裸足のシンデレラ

綾月百花   

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第四章

2   円城寺の実家、花嫁修業?

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 下りたばかりの車に乗って、光輝さんの実家に行った。

 わたしの実家は日本家屋だったけれど、光輝さんの実家は近代的な建物だった。小さな宮殿のようだと思った。玄関に入ると、ずらっとメイド服を着た使用人が並んでいた。


「お帰りなさいませ」


 礼儀正しく皆が声を合わせて言うと、人形のようにお辞儀をした。

 皆、髪を頭の上で結っていて、同じ顔に見える。


「やっと帰ってきたわね」


 現れたのは、光輝さんのお母様だ。夕方も過ぎて夕食の時間も過ぎようとしているけれど、黒っぽいスーツを着ている。髪は綺麗に結い上げられて、ほんの僅かな隙もなさそうだ。

 わたしの両親の方が、何を考えているのか分かりやすかったと思う。


「スマホの電源を落として、どこに出かけていた。上に立つ者なら緊急事態に備えなければならないだろう」


 コツっと足音を立てて、立ったのは光輝さんのお父様だ。

 光輝さんに似た壮年の男性だ。こちらも黒っぽいスーツを着て立った。


「すみません。今日は美緒を病院に連れて行ったので、電源を落としておりました」

「骨折は治ったそうね」

「はい、お陰様でやっと治ったようです」


 わたしは深く頭を下げた。頭を下げたわたしを見ることもなく、言葉を続ける。


「その事について、お話があります。第二応接室で待っていなさい」


 光輝さんのお母様は、そう言うと、お父様と一緒に屋敷の中を歩いて行く。


「分かりました」


 光輝さんがわたしの手を握った。


「こっちだ、おいで」

「はい」


 部屋の中は間接照明で薄暗く、きちんとした色までは分からない。



(すごく緊張するわ)



 光輝さんの両親からは、威圧感が滲み出ている。まるで、祖母の傍にいるようだ。

 わたしと光輝さんは第二応接室という部屋に入った。

 黒いソファーセットが置かれていた。手触りが革のようだ。壁には立派な風景画が飾られている。背景に山がある綺麗な池が描かれていて、鴨が番で泳いでいる。


「俺の両親は、世界中を飛び回っている人達だ。俺も和真も両親には育てられていない。ただ両親と言うだけだ」

「はい」

「冷たい人だと思う。心を傷めないように、全てを聞かなくてもいい」

「はい」

「怖いと思うけれど、必ず守るから信じてくれ」

「分かったわ」


 微かに震えていたわたしの手を強く一瞬握ると、わたしから手を放した。

 ご両親の前で手を繋いでいるのは、失礼になる。


(光輝さんが信じろと言うならば、信じてみよう)


 扉がノックされて、光輝さんの両親が入って来た。

 目の前のソファーに二人は座った。


「自己紹介は、もう要らないわね?」

「はい、入院中はお見舞いをありがとうございました」


 わたしは、また頭を深く下げた。


「義父が見合いを勧めましたが、見合いをした相手は、静美さんのはずでした。しかし、お見合いの席に現れたのは静美さんではありませんでした。その事からも、真竹家はこの見合いを不実なものにしたのは、理解できますね」

「はい」

「義父の思い人だったフミさんと真竹家のご両親は、あなたに虐待をしていたようですね?」

「はい」

「大金を払って、釈放されてきましたけれど、犯罪者であることは変わりありません。犯罪者の子を、我が家の嫁に迎えることはできません」

「お母様、美緒は被害者です。美緒に責任はありません」

「確かに被害者ですけれど、家族が犯罪者だという事実は変わりませんよ?」

「私がもっと上手く救い出すことができたら、こんな事件にはならなかったかもしれません」

「確かに光輝の詰めが甘かったのもあるでしょうけれど、元々、この話は、流すつもりでした。光輝には、円城寺家に相応しい女性を迎えるつもりでした。美緒さんとは別れなさい」

「それはできません。私は美緒を初めて見た時に好きになりました」

「影武者だったではありませんか?」

「すぐに気づき、私は美緒と付き合いを始めました。プロポーズしたのは静美さんではなく、美緒です」

「すぐに気付いた事に対しては、褒めてあげましょう。しかし、美緒さんの両親が犯罪者であることは変わりませんよ」


 声は冷たく、揺るぎない。

 光輝さんは、俺ではなく私と呼び方を変えている。それほど、躾けに厳しい人たちなのだと思った。


「美緒が被害者であることも変わりません。幼い頃から虐待を受けながら、W大に入って勉学特待生になっています。美緒の将来に期待したいのです」

「W大ごときで。姉の静美さんはT大とうかがっておりますよ」

「姉とは同じ大学に入りたくなかったのです。家でも学校でも比べられるのが嫌だったのと家族から離れたいと思ったのです」

「戯れ言ですね」

「そうかもしれません。でも。距離を置くことで、自分を守ることができました。自分を守るための最善の事をしました。だから後悔はありません」


 光輝さんはわたしのために戦ってくれている。だから、わたしも戦おうと思った。

 わたしは真っ直ぐに光輝さんのお母様の顔を見た。


「それなら、あなたが円城寺家の嫁に相応しいのか見定めてみましょうか?」

「お願いします」


 わたしは深く頭を下げた。

 取り柄は何もないけれど、やれることはやってみて、それから諦めても遅くはない。


「それなら、この家に住み込んでメイドとして勤めなさい」

「はい」

「お母様、美緒は学生です。大学に通っています。学校を休ませることは止めていただきたい」

「考慮しましょう。この家から学校に通いなさい」

「ありがとうございます」



 わたしは、もう一度頭を深く下げた。


「ただし、朝五時に掃除を開始して、それから学校に行きなさい。授業が終わったら、速やかに帰宅して掃除をしなさい」

「お母様、それでは美緒は勉強をする時間が無くなりますし、体を壊してしまいます」

「円城寺家の嫁になるなら健康でなければなりません。そんなに簡単に病気になるような娘は相応しくありません」

「大丈夫です。わたしは健康ですから」


 今にも掴み掛かりそうな光輝さんの腕を掴んで、わたしは頭を下げた。


「準備もあるでしょう。今日は帰宅して、明日出直して来なさい」

「ご配慮、ありがとうございます」


 四度、頭を下げた。

 光輝さんのご両親は、席を立って部屋から出て行った。

 はぁ~とため息が漏れる。


「美緒、すまない」


 わたしは光輝さんの手を握った。



「わたし、打たれ慣れているから、少しの事は大丈夫よ」

「俺がフォローするから。美緒だけを戦わせる事はしない」

「信じているから」


 わたしは光輝さんに微笑んだ。

 この人が好きだから、頑張れると思った。



…………………………*…………………………




 ホテルに戻ってから二人で夕食を食べて、寝る支度をしてから、わたしは荷物を纏める事にした。

 光輝さんも一緒に本家に戻ると言ったので、それぞれ荷造りをすることになった。

 元々持っていた洋服は、色褪せて、ほつれたところを手直しして着ていたので、それは破棄することに決めた。ホテルからゴミ袋をもらってきて、破棄する物と使える物を選別する。

 わたしが持ってきた物は、殆どが円城寺家に相応しくない物ばかりで、捨てる物の方が多い。

 思い出もないので、捨てる事に躊躇いはないけれど、必死に実家から持ちだした物がゴミだと思うと切なさも感じてしまう。

 今日、光輝さんが買ってくれたいろんな物のお陰で、着る物も持ち物も不自由はない。

 光輝さんが貸してくれたスーツケースと紙袋も使って、値札を外した物を畳んで入れていく。

 1週間分の下着や大量な洋服は確かに必要になった。


 化粧品店でもらったポーチに貴重品を入れて、ティファさんにもらった時計も入れておく。

 新品の化粧品もパッケージを外して、すぐに使えるようにした。

 化粧ポーチがないのが不便だ。仕方なくビニール袋に入れて、縛っておく。

 新品のネグリジェはそのまま鞄に入れた。これを着るには勇気がいる。

 学校の教科書やノートは何度持ち出したことか?

 これも袋に入れて、ランドセルのようなリュックの中にはノートパソコンと授業に必要な物と貴重品を入れた。

 光輝さんが買ってくれた斜めがけのポシェットの中には、同色のお財布が入っている。

 100均のトートバッグの代わりに使いなさいと言われて買ってくれた、大きめなショルダーバッグも使えるようにする。

 机の引き出しから結婚届を取り出して、それを見つめる。ティファさんと和真さんが保証人になってくれた結婚届は受理されることはないと思うけれど、二人の気持ちが嬉しい。

 わたしはペンを出すと、そこに名前を書いて捺印をした。

 これがわたしの覚悟だ。


(わたしは光輝さんが好きだから、結婚できるように頑張ろうと思う)


 頑張れると思える。

 封筒に入れて、机の上に置く。明日出かける前に、もう一度見ようと思った。頑張れる勇気がきっともらえると思うから。

 この部屋はホテルの一室なので、不在の間の貴重品の管理ができないらしい。

 日数が決まった出張くらいなら借りっぱなしでもいいらしいが、今回はどれだけの時間がかかるか分からないので、一端、部屋を返却することになった。

 この部屋に住み続けた光輝さんの荷物はかなり多いらしい。急遽、会社の貸し出しマンションに普段使わない荷物を入れると言っていた。

 わたしの古い洋服もそこに入れればいいと言ってくれたけれど、きっともう着ないだろう。

 不安なのは、光輝さんと別れた後の事だ。秋冬物の洋服だけは、紙袋に入れた。

 それはマンションに置かせてもらおうと思っている。

 努力はするけれど、認めてもらうのは難しいと思う。

 心の片隅では、敗北を認めている。

 きちんと、さようならができるだろうか?と考えると、涙が込み上げてくる。

 片付けが終わってリビングに出ると、まだ光輝さんは片付けをしているようだった。

 声をかけようか迷ったけれど、今、声をかけたら縋り付きそうで、わたしは自分の部屋に戻って、ベッドに入った。

 明日からどんな生活になるのか不安だけど、今夜は何も考えずに、しっかり寝ようと目を閉じた。


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