裸足のシンデレラ

綾月百花   

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第四章

10   円城寺の一族 避難 2

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 防災ヘリで都心の病院に連れて行かれた。

 泥だらけの体を救命救急センターで看護師に洗われて、やっと処置をされた。

 足の裏は、思った通り切れて、酷い有様だったようだ。

 膝の下から麻酔をかけられ、両足の感覚はなくなった。

 両足底の縫合は、縫うだけではなく、泥や石を洗い流すのに時間がかかった。

 腫れた足首は幸い骨折をしていなかった。湿布を貼られ包帯を巻かれた。

 歩けないので入院を勧められたが、卓也さんが抱き上げて帰ると言ったので わたしは卓也さんのご自宅に運ばれた。

 身につけているのは、救命救急センターの自動販売機で売っていた浴衣の寝間着だ。

 着る物がないわたしに、看護師の指示で卓也さんが買ってくれたものだ。

 病院代も全額支払ってくれた。

 そうして、わたしは卓也さんにお姫様抱っこされて、広い屋敷の中を移動している。



「卓也様、トイレに近いお部屋の準備できております」

「ありがとう」

「食事はできている?」

「恵麻様、できております」

「それなら、先に食事にしよう。まだ麻酔が効いているだろう」

「はい」



 わたしは頷いた。



「畏まりました」


 慌ただしく使用人は動き回っている。




 …………………………*…………………………




 わたしはダイニングテーブルに着いている。

 まだ足の感覚が戻っていないので、足台がテーブルの下に置かれて、お行儀悪く、足を伸ばしたままだ。




「何から何まで本当に申し訳ございません」



 わたしはやっと落ちついた場所で、お世話になった二人に頭を下げた。



「総帥に恩が売れて、俺はけっこう楽しんでいるよ」

「恩ですか?」



 わたしはまた、項垂れる。




(ああ、光輝さんに迷惑をかけているんだ……どうしよう)




「俺も総帥の素顔が見られると思うと、ワクワクするよ。総帥は、どんな時でも顔色を変えないサイボーグだからね」

「光輝さん、サイボーグなのですか?」

「俺はサイボーグにしか見えないよ」



 恵麻さんは、ニコニコ笑いながら答えた。

 少し幼さが見えるけれど、恵麻さんも背が高く、なかなかハンサムだ。



「美緒さんは高校生くらい?」

「わたし、二十歳です。W大の2年生なの」

「へえ、W大か、俺はS大の4年生」




 卓也さんが指を自分に向けて紹介した。

 W大もS大も偏差値は同じくらいだ。

 S大は私立で、学食が美味しいと噂で聞いたことがある。

 因みに姉が通っているT大も偏差値は同じくらいだ。



「俺はS大の付属高校の3年生で、そのままS大に進むつもり」



 恵麻さんは、嬉しそうに自分を紹介した。

 テーブルの上には、美味しそうな料理が並んでいる。



「冷める前に食べ始めて」

「いただきます」




 イタリアンかな?わたしにはパスタとピザしか分からないけれど、色鮮やかな料理が並んでいる。

 二人のパスタは大盛りだ。こんなに食べられるんだ?

 わたしのパスタは標準で盛られていて、それでも多めのような気がする。

 トマトベースのパスタは、初めて食べる味で、酸味があり美味しい。

 多いかと思ったけれど、きちんと食べられた。

 サラダもサッパリとしたドレッシングがかけられて、食べやすい。

 無糖の炭酸水が置かれていて、それを飲むと口の中がサッパリする。




「美緒さん、ピザも食べて、足りなかったら焼いてもらうよ」

「ありがとうございます。でも、わたし、元々小食なので、少しだけいただきます」

「食べられるだけでいいよ。うちでは無理をしないで、寛いでいって欲しい」

「お気遣い……」

「だから、いいって」



 卓也さんは、笑みでわたしの言葉を遮った。




「この家では敬語はなしだ。俺たちは歳も変わらない」

「はい」

「うちの両親は今、総帥の指示でアメリカに行っている。勿論仕事だよ。暫く帰って来ないから、ゆっくり体を休めて」

「はい」

「美緒さん、すごく可愛いから、その浴衣は可哀想だね」

「それは臨時だよ。明日にでも、何か買ってこよう。恵麻も行くか?」

「おう、行く!」

「いえいえ、これで十分ですので」



 これ以上、迷惑をかけるわけにはいかない。

 けれど、二人は楽しそうだ。兄弟仲がいいのだろう。




「美緒さんは、夏休みに入ったの?」

「えっと、あれ?今日は何日ですか?」



 旅行に出かけてから、日付の感覚がなくなっていた。

 スマホも電源を消して、テレビも点けていなかったから余計に分からなくなっていた。

 桜子さんに管理された時間だった。




「19日の日曜日だよ」

「あっ、試験の確認ができていません」




 あれほど気にしていたのに、忘れていたなんて……あり得ない。

 何か不備があたったら、勉学特待生を剥奪されてしまう。




「今したら?」

「スマホもノートパソコンもホテルに置きっぱなしです」

「それなら、これ使っていいよ」



 急に落ち着かなくなったわたしに、卓也さんはポケットの中からスマホを取り出すと、ロックを解除して手渡してくれた。



「いいんですか?」

「気になるだろう?」

「はい」



 わたしは急いでW大のホームページからログインして、成績表の確認をする。



「……良かった」



 恵麻さんがスマホを覗き込んでいる。



「これが美緒さんの成績?」

「はい。追試はないです。夏休みの課題はレポートですね。このまま夏休みに入れそうです」

「俺、兄さんの成績票でSなんて見たことないけど。全部Sだよ」

「全部って事はさすがにないだろう?」

「見て見ろよ」



 恵麻さんはスマホを持つと、卓也さんに手渡した。

 卓也さんは口笛を吹いた。



「めっちゃ、頭がいいんだな?」

「勉学特待生を維持したくて、ちょっと頑張っているだけです」

「ちょっとね……」



 卓也さんは、スマホを戻してくれた。再試の欄を見た。やはり恵の名前が載っていた。補習もあるようだ。

 手を貸したくても、代わりに試験を受けるわけにはいかない。

 ノートはもう貸したので、これ以上、わたしにできることはないかな?

 きちんとログアウトして、暗証番号は削除しておいた。



「ありがとうございます。すごく助かりました」



 わたしはスマホを卓也さんに返した。



「おう」



 食べ盛りの二人は、ひたすら食べている。

 デザートに白桃のゼリーが出てきた。

 甘くてとても美味しかった。




 …………………………*…………………………





 食事を終えると、わたしは部屋に運ばれた。

 客間だと言われた部屋は、ホテルの部屋のように広く大きなベッドが置かれていた。

 その大きなベッドに、わたしは横になっている。麻酔が切れて、足が痛い。

 わたしにはメイドが付けられ、手伝いが必要な時に手伝ってくれる。

 体格のいいメイドは、わたしの事を軽々と持ち上げてしまう。

 トイレと洗面を終え、食後の薬と痛み止めを飲んで、今夜は眠るように言われた。

 枕の横には卓也さんの二台目のスマホが置かれている。

 夜中に不自由があった時にメイドを呼ぶことができるそうだ。

 勿論、卓也さんに連絡もできる。

 一人になると考えてしまうのは、光輝さんの事ばかりだ。

 今頃、何をしているのだろう?

 桜子さんと一緒にいるのだろうか?

 これから、わたしはどうしたらいいのかな?どこに帰ったらいいのかな?

 眠れないと思ったけれど、目を閉じると、今日の疲れと連日の睡眠不足から吸い込まれるように眠りに落ちた。




 …………………………*…………………………




 俺は円城寺の分家、円城寺卓也の家を訪ねた。

 すんなり応接室に通されたけれど、卓也君と恵麻君が対応をするだけだ。



「両親は今、総帥の指示でアメリカに行っておりますので、俺が留守を預かっています」



 卓也君は最初に俺に言った。

 この家は、今、卓也君の一言で全てが回ることになっているようだ。



「美緒に会わせてくれ」

「美緒さんは、もう眠っています」

「兄さんが土砂崩れで流されている美緒さんを助けたんだ。すごく危険だったんだよ!」



 恵麻君は得意そうに、俺に言った。




「卓也君、美緒を助けてくれてありがとう。それで、美緒の具合はどうなんだ?」

「美緒さんは裸足で山を上がってきたみたいで、足の裏に酷い怪我を負って縫合しました。土砂に流されたときに足を挫いたようで捻挫もしていますけれど、熱も出していないので大丈夫です。世話は美緒さんを抱き上げられるメイドをつけていますから、不自由はしていませんよ」

「顔を見るだけでもいいから、部屋に案内してくれないか?」

「お断りします」


 卓也君はなんの迷いもない言葉で拒絶した。


「消毒のために通院しますから、俺たちに任せてください。幸い、俺たちはもう夏休みです。総帥は多忙だと聞いております。美緒さんが元気になったらお返ししますから」

「それまで会わせないつもりか?」

「美緒さんは精神的に疲れているようなので、少しは休ませてあげたら如何ですか?」

「美緒が会いたくないと言ったのか?」

「いいえ、総帥の事は隠していらっしゃいました。

 総帥からの電話で、かなり動揺していましたよ。

 それまでは、『逃げてきた』と言って、ずいぶん泣いておりました。

 雨とは違った温かな物が俺の背中を濡らしていましたから」




 美緒はこいつの背中で縋り付いて泣いていたのか?

 無性に腹が立つ。

 こいつは俺を挑発している。



「名前も円城寺を名乗ってはいませんでしたし。総帥から逃げてきたのだったら、美緒さんが逃げられるようになるまで、匿ってあげなくてはなりません。今は、自分で歩くことができませんので」



 卓也君は食えない相手だった。

 俺が怒っていることに気付きながら、なんの感情も見せずに、淡々と話しやがって。

 確か、大学4年生だと思うが、父親の仕事も既に手伝っている。

 弟の面倒もよく見て仲の良い兄弟だと噂に聞いていた。

 卒業後は、父の後継者として仕事に就くと報告されている。


 頑固な所は、父親似なのだろうか?




「美緒は、あなた達の前で笑いましたか?」

「はい、夕食の時は笑顔を見せてくれました」

「分かった。預けよう。しかし、美緒に手を出したら、社会的にもその存在も抹殺してやる」



 卓也君と恵麻君が僅かに笑った。



「ご理解いただいて、ありがとうございます」

「美緒の荷物を預けよう。旅行中だったから洗濯のできてない物もあるかもしれんが、美緒が準備した物だ。安心するだろう。車から下ろしてこよう」



「では、取りに行きましょう」



 俺が席を立つと、卓也君と恵麻君は扉を開けて、道を開いた。

 腹が立つが、美緒の怪我が治るまでだ。

 車に行くと、桜子が立っていた。



「美緒は?」

「返してはもらえなかった」



 桜子はため息をつくと、車に乗り込んだ。



「総帥は女性連れで美緒さんを迎えに来たのですか?」



 卓也君が冷えた声で、俺を責める。

 確かに、そう言われても仕方が無い。



「美緒と旅をしていたのは、この桜子だ。俺が迎えに行ったところだった。そこで誤解が生まれ美緒が飛び出したのだ」

「ふ~ん」



 恵麻君が楽しそうに笑った。



「痴情のもつれってやつですか?」

「ただの誤解だ」



 腹が立つが、確かに恵麻君の言うとおりだ。

 卓也君と恵麻君は間違った事は言ってはいない。

 俺はトランクから美緒の荷物の入ったスーツケースを出した。



「これだ、頼む」

「美緒さんが持つには、少しも可愛らしさがないですね」

「スーツケースは俺の物だ。美緒の物は近々購入するつもりだった」

「総帥は多忙だから仕方が無いのか?」



 多忙以上に周りに邪魔者が多すぎた。そんな事を、こいつらに言ったところで仕方が無い。

 スーツケースを卓也君に押しつけると、卓也君はすぐに受け取った。



「では、お気を付けてお帰りください」



 恵麻君は大袈裟なほど、美しいお辞儀をした。



「スマホとノートパソコンが入っている。美緒は放っておくと、ずっとレポートを書き出すから、ほどほどにさせてくれ」

「分かりました」

「美緒を頼む」



 俺はまた美緒をこの手から手放すことになった。

 早く俺の所に帰ってきてくれ、美緒。

 俺は未練を残しながら、車に乗り込んだ。




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