7 / 40
1 社長の御曹司に迫られています
6 家が火事になりました
しおりを挟む誉のスマホが鳴った。
亜梨子を抱きしめていた誉は、面倒そうに電話に出た。
『牧野亜梨子さんの家が火事になっているそうです』
「すぐに連れていく」
表の会社の秘書課からの連絡を受けて、誉は亜梨子の顔を覗き込んだ。
「亜梨子、落ち着いて聞いてくれ。君の家が火事になったらしい。すぐに連れていくから、着替えておいで」
「火事に?千代さんは無事?」
「まだ何もわからない。取り敢えず、送っていこう。すぐに着替えて」
「はい」
亜梨子はバスローブを身につけると、下着を握り涙を拭って廊下を走っていく。
その後ろを誉は追いかけた。
戦後に建てられたという千代さんの屋敷は、亜梨子が辿り着いた頃に鎮火した。
屋根が落ち、柱が立っているだけだ。
「うそ」
亜梨子は周りを見回すと、近所の人と一緒にいる千代さんの姿を見つけた。
「千代さん。無事ですか?」
「亜梨子ちゃん、ごめんなさい。亜梨子ちゃんの荷物、全部焼けてしまったわ」
千代さんはタオルで涙を拭っている。
「漏電みたいなんだ。あっという間に火が回ってしまって。千代さんは、たまたま俺たちとお茶を飲んでてな。無事だったんだが、駆けつけた時には、もう家の中に入れないほど火が回っていて」
近所の魚屋さんのご主人が、説明してくれた。
「遺影を取りに行くという千代さんを止めるのが、大変でね」
八百屋の女将さんが、千代さんの体を抱きしめながら言った。
「無事で良かったです」
千代さんの顔を見たら、ホッとしてしまった。
(遺影。私が持っていた遺影も納骨されてなかった両親の遺骨も燃えてしまったんだ。記念のアルバムも)
亜梨子はその場に座り込んだ。
「すまないね。亜梨子ちゃん。住む家がなくなってしまった」
「千代さんは?」
「息子さんに連絡がついて、もうすぐこちらに着くと思うが」
魚屋の主人が千代さんの代わりに言った。
「母さん、無事で良かった。だから何度も同居しようと言っただろう?」
千代さんの息子らしい。
五十代くらいの男性だ。優しそうな顔をしている。
「今日からうちで暮らすんだから、お世話になった人にちゃんとお礼をして」
「わかったよ」
千代さんは、周りにいる人たちに頭を下げている。
「今日から息子の家に行きます。今までお世話になりました」
「元気でね。千代さん」
「いつでも遊びに来てね」
魚屋さんのご主人と八百屋の女将さんが、千代さんを励ます。
「亜梨子ちゃん、大切な物を燃やしてしまってごめんなさい。新しい家を探してやりたいが、息子も来てしまった。大丈夫かい?」
「私はどうにかします。今までお世話になりました。どうかお元気で」
千代さんは息子に連れられて、その場から消えた。
「亜梨子ちゃんも元気を出してね」
魚屋さんのご主人と八百屋の女将さんも帰っていった。
亜梨子はぼんやり立ち尽くした。
「全部、燃えちゃったの?」
まだ消防隊がいる焼けた家に入ろうとして、背後から手を掴まれた。
「亜梨子」
忘れていた。社長がここに連れてきてくれたんだった。
「危ないから、離れよう」
「両親の位牌と遺骨と写真が。貯金通帳も全部なくなってしまったの?」
「全焼だから残っていないだろう」
亜梨子は諦めたようにため息をついて、その場に座り込む。
これでは仕事を辞めるわけにはいかない。
お財布の中にも、そんなにお金は入っていない。
クレジットカードもまだ持っていない。
貯金もそんなにあるわけではない。
「亜梨子、家なら僕のところにおいで」
甘い囁き。
頼ってしまいそうになって、それでも首を振る。
「会社で寝ます」
ソファーベッドがあった。
「更衣室にシャワー室はないよ」
「そんな・・・」
「行くところがないんだろう?」
亜梨子は頷いた。
「僕と暮らそう」
手を取られて、立たされる。
「もう痴漢にも遭わないよ」
頼れる人は、もうこの人しかいない。
保証人がいない亜梨子は、部屋を借りることも難しい。
「お世話になります」
新しい仕事を見つけても保証人になってくれる人は、もういない。
転職の道も閉ざされた。
「さあ、おいで。着替えや必要な物も買っていこう」
「お金がありません」
亜梨子は鞄からお財布を取り出して、財布を見せた。
「キャッシュカード持ってるな。通帳の再発行してもらおう」
頭の回転が完全に停止している亜梨子を連れて、誉は車に乗せた。
0
お気に入りに追加
243
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
私を溺愛してくれたのは同期の御曹司でした
日下奈緒
恋愛
課長としてキャリアを積む恭香。
若い恋人とラブラブだったが、その恋人に捨てられた。
40歳までには結婚したい!
婚活を決意した恭香を口説き始めたのは、同期で仲のいい柊真だった。
今更あいつに口説かれても……
ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~
taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。
お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥
えっちめシーンの話には♥マークを付けています。
ミックスド★バスの第5弾です。
性欲の強すぎるヤクザに捕まった話
古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。
どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。
「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」
「たまには惣菜パンも悪くねぇ」
……嘘でしょ。
2019/11/4 33話+2話で本編完結
2021/1/15 書籍出版されました
2021/1/22 続き頑張ります
半分くらいR18な話なので予告はしません。
強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。
誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。
当然の事ながら、この話はフィクションです。
ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編
タニマリ
恋愛
野獣のような男と付き合い始めてから早5年。そんな彼からプロポーズをされ同棲生活を始めた。
私の仕事が忙しくて結婚式と入籍は保留になっていたのだが……
予定にはなかった大問題が起こってしまった。
本作品はシリーズの第二弾の作品ですが、この作品だけでもお読み頂けます。
15分あれば読めると思います。
この作品の続編あります♪
『ヤリたい男ヤラない女〜デキちゃった編』
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~
真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる