裸足のシンデレラ

綾月百花   

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 パコーンと小気味よいししおどしの音が響く。

 わたしは綺麗な振り袖を着て、深くお辞儀をした。


「真竹静美でございます」


 内心でため息を漏らす。

 わたしの本名は静美ではなくて、真竹美緒だ。静美はわたしの二つ年上の姉の名前だ。


「静美さん、とても美しいお名前ですね」

「ありがとうございます」


 わたしははにかむように微笑む。

 姉はこんな微笑み方はしないだろう。わたしの知っている姉は、全てに完璧な女性だ。もっと美しく微笑むことができる。

 わたしは、姉の代わりにお見合いをしている。

 お相手の男性は、円城寺グループの跡取り息子である円城寺光輝さんだ。

 業界の人なら誰でも知っている有名人らしい。

 そんなお相手と身代わりのお見合いをしていると思うと、バレたときに賠償金でも請求されてしまうのではないかと内心ヒヤヒヤだ。

 円城寺光輝という男性は、見目麗しく整った顔立ちに、身長も高い。家柄も申し分ない。天は二物を与えたのだ。

 大学も姉と同じ大学を卒業したとか、頭もいいらしい。

 どうやって、誤魔化すのやら。

 両親は、どうにかしてくれと言うだけで、解決策は丸投げ状態だ。

 今日やっと20歳になったばかりのわたしに、何ができるのやら?

 姉と違う大学に進学したわたしには、姉の大学の事など分かるはずもない。

 大学ならどこも同じだと言い張った両親は、きっと何も考えてないと思う。


「それでは、後は、若い者に任せて」


 仲人がそう言うと、円城寺光輝さんは、静かに立ち上がり、わたしの近くに近づいてきた。


「静美さん、どうぞ」


 なんと手を差し出してくれる。

 振り袖を着たわたしを気遣っての事らしい。

 わたしは静かに立ち上がると、その手に手を重ねた。

 温かい手をしている。わたしよりずっと大きな掌だ。なんだかドキドキしてしまう。


「ありがとうございます」

「いいえ、歩きづらいでしょう?」

「……ええ」


 普段着慣れない着物姿は、確かに歩きづらい。

 姉なら完璧にこなすだろうけれど、わたしは姉ほど和服に慣れてはいない。

 全てにパーフェクトの人は、エスコートも慣れているようだ。

 草履を履いて、料亭の庭園を散歩する。

 池に鯉が泳いでいる。

 パコーンとまたししおどしの音が響いた。

 異性とお付き合いすらしたことのないわたしに、両親は何を求めているのだろうか?


「静美さん、結婚は卒業を待ってしましょう」

「はあ……」


 それは無理です。


「今は大学4年生だと聞きました。就活などはされなくても、すぐに我が家に来ていただければいいので」

「……そうですか」


 この就職難にそれは、待遇の良い就職先ですね?

 永久就職をすぐにしてしまうのですか?

 わたしはあまり貯金もないので、働きたいのですよ。価値観が違いますね?

 家に帰ったら、両親にすぐにお断りしてもらおう。


「静美さん、名前だけでなく美しいお方ですね」

「……そうですか?」


 わたしは静美ではなく、美緒です!

 ちゃんと間違えずに言えたら、結婚を考えてもいいですよ。

 言えるはずもないでしょうけど。


「新居にマンションを買いましょう。どの辺りがよろしいでしょうか?」

「はあ、どこでもよろしいですよ」


 どうせ断ってしまうのですから。


「子供は何人、欲しいですか?」

「何人でも構いませんわ」

「それでは、野球チームができるほど、頑張りましょう」

「はあ、それは大変そうですね」

「静美さんとなら頑張れそうな気がします」

「おほほ……」


 チャポンと池の鯉が刎ねた。

 綺麗な黄金の鯉だった。

 人面鯉の方が、笑いが取れたかもしれないですね。


「縁起がいいですね。黄金の鯉でした」

「そうですね」


 はあ、もう帰ってもいいですか?

 わたしは身代わりですので、どうぞお引き取りください。

 わたしは彼の顔を、最初の挨拶の時以来見ていない。

 間違って好きになってしまっても、結ばれる事のない人なので、見ても仕方が無いの。

 自分を傷つける事はしたくはないのです。


「そろそろ戻りましょうか?」

「……はい」


 俯くわたしの手を取り、庭園を歩いて行く。

 これで帰れると思うと、足取りも軽くなるような気がする。

 苔むした石の上に草履が載って、つるんと滑った。


「わっ」


 転ぶと思った瞬間、ギュッと抱きしめられた。


「あっ……」


 なんていい香りがするんだろう。


「大丈夫ですか?」

「はい」


 間近で見た円城寺光輝さんは、とても魅力的な顔立ちをしていた。トワレの香りもシトラスの爽やかなものだった。

 顔が熱くなる。

 すごくハンサムだわ。

 見ては駄目よ。この人は危険な人なのだから。


「すみません」

「草履だと、足元が滑りますね。きちんとエスコートできなくて、申し訳ない」

「……いいえ」


 重なっていた手は握られて、料亭の部屋に連れて行かれた。

 ずっと胸がドキドキしていた。

 これがわたしの、初めて円城寺光輝さんに出会った記憶だ。



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