裸足のシンデレラ

綾月百花   

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第五章

7   新婚生活、///

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「おはよう」


 目を開けたら、目の前に光輝さんが、既に起きていた。

 寝起きが悪いのかと思っていたのに、寝起きは良さそうだ。早起きも得意のようだ。

 それなら、やはり眠るときは深く眠るのかもしれない。



「おはよう」

「よく眠れたみたいだね?」

「うん」


 一緒に寝ても怖くなかった。その事にホッとした。

 約束を守って、わたしには触れなかったようだ。寝間着も着崩れていない。


「モーニング・キスはしてもいい?」

「うん」


 唇に唇が触れて、すぐに離れて行ったけれど、二度目のキスは大人のキスになった。

 息が苦しくなる頃に唇が離れて行った。



「そろそろ起きよう。朝食が並べられる時間だ。だが、離れがたいな」

「でも、起きて着替えないと、ホテルの人が来てしまうわ」

「そうだな」


 一瞬強く抱きしめられて、体は離れて行った。


「少し待っていてくれ、まだ来ていないか見てくる」

「うん」


 寝起きのわたしの姿を見せたくないのかもしれない。

 わたしも恥ずかしいから、早い時間に起きるか、着替えてから部屋の外に出ていた。

 光輝さんは、部屋から出て誰もいないことを確認すると、「おいで」とわたしを呼んだ。

 スリッパを履くと、素早く扉に向かう。

 一人で部屋に戻ろうとしたら、光輝さんが手を引いてくれた。



「部屋まで送る」

「ありがとう」



 同じ室内の部屋なのだから、そんなに遠くはないのに、わたしの部屋まで送ってくれた。




「美緒はシャワーを浴びるか?」

「浴びない」

「それなら、俺はシャワーを浴びてくるよ」

「分かった」



 光輝さんは部屋から出て行った。

 わたしはクローゼットに向かうと、半袖のワンピースに着替えた。

 髪を梳かし寝癖を直す。

 真っ直ぐの髪は、手入れが簡単で寝癖もすぐに直る。

 リビングルームに出ると、洗面所の札が『美緒 入浴中』に変わっていた。

 微笑ましく思う。

 顔を洗うのを後にして、お湯を沸かしてお茶を淹れようと思った。


(光輝さんが紳士的な人で良かった。わたしも早く慣れるようにしよう。光輝さんの本当の妻だと胸が張れるように……)





 …………………………*…………………………






「明日いる物を買いに行くよ」

「何を買うの?」

「水着と浴衣とドレスだ。浴衣とドレスはオーダーメイドで作りたかったが、あいにく、美緒は桜子と出かけてここにいなかったから、用意ができなかった」

「親睦会って大変なのね?」

「面倒なだけだ」



 スイカ祭りは終わったようで、朝食のデザートはメロンだった。

 メロンも実家では食べさせてもらえなかった物なので、美味しくて嬉しい。



「出発の準備もあるから、早めに出かけよう」

「出発は明日の朝なの?」

「今日から現地入りしている者もいるが、明日の朝に向かうつもりだ」

「遅れてもいいの?」

「準備ができてない方が恥をかく」

「やっぱり大変ね」



 どこの家でも、色々大変な事が多いのだろ。

 わたしの家も特殊だったけれど、光輝さんの家もかなり特殊なようだ。



「浴衣は着られるか?」

「和服は一応、着られるわ」

「そうか、それは助かる。着られなかったら、小野田の叔母に頼むつもりだった」


(小野田の叔母は、桜子さんのお母さんね)



 緊張する。

 あの家は実家に似ていて、あまり行きたくない。



「出かける準備をしておいてくれ」

「はい」



 食後にソファーで寛いで、日本茶を飲んでいたら、光輝さんが時計を気にしだした。

 買い物をした後に、出かける準備をするなら、早めに買い物に出掛けなければならないだろう。

 わたしは空になったペアの湯飲みをミニキッチに運んだ。

 洗って、布巾で拭いて、食器棚に入れておく。

 光輝さんは寝室に入って行った。準備がたくさんあるのだろう。

 わたしも部屋に戻ると、化粧品を持って姿見の前で久しぶりにお化粧をする。



(化粧品のポーチと卓上の鏡が欲しいな)



 化粧品もいつまでもビニール袋に入れて歩くのも恥ずかしいような気がする。

 桜子さんは、声に出してわざわざ言わなかったけれど、わたしがビニール袋から出しているところを見て、初め驚いた顔をした。

 桜子さんだけじゃなく、わたしの事を野良犬と思っている人は多いのかもしれない。

 わたしはお財布の中に、引き出しの中の3万円も追加した。

 見た目からも判断されてしまうから、光輝さんに恥をかかせてはいけないと思った。





 …………………………*…………………………






 光輝さんの御用達のデパートで、まず浴衣を見た。

 既製品の物は割と手軽な値段で売っている。

 光輝さんは不満げな顔をしたが、この中でわたしに似合う物を選ばなければと思った。


「光輝さんの浴衣はどんな色ですか?」

「紺にクリーム色の帯だ」

「分かりました」



 和服作家の家庭だったので、着物を見る目はそれなりに身につけていた。

 嫌でも目に付くので、自然に身につけた物だ。

 わたしは白地に紺に近い明るい青の薔薇が描かれた浴衣を探し出した。

 柄が大きくて見栄えがいい。

 帯はクリーム色だ。お揃いに見えなくもないだろう。

 若さを出すために帯留めは白地に赤いトンボ玉の物を選んだ。


「これはどうですか?」

「赤じゃなくてもいいのか?」

「お揃いに見えませんか?」



 光輝さんは、その浴衣を見て、わたしにあてがって見ている。



「試着なさいますか?」

「お願いします」



 店員が浴衣の留め糸を取ってくれた。

 わたしは自分でそれを着てみた。帯は麻の物を選んだので、季節的には合っているだろう。

 飾り結びで着ると、光輝さんは納得したようだ。



「確かに、共通の色を使った方が夫婦らしく見えるかもしれないな」



 派手すぎず、上品に見えるはずだ。



「とてもお似合いになりますね。着付けもお上手ですね」


 店員さんも褒めている。



「光輝さん、どうですか?」

「それにしよう」



 わたしは微笑んだ。



「下駄はこちらが合うと思います」



 店員が着物に合わせて、下駄を持って来た。

 他の店員が篭のバックを持って来た。

 夏らしく、どちらも良さそうだ。



「これでいいか?」

「はい。これでいいです」



 篭のバックは普段着でも持てそうな物にした。出かける時は、これを持って行った方が邪魔にならないかもしれない。



「髪留めも買っていただけますか?」

「勿論だよ」



 わたしは浴衣を脱ぐと、髪をアップするためのパールとストーンが飾り付けられたコームを選んだ。



「これでいいのか?ずいぶん安いが」

「ここにある物で、一番、わたしに似合うと思います」

「それなら、それにしよう」



 光輝さんは、わたしが選んだ物を買ってくれた。

 その次にドレスを見に行った。

 ドレスはわたしの年齢にあった物がいいと思った。背伸びをしても、ドレスだけが目立ってしまう。



「これはどうだ?」



 光輝さんが持ってきた物はピンクの膝丈のドレスだった。背中にコルセットのようにリボンで寄せて結ぶようだ。



「可愛いですね」

「色も白よりピンクの方が似合うような気がするのだが」



 色違いのドレスを持って、わたしにあてがってくれる。

 ウエディングドレスではないので、白でなくてもいいような気がするが、ピンクだと来年、着られるだろうか?



「でも、白だと来年も着られそうですよ?」

「今、似合う物にしてくれ。今回は美緒のお披露目でもあるから」

「それならピンクを試着してみます」



 店員がドレスを受け取って、ハンガーから外してくれる。

 わたしは試着室に入った。

 着てきたワンピースを脱いで、ドレスを身につけていく。



(下着が見えてしまう)



「リボンを結びましょうか?」


 外から店員が声を掛けてくれた。


「お願いします」


 カーテンの中に女性店員が入って来て、背中のリボンを体型に合わせて結び直してくれる。



「下着はありますか?」

「ございます」

「良かった」


 今はブラジャーの肩紐が見えてしまうけれど、光輝さんに見てもらう。


「どうですか?」

「可愛いじゃないか」

「それなら、これにします」


 店員にリボンを緩めてもらって、着替えをする。



「下着も一緒にお願いします」

「飾りは何がいるか?」

「髪飾りをパールの飾りにしたので、これなんかどうでしょう?」


 わたしはパーティー用のアクセサリー売り場で、パールのイヤリングを選んだ。

 ここにあるのはイミテーションなので安物だ。


「パールのイヤリングなら、本物を買おう」

「これでいいのに」

「これは譲れない」

「はい」

「次は靴だ」

「はい」


 光輝さんはドレスの会計をして、靴売り場に移動した。

 白いエナメル製の靴を光輝さんは選んだ。

 とてもセンスがいい。

 ドレスにも合うし、普段のワンピースにも似合いそうだ。


 試着すると、とても可愛らしい。

 初めて履く、白い靴だ。


「これでいいか?」

「これでいいです。すごく可愛い」

「パーティーが終わったら、普段履きにすればいい」

「はい」



 自分がシンデレラになっているようだ。

 カボチャの馬車に乗るために、綺麗に飾られているようだ。
 
 その次に、水着売り場に来た。



「好きな物を選ぶといい」

「うん」



 一番、難しいと思う。

 ビキニは自信が無い。かといって、変に体型を隠すような物だと野暮ったくなりそうで、競泳用の水着は論外だろうし……。

 ビキニで胸が隠せるような上着が付いている物と、ワンピースを選んだ。



「どちらがいいですか?」

「着て見せてくれ」

「え……///」



 光輝さんが意地悪く微笑む。



「笑わないでくれる?」

「当然だろう」

「それなら、着てみるね」


 わたしはまずワンピースタイプを着た。

 胸のところにクロスで伸びるリボンが付いていて、胸元でリボン結びされている。

 色はイチゴミルクみたいな色と黒の2色展開のようだ。

 まず、イチゴミルクみたいな色を着た。

 選んだドレスにタイプが似ている。

 少しカーテンを開けて光輝さんを呼ぶと、光輝さんは試着室の中に入って来た。



「これ、黒もあるの」

「可愛いが、これを選ぶならピンクがいいだろう」

「うん」

「もう1着も見せてくれ」

「外で待っていて」

「ああ」



 光輝さんは、すぐに外に出てくれた。

 ワンピース形の水着を脱ぐと、ビキニタイプの水着を着る。

 白いレースのスカートと水着のパンツは一体化していて、お臍の下でお臍がチラリと見えてしまう。

 胸は隠せるし、細い腕も隠せるけれど、肩とお臍は見えてしまう。

 カーテンを少し開けて、光輝さんを呼んだ。すぐにカーテンの中に入って来た。



「こっちも可愛いな、上着を脱いで見せてみなさい」

「え……///」



 光輝さんは、色違いの同じ水着を持っていた。



「ブラジャーの下に飾りがあるだろう?上着を脱いだ方が可愛いと思うよ。色合いは、今、着ている方が似合うな」

 持って来た水着をわたしにあてがって、一旦外に出た。


「脱いだら、呼んでくれ」

「うん///」


 わたしは胸元を隠す上着を脱いだ。

 痩せた体が見苦しくないだろうか?不安に思いながら、光輝さんを呼んだ。



「よく似合うな。だが、俺の前だけで脱いでくれ、他の奴に見せるのは惜しい」

「惜しいの?」

「美緒は自覚がないと思うが、スタイルがすごくいいのだよ。腕も足も細いが病的な細さではない。肩幅とバストのアンダーのバランスとウエストの細さが、すごく絶妙な美しさだ」

「……///」

「選べないのなら、両方買えばいい」

「2着もいらないよ」

「最初の水着はドレスに似ているが、とても似合っていた。最初の水着は清楚な感じだね。色白な肌によく似合う。ビキニの方は若々しさがある。レースのスカートも可愛いだろう」

「……///」

「1週間もいるんだ。日替わりで着ている奴もいるくらいだ。2着くらい少ないくらいだよ」

「そうなの?」

「両方買いなさい」

「……はい」



 光輝さんは試着室から出て行った。

 わたしは水着を脱いで、ワンピースを着た。

 試着室を出ると、光輝さんは白のビーチサンダルと、ピンクの大判の巻きタオルを手に持っていた。



「紫外線予防のクリームと上着も買っていこう」

「うん」


 光輝さんが水着に合うような、お洒落な帽子と上着を選んでくれる。白で統一したのは、ビキニが白っぽいからなのか。


「帽子と上着はこれでいいか?」

「はい」

「ああ、水着を入れるバックがいるな。次はバック売り場だ」

「……はい」



 正午を知らせるアナウンスが聞こえた。

 ここまでの買い物を正午までに済ませたことは、すごいと思う。



「この時間は込んでいるだろう。昼食は少し後でもいいか?」

「はい」



 食事の時間など、あまり気にせずに生きていたので、そんなに気にならない。



「鞄売り場に行くぞ」

「はい」



 今回も買った物は店員がインフォメーションに運んでくれる。

 光輝さんは上得意さんだと、改めて実感した。



「あの、お願いがあるの。化粧品を入れるポーチを買って欲しいの」

「そうだったな。鏡もいるだろう」

「あったら助かります」


 わたしに足りない物は、光輝さんは把握しているようだ。


「他に欲しい物は?」

「髪を結ぶゴムが欲しいです。100均に行けば安く買えるけど、それだけを買いに行くのに、地下鉄を乗っていくのもどうかと思って」

「それは買おう。最後は美緒のスーツケースを買っておこう。いずれ海外に行くこともあるだろう。そのうちパスポートも取っておいてくれるか?」

「はい」



 わたしはなんだか、シンデレラみたいに、0時の鐘と同時に魔法が全て消えてしまうような恐怖を感じていた。

 わたしが欲しがった物以上の物を全て買うと、光輝さんは化粧品売り場で日焼け予防のクリームとスプレーと一緒に新しい口紅を買ってくれた。水着を着たとき用の、明るい赤色だ。

 昼食を百貨店の食べ物屋さんで食べることになった。

 如何にも高そうな店構えをしているお店に入った。


「このお店は創作料理のお店で、面白い物が食べられるよ。和洋折衷だね」

「創作料理……」

「スープを飲みながら、お寿司も食べられるみたいな感じだよ」


 わたしは頷いた。

 店内は高級志向な感じがする。カウンター席もあるし、テーブル席もある。

 時間をずらしたので、比較的空いていた。

 ちょうどランチタイムで、光輝さんはランチを頼んだ。

 出てきた物はサラダとお刺身と天ぷらとグラタンと様々だった。

 器もいろんな器を使っていて、すごく新鮮だ。

 ホテルのバイキングを上手に組み合わせたら、こんな料理になるのかなと思った。

 ボリュームが結構あって、わたしは救いを求めるように、光輝さんの腕を掴んだ。



「こんなに食べられない」

「どれが多いの?」


 わたしは小さな器を光輝さんの方へと幾つか渡した。


「食べた事が無い物もあるんだろう?」

「あるけど、こんなに食べられないよ」

「それなら、一口ずつ食べてごらん」

「でも、手を付けた物は良くないわ」

「キスと同じだよ。口移しで食べさせてあげようか?」

「……///」



 瞬時に顔が熱くなる。

 光輝さんの手が、わたしの頭をポンポンと撫でた。

 優しい顔で、わたしを見ている。



「そんなこと、外でするわけないだろう?」

「……うん///」



 そうだよね。

 冗談を真に受けるなんて、すごく恥ずかしい。



「でも、せっかくだから、一口ずつ食べてみたらいいよ」


 
 茶碗蒸し用のスプーンを使って、少しずつすくって口に運ばれた。

 わたしは口を開けた。

 光輝さんは、本当に少しずつ、わたしが差しだしたお皿からスプーンですくって、わたしの口に運んでくれた。


「後は、しっかり食べなさい」

「うん///」



 わたしが口にしたスプーンで、光輝さんは茶碗蒸しを食べ始めた。

 頬がまた熱くなる。

 わたしが口にしたスプーンでも平気なんだ……。恥ずかしいけれど、光輝さんの言葉に嘘はないと伝わった。


(確かに大人のキスと同じかもしれない……) 


 たくさんのお皿を光輝さんに手伝ってもらって、わたしはやっと昼食を食べた。

 遅い昼食を取ってから、宝石店に向かった。

 宝石店では、パールのイヤリングを一緒に選んだ。

 金具の部分がリバーシブルの物を勧められて、それにした。

 ついでだからと揃いの色のネックレスも買ってくれた。

 一粒パールのネックレスは、普段着でもはめられる。

 ダイヤモンドが僅かに添えられた物だからパーティーにも着けられそうだ。





 …………………………*…………………………




 ホテルの従業員が荷物を運び入れてくれる。

 毎度、申し訳ないと思いつつ、部屋まで運んでくれた従業員に「ありがとうございます」と深く頭を下げる。

 爽やかに、従業員が会釈して部屋から出て行った。

 たくさんの荷物を片付けないと……。


「美緒、ちょっと来てくれ」

「はい」


 わたしは光輝さんに呼ばれて、荷物が置かれた場所から、光輝さんの前に歩いて行った。


「何でしょうか?」

「葵が持ち出してしまった指輪だが、たぶん見つからないと思う。特に結婚指輪は……」

「どうして?」

「なんの飾りもない指輪だから、素材に変えられている可能性が高い」

「……そんな」


 返ってくると信じていたのに、そんな夢も希望もない言葉を言われると悲しくなる。

 名前を入れてもらっているが、素材に溶かされてしまったら、名前も消えてしまう。

 ショック過ぎて、落ち込んでしまう。


「指を出してくれるか?」

「どうして?」

「同じサイズの物がちょうどあった」


 光輝さんは手を差し出さないわたしの手を握ると、わたしの指に指輪を入れてくれた。

 よく見ると、確かに同じデザインだ。


「記念日や文字を入れる時間はなかったが、後で入れてもらおう」

「後でできるの?」

「ああ、できる」


 わたしはじっくり指輪を見る。

 着けてしまえば中側に何かが刻まれているのか見ることはできない。

 これは心の問題だ。


「運良く見つかったら、結婚指輪が二つになるだけだ。これを着けていてくれ」

「ありがとうございます」


 久しぶりに、左の薬指に指輪が着けられ嬉しく思うが、本当は元々の物が戻って来て欲しい。


「あと婚約指輪だけれど、前の物は特注品で、同じ物は作ることはできない。似た物ならできるが、今、デザイナーに素材を探してもらっている。それまでの間、既製品で申し訳ないがはめていてくれるか?」


 もう一度、手を握られて、手を支えられると結婚指輪に重なるように綺麗なダイヤモンドの指輪がはめられた。

 やはり最初の指輪は特注品だった。

 きっと値段もすごく高価な物だと思う。

 次の指輪をもらうのは、申し訳ない。


「無くしたのはわたしなの。だから、もう作らないで。勿体ないよ。それに、出てくるかもしれないから……。わたし、戻ってくるって信じているの」


 指に入れてくれた指輪もすごく美しい。

 最初にもらった指輪よりダイヤモンドは少し小さいが、ギラギラしていなくて、落ちついた指輪だ。

 それでも、惜しげも無くダイヤモンドが煌めいている。

 この指輪でもきっと高価なものだと思う。


「明日、何も着けずに行くのは問題になるから、不満に思っていても着けていてくれ」

「不満に思ったりしません。本当にありがとうございます」


 わたしは指輪を胸に抱いて、お礼を言った。


「宝石箱は、大きな物を買った。部屋に置くといい」


 光輝さんは運び込まれた荷物の中から、ひとつの箱を取りだして、わたしにくれた。綺麗に包装された箱は、25㎝くらいで奥行きは15㎝ほどある。


「開けてごらん」

「はい」


 わたしはしっかりとしたダイニングテーブルの上に置くと、包装を丁寧に開けて、箱を開けた。

 白いふんわりとした箱のような物が現れた。光輝さんが箱の側面を持ってくれた。

 手を入れて持ち上げると、大きな引き出し付きの入れ物が出てきた。

 一番上の蓋を開けると、蓋の裏には鏡が付いていて、指輪をたくさん入れられるようになっていて、半分は小物入れになっていた。


「ジュエリーボックスだよ。まだ入れる物は少ないと思うけれど、そのうち増えていくだろう」

「こんなにたくさんはいらないと思うけれど」
 

 蓋は落ちついたベージュで箱の横と背中はベージュのレースの模様が入っている。

 引き出しは落ちついたピンクベージュだ。


 ピンクだけど、落ちついた品だった。3段の引き出しが付いている。
 
 3段目は深くなっているので、小さな宝石箱も入れられそうだ。


「机の上に置くか、箪笥の上に置くといい」

「なんだか、分不相応な感じみたい」

「そんな事はない。これを見た時、美緒のイメージだと思ったのだ」

「ありがとう」


 こんなに可愛い宝石箱を持ったこともないし、こんなに可愛い物がわたしのイメージだと言われた事もない。


「元々のケースも渡しておくよ」


 光輝さんはポケットから、指輪のケースを二つ出した。


「できれば、ずっと外さずにいてくれたら嬉しいが」

「はい」


 もうなくすことがないように、ずっと指にはめておきたいと思う。


「プレゼントはこれだけだ。今から出かける準備をしてほしい。1週間分の荷物になるから量が多くなると思うが、二つ目のスーツケースは俺の黒いのを使って欲しい。持っていく物で分からなかったら、言ってくれ。すぐに手伝うよ」

「はい、一度、詰めてみます。分からなかったら、教えてください」

「任せておけ」


 光輝さんは宝石箱をまずわたしの部屋に運んで、箪笥の上に置いた。

 その後に、今日買ってきた物を部屋に運ぶのを手伝ってくれた。


「浴衣とパーティードレスは、二つ目のスーツケースに纏めて入れるといい。靴や草履を忘れないようにね」

「はい」


 光輝さんは部屋から出て行った。光輝さんも出かける準備をしなくてはならない。

 わたしは真新しい真っ赤なスーツケースをまず使えるようにした。

 その後に、浴衣をすぐに着られるように、しつけ糸を切った。

 ベッドの上で畳んで、必要な物を集めた。


 化粧品は化粧ポーチを買ってもらったので、メイク用具と別に入れることができた。

 新しく買ってもらった口紅もきちんと入れておく。

 買ってきた水着からタグを外し、水着用のバックに入れて、篭のバックにポシェットから色々移した。

 明日のバックは、篭のバックで行くつもりだ。

 宿題はきっとできないと思った方がいいだろう。

 ノートパソコンは置いていく事にした。


 どんな旅行になるんだろうと思いながら、旅支度をした。




…………………………*…………………………




 旅支度の途中で、夕食の時間になり食事をして、準備の前にシャワーを浴びるように言われた。

 光輝さんは、既に旅支度が終わったのか、のんびりしている。

 お風呂も入ったようなので、わたしは洗濯機を動かしながら、お風呂に入った。

 シャワーを浴びて、髪を乾かしているうちに、洗濯機は終わっている。

 流れ作業のように洗濯物を干して、寝る支度もしてしまう。

 櫛は追加で買ってくれたけれど、水着のバックに一つ入れておこうと思った。



「まだ終わらないのか?」

「後は、詰めるだけよ」

「そうか、手伝うか?」

「大丈夫だと思う」

「終わったら、寝室においで」

「……はい///」

「添い寝だけだ」

「うん///」


 わたしは急いで部屋に戻った。

 添い寝だけでも、ドキドキすることに変わらない。




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