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5   再就職

1   家探し

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 亜梨子には頼れる人はいない。
 昔を懐かしんで、千代さんと暮らしていた町に移動した。
 焼けた屋敷は更地にされて、何も残っていなかった。
 両親の遺骨もすっかり焼けて、灰になり土に戻ったのだろう。
 空き地の前で、手を合わせる。
 こんなことになるなら、写真の一枚も手元に持っていれば良かった。
 しばらく佇んでいると、スマホが鳴った。
 電源を切るのを忘れていた。
 電話は誉からだ。
 すぐに電源を落とした。
 今は声を聞きたくない。悲しくなるだけだ。
 好きとか、愛していると言われたら、嘘つきと詰りそうで、薄っぺらな言葉が、頭の中を通り過ぎていく。
 亜梨子は何もないそこから立ち去る。
 どこに行こうかと彷徨っていると、ネットカフェがあった、
 ナイト12時間パック2100円。
 なかなか魅力的な値段だ。
 亜梨子はそこに入った。
 ほとんど男性客だが、個室に入ってしまえばわからない。
 亜梨子は素早く部屋に入り、しっかり鍵を閉めた。
 荷物を下ろして、充電コードを出してスマホを充電する。
 シャワー利用料を払ったので、シャワーも浴びられる。
 タオルは誉の物だったので、持ってはこなかった。仕方なく、薄いタオルを購入した。
 メイク落としと洗顔と歯ブラシを持っていく。ボディソープとシャンプーとトリートメントは付いているらしい。
 亜梨子は部屋の扉を閉めて、シャワー室に向かった。
 空室だったので、素早くシャワーを浴びる。
 体を拭いたタオルを洗って、ブースに戻る。
 タオルと下着と洋服を干して、亜梨子は横になった。
 目の前に大きな画面があるが、テレビもゲームするつもりはない。
 ただぼんやり薄暗い天井を見ている。
 まわりのざわつきがあって、落ち着かないが、横になれるだけマシだ。
 毎日、誉と眠っていたベッドは高級品だったのだろう。
 横になるとすぐに眠れたが、今は少しも眠れない。
(お腹が空いたな)
 いつも規則正しく食事を摂っていたから、体が食べ物を要求してくる。
 けれど、倹約しなければ、きっとお金は足りなくなる。
 亜梨子は思い出したように起き上がり、たくさんの荷物を仕分け始めた。
 すべての荷物を持ち歩くのは大変だ。駅のコインロッカーに預けられる物と必要な物を分けていく。買い物の時のエコバッグも使って、纏めていく。すっきり分けて、明日の朝、電車に乗る前に預けよう。


 翌朝、早めに出て、荷物をコインロッカーに預けると、住む場所を求めて、不動産屋さんを訪ねた。保証人がいないと言うと、どこも追い返されてしまう。仕方なく亜梨子は大学に向かった。
 退職したことを伝え、就職案内を見せてもらう。
 接客業が多い。事務系の仕事は、すぐに埋まり。空きはない。住み込みならなおいい。
 お世話になった教授に、保証人になって欲しいと頼むつもりだったが、頼りの綱の教授は病気になり長期休暇中らしい。学生課で頼んでみたが、断られてしまった。
 仕方なく、亜梨子は昔バイトをしていたメイド喫茶に向かった。
 知り合いは、あとそこしか思い浮かばなかった。


「アリス、久しぶり」
「ご無沙汰しています」
 メイド喫茶の店長代理はまだ若い。
 30歳半ばで店長になって、10年目くらいだろうか。
 店の奥でオーダーされた料理を作っている。
「手伝いましょうか?」
「助かるわ」
 亜梨子はバックを置き、上着を脱ぐとエプロンを借りて、厨房に入った。
「今日はどうしたの?」
「下宿したうちが火事になって、会社の男性社員の家に住まわせてもらっていたんですけど、その方に新しい彼女ができて、行くところがなくなってしまったんです」
「いいわよ。うちにいらっしゃい」
「部屋を借りたいんだけど、私、保証人になってくれる人がいなくて」
「亜梨子ちゃん、そういえばご両親もいなかったわね」
「親戚もいません。下宿させてくれた千代さんが会社に入るときに保証人になってくれたんですけど、もういないし」
 美味しそうなパンケーキを焼きながら、亜梨子はだんだん俯く。
 お皿に綺麗に盛り付けてチョコレートでLOVEと書いてハートを描く。
「相変わらず、上手ね」
「こんなことしかできないの」
 次のメニューはオムライスだ。
 タマネギを飴色まで炒めてご飯を混ぜ込む。ケチャップライスを作って、大きなフライパンを使って、ふわふわに混ぜた卵を焼いてケチャップライスを巻いていく。
 お皿に移して、オーダーに書かれている。文字をケチャップで書いていく。
「あら、恥ずかしいわね」
「普通でしょう?『学くん 大好き』くらい」
「アリス、やっぱりここに就職しなさいよ。本社の社長が新店舗を増やしたいって言っていたの。私が推薦するわ」
「お願いします」
 新しいパンケーキを焼きながら、亜梨子は頭を下げる。
 ここで料理を作ってた方が、ずっと落ち着く。
「今夜はうちに泊まりなさい」
「ありがとうございます」
「保証人の話なら相談に乗るわ。お部屋も一緒に探してあげる」
「いいんですか?相川さん」
「今日は手伝ってね」
「はい」
 亜梨子は次々と料理を作っていった。

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