新しい洗浄機が持って来られた。

 今度はわたしが足の洗浄をしてもらう。

 泡がブクブクとくすぐったいけれど、気持ちがいい。

 光輝さんは足の手入れをしてもらっている。

 ヤスリで爪を削られ、足の裏の角質も落としているようだ。

 わたしも足の洗浄が終わると、ベッドに足を出して座ると爪の手入れをしてもらう。

 足の裏は、まだ傷跡が残っているので、遠慮をした。

 光輝さんは、足のマッサージまでしてもらってご満悦だ。



「できあがりましたら、お電話をいたします」

「それでは頼む」

 光輝さんは、カードで精算をすると、わたしの手を握ってエスカレーターを上がって行く。


「次は美緒の服を見よう。夏物を買い足したいのと、秋物も買いたい」

「あまりわたしにお金は使わないで。心苦しい」

「俺の妻を飾って、何が悪い?」

「でも、わたし……」


 まだ結ばれていないのに、もらってばかりだ。


「その前に、食事をしよう」

「うん」


 まだ昼食時間ではないけれど、混んでくる。

 これ以上痩せたら、入院させると医師が言っていたので、これ以上痩せるわけにはいかない。

 光輝さんの責任にされるのも嫌だ。

 以前も入った創作料理のお店で日替わりランチを頼んで、多すぎる物は光輝さんに手伝ってもらう。

 このお店の物は美味しいけれど量が多すぎる。

 また人匙ずつ口に入れられて、光輝さんはそのスプーンで茶碗蒸しを食べる。

 照れくさくて、それでも嬉しい。

 光輝さんからは、わたしを愛おしんでいるのが感じられる。それは凄く幸せな事だ。

 幸せのお返しを早くしたい。

 食事を終えて、和服売り場にやって来た。

 浴衣の反物を見て、似合いそうな物を探すけれど、シーズンオフなので、反物も少ない。


「浴衣は来年にするか?」

「はい」


 妥協して買いたくはない。


「成人式用の和服を作ってやりたいが、少し見て行くか?」

「成人式は行かないよ」


 小学校時代も中学時代も高校時代も他人に虐待を受けていることを隠すために友人も作らなかった。

 学校行事のキャンプや修学旅行でわたしだけが行けなくても、誰もお土産も買ってきてくれなかった。

 それほど友人に恵まれなかった。
 
 会いたい人もいないし、僅かな式のためにお金を使いたくはなかった。

 わたしは自分の気持ちを光輝さんに話した。


「それでも記念になるだろう?」

「わたし、もう結婚したでしょう?振り袖は未婚の女性が着る物だから、おかしくない?」

「そう来るか」


 光輝さんが唸った。

 1本取ったような気がする。


「それならパーティー用の和服を見て行くか?」

「和服なら催事の時の方がたくさん見られそうよ?」

「それなら、その催事がいつなのか聞いてみるか?」

「それだけならいいよ」


 和服屋の奥に入っていくと店員が出迎えた。催事の案内をお願いして、少し見せてもらう。

 どうしても真竹流の着物と見比べてしまう自分が情けない。

 掛けられている和服は綺麗だけど、ずいぶん安物に見えてしまう。

 これでも結構な値段が付けられているのに……。

 見ている間に抹茶を出されて、椅子を勧められた。


「どの様な物をお探しですか?」

「妻は真竹流の着物を着ていたので、それと同等かそれ以上の物が欲しいのですが」



 わたしは、ハッとして顔を上げた。


「別に拘っていないわ」

「俺が拘っているんだ。美緒の両親にばったり会った時に笑われたくはない」

「……うん」



 あの両親の事だ。わたしだけではなくて、光輝さんの事も馬鹿にするかもしれない。


「真竹流の着物をお持ちなのですか?」


 店員さんが驚いた顔をした。

 それも仕方が無い。

 祖母や父が作っていた和服は、超一流と言われていた物だ。

 わたしが姉の引き出しから、何気なく取り出していた物はとても贅沢な物だと知っている。



「今はもう持っていません」

「そうですか、真竹流の着物は江戸時代から代々受け継がれてきた由緒正しい着物ですね。皇族も着られる物ですから……」


 その由緒正しい家系を途絶えさせた当人としては、心苦しい。


「しかし、真竹流の頭首が事件を起こしたことで、只今、真竹流の着物が下落しておりますので、買うなら今だと思います。入荷された物はすぐに売り切れ状態でございます」


(着物が下落……事件を起こしたことで?わたしのせいだ)


 実家が今、どのような状態なのか考えると辛くなる。あんな人達だったけれど、わたしの両親に変わりない。


「絶対とは約束できませんが探してきますが、如何ですか?」

「いりません」


 わたしが答える前に、光輝さんが答えた。

 お菓子と抹茶をいただいたら、「それでは失礼」と言って光輝さんは席を立った。

 わたしもすぐに立って、お辞儀をした。



「着物は小野田の叔母に頼んでみよう。伝があるかもしれん」

「……はい」

「嫌な想いを思い出させてしまったな?」

「いえ、大丈夫です」

「実家のことは考えるなよ。美緒が悪いわけではない」

「はい」



 あの家はどうなるのだろう?

 やはり真竹の家系は途絶えるのだろうか?

 真竹流の着物も地に落ちて、継承は更に難しくなっているのではないか?

 でも、もう関係ない人の事だから忘れよう。わたしが捨ててきた人達だ。

 光輝さんが言うように、わたしが悪いわけではない。

 洋服を見て歩く。既に秋用の服が飾られたお店に、夏物もバーゲン価格で出ている。

 バーゲン価格でも値段がすごく安いわけではない。

 元々の値段が高いので、安く見えるマジックだ。

 夏物は卓也さんと恵麻さんが選んでくれた。光輝さんと見るのは初めてだ。


「卓也君と恵麻君は、可愛らしく美緒を飾ってくれた」

「はい」


 二人とも大人可愛い物を選んでくれた。


「なかなか良いセンスをしていたから、少々、緊張するな」

「光輝さんが緊張するの?」

「彼らは遠慮がないからね。同等以上に美緒を飾らなくては」

「十分に良くしてもらっているのに、これ以上は求めないわ」


 光輝さんには感謝しか浮かばない。

 すごく大切にされているのが分かる。いろんなトラブルも起きてはいるけれど、それでも余りある。

 光輝さんは、じっくり吟味している。


「あの、……部屋着になる物が欲しいです。お風呂の後、着られるような物があると、ホテルの人に寝間着姿を見られずにすむので」

「そうなだね。自分でも選んでごらん」

「はい」


 バーゲン価格でも、値段が高い事に変わりはないけれど、定価で買うよりは気持ち的には楽だ。

 変に遠慮をして安物を身につけると、光輝さんの恥になる。

 できるだけ安値で良い物を探していく。

 白いカーディガンは見つけたらキープだ。

 淡いピンクも可愛い。

 秋冬なら紺や黒もありかもしれない。

 似合いそうな物を選んでいく。

 秋物はまだ売れてないようで色が揃っていた。

 光輝さんは夏物のワンピースを見ているので、わたしはカットソーとスカートを見た。

 ハイウエストのチェックのスカートを見つけたので、それに合わせていく。



「そのスカートは可愛いな」

「はい。グレーのチェックだから真夏以外は着られそう。値段も半額なの」

「値段は気にせず選んでくれ。俺の隣に立つことを忘れるな」

「はい」


 しっかり釘を刺された。


「秋用の上着も選んでおきなさい」

「はい」



 店員が上着を出してきた。



「レースとフリルで可愛らしいですよ」

「可愛すぎない?」

「お似合いだと思います。夏物ならバーゲン品で出ていますが、秋物だと色合いが変わってきますから」



 店員はバーゲン品の中から真っ白な上着を持ってきた。


「可愛いじゃないか?」


 光輝さんは真っ白な上着を見て、頷いている。光輝さんが選んでくれたワンピースと合わせている。


「どうだ?」

「可愛いですね」

「まだ夏だから、今、着られるだろう」

「うん」

「因みに秋物になると、白はアイボリーになります」


 店員が秋物の上着を持ってきて見せてくれる。

 アイボリーの他に紺や地味な色合いの物が増えている。

 生地はあまり変わらないような気がする。


「秋に真っ白はおかしくはない?」

「これは春夏用ですから」


 値段を見ると半額になっている。


「光輝さんならどうしますか?」

「俺なら夏用は夏用で買って、秋物は秋物で買う」


 ジャケットをたくさん持っている光輝さんなら、そう答えるだろう。

 わたしは白とアイボリーを着てみる。

「どちらが似合いましたか?」

「アイボリーだな。この色の方が優しい印象を受ける」


 バーゲンの白い上着は店員に返した。半額でも似合わない物を選んだら無駄になってしまう。

 バーゲンの膝丈のフレアースカートも追加して、試着してみる。

 光輝さんが全ての洋服をチェックして、OKが出た物だけ購入することになった。

 長袖の白いカットソーを色々選べたので、ワンピースの下に着てもいいだろう。

 他の店でもバーゲン品と秋物を見て歩いて、わたしの洋服は増えたような気がする。


「ねえ、光輝さん。はやり靴ですがスニーカーではなくて、普通の革靴にしてもらってもいいですか?洋服と合わないような気がして」

「美緒がそうしたいのなら変更してこよう」

「お願いします」


 オーダーメイドの靴店に戻って、洋服に合うようなお洒落な黒い靴に変更してもらった。

 チラリと見えた価格は、高級ブランド品より安いかもしれない。

 スニーカータイプの靴より安くなったようで、その事に驚いてしまう。


「スニーカータイプの靴はいろんな色の皮を繋いで作るから割高になるんだろうね。オンリーワンになるから好きな人にはかなり好まれるが、確かに洋服と合わせるのは難しくなりそうだね」


 今回も買い物をした物はインフォメーションに集められている。


「下着も見ていくか?」

「桜子さんとも約束はしているけど……」

「白い下着は漂白できなかったのだろう?」

「はい、勿体ないけど、あれは捨てるしかないみたいです」


 昨夜、漂白剤に着けて置いたけれど、今朝見た感じでは、薄汚れた感じで綺麗に漂白されてはなかった。


「それなら少し、新調していこう」

「はい」


 また旅行があると、数が足りなくなってしまう。

 下着売り場に移動して、わたしのサイズを見て歩く。幸い同じ物があった。秋用の色合いの物も出ていたが、秋物は濃い色が多くて洋服に透けてしまいそう。同じ白いシルクの下着を手に取ると、光輝さんは同じ物をもう1セット手に取った。

「気に入ったのなら、同じ物で構わない」

 揃いのキャミソールも併せて手に取ってくれた。
 下着売り場の横にある寝間着売り場に光輝さんは入って行った。

「ネグリジェは着てないので、いらないです」
「いや、昨夜着ていた物が可愛くてね。あるといいかと思ってね」


 光輝さんは、クマの部屋着が気に入ったようだ。

 あるならきっとバーゲン品の中にありそうな気がする。

 半袖で短パンなので……。

 白と黄色のストライプの物とピンクと白のストライプの物があった。フード付きだけど、耳はない。


「2着買って、部屋着と寝間着兼用にしたらどうだ?洗濯物は増えてしまうが、朝、起きたときにリビングに出ても変ではないだろう?」

「それなら、そうしようかな」


 値段を見てもかなり安い。1着1500円もしなかったら、心も痛くなかった。

 光輝さんは2着を持つとわたしにあてがった。



「可愛いよ」

「ありがとう」

「会計してくるよ」

「はい、お願いします」


 日曜日で人は多いけれど、買う物が決まっているので探しやすい。 

 カップルも家族連れもいて、皆が幸せそうに見える。


(わたしも幸せだよ)


 声を出して、伝えたくなる欲求が芽生えたことに驚いてしまう。

 すぐに光輝さんは戻ってきた。


「今日もお茶を買ってこよう」

「はい」


 お茶の試飲をして、美味しい茶葉を選ぶと今日も器を二つ買った。

 湯飲みは全部で10種類ある。

 あと3回来たら全種類揃うと思っていたら、店員が、「このシリーズはおしまいになります」と言った。

 全部を揃えることができないと思うと、とても残念だ。


「今日はまだあるな?」

「はい、昨日ずいぶん売れましたが、幸い新品が1つずつは残っています」

「それなら、他の種類も買っておこう」


 光輝さんは足りない湯飲みを選んで、新しい箱を取り出してもらった。

 購入した後に、光輝さんは雑貨コーナーを歩き出した。


「何か買うの?」

「あったらいいかと思ってね」


 足を止めたのは、水切りかごが置かれた場所だった。

 プラスチック製のものからステンレス製まである。

 大きな物から小さな物まであって、光輝さんが手に取った物は、小さなステンレス製の物だ。


(わたしが欲しがっていたことを気付いていたの?)


「便利だろう?大きな物は置けないけど、これくらいは置けるだろう」

「ありがとう。急須をふせる場所がなくて、欲しかったの」

「欲しい物がある時は、きちんと言いなさい。不自由をさせるつもりはないからね」

「はい」

「あとは……」


 光輝さんは水切りかごを持つとまた歩き出した。

 体重計の前で足を止めると、吟味始めた。

 お洒落で薄くて透明感のある小さな物を選んで、新品を手に取る。


「これはネットで購入した方が安いが、手早く買えるなら買ってしまった方が楽だからね」


 そのまま購入すると、また店員にインフォメーション持って行って欲しいと頼んで、今度は食料品売り場に移動した。

 手を繋いで歩いているが、体がフラフラしてきた。


(少し、疲れてきたな)


 たった3日の漂流生活。8㎏の体重減少は自分が思っているよりも消耗しているのかしれない。


「疲れていないか?」

「……少し眠い」


 光輝さんは、わたしの歩みで疲労を感じ取ったのだろうか?


「スイカを買ったら帰ろう」

「また買ってくれるの?」

「俺も楽しいからね」


 果物売り場に着くと店主が、「いらっしゃいませ」と声を掛けてきた。


「スイカを選んでくれるから?今夜食べる予定だ」

「暫くお待ちを」


 店主はスイカを確かめ始めた。


「これが食べ頃だと思います」

「では、それを」


 光輝さんはカードでスイカを買って、スイカを持って、インフォメーションに寄った。

 インフォメーションに集められている品を店員がカートに載せて準備してあった。店員はスイカを預かると、3人の店員が駐車場まで運んでくれた。

 わたしは先に車に乗せられた。



「運んでくれてありがとう」

「本日もありがとうございます」


 荷物はトランクルームに載せられて、店員は頭を下げた。

 光輝さんは、すぐに運転席に乗り込んで車を走らせた。


「そう言えば、桜子さんのお母様が、結婚したのに連絡も寄越さないと怒っていました」

「そうだね、正式に挨拶に行かないといけないね。そのうちに行こうか?」

「はい」


 でも、あの家は実家によく似ていて、掌が痛くなった。

 少し怖い家なのだ。

 わたしはホテルに着くまでの短い時間に、車の中で眠ってしまった。



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揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

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